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遠い昔

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「……ジゲン殿。この話は向こうで致しましょう。」
 後ろの方へと目をやり、ここは不味いと目線で訴える。
「あ!そうですね。では、向こうで。」
 俺の視線に気づいてくれたのか、こちらの要請に答えてくれた。
「若。」
 すると意外な人物に呼び止められる。
「どうした?ジョナサン?」
「その話私もお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 もちろん駄目である。
 こんな話を聞かれては正気を疑われるだろう。
 しかし、耳打ちを受けて気が変わった。
「私も転生者です。」

「では、まずはジョナサンから前世を聞いても良いか?」
 あまり考えられないが、ジョナサンがこちらの話を聞くために転生者だと嘘をついた可能性がある。
 もし、そうならば前世を聞くことで答えが分かる。
 叔父上の手紙に同封されていた書類には転生者は歴史的に名前を残す人物である場合が大抵らしい。
 叔父上はその前世の人物について知らなくてもその経歴を聞き、判断していたようだ。
 まぁ、俺は例外だったが、もしジョナサンが転生者ならば、俺も聞いたことのある人物の可能性がある。
 なにせ、俺は歴史オタクでもあるからな。
「私の前世は足利義輝。日の本の室町幕府の将軍です。」
 俺とジゲン殿の顔色が変わる。
 足利義輝といえば室町幕府の第13代将軍で剣豪将軍として有名な人物で、戦国時代、室町幕府を再興させるため奔走した人物である。
 そしてジゲン殿も反応を示したということは……。
「まぁ、とはいっても既に人格はほとんど無くなって、記憶がおぼろげながらあるにすぎないのですが。」
 まぁ、確かに記憶がそのままあると言うのならあの皇帝暗殺の際しくじらなかっただろう。
 そして、第一皇子のフルートの居合いをかわせたのは転生してたお陰とも言えるだろう。
 予め居合いについての知識が無ければ、死んでいただろうし。
 ということはフルートも足利義輝並の剣豪の転生者である可能性もある。
 あくまで可能性だが。
「詳しくは後で聞こう。次にジゲン殿。よろしいですか?」
 足利義輝なんて大物から話を聞き始めたら一日じゃ終わら無いかもしれない。
 とっとと次に行こう。
「私の前世は尼子勝久と言います。かの剣豪将軍殿には負けますが尼子家の人間です。」
 尼子勝久。
 かつて中国地方に存在した大名家で、毛利家を長年苦しめたのが、尼子家だ。
 その尼子家再興を目指し、山陰の麒麟児と言われた山中鹿之介と共に毛利家と戦った人物だ。
「おお!あの尼子家の!尼子経久殿のご活躍はお聞きしてます!」
「そうでしたか!それはありがたい。」
 二人で盛り上がっている。
 少しずつ頭が痛くなってきた。
 そして俺の記憶はそこで途切れるのだった。

 遠い昔の夢を見ていた気がする。
 遠い遠い遥か昔の自分ではない何者かの夢。
「鹿之介!鹿之介!」
 鹿之介と呼ばれた人物は目を覚ます。
「いつまで寝ておるのだ!?」
「ん?あぁすまぬ。」
 鹿之介と呼ばれた人物や起こした人物、その周囲にいる者達も皆、痩せこけている。
「だが、起きていても何も出来ぬ。ならば、寝て体力を温存するのが一番であろう?」
 外を見る鹿之介。
 外には無数の旗が立っている。
 旗印は毛利。
 そして何故か分かる。
 この人物を俺は知っている。
 この鹿之助、恐らく山中鹿之介を起こした人物は立原久綱。
 尼子家の家臣で尼子再興軍の中でも重要な存在だった人物だ。
「まあ、それもそうだが。」
 そしてこの状況を見るに恐らくは上月城の戦いの最中だろう。
 上月城の戦いとは尼子再興軍の最後の戦いである。
「鹿之介!」
 すると廊下の向こうからまた、見覚えのない筈なのに既視感のある人物が現れる。
「勝久様!」
 勝久。
 つまりは尼子勝久。
 尼子再興軍の棟梁である。
 一体どういうことだろうか。 
 何が起きているのか分からない。
「久綱も聞いてくれ。毛利に、尼子一族の自刃と共に城兵の助命を請う書状をだした。」
「っ!お待ち下さい!必ずや織田の援軍が来ます!もう少し!もう少しだけお待ちを!」
 分かっているのだ。
 ここにいる者全てが。
 織田の援軍など来ないということを。
「もう良い!これ以上お主らが苦しむのを見たくはないのだ!もう既に他の一門の者とも話はついておるし、書状ももう出した!」
「くっ!申し訳ありません!私の力不足が故に!」
 すると勝久は笑いかけ肩に手を置いた。
「いいや、お主はよくやってくれた。本当にこのような忠臣に出会えて幸せだ。それに亀井の部隊が羽柴殿共におる。私達の想いを必ずや後世に残してくれるであろう。」
「殿……。」
 涙を流す鹿之介。
 立原も泣いている。
「来世というものがあったらまた、お主と共に戦いたいな。」

 それからはあっという間だった。
 上月城は尼子一族の命と引き換えに開城し、城兵の命は助けられた。
 立原久綱と鹿之介は捕らえられ人質にされた。
 鹿之介は毛利輝元の元へと連行されることになった。 
 が……。
「ぐっ!」
「鹿之介殿!お命頂戴する!」
 腹部を槍で貫かれる。
 何もできずにその場で崩れ落ちる。
(ふふ……。来世というものがあればまた、共に戦いたいですな。) 

「アルフレッド殿!?」
 その光景を最後に意識が戻った。
 どうやら暫く眠っていたようだ。
「一体……。」
「若は突然お倒れになられたのです。」
 なるほど、想定外だが自分についてまた、わかった事が増えたな。
「……勝久様。お久しぶりです。」
「?いや、まさか!鹿之介か!?」
 そう。
 俺、山中盛幸は山中鹿之介の生まれ変わりだった。
 前世でこそ記憶は取り戻せなかったが、今取り戻すことができた。
 つまり俺は山中鹿之介の生まれ変わりの山中盛幸の生まれ変わりのアルフレッドである。
 かなりややこしいがそういうことだ。
「ええ、まぁ、まだ記憶が少し曖昧ですが、そうです。」
「そうか!そうか!またあえて嬉しいぞ!」
 抱きつかれる。
「まぁ、今は同じような立場で、同い年だ。敬語とかはやめにしよう。ジョナサン殿もな。」
「ええ、ですが私の立場もありますので表向きは敬語で行かせてもらうとします。」
 ここに転生者が3人もいる。
 そして全員が何かを再興させようと励んだ者達だ。
「ここにいる3人は皆、何かを再興させようと励んだ者達だ。これからも力を合わせてやっていこう。」
「じゃ、3人だし、桃園の誓いでもするか?」
 無邪気に笑うジゲン。
 鹿之介の記憶が戻ったことで、かつての主に会えた事に喜びを感じているのかすこし、複雑な気持ちだ。
 そして、今度こそは必ず再興を成し遂げてみせると心に誓うのであった。 
(まずはジゲンの再興を成し遂げさせる。前世で成し遂げられなかった事を、今度こそは!)
 そしていずれ、ジョナサンにも領地をあげたい所だ。
 特別扱いするのは王としてはどうかとも思うが、何もしないのは流石に気が引ける。
 元将軍にふさわしい地位をあげなくてはならないな。
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