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4章: 波のまにまに愛を求めて
4-7 動揺
しおりを挟む暫く辺りを探してみるが、辺りが暗すぎることもあって、神永の姿はどこにも見当たらない。耳に入る荒波の音が僕の不安を煽る。数分前より心なしか、更に荒れている気がする。こんな海に肩ぐらいまで入ろうものなら、あっという間に波に呑まれてしまうだろう。
「おいおい・・・今死なれたら困るぞ・・・!」
彼女が居ないと、唯一の兄の手がかりが消えてしまう。今ここで居なくなられては困るのだ。僕は低く舌打ちをした。
その時ふと、遠くの方で誰かが咳き込む音がした。
闇を掻き分け、その音を頼りに急いでそちらに向かうと、波打ち際の地面に両手両膝をついた神永と、そのすぐそばで横たわっている幼い少年を発見した。彼女も少年も、2人ともずぶ濡れになっている。神永はしっかりと体を張って人命救助を行ったらしい。
彼女の元へ、急いで僕は駆け寄る。
「神永!お前あの海の中よく生きてたーー」
近寄ったその瞬間、仰向けになっている少年の顔が、ちらりと視界の隅に映った。
「な・・・・・・え?」
少年の唇は真紫に変色し、頬には海藻と細い髪がへばり張り付いている。不気味なほど、ぴくりとも動かない。
背筋がヒヤリとした。頭の中に浮かんだ想像を、反射的に否定する。
ーーーそんな筈はない。
何の根拠も無く、ただ祈るようにそう呟いた。
でも、怖い。見てしまうのが。
だがこの頭に浮かんだ考えを否定するには、目の前に横たわる事実を確認するしか他に方法が無い。
僕は、恐る恐る彼の顔を覗き込んだ。
虚空を見つめるその乾いた眼球には、闇以外何も映していなかった。モノを思わせる無機質な表情と、大きく見開かれたままになっている両目。眼下にある否定しようのないその光景を見て、僕は思わず「それ」から目を逸らした。
正真正銘、今僕の足元にあるのは、幼い少年の死体だった。
「・・・間に合わなかった。」
彼女は一言、そう言った。
潮騒の音が、遠のいた気がした。
ーーーおかしい。死体を見るのは初めてじゃ無いのに。
人が死ぬ状況は、これが初めてではない。だというのに僕は、すぐにでもこの場所を離れてしまいたかった。足元にある子供の死体から、なるべく遠く離れたところへ走っていってしまいたかった。何も写さない彼の相貌が、酷く恐ろしい。何かおぞましい物と対峙しているようで、途轍もなく気味が悪い。今にも逃げ出してしまいたい。
そこで僕はハッとした。
「あ・・・救命活動は・・・?心臓マッサージとか・・・やらないと。まだそんなに時間は、経ってないだろ。」
「・・・違う。これは単に溺れたんじゃ無い。」
彼女はゆっくりと立ち上がりながら、静かに首を振った。
「確かに彼は頭まで海水に浸かったけど、私はそれをすぐに引き上げた。呼吸できない時間は10秒にも満たなかったはず。なのに、陸に戻る頃には、彼はもう既に息絶えていたのよ。」
淡々と説明し、彼女は両手両膝についた砂を払い落とした。
「奇妙だわ。まるで『頭を水に付けた瞬間息絶えてしまった』かのようだった。人間の命というのは、もう少し丈夫なはずよ。あんなティッシュを水につけた時みたいにぱっと消えてしまうものじゃない。これはきっと単に溺れたのではなく、能力の影響によるものだと思うの。」
神永はこの少年の死を何とも思っていないようだ。救おうとして救えなかった命なのに、それを後悔するような素振りは一切見せていない。ただ目の前で起こった出来事を、客観的に、そして冷静に分析している。
「・・・犯人、捕まえられなかったのね。」
僕の顔を見て、彼女は地面にある、少年の死体を指差した。
「じゃあ、貴方の出番よ。」
「・・・・・・・・・は?」
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