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異世界での生活

主婦の鎧を脱いだ沙織

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「ふぅ。お待たせ」

 扉から、ニールが汗を拭いながら出てきた。暑くはないのに···

 そういえば、今ってどんな季節なのかしら?周りを見渡すと···

 似たような長袖の服ばかりでわからない。

「ニールさん。この世界って季節ってあるんですか?」

 ギルドから町までは、そう距離はないらしく目的地の衣装屋まで直ぐに着いた。

「ありますよ。季節なら。あそこに大きなミレイ山があるんですが、あそこが白くなると冬になって、今は秋です」

 ニールは、大きな腕を真っ直ぐに伸ばした方向に山はあり、白くはなっていなかった。

「あ、サオリおばちゃん! ここだよ」

 一目散に駆け出して転ぶ所は、万国共通か。

「キリ、先にアルーを···」

 キリは、汚れたズボンの埃を叩き、アルーを店先に繋げた。

「サオリさん···」

 ニールは、サオリを庇うように店の中へ入るとキリも続けて入っていった。

「こういうものしか、ないですが···」

 ニールが、店主に声を掛け、店主はサオリを値踏みのような目で見、奥の棚から一式の女性衣類を持ってきた。

「こんなに···素敵···」

 見た目どの女性が着ている物は、同じように見えても、そのひとつひとつ丁寧に刺繍や飾りが施されており、沙織はその内の一着を手に、女店主と奥へと消えたが···

「やっ···えっ? あっ、駄目です。そんな···あっ···」

 奥から聞こえるサオリの声に、キリは、ニールに、

「おばちゃん、大丈夫?」

 と聞くもニールの耳には届いていないのか、キリは勝手に店内をブラついては鏡の前でおもちゃの剣で遊んでいた。

「それは、まだお前には早い」

 ニールは、キリからおもちゃの剣を取り上げると、キリに似合いそうなマントを探した。

「お、お待たせしました···」

 女店主によって着替えをさせられたサオリの隣には、ニマニマと笑った店主。

「ど、どうですか? わたし、こんなの初めてなんで···」

 どの女性もが着てる衣装ではあるが、ニールは言葉を失った。

「おばちゃん、可愛い! ね、お父さん!」

 キリの嬉しそうな言葉に、ニールも、

「うん。きれいだ」

 身体の中に熱くなるモノを感じながら、言葉少なげに言った。

「い、幾らだ?」

「3銀でいいよ。にしても、あんたほんといい身体してる。ま、あたしには負けるけどなっ!」

 着ていた服をキリのマントを麻袋にしまい、アルーの背中へと括り付け、次の店へと向かう。

「なんか、凄い。ジロジロ見られてるような···」

(服だけをお願いしたのに···)

 ほんの数分前まで一緒に言葉を交わしたサオリの顔が、まともに見れない位にニールは、激しく動揺していた。

 一方、沙織は沙織で···

(やっぱり、現地の人ってこんなヒラヒラしたドレスをきれいに着こなしてるのね)

 別の意味でへこんでいた。そして、ニールが言葉少なげになった原因が、自分の大きな胸にあるとは思ってもいない。

「おばちゃん、すごく可愛い。お姫様みたいだ」

 キリは、キリで、後ろを振り返りつつサオリの顔を見ながら、歩いていた。


「ここは?」

 大きく上からぶら下がっているモノが、何であるか?は、主婦をしている沙織ですらも想像はついたが···

「これか? マッホだ」

 そう言われても、沙織にはピンとこない。豚かそれに近い動物なんだろう。

 キリは、新しく出た肉の燻製を少し店主から貰って口を動かしている。

「マッホを1、あとサプールを2くれ」

「はいよ。ニール、結婚したのか?」

 店主のからかいを睨み返しながら、ニールはいつものように2銀渡すと、それもアズールの背中へと括り付けた。

 町全体に大きな鐘の音が響き渡る。

「もう昼か。キリ、腹は?」

「減った! おばちゃんもお腹空いたって」

 聞かれてもいないのに、キリはサオリの代弁をし、サオリが笑う。

 アズールを引きながら、すれ違う人並みを見るもやはり沙織は、落ち着かなかった。

(皆と同じ服を着てるのに、なんでかしら?)

 衣装屋でも肉屋でもそうだったが、どこを歩いても、

「よ、ニール! いつ帰ってきたんだ?」

 だの、

「ニール、次は俺を呼んでくれよ!」

 だのすれ違う男性もさながら、女性からもいろいろな言葉を浴びせられ、ニールはそれぞれに言葉を、返していった。

(いったい、この人はなんなんだろう? キリくんは、強いとか言ってるし)

 そんな思いを胸に、ニールの後をキリの手を繋ぎ、歩いていった。


「ここで、いっか。ここなら、食べれる物も多いし」

 店の佇まいは、先程の衣装屋並みに古さはあるものの、扉を開ける前から賑わった声や匂いが漂っている。

「よぉっ!」

 ニールが、入ると一瞬店内が静かになり、

「ニールッ! お前、生きてたのか?!」

 驚きの声が聞こえたり、

「キリ? お前デカくなったなぁ!」

 嫌がるキリを捕まえては、頭をぐりんぐりん撫で付ける男性もいた。

「お前···結婚したのか?!」

 肉屋の店主同様に言っては、ニールから頭にげんこつを喰らっても怒る人はいない。

「オヤジ! 合鴨の燻製とチーズ。あと、適当に見繕ってくれ。それと、酒とミルク!」

(ここでも、視線を感じる···)

「おばちゃん、似てるんだよ」

 丸い椅子に腰掛けたキリが、俯く沙織にそう言った。

「似てる? 誰に?」

(こんな世界に映画やテレビなんてものはない。いったい、何に似てるの?)

「女神、だ。正しくは、この国を作ったレノンという女神に···」

 ニールは、そう言うとテーブルに置かれた酒を飲み始めた。

「お父さん?」

「あ?」

 沙織は、隣に座ってたキリが、ソワソワしてるのを感じた。

「キリくん?」

「お仕事?」

「あぁ···」

 そういえば、待ってる時に王兵がくるとお父さんは長い仕事に出ると教えてくれた。どんな仕事なんだろうか?

「おばちゃん···」

 沙織は、どうしていいかわからず、ただただキリの固くなった握りこぶしをそっと包んだ。

「大丈夫だろ? 今までも俺が仕事で家を開けても、お前はひとりでやってこれた。その為に全てを教えてきた」

「え? でも、まだ6つですよ?」

 驚いた沙織は、酒の入ったグラスをもてあそぶニールに詰めかかったが···

「うん。そうだよね! ぼく、いっぱい魔法のお勉強してるから···生きて···」

「ばーか! 男の癖に泣くんじゃねーよ。湿っぽくなるじゃねーか。俺みたいな男になるんだろ」

 キリは、グッと涙を袖で拭くと、

「お腹空いたから、たーべよっ! おじちゃーん! パンちょーだーい!」

 お店の中に渡るような大きな声をキリは、張り上げた。

 シンとなった空気が、また賑やかになり始めた···。


 リストランテを出ると、ニールは光の像へとサオリを案内した。

「これが?」

「あぁ、似てるだろ?」

 そう言われても、沙織には像と自分を比べてもいまいち似てるのかはわからないが···

(絵でもあったら、わかるのに···)

 そんな事を思った沙織でも、内心はちょっと嬉しかったりする。

 泣き疲れたキリをベッドに寝かせ、沙織は庭でタバコをふかしてるニールの傍へ座った···

「いいですか?」

 タバコを口に咬えたニールは、サオリを見るなり、何かを言おうとしたが口を閉じ、ただただ空を仰いでいた。

 仕事の大変さはわかる。

 あの人もいつもそうだったけど。

 けど、こんな小さな子供を置いてなんて···

 交わされる言葉はなく、ただふたりジッと空だけを眺めていた。
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