「しん、とら。」

人体構成-1

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-monster children-

#29-monster children-

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 珈琲を飲み終えカウンター近くの以前と同じ席に座り、サイドテーブルに設置されているタブレットを操作して怪異辞典を検索するも、残念ながら貸し出し中となっているのでここで読むことは出来なさそうだ。
 どういった仕組かは秘密だった気がするが、おそらく遺物か何かの力で図書館もしくはバックヤードから持って来てくれるという話だったと思うので、塵塚邸の本棚に収まっている本達は対象外なのだろう。友人が図書館の案内をしてもらっている間に創造の怪異について調べようと思っていたので少し残念だが、またの機会にするしかなさそうだ。
 仕方ないのでまた少年誌で連載されていた死神の落としたノートで人を殺す漫画を読もうと調べていると、どうやら外伝小説が存在しているようなのでそれを選んでタップする。
 依然と同じく数秒後にトンと軽い音がしたので引き出しを開いてみると、中には人の骨格標本に髑髏を装飾することで作られた十字架が表紙の本が入っており、副タイトルから漫画本編で登場するライバルキャラである探偵が過去に解決した海外事件をテーマにした物語のようだ。
 漫画版ではほんの少し触れられていた程度で内容には触れられていなかったので何も知らないし、そもそも活字を読むこと自体が久しぶりなので気合を入れて読むとしよう。
 物語の世界に没頭してどれくらい経っただろうか、ずっと同じ姿勢で読んでいたため固まった筋肉をほぐすべく一度手元の本を膝上に置き伸びをすると、いつの間にかカウンターに戻って来ていた友人の背が目に映ったので本を閉じ引き出しに戻した。
 うっかり何処まで読んだかページ数を確認し忘れた事に気が付いたが、また一ページ目からパラパラして続きを探せばいいやなんて考えつつ冬華の隣に座る。

「あら、もう読み終わったの?」

 席を引いた音で私に気が付いた彼女は目の前に広げたノートを閉じて鞄にしまうと、何気ない風を装って珈琲を啜って見せた。
 きっとここで物語を書いていたのだろうが、そのことには触れず努めて彼女の振ってきた話に乗ってあげる。
 本人は誰にもばれていないと思っているようだが私は彼女が漫画を描いていることを知っているし、その姿を誰にも見られないよう学校の図書室ではなくわざわざ町の図書館まで行っている事もお見通しだ。
 知っているお見通しだと言ったが両方とも望月桃というもう一人の友人からの聞いた話であり自分で気付いた訳でなし、本人が隠したがっているのなら無理に突っ込むのも良くないと見てみぬふりをしているのだ。

「いや全然。五分の一くらいかな。そっちこそ図書館の案内終わってたんなら声かけてくれればよかったのに。」
「図書館もそうだけれど、斑さんのお話もなかなか興味深くて話し込んでいたのよ。ね、斑さん?」
「うん?えー、ああ、そうだね。羽曳野ちゃんはなかなかいい着眼点の持ち主で、此方の話を聞いたうえで知らない単語や更なる質問なんかをしてくれるから、お喋り大好き怪異にとってかけがえのない時間だったとも。うん。」

 小学生でも気づくぐらいに明らかな嘘だ。
 いつも立て板に水の如く饒舌に喋る斑さんが最初は少し考える様に眼孔内で目をクルリと一周させた挙句、喋り出しと終わりが明らかに不自然なのは、おそらく冬華からのキラーパスに対応すべく即興で話を考えたからだろう。
 この友人がこういう事をするということは相応に仲良くはなったのだろうが、連れて来た側としては少し申し訳ない気持ちになってしまう。
 何の話をしていたのかと掘り下げるのは流石に可愛そうなので時計を確認し、長居しすぎた帰ろうと誘うと意外な事に断られた。

「私はまだ時間があるからもう少ししてから帰るわ。あとこれからは学校や町立図書館から此処に拠点を移すと思うから、土曜日は一緒に帰りましょう?」
「それはいい!毎週人間の利用者が訪れてくれるとなると、なるほどこれはなかなか楽しくなってきたじゃあないか。塵塚が新しいお菓子を準備している気持ちが分かる日が来ようとは思ってもみなかったよ。ここは一つ私も毎週あたらしい珈琲でも用意して待っていようかな?」
「お気持ちは嬉しいですけどお構いなく。ただもし可能でしたら対面にある少し広い席を予約出来たら有難いのですが。」
「ああ、いいとも。では土曜日のあの席は君の特等席ってことにして誰にも座らせないでおこう。なに礼なんていらないさ、早い時間は殆ど誰も来ないし、来てもどうせ子供達が入り口近くのソファで漫画を読むばかりで誰もカウンター席までなんてまず来ないからね。過去運よくここに流れ着いた偉人達のように物書きに有効活用してくれると嬉しい限りだよ。」
「そっか、じゃあまた来週学校で。」

 管理人が最後の方でうっかり口を滑らせているが気づいていないふりで踵を返す。
 スマホを確認すると現在時刻は午後三時過ぎ。
 帰りの挨拶がてらついでに怪異辞典で原初の怪異という物についても調べたいので、少しだけ居間に立ち寄らせてもらう事にしよう。

 月曜日、年も開けたということで今回は前回に学びを得て昼休みに相棒を連れて保健室に来たわけだが、測定の結果は驚きの169㎝ジャストとなっていた。
 とうとう大台を下回った事でガッツポーズをする姿にやたら気落ちする友人と、何だコイツという風な目を向ける保険教諭の目も気にせず私は歓喜の奇声を上げる。
 ここまで下がればそろそろ下がり停まってもいいのだが欲を言えば160㎝くらいまではこのまま進んでもらいたいと、昼食を食べつつ何気なしに口にしたところ何処か腹立たし気な声音で咎められた。

「貴女、今の状況が割と緊急事態なのわかっているわよね。」
「それはそうかも知んないけどさ。でもほらこうして座った時に見上げなくて楽でしょ?」

 じっと目を合わせるとまたしても呆れのポーズで目線を逸らされた。
 私の関わった怪異の事件といえば宮比さんと小紅ちゃんの件、そして金子さんと葛ノ葉さんの合わせて二件だけであるが、解決する時は一瞬だったのできっと自分の件もそうだと思っている私に対し目の前の才女はどうにもそう思ってはいないらしい。

「私の時は解決までに一ヶ月かかったのよ?つまり貴女に影響を与えている怪異に関してもそれくらいかかる可能性があるって事なの。そして塵塚さんの言っていた期限まであと三週間を切っているの。何が言いたいかは流石にわかるわよね?」
「もしかしたら時間が足りなくなるかもってこと?」
「そういうことよ。それでも楽観的過ぎるかもしれないけどね。」
「じゃあそろそろ本腰いれますか。土曜日になったら。」
「なんで今日からじゃないのよ。」
「もう少し、ほんともう少しだけだから粘らせて。」
「やれやれね。」

 いわゆる主人公席に座る友人は本日二度目の呆れポーズと共にため息を吐いたのだった。

 最近明らかに変わったことが二つある。
 まず一つ目は単純に体重が増えたことだ。
 おそらく私の身体の一部を補っている吸収の怪異のおかげで食物の吸収効率が半端ないことになっており、意識して食事を減らしてはいるものの親の前で絶食するわけにもいかず、ある程度で納める用気を付けてはいるのだが、それでも日増しに体重は増え続けている。
 そして二つ目が部活の応援に呼ばれなくなった事だ。
 学期始めは気付いていなかったのだが最近は土曜日の応援依頼もされなくなっていたし、年が明けてからは平日の応援にすら呼ばれていない。体重のこともあり運動をしたい気持ちが強いのだが、此方から手伝いを具申してみても今日はいいやという具合なのだ。

「これはまずい。正月に蓄えた脂肪が旅立ってくれない。」
「そうか?はた目にはまだ全然大丈夫だと思うけどな。それにしても丈のサイズダウンえっぐいなお前。」

 本当は次の日曜日のはずだった予定を繰り上げ、発案者のバイトが休みである金曜日へ変更させていただき未来のデザイナーこと望月桃様に採寸をしてもらっている。
 やはり彼女も何かの怪異に関りがあるのだろうと遅ればせながら気が付いた。
 思い出してみれば宮比さんの家に付いてきた時も家主と私は布越しにしか小紅ちゃんを見ることが出来なかったのに桃は普通に肉眼で見えていたし、今現在も私の身長に違和感を覚えているということは彼女も何かしらの怪異によって影響を受けていると考えてよいのだろう。
 もっと早くに気が付いていてもよかったのに、残念ながら不詳な私はその辺結構適当なので些細な事など見逃してしまうのだ。

「桃ってなんか怪異に襲われた記憶とかある?」
「怪異に襲われる?あたしが知ってるのはこないだの坂の上であった子供達と小紅ちゃんだけど、あんな子供達に襲われてもなんだって話じゃね?いや宮比さんみたいに見えない体質の人からしたら恐怖かもしらんけど。」
「体質なんだそれ。じゃあ産まれた時から見えてた感じ?」
「いや、ほらあたしって中学の三年に上がるくらいに色盲治ったじゃん?」
「あー、そうなんだっけ。その頃あんまり接点無かったから知らないかもその話。」
「さよか、っていやいやそれはないだろ。治る前それで虐められてた時に助けてくれたじゃんよ。」
「なにそれマジで覚えてない。私がその場に居たら全員ぶっ飛ばしてやったのに。」
「実際ぶっ飛ばしてたぞお前。」
「流石私だ。」

 これで確定した。
 彼女は怪異に関わって色を奪われていたが、きっと問題が解決してそれが元に戻ったという事だろう。
 怪異に関することは例外を除いてつじつまが合うように出来ているというアレのせいで、その記憶が強く残っている本人以外には憶えられていないのだ。
 なんにせよ記憶にはないが私はきちんと私をしていたようで何よりだ。
 よくやった過去の自分。

「よし出来た。それでお前どこまで小さくなるんだよこれ。」
「さあ?希望としては155㎝以下がいいかな。やっぱ可愛い服とか着たいしさ。」
「小さいのは小さいなりに苦労が多いの分かってんのか?高いとこの物に手が届かねえし、知らねー男には声かけられて怖ぇし。」
「でも可愛いじゃん。」
「お前さんに苦労を説いたあたしが馬鹿だったよ。ほれ採寸おしまい。完成は再来週ってとこだな。」
「ありがと。でもそれまでにはもっと可愛くなってるかもしんない。」
「うーん、じゃあまあ多少小さめに作っとくか。想定以上に小さくなっても詰めるのは得意技だから任せとけ。」
「流石未来のプロの言葉は心強い。はいこれ生地代。」
「毎回言うけど別にいいって。」
「こっちも毎回言うけど申し訳なさすぎるから受け取られたし。」
「でもほら今回は宮比さんと塵塚君から貰ったのもバリバリ残ってるしさ。」
「それはそれ、これはこれってことで。」
「すまんね。じゃあ有難くもらっとくよ。」

 今まで何度となく繰り返してきたやり取りを終え思ったのだが、もしかすると彼女が私にこうして服を作ってくれているのは虐めから助けた恩返しなのではないだろうか。
 こちらは覚えていないので恩に感じる必要もないと言いたいところではあるのだが、それを聞き入れるタイプでもないので口には出さないでおこう。
 疑問が溶けてスッキリした気持ちで帰路に着こうと玄関で靴を履いていると、背に見送りに来た友人に注意を受けた。

「もうそんなに大きくないんだから色々気を付けろよ。男って意外とごつくて力も強いんだからな。」
「大丈夫っしょ。いっつもこうお腹とか顎をパチンってやったらノックダウンしてるし。」
「お前のはパチンなんて可愛い効果音じゃないけどな。どっちかというとズガン!とかドゴボォ!って感じ。」
「そんな大げさな。ま、とにかく大丈夫だからさ。そんじゃまたねー。」
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