25人の子供たち

ひなた

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8話

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扉を押し開けた瞬間、
古い木の匂いが鼻を刺した。
教室の中はひどく静かで、
時間だけが取り残されたように思えた。

懐中電灯の光が黒板を照らす。
その中央に、白い文字が浮かんでいた。

「先生 僕たちを助けて」

藤崎は息を止めた。
筆跡は幼く、線が震えている。
チョークの粉がまだ宙に舞っていた。

机の列はきちんと並び、
その一番奥、窓際の机の上に
小さな名札が置かれていた。

拾い上げると、
錆びた金属の裏に黒いインクで名前が書かれている。

れん

春斗のノートに何度も出てきたその名。
死んだはずの子。
消されたはずの存在。

光を黒板に戻すと、
“助けて”の文字の上に影が重なって見えた。
まるで誰かが立っているように。
しかしそこには誰もいない。

藤崎は名札を握りしめ、教室を出た。
廊下の空気は冷たく、
外の霧が窓の隙間から流れ込んでいる。

校舎の出口に向かう途中、
外の暗がりに人影が立っていた。
懐中電灯の光を向けると、
ゆっくりと顔が照らされた。

春斗の父だった。

スーツの襟が濡れ、
手には古い懐中電灯を握っている。
その表情は静かで、どこか疲れたようだった。

「……先生、こんな時間にどうしたんですか」

穏やかな声。
けれど、その裏に何かを隠しているような硬さがあった。

「学校に残っていたんです。
 少し……気になることがあって」

藤崎は名札をポケットにしまった。
春斗の父は一歩近づき、
夜気に混じって微かな霧の匂いがした。

「夜の旧校舎は危ないですよ。
 崩れてる場所もありますから。」

「……そうですね」

「子供たちのことで、何か分かったんですか?」

藤崎は一瞬ためらい、
それでも首を振った。
「いえ、まだ。ただ、何かがこの学校の中で――」

「気のせいかもしれませんよ。」
春斗の父は藤崎の言葉をやわらかく遮った。
微笑んでいるが、その目だけが笑っていない。

「みんな、きっと無事ですよ。
 子供は、ちゃんと帰るところを知ってます。」

藤崎はその言葉に引っかかりを覚えた。
“帰るところ”――その言い回しが、
まるで彼が“行き先を知っている”ように聞こえた。

「……先生も、今日はもう帰りましょう。
 夜は、ここに長くいない方がいい。」

春斗の父はそう言うと、
霧の中へゆっくりと消えていった。

その背中が見えなくなった後も、
藤崎はしばらくその場から動けなかった。
手の中の名札が、体温で少し温まっていた。

黒板の文字が脳裏に浮かぶ。

「先生 僕たちを助けて」

藤崎は名札を見つめながら、
その言葉の意味を静かに噛みしめた。
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