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戦の常

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「……はぁ。」
 怪我をして戦場に出られないというのがこんなにも辛いとは思わなかった。
 肩もまだ痛むし、あの事で全員にボコボコにされた傷がさらに痛む。
 皆が命を懸けて戦っている時に私は療養することしかできない。
 私の手勢も出払っているなか、出来ることは待つことのみ。
「セイン様。傷に効く薬です。どうぞ。」
「あぁ。ありがとうございます。」
 使用人に紙に包まれた薬とそれを流し込むためのお茶を渡される。
 薬を口に含み、お茶を手にする。
「っ!」
 すると湯飲みが割れ、お茶が溢れる。
 手は少し出血している。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……んん!」
 粉薬を口に含んでいるため喋れない。
 というかこの薬が苦すぎる。
 早く水が欲しい。
「い、今すぐ代わりの物を持ってきます!」
 色々と災難続きだ。
 何か良からぬことでも起きるのではないだろうか。
 ……そんなことよりお茶がほしい。

「はぁっ!」
 目の前の敵が血を吹き出し地面に倒れる。
「何をしている!さっさと殺せ!」
「し、しかし奴は強すぎます!」
 辺りには30人程の敵が倒れている。
 するとタイミングを見計らって馬で知らせに走った、仲間を追おうとした敵がいたので弓を拾い、矢をつがい、放つ。
 矢は見事に相手に命中し、落馬する。
 そして、こちらが剣を手放したタイミングで後ろから敵が斬りかかってきた。
「いい判断だ。だが。」
 それをかわし、矢を相手の首に突き刺す。
「剣が無いからと甘く見すぎだ。」
 辺りには無数の刃溢れした剣や、折れている剣が落ちている。
 剣が使い物にならなくなったとたんに捨てるのだ。
 そして地面に刺さっている剣で戦う。
 日本の刀とは違うが、基本は同じだ。
 そして、もし地面に刺さっている剣が無くなっても倒せば倒すだけ新たな武器がそこら中に死体と共に転がることになる。
 武器さえあればまだまだ戦える。
 そこで辺りに煙が立ち込めていることに気付く。
(あいつら。やってくれたか。)
 徐々に視界が悪くなってくる。
「これで我が主に敵の居場所を伝えた!貴様らの行動は無意味だ!撤退したらどうだ!?」
 正直援軍が来るまで体力が持つかどうかわからない。
 撤退してくれるならありがたいのだが。
「ふざけるな!ここで貴様を殺す!敵の本陣が来るまで時間はあるだろうし、本陣も部隊はかなり少ないだろう!どちらにせよこの戦は我らの勝ちだ!」
 そうなのだ。
 本陣の兵数ではこの敵軍を押さえ込むことは出来ない。
 結局はやられるだけだろう。
 しかし、出てくるのが最善だから出てくるしかないのだ。
「ならば、仕方無い。」
 弓をおき、剣を構える。
「かかってこい!」
「くそっ!かかれ!」

「!あれは!」
 遠くで煙が上がってるのがみえる。
「狼煙か?アルフレッド?」
「いや、あの地点にはなんの指示も出していない。が、あの地点に敵がいるということだろう。行くぞ!全軍ついてこい!」
 一体なぜ、あそこで火の手が上がるのかはわからないが、今はいくしかない。
 敵の数がどれ程でも、中央からジョナサン1人引き抜けば戦線は維持できると踏んでいる。
 まぁ、それでもかなりきついのだが。
 最悪主力の両翼から部隊をいくつか引き抜くつもりだ。
(急がなければ!何か嫌な予感がする。)

「ローゼン殿!」
「おうさ!」
 ローゼンと連携し、敵を倒していく。
 最前線ではローゼンとセラの活躍により、間もなく敵中央を突破出来るところである。
「そういえばジョナサンは?」
「あぁ、あいつなら嫌な予感がするとか言ってアルフレッド様の所へ向かったぞ!」
 まぁ、1人居なくても難なく突破出来そうなので問題はない。
 が、確かに何か嫌な予感はしている。
 だが、流石にこの場をローゼン一人に任せて離れるわけには行かない。
 最も最善なのはとっととこの戦を終わらせることである。
 しかし、敵の指揮官が見当たらない。
 後方に敵の後詰めがいるようにも見えない。
 確かにこの戦場は何かある。
「セラ殿!」
 ローゼンの声で我に返る。
「ここの戦場、確かにおかしい。この場はもう俺一人で大丈夫だ!ジョナサンの後を追え!」
「ありがとうございます!では!」
 私の侍女隊を引き連れ戦場を離脱する。
 急がなくては。

「くっ!」
 敵兵を100人近く斬ってからはもはや数えてない。
 段々と疲弊してきて傷も負うようになってきた。
「はっ!そろそろ終いみたいだな!」
 確かにもう限界が近い。
 しかし、ここで退くわけには行かない。
 ほんの少しでも時間稼ぎをするのだ。
 しかし、火の手も強くなってきて視界も悪くなってきている。
「ぐっ!」
 すると背後から刺される。
 油断した。
 視界が悪くなり、注意が散漫になってしまった。
 いや、只の言い訳だ。
 もう既に体が限界を超えていた。
 すぐに刺してきた敵を殺す。
 しかし、出血がひどい。
 止血しなければ死ぬだろう。
 血を吐き出す。
 心臓には達していないが、これは致命傷だ。
「今だ!囲んで仕留めろ!」
 囲まれる。
 先程までなら囲まれる前に突破したのだが、もう無理だ。
 膝をつく。
 もう立つことも出来ない。
「今だ!やれ!」
 もう終わりだろう。
 しかし、時間は稼げたし、ほんの少しだが、敵も減らした。
 この戦は勝ちだ。
 戦で死ぬ者がいるのは常だ。
 今回はそれが俺だったということだ。
 心残りはセインのことを一度も父さんと呼んでやれなかったことだな。

「居たぞ!敵だ!」
 本陣を率いて火の手が上がっている所へ向かうと、戦闘の後だと分かった。
 地面には無数に転がる敵兵の死体。
 所々にこちらの兵もいる。
「遅かったな!」
 声のする方に目をやる。
 そこには敵軍の大将と思われる人物がいた。
「貴様のお仲間のお陰でこちらは目的を果たすことは出来なかったがな。」
 すると敵の大将は右手に持っていたものを掲げる。
「こいつの戦いぶりは見事だった。そして仲間からも信頼されていた。既に死んでいるこいつの首を取られまいと、方々に散っていた、この火の手を上げて貴様らを呼び込んだこいつの仲間が戻ってきて、無謀にも我らに戦いを挑んできた。」
「ッ!ジョナサン……!」
 敵の大将が持っていたものはジョナサンの首であった。
 頭に血が上り、剣を抜こうとする。
 が、ジゲンに止められる。
「アルフレッド!抑えろ!今いけばお前も死ぬぞ!」
「しかし!」
 ジゲンの制止を振り切って敵の大将を殺そうかとも思ったが、ジゲンの様子に気づいた。
 ジゲンの握り拳から血が滲んでいる。
 ジゲンも悔しいのだ。
 今すぐ殺したいが、この本陣の数では無駄死にすると。
「このジョナサンとその、仲間たちの戦いぶりは見事だった。この者達の戦いぶりに免じて我々はこの戦場に手出しはしない。」
「マトウ様!?」
 側近が驚いた声を出す。
 相手は総大将マトウだったのだ。
 ならば、なおさら打ち取りたいが、厳しいだろう。
「この者達の首は返す。そしてジゲン殿。」
「……なんだ?」
 ジゲンはすごい剣幕でにらむ。
「我々はこの国から去る。」
「なんだと!?」
 馬を返し、進める。
「教団とやらはこのまま戦いを続けて欲しいそうだが、教団なんぞの思い通りになってやるつもりも義理も無いからな。」
「ま、待て!」
 すると馬を止め、振り返る。
「私としても民を上手く纏めることが出来なかった。だが、お前ならば出来るだろう。この国のことを、頼んだ。」
 ジゲンはとても驚いた顔をしている。
「そうだ。アルフレッド殿。首はこの箱に入れ、ここにおいておく。そして、この勇気ある者達に対し、卑怯にも多勢で挑んだこちらの愚将の首もある。それもやろう。」
 従者が首のはいった箱を何個も置いていく。
 一人一人、箱に入れたようだ。
 驚いた。
 マトウがこれほどまで武に礼を尽くす者だとは思っていなかった。
「我々は我々の思う通りに動く。教団は関係ない。それを忘れるな。では、さらばだ。」
 そのまま敵軍は煙のなかへと消えていった。
「アルフレッド様!?どうしてこちらへ!?」
「セラか。」
 どうやらこちらの様子を見に来たようだ。
「あちらは決着がもうすぐ着きます。ですが、この状況は……。」
「……それについては後で説明する。」
 馬を降り、置かれた箱のもとへいく。
 箱を開けるとジョナサンの安らかな顔をした首が入っていた。
「ジョナサン……。」
「くっ!」
 隣にはジゲンもおり、涙を流している。
 こんなにも人はあっけなく死ぬのだ。
 どれ程強くても。
「アルフレッド様?……っ!そんな!?」
 後ろからこちらの様子を覗き、箱の中身を見たセラ。
 とても驚いている様子だ。
「嘘でしょ!?私がもっと早く来ていれば……。」
 涙を流すセラ。
 まぁ、無理もないだろう。
「落ち着け。」
「で、でも!」
「落ち着けといっている!」
 怒鳴ってしまった。
 怒鳴るつもりなんてなかったのだが。
「も、申し訳ありません。」
「……戦場で人が死ぬのは戦の常だ。こんなことでいちいち涙を流すようでは戦場には向いていない。」
 すると立ち直ったジゲンが近寄ってくる。
「……だから戦場には出るな、安全な所にいてくれ。か?もっと別な言い方をしたらどうだ。」
「……え?」
 セラが気の抜けたような声を出す。
 ジゲンには本音を見抜かれていた。
 まぁ、セラには安全な所にいて欲しいのは確かだ。
「……うるさい。戦が終わり次第全軍を集めろ。」
 馬に乗り、その場を後にする。
「あ、アルフレッド様!」
 振り返らず、本陣へと戻る。
 あんなことを言った手前、こんな顔を見せる訳には行かない。
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