サイコパス

ハイブリッジ万生

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第4の証言

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刑事はそろそろ約束の時間が近づいている事に気がつき、小さめの映画館の様な講堂のスクリーンがあるであろう位置で熱弁を振るっている教授の顔を一瞥して「確かに件《くだん》の文豪に似てるかもしれないな」と心の中で呟くと後ろのドアから静かに退席した。

今回の事件の重要参考人と目される教授の講義には興味があったが、態々《わざわざ》証言してくれる人を待たせる訳にはいかない。

それに尽力してくれた鈴原園子の顔を潰すわけにもいかないと考えた。

特殊なケースを除いて事件の関係者と良好な人間関係を結ぶことがスムーズな捜査の進展に欠かせないと言う事を刑事は肌で感じていたからだ。

しかし、

先程の教授の講義を聞いてちょっとした違和感を覚えた。

森居蘭の証言によれば、教授は太宰治に心酔しているらしいとの事だった筈だが、今回の講義ではそういう印象はなかった。

むしろ、まるでサイコパスではないかと疑っていた。

どういう事だろう。

まさか、サイコパスであろうことを疑う人物に心酔するなんて事はないと思うが……。

いや、ああいった頭の良すぎる手合いは得てして変わった嗜好があるらしいから全くないとも言い切れない……か。

そんなことをぼーっと考えていると遠くから鈴原園子が大きく手を振って何やら叫んでいるのが視界に入った。




「刑事さん!こっちこっち!」

鈴原園子との待ち合わせはやはり同じ学内にあるレストラン彩湖であった。

要は学食なのだがレストランと言うだけあって店内は白で統一されたお洒落な雰囲気である。

壁についた照明はスズランをモチーフにした様な形で何故かすべて上を向いていおり、おそらく日がくれれば間接照明として独特の雰囲気を演出するに違いない。

天井には中央に何のために回っているのか不明な木製のプロペラがゆっくりと回っていて、それ以外の場所には白い布がハンモックの様に吊るされている。

もちろん、そんな高い所のハンモックには誰も乗れないだろうし、その前に人間の重さに耐えられる設計になっていない様に思えた。

いいところ猫が居ればひょっとして寝れるかもしれないくらいの強度と高さであり、これも実用性という部分からかけ離れている。

つまり、お洒落なのだろう。

更に名前に彩湖とあるように、大きなガラス越しに裏にある天然の湖が一望できる様に工夫されている。

なかなか凝った作りで普通に営業していたらかなりの値段をとっても良さそうだが、そこは学食なので券売機が申し訳なさそうに置いてある。

「どうも、わざわざお集まりいただいてすみません。刑事の池照と言います」

変にまわりの注目を浴びない様に警察手帳を見せずに刑事は挨拶した。

「はじめまして、今井翼です。文学部の三年です」

たしかに甘いマスクではあるもののしっかりとした口調で話す今井に池照は好感をもった。

「あ、はじめまして、高橋優子です。文学部の二年です、今井先輩とは演劇部で一緒でして」

高橋優子は純日本風の美人という、顔立ちであったが、人懐こい目とモジモジした態度が周りに美人である事を忘れさせていた。

「演劇ですか。そりゃすごい」

刑事は本当か嘘かわからない様なニュアンスの返しをした。

「ま、立ち話も何ですので、何処かに座りましょう。四人座れる様なテーブルがありませんか?」

「そう思って、蘭に席を取って貰ってます」

鈴原が指を指す方を見ると、森居蘭が奥の湖がよく見えるテーブルからスッと立ってこちらに一礼した。

「森居さんもいらしたんですね。席取りまでさせて申し訳ない」

森居の一礼に返したあと、刑事が頭をかきながらそういうと鈴原が手を胸の前で小さく揺らしながら

「いえ善良な……義務なんで」

と、言った。



「では、その女性とは顔見知りだったわけですね?」

テーブルに座る前に既に今井翼に質問をしていた刑事は座る間も惜しむ様にそう聞き返した。

既にテーブルにはめいめいが注文した飲み物が置かれている。

こういう時、券売機だと、纏めて支払うというのが難しい。

刑事は「ここは私が持ちます」という申し出を鈴原園子に「既に全員の食券を買ってあるので」と言ってやんわりと断られていた。

「じゃあ、また今度穴埋めをさせてください」という言葉に意味深な笑顔で応えた鈴原園子に少しドキリとさせられた刑事だったが、勿論そんな事で本題を忘れる訳もない。

「はい、まぁ、そうは言っても学内で何度か言葉を交わした程度ですけどね」

今井翼は、そう言って目の前の珈琲カップに目を移した。

「そういえば、珈琲が好きだって言ってましたね。学内にある購買部の豆が結構、お気に入りみたいでした」

「なるほど、この大学は開かれた校風らしいですからね、学生じゃなくても買える訳ですね」

「え?学生じゃなかったんですか?」

今井翼は心底驚いた様に訊き返した。

「え?知らなかったんですか?被害者の北条みなみさんはこの近くのOLですよ」

「そうだったんですね、それで」

隣の高橋優子が神妙な顔で呟いた。

「なにか思い出しましたか?」

「え?ええあ、あれです、あの、演劇の練習の時に見学にいらしてたので、なんとなく、話しかけたんです」

高橋優子は自分に質問が来て少しオドオドしながらもその時の様子を話しはじめた。





「なるほど……それで?」

「それで演劇に興味があるのではと思いまして部に誘ってみたんですよ」

「なるほど」

「でも急に慌てだして、なんか、観る専門だから、とかなんとか言われて、はぐらかされました」

「それはそうでしょうね、学生じゃないんだから」

「ですよね」

高橋優子は何故か自分が悪い事をした様に肩をすくめて項垂《うなだ》れた。

「で、でも、たかだか学生の演劇の練習なんかまで観るなんて、今考えるとすごく好きって事ですよね?」

「ま、そうなるね」

刑事は好きなのは演劇ではない可能性について考えが及んだが敢えて言わなかった。

「それって、演劇じゃなくて、今井君が好きだったんじゃないの?」

横から鈴原園子が敢えて言わなかった事をちゃんと指摘した。

「あ、あー、なるほど!そうなんだ」

高橋優子も合点がいったという様なリアクションをとる。

「まってまって、なんでそうなるかな?さっき言った通り、僕が彼女と話したのはせいぜい二、三回だよ」

今井翼は困った様に反論した。

「何言ってるの?それ以外に、態々《わざわざ》、大学のサークルの演劇のしかも練習なんかに顔を出す理由なんてないわよ!ですよね?刑事さん?」

鈴原園子は、自分の推理の信憑性を刑事に裏付けてもらいたい様だった。



「え?ええと、そうですね。まあ、鈴原さんの言うことも一理ありますが、まだはっきりとした事は言えません。皆さんの意見を聞いて総合的に判断していきましょう」

刑事は突然、ジャッジを迫られて少し慌てたものの、そこは本職の刑事なのでイエスともノーとも言えない段階である事を説明した。

「ということよ」

別段自分の推理が合ってると言われた訳でもないのに、なぜか誇らしげに鈴原園子は腕組みをして締めくくった。

「今井さん。その数回の会話ってどんな内容だったんですか?」

「そうですね、たわいもない話ですよ。演劇に興味があるみたいでした」

「……具体的にはどのような?」

「具体的にですか?そうですね。台詞の言い回しについてとか」

「台詞の言い回しね、そりゃ結構突っ込んだ話ですね」

「まあ、そうですね、だから本当に演劇に興味があったんだと思いますよ」

「どんな台詞ですか?」

「え?そこまではちょっと覚えてないです、すみません」

「そうですか、因みにどんな演目なのですか?」

「ちょっと説明が難しいですが、とある古典を現代風に意訳したものです」

「はぁ、古典ですか……因みに私が聞いてもわかりそうな部類の古典ですか?」

刑事は少し戯《おど》けた様に聞いた。

「わかると思いますよ、有名な作品です。人間失格ですから」

それを聞いた刑事は驚いた様に目を見開いた。

「あの、何か僕おかしなことを言いましたっけ?」

刑事の反応に少し慌てて今井翼はそう訊ねた。

「え?いや、その……なんでもないんです」

そう言うと刑事は取り繕う様に笑顔を見せた。




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