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-monster children-
#14-monster children-
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十二月も中盤に差し掛かり町はクリスマス一色に染まっていた。
駅から学校まで続く道路脇に佇む街路樹達も電飾に彩られ毎夜ライトアップされているが、生まれてこの方恋人など居たことのない私にとっては縁のない光景だ。
バレー部の手伝いを終えすっかり暗くなった歩道を照らしてくれるのは有難いが、同時にこのクソ寒い中それを見ながら公道で二人きりの世界に入り浸り、そこまで広くない歩道をノロノロと歩くカップルを量産するのはやめていただきたい。
本当はいつもの様に車道から自転車でぶち抜いてやりたいのだが、冬場は車道端の白線が凍結していることがあり暗くなるとそれに気づくことが難しく、一度派手にこけたことがあるのでそれ以降暗くなってからは歩道を押すようにしているので、幅的にどうしても前に出ることが困難なのだ。
昨日は貴重な休日を返上して少年の代わりに金子さんと葛ノ葉さんのデートを友人と二人でストーキングし、今日は仲良く重なって二つで一つですとでも言わんばかりの影共を踏んで帰路に着いていると、私の高校生活はこれでいいのかと虚しくなる。
誰に言い訳しているのかと頭をふると、殆どが地元民か寮生で構成される我が校の生徒の中で数少ない電車組の友人を視界の先に捉え、歩道の少し広くなっている部分で邪魔なカップルを追い越し、自転車をカラカラ言わせながら小走りで近寄って見知った小さな背中へ声を掛けた。
「桃、珍しいね今帰り?」
「うわびっくりした!なんだマメか、驚かさないでよ。」
「なんだとは失礼な。寂しそうに一人で歩いてたから声を掛けて一緒に帰ってあげようというあたしの心意気がわからんのかね?」
「別に寂しいなんて思っとらんわ。本当はそっちが寂しいだけだろ?」
桃こと望月桃は今の学校では唯一同じ中学出身の同級生だ。
中学の頃は常に教室の一番黒板に近い席で本を読んでいるタイプの物静かなかつ勉強の出来る優等生で、髪型も安定の黒髪ショートボブだったので決して目立つ方ではなかった彼女だが、高校デビューのタイミングで学校で許されるギリギリの明るさに加え外ハネさせることで軽さを演出した髪型にイメチェンし、それに合わせるようにキャラも若干だが闊達なものへと変化を遂げたように思う。
150㎝弱という最高に可愛らしい背丈は私の理想と言っても過言ではないのだが、彼女からすれば長身の私の方が羨ましいらしく、身長の話題で嘆く度にお裾分けしてあげたいと少し考えてしまうも、それで彼女の栗鼠のような可愛らしさが薄れてしまうのは嫌なのでぐっと歯を食いしばって分け与えるのは我慢している。
それはそうと帰宅部仲間で小動物の様に可愛いのに浮いた噂の一つもない彼女が、なぜこんな時間にと脳をフル回転させ最も高い可能性に行きついた。
「そっか、桃もとうとう色を知る年頃になったか。あたしゃ祝いたさと悔しさと妬ましさと恨めしさが入り混じって何だか複雑な気持ちだよ。」
「十中八九勘違いしてる上に負の感情の割合多いなおい。」
違ったらしい。
電車で一緒になることが多くなりいつの間にかこのように打ち解けて話せるようになっているが、一年前までは会話した記憶がほぼないので偶然というものの強さを感じ得ない。
クラスが違うということもあり顔を合わせる機会は少なく、相変わらず学校で話すことのない友人だが、特にこれといった理由はないが何とはなく長く続きそうだと感じている。
余談だが友人と言えば真っ先に後ろの席の羽曳野冬華の顔が思い浮かぶが、私の友人という共通項を持ってはいるにも関わらず桃と彼女の仲はすこぶる悪いというのは本当に不思議な話だ。
せっかく話すようになったので私からすれば三人で遊ぶというのも楽しそうだと思いそれぞれ別個に提案してみたこともあるのだが、桃曰く向こうが勝手に突っかかってきているだけ、冬華曰く口に出す程の事じゃないと教えて貰えず、未だ三人でお昼ご飯を食べる事すら叶っていない。
「今帰りって事は今日も運動部の手伝いか?」
「うん、今日はバレー。」
「入部もしてないのに良くやるよ。そんなに体動かすのが好きなら中学の時みたいにやればいいじゃん。」
「いやー正直入学する時にそれも考えはしたんだけどさ、やっぱ試合とか合宿って土日とか連休とかにする訳じゃん?そしたら恋人ともあんまり遊んだりできなくなるし、高校ではいいかなって。」
「それは今意中の相手が居る人間の考えることなんだよなー。クリスマス直前にもなって相手はおろか狩る目標の目星すらつけられなかった時点で、捕らぬ狸の皮算用が激しいというかなんというか。」
「それは私の周りに二メートル超えの男がいないのが悪い。あと狩るとか言うな、あたしは狩られる側だ。」
「へいへい。狩られたきゃ北海道のクマ牧場にでも行ってこい。」
彼女から見た私は確かに頭一つ分どころか少し前までは30㎝の物差し一つ分以上、計ったことは無いが肩幅から筋肉量に至るまで隔絶した差が存在するのは誰が見ても明白ではあるものの、心は人一倍乙女を自負する者をそのように例えるのはいかがなものか。
「帰りが一緒になることって久しぶりだし、茶でもしてく?お腹空いてるなら斯波きにいっても良いけど。」
つい今しがた害された気分だがその珍しいお誘いで瞬時に許してしまう。
桃からすればただ此方の目を見て言っただけなのだろうが、此方から見れば上目遣い所か少し顎を挙げて問いかける顔に何というかこうそそられるというか、お姫様にお願いされる騎士の気持ち的なものを感じてしまうのだ。
もちろん答えはイエス以外存在しないので瞬時に母上へ連絡を入れ帰宅時間も訂正しておいた。
小さな背に案内されて南商店街を抜け、レンタサイクルを返却しつつそのまま駅を北に進んで、駅前に構える斯波カレー店をスルーし喫茶店へと案内してもらう。
一番広い道から脇道に入りたどり着いたのは、シックで落ち着いた雰囲気を醸し出すカフェだった。
入り口の小さなツリーとサンタライトの間を通り重たそうな茶色い木の扉をギィと開くと、カランコロンと来客を告げるベルが鳴る。
優しそうな妙齢の女性が歓迎の定型句と共に奥から現れ、奥にある暖炉に一番近い席へと案内してくれた。
おそらくクッションフロアではなく本物の木で作られているからだろう、歩くと独特の響きが耳を打ち物凄く高級な店なのでは勘ぐってしまったが、この友人が案内する店なのでそんなことはないかと直ぐに正気に戻る。
とはいえ席に着いて暖炉で燃える薪の音などを聞いていると一抹の不安が再燃し、本当に高くないよねそんなに持ってないよなんて言いながらそわそわ内装を眺めていると先ほどの女性が水を持って現れた。
コップを置くと共に一緒にメニューもくれたので急いでオーダーを決めなければと焦っていると、注文が決まればベルを鳴らすシステムだと教えてくれたので、どうもと小さく返事をして背を見送る。
海外の歴史ある給仕姿で今しがた水を下ろしたばかりの盆を胸に抱き、恭しく頭を下げながらごゆっくりどうぞなんて言われると何だか本物の貴族令嬢にでもなったような感覚に陥ってしまうのも無理からんことだろう。
「どう、ここいいっしょ。」
「よく見つけましたわねもっちゃま。まさか駅北にこのような場所があるなんて思ってもみませんでしたわよ。」
「なんだそのキャラ、まあいいけど。ここ十八時半閉店なんだけど、最後の一時間半は女子学生に限り閉店間際セット八百円なんだよ。お得って言っても在庫処分も兼ねてるから飲み物だけ選べてフードは選べないんだけど。」
言われて手元メニューの最下段にある件のセットに目をやると、どうやらケーキセットとフードセットの二種類があるようだ。
慣れた手つきで桃がベルを小さく降ると高く澄んだ音が鳴り響き、すぐに先程とは違う女性が現れたので桃はフードセットを頼み、私は先ほどのお嬢様口調は流石に失礼なのでいつもの口調のはずなのに、何故かたどたどしくなった日本語でケーキセットを頼む。
「珍しいじゃん。てっきりモリモリ食べると思ってた」
「そこはまあ私も成長したって事で。」
正直部活の手伝いでお腹はペコペコなのでフードセットにしたい気持ちもあったのだが、家に帰れば母が丹精込めて作ってくれた晩御飯が待っているので心中では涎を垂らしつ、なにより先日の二の舞はごめんだという思いから我慢する。
自身の小さな成長に自画自賛していると桃は学校指定のスクールバックから最近話題の人性モデルが表紙を飾る雑誌を取り出すと、あるページを開き私の前に指し出して来る。
「マメ、早速なんだけど。今度開いてる日でいいからお願いがあるんだけどさ。」
「また服を見に大阪?次の日曜日ならあいてるけど。」
「そそ!話が早くて助かる。じゃあ日曜日の朝いつもの場所に集合ね。」
雰囲気からまた季節物のプレセールに行きたいのだろうと察したので即座にOKを出す。
服屋の娘である彼女は最新のファッションに敏感で、数カ月おきに足しげく大阪へと赴いているのだ。
私も昔は色々と気にしていたのだが身長が170後半を過ぎてからは自身のサイズに合ったものが見つかりづらくなり、最近は適当にウニクロで済ませがちなのだが、桃は私とは逆の立場でありながらも似たように平均身長から外れている為サイズが見つかりづらいらしく、実物を見たうえで自分で丈を詰めたり時には自作するのだからその情熱には脱帽しかない。
雑誌の内容いかんで断ることなどまずないが、一応机に開かれたページに目をやると今回はコート特集なようだ。
おそらくまた自作する為に色々と観察したりするのだろう。
いつも見に行くのは学生が安直に出せる値段ではないブランド店なのだが、ブランドで高いだけなら自作することで大幅にコストを下げられるらしく、試作した物を私にくれるのでこちらとしても有難いお話なのだ。
おそらくいずれは本職になるであろう彼女がネットで調べた情報を交えながら何色がいいとかこのポケットが可愛いとか話しているのを見ていると、つい先日ドラマで見た芸人を目指す若者にタダ飯を食べさせる定食屋のおじさんの気持ちが少しわかる気がする。
それほどにファッションの話をする彼女は輝いて見えるのだ。
しかし私も同い年なのにこの差は何だろうと胸の奥に眠る深淵から黒い物が溢れ出しそうになる直前、思っていたよりも早くに注文したセットが届いたのでタールのように澱んだ液体に満たされる架空の心の泉に蓋をし、それを体現するよう雑誌をパタンと閉じて横に避けた。
私の目の前にはオーソドックスな苺の載ったショートケーキとポットに入った紅茶、対面には型崩れ防止兼つまんで食べる用に便利なよう櫛で刺されている、四角く一口大に切られた分厚いサンドイッチが八個と珈琲が置かれており、フードロス削減の為とはいえサービスしすぎなんじゃないかと目を疑ってしまう。
「雰囲気だけでもすごいのに、このボリュームで八百円は凄いね。」
「でしょ?誰かに紹介してもいいけど相手は選んでね。店の雰囲気壊すようなのと仲がいいとは思ってないけど。」
店の雰囲気的に声の大きいタイプだと空気が悪くなることは必定なの軽く念を押された。
そも校外で一緒に遊ぶ友達となると冬華と桃しかいないので杞憂ではあるのだが、店内に静かに流れるスロージャズや暖炉の中でたまに爆ぜ崩れる薪の音なんかが聞こえなくなるような存在を招きいれるのは、この店への不敬にも当たりそうなので仕方のないことだろう。
新たに誰かと仲良くなっても奈良の田舎という都会と評するには到底気の退ける立地で経営してくれている、大変貴重なブリテン風お洒落空間を楽しめるこの店を紹介する前には一考することを固く誓いながら、蒸らし終えた紅茶をカップへ注ぐのだった。
閉店時間までたっぷり一時間、日曜日に私に着てもらいたい服の熱弁をされたのち会計を済ませると、桃は余ったクッキーと追いサンドイッチまで頂いて帰路に着いた。
どうやら何度か通う内に店長さんからいたく気に入られたらしく、他のお客さんがいない日に限るがよくこうして在庫処分という名目で大サービスをしてくれるらしいのだ。
「いやー、なんか申し訳ないような気もするんだけど色々くれるからさ。突き返すのも感じ悪いしほら、ね?」
先程までの明るい口調から後半は知尻ずぼみに小さくなり最後を濁す彼女の姿に人の多い場所で突っ込みすぎたかと反省する。
明るいキャラとして定着している彼女にとって、万が一にも学校の知り合いに聞かれたくないであろう内容といえば家族の事、つまり父親がガンと闘病中で母と二人で家計を支えていることだろう。
保険も降りているらしいのだがそれだけでは実家の呉服店の家賃と入院費を賄うには十分でないらしく、給付型奨学金を受けるために成績を落とすことの出来ない彼女はバイトが休みの日には町の図書館で勉学に励み、母親も毎日パートで遅くまで働いているのだ。
そういった事情を周囲に漏らさず小さな胸の内に秘めて頑張っている事を知る者が我が校にほぼいないのは、彼女がそういった事情からの特別扱いを望んでいないかららしい。
いつかデザイナーとして評価されたい彼女にとって同情から持ち上げられる可能性は少しでも減らしておきたいとのことで、この情報化社会においてどこから個人の抱える事情が漏れるかなどわかったものではないのだから、人の多い場での会話は細心の注意を払うべきだっただろう。
「うっし!今度からあたしはあの店では現金決済しよう!」
「なんだ急に。デカい図体でデカい声だすなよ。」
「知らないの?カードとか端末決済って使う側は便利だけどお店側の手取り一割くらい減っちゃうんだよ?」
「マジかよきついな。うちそういうの使ってなかったから知らなかったわ。」
空気を換えるついでに元気いっぱい宣言して改札を通り電車を待つ。
ホームに着いた直後到着する電車に乗って片道40分の道のりをボックス席で過ごす私達の脹脛を、席の下から吐き出される温風が温め眠気を誘う。
うっかり寝過ごすと事なのでいつもギリギリのリラックスラインで踏みとどまるのだが、今日は話し相手がいるので闘いに勝つことは容易なはずだ。
容易なはずだったのにいつの間にか眠っていたようで、家の最寄り駅に到着したと桃の声が特に聞こえる。
なかなか起きない私を懸命に揺すった結果倒れそうになった巨躯を支えきれず、尻尾を踏まれた猫のような声を挙げながら下敷きになった友人の上で脳が半覚醒したのだが、大変申し訳ない気持ちになりながらも押し寄せた眠気の波に再度肉体の主導権を譲り渡してしまう。
「起きろデカ女ー!てかうちの上で寝るなー!」
だんだん遠くなる声の向こうでプシューっと閉まるドアの音が聞こえ、胸にやたらフィットする柔らかな抱き枕をぎゅっと抱きながら意識を再び閉じたのだった。
駅から学校まで続く道路脇に佇む街路樹達も電飾に彩られ毎夜ライトアップされているが、生まれてこの方恋人など居たことのない私にとっては縁のない光景だ。
バレー部の手伝いを終えすっかり暗くなった歩道を照らしてくれるのは有難いが、同時にこのクソ寒い中それを見ながら公道で二人きりの世界に入り浸り、そこまで広くない歩道をノロノロと歩くカップルを量産するのはやめていただきたい。
本当はいつもの様に車道から自転車でぶち抜いてやりたいのだが、冬場は車道端の白線が凍結していることがあり暗くなるとそれに気づくことが難しく、一度派手にこけたことがあるのでそれ以降暗くなってからは歩道を押すようにしているので、幅的にどうしても前に出ることが困難なのだ。
昨日は貴重な休日を返上して少年の代わりに金子さんと葛ノ葉さんのデートを友人と二人でストーキングし、今日は仲良く重なって二つで一つですとでも言わんばかりの影共を踏んで帰路に着いていると、私の高校生活はこれでいいのかと虚しくなる。
誰に言い訳しているのかと頭をふると、殆どが地元民か寮生で構成される我が校の生徒の中で数少ない電車組の友人を視界の先に捉え、歩道の少し広くなっている部分で邪魔なカップルを追い越し、自転車をカラカラ言わせながら小走りで近寄って見知った小さな背中へ声を掛けた。
「桃、珍しいね今帰り?」
「うわびっくりした!なんだマメか、驚かさないでよ。」
「なんだとは失礼な。寂しそうに一人で歩いてたから声を掛けて一緒に帰ってあげようというあたしの心意気がわからんのかね?」
「別に寂しいなんて思っとらんわ。本当はそっちが寂しいだけだろ?」
桃こと望月桃は今の学校では唯一同じ中学出身の同級生だ。
中学の頃は常に教室の一番黒板に近い席で本を読んでいるタイプの物静かなかつ勉強の出来る優等生で、髪型も安定の黒髪ショートボブだったので決して目立つ方ではなかった彼女だが、高校デビューのタイミングで学校で許されるギリギリの明るさに加え外ハネさせることで軽さを演出した髪型にイメチェンし、それに合わせるようにキャラも若干だが闊達なものへと変化を遂げたように思う。
150㎝弱という最高に可愛らしい背丈は私の理想と言っても過言ではないのだが、彼女からすれば長身の私の方が羨ましいらしく、身長の話題で嘆く度にお裾分けしてあげたいと少し考えてしまうも、それで彼女の栗鼠のような可愛らしさが薄れてしまうのは嫌なのでぐっと歯を食いしばって分け与えるのは我慢している。
それはそうと帰宅部仲間で小動物の様に可愛いのに浮いた噂の一つもない彼女が、なぜこんな時間にと脳をフル回転させ最も高い可能性に行きついた。
「そっか、桃もとうとう色を知る年頃になったか。あたしゃ祝いたさと悔しさと妬ましさと恨めしさが入り混じって何だか複雑な気持ちだよ。」
「十中八九勘違いしてる上に負の感情の割合多いなおい。」
違ったらしい。
電車で一緒になることが多くなりいつの間にかこのように打ち解けて話せるようになっているが、一年前までは会話した記憶がほぼないので偶然というものの強さを感じ得ない。
クラスが違うということもあり顔を合わせる機会は少なく、相変わらず学校で話すことのない友人だが、特にこれといった理由はないが何とはなく長く続きそうだと感じている。
余談だが友人と言えば真っ先に後ろの席の羽曳野冬華の顔が思い浮かぶが、私の友人という共通項を持ってはいるにも関わらず桃と彼女の仲はすこぶる悪いというのは本当に不思議な話だ。
せっかく話すようになったので私からすれば三人で遊ぶというのも楽しそうだと思いそれぞれ別個に提案してみたこともあるのだが、桃曰く向こうが勝手に突っかかってきているだけ、冬華曰く口に出す程の事じゃないと教えて貰えず、未だ三人でお昼ご飯を食べる事すら叶っていない。
「今帰りって事は今日も運動部の手伝いか?」
「うん、今日はバレー。」
「入部もしてないのに良くやるよ。そんなに体動かすのが好きなら中学の時みたいにやればいいじゃん。」
「いやー正直入学する時にそれも考えはしたんだけどさ、やっぱ試合とか合宿って土日とか連休とかにする訳じゃん?そしたら恋人ともあんまり遊んだりできなくなるし、高校ではいいかなって。」
「それは今意中の相手が居る人間の考えることなんだよなー。クリスマス直前にもなって相手はおろか狩る目標の目星すらつけられなかった時点で、捕らぬ狸の皮算用が激しいというかなんというか。」
「それは私の周りに二メートル超えの男がいないのが悪い。あと狩るとか言うな、あたしは狩られる側だ。」
「へいへい。狩られたきゃ北海道のクマ牧場にでも行ってこい。」
彼女から見た私は確かに頭一つ分どころか少し前までは30㎝の物差し一つ分以上、計ったことは無いが肩幅から筋肉量に至るまで隔絶した差が存在するのは誰が見ても明白ではあるものの、心は人一倍乙女を自負する者をそのように例えるのはいかがなものか。
「帰りが一緒になることって久しぶりだし、茶でもしてく?お腹空いてるなら斯波きにいっても良いけど。」
つい今しがた害された気分だがその珍しいお誘いで瞬時に許してしまう。
桃からすればただ此方の目を見て言っただけなのだろうが、此方から見れば上目遣い所か少し顎を挙げて問いかける顔に何というかこうそそられるというか、お姫様にお願いされる騎士の気持ち的なものを感じてしまうのだ。
もちろん答えはイエス以外存在しないので瞬時に母上へ連絡を入れ帰宅時間も訂正しておいた。
小さな背に案内されて南商店街を抜け、レンタサイクルを返却しつつそのまま駅を北に進んで、駅前に構える斯波カレー店をスルーし喫茶店へと案内してもらう。
一番広い道から脇道に入りたどり着いたのは、シックで落ち着いた雰囲気を醸し出すカフェだった。
入り口の小さなツリーとサンタライトの間を通り重たそうな茶色い木の扉をギィと開くと、カランコロンと来客を告げるベルが鳴る。
優しそうな妙齢の女性が歓迎の定型句と共に奥から現れ、奥にある暖炉に一番近い席へと案内してくれた。
おそらくクッションフロアではなく本物の木で作られているからだろう、歩くと独特の響きが耳を打ち物凄く高級な店なのでは勘ぐってしまったが、この友人が案内する店なのでそんなことはないかと直ぐに正気に戻る。
とはいえ席に着いて暖炉で燃える薪の音などを聞いていると一抹の不安が再燃し、本当に高くないよねそんなに持ってないよなんて言いながらそわそわ内装を眺めていると先ほどの女性が水を持って現れた。
コップを置くと共に一緒にメニューもくれたので急いでオーダーを決めなければと焦っていると、注文が決まればベルを鳴らすシステムだと教えてくれたので、どうもと小さく返事をして背を見送る。
海外の歴史ある給仕姿で今しがた水を下ろしたばかりの盆を胸に抱き、恭しく頭を下げながらごゆっくりどうぞなんて言われると何だか本物の貴族令嬢にでもなったような感覚に陥ってしまうのも無理からんことだろう。
「どう、ここいいっしょ。」
「よく見つけましたわねもっちゃま。まさか駅北にこのような場所があるなんて思ってもみませんでしたわよ。」
「なんだそのキャラ、まあいいけど。ここ十八時半閉店なんだけど、最後の一時間半は女子学生に限り閉店間際セット八百円なんだよ。お得って言っても在庫処分も兼ねてるから飲み物だけ選べてフードは選べないんだけど。」
言われて手元メニューの最下段にある件のセットに目をやると、どうやらケーキセットとフードセットの二種類があるようだ。
慣れた手つきで桃がベルを小さく降ると高く澄んだ音が鳴り響き、すぐに先程とは違う女性が現れたので桃はフードセットを頼み、私は先ほどのお嬢様口調は流石に失礼なのでいつもの口調のはずなのに、何故かたどたどしくなった日本語でケーキセットを頼む。
「珍しいじゃん。てっきりモリモリ食べると思ってた」
「そこはまあ私も成長したって事で。」
正直部活の手伝いでお腹はペコペコなのでフードセットにしたい気持ちもあったのだが、家に帰れば母が丹精込めて作ってくれた晩御飯が待っているので心中では涎を垂らしつ、なにより先日の二の舞はごめんだという思いから我慢する。
自身の小さな成長に自画自賛していると桃は学校指定のスクールバックから最近話題の人性モデルが表紙を飾る雑誌を取り出すと、あるページを開き私の前に指し出して来る。
「マメ、早速なんだけど。今度開いてる日でいいからお願いがあるんだけどさ。」
「また服を見に大阪?次の日曜日ならあいてるけど。」
「そそ!話が早くて助かる。じゃあ日曜日の朝いつもの場所に集合ね。」
雰囲気からまた季節物のプレセールに行きたいのだろうと察したので即座にOKを出す。
服屋の娘である彼女は最新のファッションに敏感で、数カ月おきに足しげく大阪へと赴いているのだ。
私も昔は色々と気にしていたのだが身長が170後半を過ぎてからは自身のサイズに合ったものが見つかりづらくなり、最近は適当にウニクロで済ませがちなのだが、桃は私とは逆の立場でありながらも似たように平均身長から外れている為サイズが見つかりづらいらしく、実物を見たうえで自分で丈を詰めたり時には自作するのだからその情熱には脱帽しかない。
雑誌の内容いかんで断ることなどまずないが、一応机に開かれたページに目をやると今回はコート特集なようだ。
おそらくまた自作する為に色々と観察したりするのだろう。
いつも見に行くのは学生が安直に出せる値段ではないブランド店なのだが、ブランドで高いだけなら自作することで大幅にコストを下げられるらしく、試作した物を私にくれるのでこちらとしても有難いお話なのだ。
おそらくいずれは本職になるであろう彼女がネットで調べた情報を交えながら何色がいいとかこのポケットが可愛いとか話しているのを見ていると、つい先日ドラマで見た芸人を目指す若者にタダ飯を食べさせる定食屋のおじさんの気持ちが少しわかる気がする。
それほどにファッションの話をする彼女は輝いて見えるのだ。
しかし私も同い年なのにこの差は何だろうと胸の奥に眠る深淵から黒い物が溢れ出しそうになる直前、思っていたよりも早くに注文したセットが届いたのでタールのように澱んだ液体に満たされる架空の心の泉に蓋をし、それを体現するよう雑誌をパタンと閉じて横に避けた。
私の目の前にはオーソドックスな苺の載ったショートケーキとポットに入った紅茶、対面には型崩れ防止兼つまんで食べる用に便利なよう櫛で刺されている、四角く一口大に切られた分厚いサンドイッチが八個と珈琲が置かれており、フードロス削減の為とはいえサービスしすぎなんじゃないかと目を疑ってしまう。
「雰囲気だけでもすごいのに、このボリュームで八百円は凄いね。」
「でしょ?誰かに紹介してもいいけど相手は選んでね。店の雰囲気壊すようなのと仲がいいとは思ってないけど。」
店の雰囲気的に声の大きいタイプだと空気が悪くなることは必定なの軽く念を押された。
そも校外で一緒に遊ぶ友達となると冬華と桃しかいないので杞憂ではあるのだが、店内に静かに流れるスロージャズや暖炉の中でたまに爆ぜ崩れる薪の音なんかが聞こえなくなるような存在を招きいれるのは、この店への不敬にも当たりそうなので仕方のないことだろう。
新たに誰かと仲良くなっても奈良の田舎という都会と評するには到底気の退ける立地で経営してくれている、大変貴重なブリテン風お洒落空間を楽しめるこの店を紹介する前には一考することを固く誓いながら、蒸らし終えた紅茶をカップへ注ぐのだった。
閉店時間までたっぷり一時間、日曜日に私に着てもらいたい服の熱弁をされたのち会計を済ませると、桃は余ったクッキーと追いサンドイッチまで頂いて帰路に着いた。
どうやら何度か通う内に店長さんからいたく気に入られたらしく、他のお客さんがいない日に限るがよくこうして在庫処分という名目で大サービスをしてくれるらしいのだ。
「いやー、なんか申し訳ないような気もするんだけど色々くれるからさ。突き返すのも感じ悪いしほら、ね?」
先程までの明るい口調から後半は知尻ずぼみに小さくなり最後を濁す彼女の姿に人の多い場所で突っ込みすぎたかと反省する。
明るいキャラとして定着している彼女にとって、万が一にも学校の知り合いに聞かれたくないであろう内容といえば家族の事、つまり父親がガンと闘病中で母と二人で家計を支えていることだろう。
保険も降りているらしいのだがそれだけでは実家の呉服店の家賃と入院費を賄うには十分でないらしく、給付型奨学金を受けるために成績を落とすことの出来ない彼女はバイトが休みの日には町の図書館で勉学に励み、母親も毎日パートで遅くまで働いているのだ。
そういった事情を周囲に漏らさず小さな胸の内に秘めて頑張っている事を知る者が我が校にほぼいないのは、彼女がそういった事情からの特別扱いを望んでいないかららしい。
いつかデザイナーとして評価されたい彼女にとって同情から持ち上げられる可能性は少しでも減らしておきたいとのことで、この情報化社会においてどこから個人の抱える事情が漏れるかなどわかったものではないのだから、人の多い場での会話は細心の注意を払うべきだっただろう。
「うっし!今度からあたしはあの店では現金決済しよう!」
「なんだ急に。デカい図体でデカい声だすなよ。」
「知らないの?カードとか端末決済って使う側は便利だけどお店側の手取り一割くらい減っちゃうんだよ?」
「マジかよきついな。うちそういうの使ってなかったから知らなかったわ。」
空気を換えるついでに元気いっぱい宣言して改札を通り電車を待つ。
ホームに着いた直後到着する電車に乗って片道40分の道のりをボックス席で過ごす私達の脹脛を、席の下から吐き出される温風が温め眠気を誘う。
うっかり寝過ごすと事なのでいつもギリギリのリラックスラインで踏みとどまるのだが、今日は話し相手がいるので闘いに勝つことは容易なはずだ。
容易なはずだったのにいつの間にか眠っていたようで、家の最寄り駅に到着したと桃の声が特に聞こえる。
なかなか起きない私を懸命に揺すった結果倒れそうになった巨躯を支えきれず、尻尾を踏まれた猫のような声を挙げながら下敷きになった友人の上で脳が半覚醒したのだが、大変申し訳ない気持ちになりながらも押し寄せた眠気の波に再度肉体の主導権を譲り渡してしまう。
「起きろデカ女ー!てかうちの上で寝るなー!」
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Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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