安瀬乃片敷六丁目六番地六号より

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第五十八話 うまわらべ

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 私の元同僚の話。

 彼女は同じ高校からの付き合いだったけど、そのころはまだ面白いというか、ちょっと流行に流されやすいところがあるものの人好きのする子だった。
 ただ、人に好かれるのが当たり前と考えていた節があり、そのせいで大学のときに悪い男に捕まってしまった。
 いや、詐欺やDVがあったという訳じゃないの。
 ただ…そいつ、怪しい宗教に傾倒していたみたいでさ。

 あるときなんだけど、某県に彼女と二人だけで旅行に行こうって言いだして。
 いざ待ち合わせに行ったら、その場に彼氏と、その友達と名乗る男が数人いたのを見て、慌ててこっそり逃げ出したことがある。
 今思えばその時点で大分感化されちゃってたんだろうな。
 私が待ち合わせにこなかったことは責められたけど、彼女もだましたんだからお相子だよね。
 だから気まずくなっちゃって、それからはどちらともなく距離を置くようになっちゃった。

 だのに、たまたま受けた職場が一緒になっちゃってさ。

 一年近く離れてたから、久しぶりに再会したときは同じ人かどうか目を疑っちゃったよ。

 だってさ…すごい、太ってたんだ。
 それまではね、美女とまでは言わないけどそれなりに笑顔が可愛い、細身のすらっとした子だったのよね。悔しいけど、高校時代は私より男性人気高かったよ。
 けど、職場で再会した彼女は…ミシュランマンって知ってる? あんな感じ。
 思わず「見ない間にあんたどうしちゃったの?」って聞いちゃった。

 そしたらね、彼女、笑って言うの。
「素敵でしょ?」って。
「女はデブであるほど美しくなるのよ」って胸を張って言うのよ。
 思わず、目が点になっちゃった。
 ここがアメリカならともかく、日本でそんな訳ないじゃない。
 どんだけ私が太らないよう、間食とかに気を遣ってきたと思ってんだか。そりゃ私の顔じゃモテませんけどね、それでも万が一の幸運をつかむためにも努力は欠かしてないのよ!
 …ごめんね、関係ない話になっちゃった。

 ともかく、びっくりしてる私に彼女は色々教えてくれたの。
 どうもね、彼氏——うん、まだ続いてたのよ、こっちもびっくりだったわ――に、そう刷り込まれてたみたいだった。
 まあ人の性的嗜好にケチをつけるつもりはないけどさぁ…正直、どうやって性欲処理してんだろってちょっとだけ気になっちゃった。だって自分の足の爪さえ切れないくらいなのよ? ま、聞かされても困るんだけど。

 で、困ったことと言えば、あの子私だけじゃなくて周りにも持論を押し付けてきてねぇ。これでもかなりうっとうしいのに、それだけじゃなく、ダイエットとか頑張ってる子をあからさまに見下すようになったの。
 そりゃもう、嫌われたわ。けど、彼女は勝者の余裕?でその反応すら、鼻でせせら笑うのよ。それがまた、反感を買いまくっちゃってねぇ。
 一月もすれば関係ない私まで巻き込む勢いで孤立してたわ、彼女。え、私?
 私はちゃんと体形維持しようとしてたし、彼女の誘いをあしらってたからかろうじて…ね。

 事態が変わったのは、入社して3年目くらいだったかなぁ。
 夏に入る前に、彼女有給申請したの。
 結婚の挨拶に彼の実家に行くって。
 ところがね、有給が切れてもひと月近く出社しなかったの。
 最初は邪魔ものがいなくなったって喜んでいた同僚たちも、さすがに人手不足になってね。部長が代表して出社するように説得したんだけど…驚いたわ。
 彼女、がりっがりに痩せてた。お腹以外。
 …知ってるかな、仏教でいう餓鬼って存在。餓鬼道っていう地獄に落ちた亡者なんだけど、痩せ衰えてるのにお腹だけまんまると膨らんでるのね。まさに、そっくりだった。
 どうしたのかって、部長が尋ねたとき…彼女は、げっそり痩せさらばえた顔で笑って言ったわ。
「子供を授かりました」
 その表情は、今でも覚えてる。顔こそ部長を向いてるんだけど、目が焦点合ってなくて虚ろでね。にんまりと笑ってるんだけど、あんなに幸せという表現が似合わない懐妊報告ははじめて見たわ。周りの同僚ももう、どんびき。
 部長が震える声で「し、仕事はもういいから家に帰りなさい」って言ったけど、彼女は口元を吊り上げて「いいえ、休んだ分は頑張ります」って答えた。

 もうね、これで居場所が無いのはぶうたれてた同僚よね。

 不気味なんてもんじゃないし、それを抜きにしても働かせられるような有様じゃない。これで無理強いをしたらどうなるか、なんかあったらその責任をだれがとるのかって部長はじめ見えない爆弾をたらいまわしにしてるような雰囲気だったわ。
 ただ、当の彼女は気にしてないみたいでさぁ。やりづらいったらありゃしない。
 結局、耐えかねた周りの無言の圧力に圧される形で私が体調を尋ねたら、ギラギラ血走った眼で見つめて答えたわ。
「本当に大丈夫よ。確かに、疲れ易くはなってるけど…でも、あの方の子供を授かれて幸せなの。おかげでやる気がすごい満ち溢れてて…なんていうのかな、それまで真っ暗闇を手探りで生きていた中でようやく目覚めた、まるで虹に包まれるような爽快感に満ち溢れてるの」
 
 ……。
 そこまで言われたら、こちらとしても止めようが無いじゃない、ねえ?
 だからさ、私ももうしょうがないかなって。

「そっか。じゃあ、もう止めない。ただ、あなたのこと…お子さんや旦那さん以外にも心配してる人がいるから、決して無理はしないでね」

 そう伝えたの。

 そしたら、さ。

 彼女、はっとしたように目を見開いたわ。そして…次の瞬間には涙を浮かべて、掠れた声でありがとうって言ったの。

 そのときの顔…なんでかな、高校時代のときを思い出しちゃった。

 ……もっと、彼女と色々話すべきだったなって後から思ったわ。

 まあ、もう、それはできないんだけどね……。



 翌日、会社に出勤した時は大騒ぎになってたわ。

 残業で残務処理に当たってた彼女、コピー室で亡くなってたんだって。コピー機にぐったり寄りかかったまま…干からびた赤ん坊に繋がってるへその緒を血がにじむほど強く握りしめてね。

 でさ、不思議なのが、なぜかその部屋がすごく甘ったるい匂いで充満してたの。

 死体を処理した人の話だと、匂いの元は赤ん坊からだったって。
 …未熟児を生んだ人の話は聞くけど、産んで数時間で干物みたいになるなんてこと、あるのかな?
 いや、それ以前にそんな甘ったるい匂いを発生させるものなのかな? 普通は血の匂いとかしそうなもんだけど。

 大体、突然痩せたことからして謎だらけよね。



 そんなんだから色々騒ぎになっちゃってね。

 一応会社の方から、彼女の実家に問い合わせてみたりしたんだけど…これも、色々良く分からないことになってるのよね。
 親戚兄弟がいないのは入社時にははっきりしてたけど、両親はすでにお亡くなりになってたんだって。なら旦那は、と携帯とか調べてみたんだけどそれらしい存在が見当たらないみたいでさ。
 驚いたことに、携帯の連絡先はたった一つ。そこに掛けてみると現在は使われてないって返されるし、住所を地図検索で調べると山中の潰れたラブホテルが表示されてるだけ。
 今は会社の法務部でどう対処するか対応中って話。



 で、この話なんだけど、別の方でちょっと進展があったの。

 この前実家に帰省した時に話したんだ。

 そしたら、たまたま聞いてたひいおばあちゃんがさ。
「それは、うまわらべじゃな」って言ったんだ。
 もう年も年で歯もあちこち欠けててとにかく聞き取りにくかったけど、どうやら私らの故郷でひっそり語られるどマイナーなオバケみたい。

 わらべは童、つまり子供のこと。で、うまってのは馬じゃなく、美味い、または甘いってのが語源だそう。
 こいつってば山の中に現れ、とても甘い匂いで獲物を捕らえるんだけど、相手はその際とても幸せな幻覚を見させられるみたい。で、奉仕させたり栄養を蓄えさせられて、最後は子供の養分となる…こうやって話すとかなり邪悪な存在だよね。
 彼女の言う彼とやらも、その幻覚だったのかも?



 ただ、ひとつ良く分からないことがあるんだ。

 おばあちゃんの話では、うまわらべは要は寄生して、成長したら出ていくはずじゃない?
 でも、今回の話だと…そうはならなかった。まさか、干物が完成体ですってことは無いよね?
 でさ、思ったんだ。

 もしかして、もしかしてなんだけどさ。

 私が最後に声を掛けたことで、あの子、正気に戻った…なんてこと、あるのかなぁ。
 けどさぁ、漫画とかならそういう展開あるけど、実際には私と彼女はそこまで親しい関係じゃなかったはずなんだよねぇ。高校までは確かに仲良かったけどさ。

 ただ、仮にそうさせたのが事実だとしたら…彼女にとって、それだけ高校のときの思い出が大切に想えたのかなって。
 私との会話が彼女にとって良い事だったのか悪い事だったのか。その点がほんのちょっと、胸につっかえてるんだ。

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 ツギハ18ニチ19ジ
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