安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第十九話 落下物

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「あぁ、あの子のことでしょ、Yちゃんって。小学生の」

 たまたまインタビューに応じてくれた中年女性は朗らかな笑みを浮かべたまま、そう答えた。

「気の毒な事件よねぇ、と普通なら言うんでしょうけど。正直、そう思わない人も結構いるんでしょうね」

 他人事のように言っているが、その表情からは気の毒だという雰囲気はまったく見えない。むしろ、更なる獲物を求めようと目を細め舌なめずりしている獰猛な肉食獣のような油断ならなさが垣間見えて、私は内心ぞっとした。

「それはまた、どうして?」

 だが、ここで表情に出すのはただの阿呆だ。私はあえて微笑を浮かべ、興味たっぷりですというジェスチャーで応える。

「だってあの子ね、悪い子だもの。死んでよかったのよ」

 その意を汲んだ中年女性は、今度はぺろりと実際に唇を舐めた。

「あの子、悪い子でねェ。引っ越してきてから、みんなに嫌われてたのよね」

「そうなんですか。…いったい、なんでまた?」

 不快感より、一体何がそこまで嫌われる理由になったのか、興味の方が勝った。

「あの子のご家庭ねェ、詳しいことはよく分からないんだけど、共働きで日中あの子一人なのよ。でも、ずうずうしいって言うの? とにかく同じクラスの子と帰ってきては、家主の了解も得ずにずかずか上がりこんで、お菓子やご飯を食べるのよ」

「うわぁ…それは、きついですね」

 私は大仰に顔をしかめてみせる。あなたの話に興味をそそられていますというジェスチャーだ。
 無料で相手の口が滑らかになるなら実に安いものである。

「本当にねェ。親がいる家はそれでもまだいいわよ。追い返して苦情を入れることができたんだから。まあ、苦情を伝えても親は親で、地域で子供の面倒を見るのは当たり前だとか言って一歩も退かなかったんだけど」

 掲示板で似たようなさもしい家族の話を読んだことがあるが、被害者の家庭はどうやらそれらに負けず劣らずだいぶ図々しい家族らしい。なるほど、それなら嫌われるのもしょうがないかと私は一人得心した。

「でね、次第に家に入れてもらえなくなったから今度はどうしたと思う?」

「…親が居ない子をターゲットにした、とか?」

 これも掲示板でよく見かける顛末だ。
 しかし、中年女性はそんなことと知らずわが意を得たりとばかりに表情を輝かせた。

「そうなのよ。まあ、それでも帰宅したら漁ってたのがばれることには変わらないでしょ? それであんまりにも苦情が出たもんだから、注意を受けたのよ」

「警察も黙ってるわけにはいかないでしょうしね」

 そういった私だが、中年女性は違うわよと即座に否定した。

「警察なんてあてにならないわ。特にこの辺じゃね」

「え?」

「ま、それに大人しく聞き入れるような人たちでもなかったわ。まあ、そんなんだから他から追い出されたんだと思うけど」

「じゃあ、誰から注意をされたんです?」

 中年女性は、すうっと目を細めた。

「この辺りの、古くから住んでるご婦人会からよ」

「…はぁ」

 よく分からないな。警察よりもご婦人会の方にそんな大きな影響力があるとは思えなかった。
 私の疑問は顔に浮かんでいたのか、中年女性は笑った。

「ほほっ、まあそうなもんよねぇ、普通の人の反応は。あの一家もそうだったわ」

「というと…」

「まあ、ね。ただ、ご婦人会が伝えたのは一家だけじゃないの。近隣のご家庭にも手回しされててね。その結果、Yちゃんと一緒に行動する子がいなくなっちゃったの」

「ははぁ、なるほど」

 そういうことか。
 村八分にされることを考えれば、他の家庭も従うし、そうともなれば警察よりも効果的かもしれない。…ここがどこか地方の閑村ならばだけど。
 それなりに人の移り変わりが激しいこの周辺で、多少昔から住んでる程度の家がそこまで影響力を持てるものなんだろうか?

 私の疑問をよそに、中年女性は話を続けていく。私は慌ててメモを取ることに集中した。

「ともかくね。一人でいるようになったYちゃんなんだけど…それからが更に酷くなっちゃって。色々と悪戯するようになったのよ」

「ああ、なるほど。気を引こうとしたりとかはありそうですね」

「そんな可愛いものじゃあなかったけどね。猫をナイフで切り刻んだり、団地の郵便受けにゴミを突っ込んで回ったり、建物の上から石を投げ落としたりね」

 それは酷い。
 確かにそこまで行くとやりすぎだろう。

「警察には?」

「だぁめよ。孤立してたことが逆に悪い方に影響しちゃってね、Yちゃんがやったという証拠があまり集まらなかったのよ。それを良いことに、Yちゃんの家族は自分たちこそが被害者だと開き直っちゃってねェ。事実無根の罪を着せて、自分たちを孤立させようとしている…って」

「いやはや…それは、嫌われるのも仕方ない、でしょうね」

 そう肯定すると、中年女性は目を輝かせた。なおも口が滑らかに回る。

「あの子ッたらね、やっちゃいけないと言われるほどやりたがるタイプだったのね。色々注意された中でも、特に高いところから物を落としたことを咎められたんだけど…反発して、逆に色々やるようになったのよ」

「うわぁ…それは、なんとも腹立ちますね」

「ホントよ。またこれが子供の癖に悪質で、人が怪我するような状況ではけっしてやらないの。だから尚更注意し辛くてねェ。例えば、橋の上から落とすのよ。通行人の見てる前で」

 私は目を丸くした。

「え、通行人いるんですか?」

「そうなのよ」

 はじめて中年女性は眉をしかめる。

「わざわざ私の前に回りこんで、でっかい石ころを放り投げるのよ。けどどう注意していいか判らないじゃない?」

 判るような気がする。
 高いところから落とすなんて良くないことだけど、けれども橋からだと下に誰かいるってことはまず無いから誰かが迷惑をこうむるからやめろという主張は通じるまい。
「周りが迷惑するからダメ」という一般常識が通じると期待するのは、家に押しかけて勝手に飲み食いする相手には無駄だろう。

 結局のところ、同じ言語を使っていようが同じ価値観を共有できない相手には、何を言えば良いか誰しもが悩むに違いない。

「それで反応に困ってるこちらを見て、にぃ~~~って嗤うの。あの顔が本当に憎ったらしくてねェ…」

 実に悔しそうだ。
 中年女性の顔を見るに、どうやら彼女もやられた口なのだろう。

「それは…確かに、腹立ちますね」

「でしょお?! だから…こういっちゃなんだけど、ざまあみろって思ったわ」

「なるほど…」

 まあ…ここまで話を聞く分には、彼女がそう思うのもやむを得ないのかもしれない。

「それにあの子、とんでもないもの落としてたもの。だから、天罰が当たったのよ」

「天罰、ですか?」

 このご時勢に聞きなれない言葉に、私は思わず鸚鵡返しに問い返す。
 中年女性はそうよ、と大きくうなずいた。

 馬鹿馬鹿しい、数日前までの私なら間違いなくそう笑い飛ばしただろう。しかし、私はただ黙って中年女性の話を手帳に書きとめていく。
 中年女性は促したり制止したりすることもなく、にこにこ笑みを浮かべながら私の行動を見守っている。

 私がここにきたのは、小学生Yの変死事件について聞き込みするためだった。

 事件当時、日中、小学生が頭部を鈍器のようなもので殴られて死亡。
 犯人は不明、凶器も見つからず捜査は進展せず。
 当初は親の犯行も疑われていたが、半狂乱の親は当時両方とも職場に居たと裏づけは取れている。

 たまたま遺族の祖父方の実家との縁があったことで調査を頼まれたわけだが、調べれば調べるほどよく分からなくなる…というのが正直なところだ。

 例えばだ。
 Yの死因、鈍器で殴られたというのは正確ではない。

 詳細を調べた結果、「から球状の、石の塊のような硬く重いものが落下した衝撃」による頭蓋骨陥没が正しい死因とされている……

 屋内で高所から?
 誰がどうやって?
 そして、凶器はどこへ?

 実に奇妙な事件だ。だのに警察の動きも、やけに浅薄に感じる。

 報告をどうするか、今から頭を悩ませながら話を必死に整理する。メモを書き殴る手の動きは止まらない。

 何か…この地域には、面白い秘密が眠っているんじゃなかろうか。そう、私の直感が訴えかけていた。

 おそらく、今の私は…眼前の中年女性と同じような目をしていることだろう。
 日常で伺えない深淵を垣間見てしまった、そうと気づいてしまったことへの優越感。

 しばらくの間を置いた後、これぞ本質だろうと思えた問いを、私は口にした。

「橋の上で、その子は何を落としたんですか?」

 中年女性は、もう一度唇を湿らせると、僅かに声のトーンを落とす。
 その言葉に、私はそんなバカなと思うと同時にどこか納得している自分を感じていた。

「六丁目の、お地蔵さんの頭よ」


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ツギハ6ニチ19ジ
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