ノエル

ひなた

文字の大きさ
24 / 53
砂漠の国

23話 王都オアザール

しおりを挟む
砂漠の旅を続けて十日。
焼けつく陽射しをくぐり抜けたその先に、ようやくそれは見えた。

遠くの地平線に、白い断崖と、
その上にそびえる無数の塔と城壁。
海に面した巨大な都市──王都オアザール。

「……あれが、王都か。」
ガルドが呟く。

近づくにつれ、風に潮の香りが混じる。
けれど、それは決して穏やかな海風じゃなかった。
港の方角からは黒い煙が上がっていた。

「燃えてる……?」
アリアが目を見開いた。
港沿いに並ぶ船のいくつかが、炎に包まれていた。
兵士たちが慌ただしく水を運び、鐘の音が絶えず鳴り響いている。

僕たちは荷車を止め、無言のまま門へ向かった。
巨大な石造りの門には、避難民や商人たちが長い列を作っている。
子どもを抱いた母親、傷ついた兵士、疲れきった顔の旅人。
みんな同じ方向──オアザールを目指していた。

「門の検問が厳しくなってるな。」
ガルドが眉をひそめる。
「帝国の間者が紛れ込んでるって話もあるらしい。」

僕は列の先に見える街の影を見つめた。
遠くの塔には、星と月の旗が掲げられている。
風に揺れるその旗の端が、少し焦げて黒くなっていた。

「……戦、もう始まってるんだね。」

アリアはゆっくりと頷く。
「でも、まだ終わってない。守る人たちがいる限り。」

列が少しずつ前に進む。
砂漠の旅で焼けた足を引きずりながら、僕たちは王都の門をくぐった。



オアザールの街は、思っていた以上に大きかった。
白い石の家々が階段状に並び、上へ行くほど建物は立派になる。
けれど、通りには兵の姿が溢れ、
市場の店は半分以上が閉ざされていた。

「静かだな……。」
「みんな、港の方へ行ってるのね。」

街の中央広場には臨時の詰所が設けられ、義勇兵の募集が行われていた。
「王都防衛のための志願兵を求む!」
「補給班、治療班、急募!」

ガルドがその掲示を見上げ、腕を組む。
「……戦うしかねぇ、って雰囲気だな。」

「どうする?」
僕が問うと、彼は短く答えた。
「決まってんだろ。ここまで来たんだ。
 見て、確かめるって言ったのはお前だ、ノエル。」

僕はゆっくりと頷いた。
胸の奥で何かが小さく灯る。
恐怖でも、後悔でもない。
それは──覚悟の火だった。



海から吹く風が、焦げた匂いを運んできた。
それでも空の上では、星が静かに瞬いている。
まるで見守るように、僕たちの進む先を照らしていた。


王都の中央広場は、昼でも薄暗かった。
空に煙が漂い、太陽が霞んでいる。
その広場の一角に、簡素な天幕と木の机が並べられた義勇兵登録所があった。

「名前、出身地、戦闘経験……って、随分形式ばってんな。」
ガルドが腕を組んで苦笑する。

机の向こうで帳簿をつけている若い兵士は、
目の下に濃い隈を作っていて、明らかに寝不足そうだった。
「……次、どうぞ。」

僕は一歩前に出る。
兵士は僕の顔をちらりと見て、淡々と質問を始めた。

「名前。」
「ノエル。」
「出身。」
「ルーナリア王国、ルミナ村です。」
「年齢。」
「……十八。」

兵士の手が止まり、顔が少しだけ柔らかくなった。
「若いな……。無理はするなよ。」

僕は一瞬だけ息を飲んで、それでも小さく頷いた。
「はい。でも、見届けたいんです。戦が……どうしてこうなったのかを。」

兵士は何も言わず、登録票に印を押した。
「配属は仮で補給班だ。戦場には近づくな。」
「わかりました。」

後ろからガルドが笑いながら肩を叩いた。
「補給班でも十分だ。どうせすぐ戦う羽目になる。」
アリアはその隣で、微笑みながら手帳を受け取っていた。
「私は治療補助ね。……少しでも助けになりたいから。」


広場の天幕は、戦の空気に包まれていた。
列をなす人々の顔には疲労と、それでも消えない決意が滲んでいる。

「次の方、どうぞ。」
兵士の呼びかけに促され、僕は前へ出た。

「名前。」
「ノエル。」
「出身地。」
「ルーナリア王国、ルミナ村です。」

兵士は淡々と書き留め、僕を一瞥した。
「戦闘経験は?」
「……ほとんどありません。でも、逃げません。」

その言葉に兵士が少しだけ口元を緩め、
「気持ちはありがたい。だが無理はするな。」とだけ言った。

登録証を受け取ると、僕はアリアとガルドの元へ戻った。
「補給班だってさ。」
「上等だ。戦場じゃ、どの役目も同じだ。」
ガルドが軽く笑って僕の背を叩く。
アリアも「よかったわね」と微笑んだ。

その時、隣の列から声がした。

「おい、あんたらも志願か?」

振り向くと、背の高い青年が立っていた。
砂で汚れたマント、腰には使い込まれた剣。
見るからに場数を踏んでる雰囲気だった。

「そうだ。あんたもか?」
ガルドが答えると、青年は静かに頷いた。
「ヴァルンって言う。……この国は、もう長くもたないかもしれない。
 それでも、守るために剣を振るう奴が必要だろ?」

その目は真っ直ぐだった。
戦の中で生きてきた者の眼差し──だけど、どこかに哀しさも宿していた。

「頼りにしてるわ、ヴァルンさん。」
アリアが手を差し出すと、彼は少し戸惑いながらも握り返した。

「……よろしく。」



登録を終えた僕たちは、広場の片隅に腰を下ろして休んでいた。
空が赤く染まり、鐘の音が街に響いている。

「これで、俺たちも正式な義勇兵か。」
「なんだか、夢みたいだな。」

「夢で済めばいいがな。」
ヴァルンの低い声が風に混ざった。
「戦は、人を変える。……だから、忘れんな。お前たちが誰なのかを。」

その言葉に、僕の胸が少し締めつけられた。
ヴァルンが何を見てきたのか──その時の僕たちは、まだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

迷宮遊戯

ヘロー天気
ファンタジー
ダンジョンマスターに選ばれた魂が生前の渇望を満たすべく、迷宮構築のシステムを使って街づくりに没頭する。 「別に地下迷宮である必要はないのでは?」

処理中です...