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3章: 幽子先輩と、僕の話

3-3 花岸トンネルの噂(挿絵あり)

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集合場所の駅に到着した。時刻はまだ昼前である。これは僕が先輩に指定した時刻だ。彼女は絶対に夜の方が良い!と駄々をこねていたが、少しでも危険度の上がる選択肢は避けておきたい。真昼間なら、ヤンキー達がたむろしているとか、怪しげな男が誰か殺してるところを目撃してしまうとか、そういったハプニングも極力避けられる。



「あれ?まだ居ないな・・・」



いつもなら幽子先輩は僕よりも先に到着している筈なのだが。

駅広場を見回してみる。すると、少し離れたベンチに座っている、見覚えのある後ろ姿が確認できた。僕はそちらの方向に後ろから近づいていく。



「幽子先輩?」



ゆっくりと振り向く彼女。確かに幽子先輩だ。だが、その顔色は以前にも増して悪いように見える。普段から彼女は顔色があまり良くないが、いつもはそれを感じさせないエネルギッシュさに溢れている。しかし今日の彼女は、本当に調子が悪いらしい。彼女の全体の帯びる雰囲気が、いつもよりも明らかに暗い。



「どうしたんですか先輩?なんか調子悪そうですけど・・・」



「・・・そう?まあちょっと楽しみ過ぎて眠れなくてね。昨日はほとんど眠れてないんだ。」



「小学生の遠足ですか。」



程なくして先輩はベンチから立ち上がった。



「よーし、そんじゃあ探索に向かいますか!ところで君、その背中に背負ってるもの何?」



不思議そうな顔で彼女は、僕が肩にかけている金属バットが入った袋のケースを指差した。



「護身用です。何があっても良いように。」



「ハハハ、大袈裟だなぁ~。」



彼女は呑気に笑っているが、これが大袈裟でないから困る。これは僕が昔、少しだけ野球を習っていた時に使っていた金属バットを家から引っ張り出してきて持ってきたものだ。何か危険な人物が出て来れば最悪これで対応し、それでも敵いそうに無い場合は邪魔なのでさっさとそこらへんに投げ捨てて逃げる。いや、今思えばもしかしたらトンネルが崩落するという事もあり得る。流石に今までそういう災害にあったという話は彼女から聞いたことがないが、防災セットなんかも持って来ればよかったかも知れない。とにかく彼女とそういうスポットに行く時は、最大限警戒しておくに越した事は無い。

少し会話を交わした僕達2人は、目的の場所に向かって歩き出した。



「それで、その花岸トンネル、でしたっけ?は、どこにあるんですか。」



「ホラ、あそこに山みたいなのが見えるだろ?というか山だけど。」



そう言って彼女は、駅広場からそう遠く無い距離にある山を指差して言った。



「あそこに昔通ってた国道トンネル、それが花岸トンネルだよ。なんでも、そのトンネルは『彼岸、つまりあの世とこの世とを繋ぐトンネル』らしいよ。行って仕舞えば二度とこの世には戻ってこれないとか。そこのトンネルの近くには彼岸花の群生地がある。そして名前も花岸。なんとなく彼岸花を意識した名前に見えるだろう?まぁ実際の由来は知らないけど。恐らくはそれがこの噂につながっているんだろうね。」



くだらない話だ。何か事件があったならまだしも、単なる名前の連想ゲームじゃないか。



「先輩、前に『死後の世界なんて興味ない』って言ってたじゃないですか。」



「それとこれとは別だよぉ~。オカルト的には面白そうじゃないか。面白そうかそうじゃないか、それだけが私の判断基準さ。」



小一時間ほど歩いてやっと、その山の麓までたどり着いた。目の前にはろくに整備されていない道が、山を這うようにして配置されている。



「まだ、歩かなきゃいけないんですか。もうすでにちょっと疲れたんですけど。」



僕は額の汗を拭った。

今日も大変蒸し暑い。外を長時間歩くにはあまり向いていない季節だ。僕は夏というものが嫌いだ。なぜなら暑いから。こういう時は、本当はあまり外に出たく無いのだが。



「泣き言いうなっ!私達の冒険はまだ始まったばかりだろう!」



大体、何にもないトンネルに何故こうまでして行かなくてはならない。やや疲れてきたこともあって、沸々と僕の中に不満が溜まってきた。まぁこういう事は初めてでは無いのだが。



「そもそも、どうして先輩はそんなに誰かと行く事にこだわるんですか?別に1人でも先輩なら楽しめるでしょ?」



そもそも、彼女はあまり人と群れる事を好むタイプではない。後輩にはそれなりに慕われているようだが、何というか、彼女はそういう人たちと敢えて距離を置いているように感じる。表面上、仲良くはするし冗談も言う。第三者から見れば、誰とでもそつなく仲良くしているように見える。だが「それ以上は踏み込ませないぞ」という領域が、彼女には存在する。少しでもその領域に触れるような踏み込んだ質問をすると、彼女得意の薄気味の悪い笑顔と軽い冗談で、上手い具合にそれをはぐらかす。ある一定以上は人と親しくしない。自分のこともあまり詳しくは話さない。それが彼女の基本スタンスだ。だがそんな彼女は、僕に対してはそれなりに自分のことを話してくれている気がする。気のせいかもしれないが。



「楽しいからだよ。さっきも言ったように、私の判断基準は面白いか面白くないか。無論、1人でも楽しめるけど、誰かと一緒に行った方がなお楽しいという簡単な話だよ。」



「それに付き合わされる誰かさんは、全く楽しんでないんですけど。」



悪態を吐きながら歩き始める。

道が進むにつれ、次第に歩く地面が道とは呼べなくなっていく。至るとこで生い茂る草が道だった物を隠していて、気を抜いていると今自分が歩く道から外れてしまいそうになる。



「そういえば、昔私は『ユウレイちゃん』というあだ名で呼ばれていた事があってね。ほら、名前が幽子だから。」



退屈なのだろう。彼女は雑談を始めた。



「それは、シンプルに可哀想ですね。イジメじゃないですか。」



そもそも、名前だけが理由じゃないだろう。彼女の病的に白い肌と、闇を塗りつぶしたような大きく黒い瞳が、単純に不気味だからそういうあだ名になったのだろう。幼い子供というのは残酷だ。外見的特徴を容赦なく、そして的確に表現したあだ名をつける。可哀想に、と僕は先輩に同情した。



「おい、何か失礼な事を考えているな?違うぞ。断じてイジメで無く、これは愛称というやつだぞ。勝手に妄想して勝手に同情するな。」



哀れなことだ。彼女はまだ自覚していないのだろう。だが、時に気づいていない方が幸せな事というのもある。気づいていないのなら、気づかせないままでいさせてあげるのも、後輩としての思いやりだろう。僕は最大限の作り笑顔をした。



「・・・そうですね。先輩は昔から明るそうですもんね。きっと友達も沢山いたんでしょう。羨ましいなぁ・・・。」



「・・・腹立つなぁ。」



30分ほど、道無き道を歩いた。もう随分と歩いた気がする。心配になり、僕は先輩に尋ねる。



「先輩ちゃんと地図読んでます?山で遭難とか洒落になりませんよ?」



地図アプリを開きながら先輩は答える。



「もうすぐ、の筈だよ。なんせ目印になるものが何もないからねえ。進んでる方角は正しいからそのうち着く・・・あ、あれじゃないかな?」



指差した方角によく目を凝らすと、遠目に何やら人工物の小さい穴のようなものが見える。10分ほどそこに向かってしばらく歩いてようやく、それがトンネルであることが分かった。



そこのトンネルは僕が思っているよりもかなり小さかった。人間2人が並んで入れる程度の道幅しかないように見える。旧国道というから、もっと大きなものを想像していたのだが。

そのトンネルの前には「通行止」と書かれた立て看板が建てられている。そもそも、こんなところを通行する車はないし、あれでは軽自動車しか通れないだろう。あの看板を建てる意味があるのだろうか。

ここも草が生い茂ってはいるが、トンネル前の草は短く刈られているような形跡がある。こんな場所でも、一応整備する人がいるらしい。



「あ~あ、本当は夜の方がもっと雰囲気出るのになぁ。」



ぼやく先輩を僕は宥める。



「まぁまぁ。夜だとこういうところは輩が集まってくるでしょう?そっちの方が雰囲気ぶち壊しじゃないですか。」



はいはいわかってるよ、と言い、先輩は早速なんの躊躇もなくトンネルに入って行った。



「あぁちょっと!いきなり早いですって!」



僕は背負ったバットを慌てて肩にかけ直し、先輩の後を追って自分もトンネルの中へと入っていった。
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