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4章: 波のまにまに愛を求めて

4-1 深夜の海水浴

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寄せては返す、波のように

月を浮かべる、水面のように

静寂に奏でる、潮騒のように

あの海になれたなら

私を愛して、くれますか。

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自室で意味もなくベッドに横になっている僕は、ただ何をするでもなく、力無くぼんやりと天井を眺めていた。

高校生になって初めての夏休みも、もう終わりに差し掛かっている。僕はこの夏休みを、ずっと無為に過ごしていた。兄に彼女がいたという情報をもらって以来、それを全く活かせないまま今日まで来てしまった。神永の言う通り、これはかなり重要な情報だとはわかっているのだが、それを調査する術が僕には無い。宝の持ち腐れだ。

何の進展もない無力感を、溜息にして吐き出した。



「幽子先輩に連絡でも入れようかな・・・」



僕はあの日以来、まだ彼女と連絡をとっていなかった。彼女からも、特に僕に連絡を入れてこなかった。あんな事があった後なのだから、無事を知らせる連絡の一つぐらい入れても良いじゃないかと、僕から連絡をするつもりは無いクセに、そんな事を考えて少し意固地になっていた。

でも、もういい加減ヒマなので連絡を入れよう。

そうしておもむろに側にある携帯に手を伸ばした時、突然着信が入った。慌てて画面を見ると「神永」の文字。電話に出てみると「出番よ。屋敷に来て。」と簡潔な呼び出しがなされた後、すぐに電話が切れた。

挨拶も無しに雑に呼び出された事は腹立たしいが、しかし願ってもない事である。新しい兄の情報が手に入る。今回は危険度の低い依頼であるといいが。そんな事を考えながら家を出た時には、幽子先輩のことなどすっかり忘れていた。



屋敷の前にたどり着いた僕は、黒い門に取り付けられたインターホンを押す。しばらくして、ガチャリと音がして門が開く。広い中庭を抜け、仰々しいドアから屋敷の中に入る。

中はこれだけ広いにも関わらず、ひんやりと涼しかった。空調がよく効いているようだ。どれだけの電気代を使っているのだろう。

もう彼女の部屋の位置は覚えた。入って左手にある通路を通り、彼女の部屋の前まで来た。



「入りまーす。」



こんこん、とノックした後に金色のドアノブを捻ってドアを開いた。そこにはいつも通り机に座る神永がいた。今日は私服を着ている。制服以外の姿の神永を見るのは初めてだ。



「いい加減、椅子ぐらい用意したらどうだ?」



「イヤよ。めんどくさいもの。」



「あっそう。そんで、今回はどんな事件?」



早速本題に入ろうとする僕を、神永は制した。



「その前に、一つ伝えておくけど、今回助っ人は来ないわよ。やっぱり彼、怒っててね。私が要請しても『人員は寄越さん』ですって。」



「う~わ。最悪だ。」



僕は天井を仰いだ。そんなに怒る事無いのに。あれはしょうがない事だろう。ユズキさん、ちゃんとあの時の事情を説明したのだろうか?



「ただし『君達がまた成果を上げれば協力を考える』とも言っていたわ。要するに、前のミスの穴埋めをしろということね。」



「穴埋めねぇ・・・。いや別にしてもいいけど、僕一人でやるのはやっぱ無理があるんじゃ無い?これは命が惜しいとかではなく、現実的に考えてさ。」



権藤、白川コウ、トンネルのあの男。あの3人と対峙して思ったのは、一線を越える能力者相手には同じく一線を越える能力者が協力してくれないと、捕縛は難しいということだ。捕まえる、というのは自分の方が圧倒的に優位な立場に立っていないと確実に成功させられない。そういう意味では、殺すことよりも難しいことだ。



「安心して。今回はそこまで危険じゃ無いと思うから。それに、私も同行するわ。」



「え・・・?」



「なによ。」



これは予想外だった。彼女は自分が危険に晒されるような現場には出向かないタイプだと思っていた。僕を上からこき使い、僕が持ち帰った成果に対してケチをつける。イヤな上司の典型が彼女だと思っていた。

ただ思い返してみれば、権藤の時は自らの足でエーテル会に乗り込んでいたし、それほどおかしい事でも無いのかな、と一人納得する。



「いや、なんでも。協力してくれるならそれは有難い。お前がいれば百人力だよ。これはサクッと、事件解決かねぇ。」



「・・・それで、今回の事件の内容だけど。」



僕の口先のお世辞をスルーして、彼女は事件の概要について話し始めた。



「桜木市から少し離れたところに侑明海水浴場という場所があるの。知ってる?」



「いや、知らないな。そもそも僕、あんまり海好きじゃないんだ。夏だ海だと浮かれてる連中は、見ててイライラする。」



「そうでしょうね。それでその海で子供の水死体が発見されたの。年齢は8歳ほど。同じようなケースがここ2週間で2回発生してる。今回で3回目よ。」



ぴん、と彼女は細長い指を三本立てる。



「三件程度なら、単なる事故じゃないの?家族が目を離した隙に溺れてたってのは、別におかしいことじゃない。それに今はまだ海水浴シーズンだろ?そういう事故は多発する時期だ。」



「いいえ。まずその時家族は近くにいなかったわ。そして死亡推定時刻は『全て深夜』。亡くなった子供たちは皆んな、『夜に家をこっそり抜け出して海に入った』という事らしいわ。」



「・・・それは確かに、異常だね。」



「事件の概要はざっとこんなところね。因みに参考として、今回亡くなった子の体には虐待痕があったそうよ。他2件も、少なからず家庭になんらかの問題を抱えていたみたい。それを苦にしての自殺、として警察は処理しようとしている。」



(8歳程度の子供が自殺?それは流石にないだろう。いや、状況証拠的に見てそう思わざる負えないということか?自分の足で海に向かって自分で海に入ったのなら、確かにそれは自殺だ。)



「まぁ、内容はわかったけどさ。これのどこが安全そうなんだ?思いっきり人死んでるじゃん。前回も前々回もそうだけど。」



「対象者が全員幼い子供だからよ。確証は無いけど、状況的に見てそれが犯人の能力の発動条件に関わっていると思うわ。」



「つまり、対象外である僕達は能力には掛からないってことか?でも被害者が皆子供だからといって、必ずしもそれだけが能力の対象というわけではないんじゃないか。前回だって襲われた被害者は皆女子生徒だったけど、それは能力の条件とは関係無かったじゃないか。」



「それはまた話が別でしょ。あれは特定の人物に対しての復讐が目的だったから。被害者の共通点も単なる『女子生徒』ではなく『特定の学校の女子生徒』だった。彼女達を知っている学校関係者の犯行であることは明白だったわ。でも今回は『幼い子供であること』以外に被害者に共通点が無い。能力の条件に関わっていると考えるのが自然よ。」



「単に犯人が子供好きということは?」



「なら尚更、発動条件に関わっている可能性が高いわね。能力者のこだわりはそのまま能力の条件に関係してくる事が多いから。」



確かに、そういう事なら今回は安全かもしれない。安全だと踏んでいるからこそ、彼女自身が同行すると言っているのだろう。



「まぁ理解したよ。それで、今回はどうやって犯人を捕まえる?ていうかさ、もういい加減僕だけ立ちっぱなの疲れたんだけど。」



「床にでも座ってなさいよ。」



「・・・・・・」



イラッとしたので、僕はおもむろに彼女のキングサイズのベッドに腰掛けようとした。



「ちょっと!触らないで!菌が移るでしょ!」



「すでに〇〇菌呼ばわり!?」



彼女は立ち上がり、近くにあった消臭スプレーを手に取ってベッドに吹きかけた。



「はぁ・・・。余計な事させないで。」



振り返り、きっと僕を睨む。そんなに拒絶しなくても。酷い潔癖症なのか、酷く僕を嫌っているのか、その両方か。



「それで犯人の捕縛方法だけれど、単純よ。」



消臭スプレーを近くに置き、彼女は椅子に座り直した。



「張り込み捜査ってやつよ。」
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