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第五十四話 バスの広告
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先日無事米寿を迎えたY田さんの趣味は、健康促進を兼ねた散歩だそうである。
その日も散歩をしていたが、やけに日差しのきつい日で、気づけば大分体力を消耗している。
へとへとになったY田さんは適当な生垣に腰掛け、何の気なしに道路を走る車をぼんやりと観ていた。
(この調子だと、まだまだ日差しはきついなぁ。バスかタクシーにでも乗って帰った方が良いかも知れない。ああ、でもタクシーだときついか。最近物価高で年金もカツカツだからなぁ)
そんなことを考えていると、ちょうどバスが走ってきたのが見えた。
さすがに彼の年だと走って追いかけるのは無理なので、次のバス乗り場を捜すために路線だけでも確認しようとバスの後ろに目を凝らす。
(ん、あれ)
しかし、目的地は確認できなかった。
バスの背面一杯に、白シャツを着た笑顔の男性が描かれていたせいだ。
『相続の問題、気になっていませんか? そんな時は我々、遺産マストバイ』
バスの背面全体に白地で塗り込まれ、そこへ男性と売り文句が描かれている。
(おいおい、こんなんじゃ行き先確認できんじゃないか。どころかバックミラーも見えんだろう)
おりしも先の誕生会で遺産を巡りちょっとした問題が起きたことも思い出し、Y田さんは不機嫌になった。
それでも、文句を言いに行くなどの何かしらリアクションを起こすほどには体力は回復していない。
いらいらしながらもY田さんにできるのは、続けてのバスを待つくらいだった。
「またか!」
しかし、程なくしてきた次のバスでも行き先案内は確認できなかった。
さっきと同じ、白地に笑顔の男性。
違うのは広告の文面のみ。
『若い肉も老いた骨もたちどころにズンバラリン! 刃物を買うならAZENOまで!』
(今時のバス会社はどうなっとる! 安全配慮がなっとらん!!)
むっとし、連絡先を捜そうと目を凝らしたY田さんは、ふと妙なことに気づいた。
(…あれ、あの男。さっきのと同じ顔じゃあなかったか…?)
先ほどはぱっとでしか見られなかったが、あのわざとらしい笑顔が同じもののような印象がある。
なんというか…目が、笑みに歪んでいても笑っていない?
いや、どちらかといえばこちらを値踏みしているような…実に、不快な顔。
そんなことを考えていると、バスは先の四辻を曲がってしまった。男の顔も、もう見えない。
逃げられた、そう思ったら無性にY田さんは腹が立ってきた。
(くそ…今度こそ連絡先を見つけてやるからな)
大体なんだ、あのふざけた広告は。
実に身勝手な逆恨みではあれどもY田さんは改めて次に来るバスを鵜の目鷹の目で探し始めた。
次のバスはなかなか来ない。
それでも三十分くらいしただろうか。強い日差しの中、Y田さんの広くなった額を大粒の汗が滴り落ちる。
「あ、きたっ」
先ほどまでと同じ路面バスの姿を目の端に捕らえたY田さんは、側面にあるだろう連絡先を目に焼き付けようと身構える。
ブロロロロ……
丁度前の四辻には多数の車が並んでおり、バスは徐行してY田さんの前に入ってきた。
Y田さんは今度こそ見逃すまいとしっかり側面に立った。
そこには側面一杯に白地と先ほどの男。
そして、
『米寿を迎えたあなたのために、安らかな寝床をご用意しています。今すぐご連絡ください。片敷墓石』
『来園来訪、ご家族揃ってお待ちしております。今すぐにご連絡ください。安瀬乃霊園』
『すぐにでも、最高の焼き具合を用意してお待ちしております。急な団体客の予約もOK。今すぐにご連絡ください。安瀬乃斎場』
びっしりと、広告の文字が並んでいる。
息を呑むY田さん。
ありえない、そう思った。こんなもの、バスではなく広告カーではないか。しかも、並んで写る男性モデルはどれも同じ人物。
異常な広告に気おされ周りを見渡すも、足早に通り過ぎる誰もがそのバスに目を向けている者はいない。
思わず後ずさりすると、まるで招き入れようとするようにぶしゅーっという音を立ててドアが開かれた。ここは乗り場でも無いのに…
は、とY田さんは直感的に悟った。
あれらの広告は、自分に向けてうたれたものなのだと。
もし、この広告に誘われて乗ったらどうなるのだろうか…そう考えた途端、ぞっと総毛立った。
時間にして数分経ったろうか。
業を煮やしたのか、バスは扉を閉めた。
ちょうど信号が変わったようで、車の群れは瘧《おこり》のように身を震わせてただただ立ちすくむY田さんを置き去りにバスを飲み込み、次々走り抜けていく。
広告の男は、Y田さんから視えなくなるまでずっとずっと穏やかな笑みを彼へ向けていた。
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ツギハ6ニチ19ジ
その日も散歩をしていたが、やけに日差しのきつい日で、気づけば大分体力を消耗している。
へとへとになったY田さんは適当な生垣に腰掛け、何の気なしに道路を走る車をぼんやりと観ていた。
(この調子だと、まだまだ日差しはきついなぁ。バスかタクシーにでも乗って帰った方が良いかも知れない。ああ、でもタクシーだときついか。最近物価高で年金もカツカツだからなぁ)
そんなことを考えていると、ちょうどバスが走ってきたのが見えた。
さすがに彼の年だと走って追いかけるのは無理なので、次のバス乗り場を捜すために路線だけでも確認しようとバスの後ろに目を凝らす。
(ん、あれ)
しかし、目的地は確認できなかった。
バスの背面一杯に、白シャツを着た笑顔の男性が描かれていたせいだ。
『相続の問題、気になっていませんか? そんな時は我々、遺産マストバイ』
バスの背面全体に白地で塗り込まれ、そこへ男性と売り文句が描かれている。
(おいおい、こんなんじゃ行き先確認できんじゃないか。どころかバックミラーも見えんだろう)
おりしも先の誕生会で遺産を巡りちょっとした問題が起きたことも思い出し、Y田さんは不機嫌になった。
それでも、文句を言いに行くなどの何かしらリアクションを起こすほどには体力は回復していない。
いらいらしながらもY田さんにできるのは、続けてのバスを待つくらいだった。
「またか!」
しかし、程なくしてきた次のバスでも行き先案内は確認できなかった。
さっきと同じ、白地に笑顔の男性。
違うのは広告の文面のみ。
『若い肉も老いた骨もたちどころにズンバラリン! 刃物を買うならAZENOまで!』
(今時のバス会社はどうなっとる! 安全配慮がなっとらん!!)
むっとし、連絡先を捜そうと目を凝らしたY田さんは、ふと妙なことに気づいた。
(…あれ、あの男。さっきのと同じ顔じゃあなかったか…?)
先ほどはぱっとでしか見られなかったが、あのわざとらしい笑顔が同じもののような印象がある。
なんというか…目が、笑みに歪んでいても笑っていない?
いや、どちらかといえばこちらを値踏みしているような…実に、不快な顔。
そんなことを考えていると、バスは先の四辻を曲がってしまった。男の顔も、もう見えない。
逃げられた、そう思ったら無性にY田さんは腹が立ってきた。
(くそ…今度こそ連絡先を見つけてやるからな)
大体なんだ、あのふざけた広告は。
実に身勝手な逆恨みではあれどもY田さんは改めて次に来るバスを鵜の目鷹の目で探し始めた。
次のバスはなかなか来ない。
それでも三十分くらいしただろうか。強い日差しの中、Y田さんの広くなった額を大粒の汗が滴り落ちる。
「あ、きたっ」
先ほどまでと同じ路面バスの姿を目の端に捕らえたY田さんは、側面にあるだろう連絡先を目に焼き付けようと身構える。
ブロロロロ……
丁度前の四辻には多数の車が並んでおり、バスは徐行してY田さんの前に入ってきた。
Y田さんは今度こそ見逃すまいとしっかり側面に立った。
そこには側面一杯に白地と先ほどの男。
そして、
『米寿を迎えたあなたのために、安らかな寝床をご用意しています。今すぐご連絡ください。片敷墓石』
『来園来訪、ご家族揃ってお待ちしております。今すぐにご連絡ください。安瀬乃霊園』
『すぐにでも、最高の焼き具合を用意してお待ちしております。急な団体客の予約もOK。今すぐにご連絡ください。安瀬乃斎場』
びっしりと、広告の文字が並んでいる。
息を呑むY田さん。
ありえない、そう思った。こんなもの、バスではなく広告カーではないか。しかも、並んで写る男性モデルはどれも同じ人物。
異常な広告に気おされ周りを見渡すも、足早に通り過ぎる誰もがそのバスに目を向けている者はいない。
思わず後ずさりすると、まるで招き入れようとするようにぶしゅーっという音を立ててドアが開かれた。ここは乗り場でも無いのに…
は、とY田さんは直感的に悟った。
あれらの広告は、自分に向けてうたれたものなのだと。
もし、この広告に誘われて乗ったらどうなるのだろうか…そう考えた途端、ぞっと総毛立った。
時間にして数分経ったろうか。
業を煮やしたのか、バスは扉を閉めた。
ちょうど信号が変わったようで、車の群れは瘧《おこり》のように身を震わせてただただ立ちすくむY田さんを置き去りにバスを飲み込み、次々走り抜けていく。
広告の男は、Y田さんから視えなくなるまでずっとずっと穏やかな笑みを彼へ向けていた。
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