サイコパス

ハイブリッジ万生

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不完全な密室

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平成も終わりを告げようとしている年の7月 7日、とあるマンションの一室で若い女性の他殺体が発見された。

生憎《あいにく》マンションの玄関口に設置された防犯カメラには7日の夜の9時頃に被害者と思《おぼ》しき女性の入って行くところが確認されただけである。

更に悪い事に防犯カメラの画像は荒く、スカーフを頭から被ってサングラスをしているので被害者と確定出来なかったのだが、唯一管理人が誰かわからないと答えた事と同じ服と思われるものの残骸が遺体の上に乗せられていた事から被害者であると推察された。

第1発見者は近くの大学教授という事で次の日の8日の正午過ぎに通報があった。

なんでも、7日の夜は大学で泊まり込みで仕事をしていたらしく、朝方少しだけ仮眠を取ると資料文献を取りに一旦帰宅したところ被害者を発見したらしい。

鍵は指紋認証タイプで開き、オートロックで閉まるので、他の人が開けるのは不可能だと思われた。

他の侵入ルートとして候補に挙がったのはマンションと言っても低層階(二階)なのでベランダから梯子か何かを使えば忍びこむ事が出来るかもしれないと現場に駆けつけた刑事は考えた。

ところが真っ先に現場に駆けつけた警察官に聞いた所、あらゆる窓はしっかりと施錠されていたと報告を受ける。
勢《いきお》いその教授が第一発見者にして重要参考人という立場になったのだが、本人にその自覚は皆無であった。

「え?どうして私が?」

教授は悪びれる風もなく刑事に訊ねた。






「どうしてって言われてもですね教授、密室で人が死んでたら、その部屋の鍵を持ってる人が犯人って事になりませんかね?」

担当の刑事は不満そうに詰問した。

「トリックとか?ほら、よくあるでしょう?ミステリーとかで」

「たしかにミステリーならありますねぇ……ミステリーならね。因みにどんなトリックです?」

「え?それは……わかりませんけど」

「……なるほど」

「まぁまぁ、そない決めつけんでもよろしいやろ。ゆっくりやってこうや。教授さんも第一発見者として捜査にご協力お願いしますわ」

そういって横から変な関西弁の先輩刑事が宥《なだ》めた。

「……はあ」

先輩に言われるまでもなく、第一発見者の教授を犯人と決めつけるのには些《いささか》かおかしな点が多かった。

遺体は衣服を脱がされ仰向けの状態で絶命していたが、死因は後ろからナイフの様なもので刺された事による失血性ショック死だと思われる。

そして何故か遺体の上で衣服を燃やした跡があった。

生活反応が無いことから死後に成された事と思われるが、なぜ、そんな事をする必要があったのか想像も出来なかった。

凶器は部屋の中からは見つからなかった。

もしも、教授が犯人だとすると、殺した後に脱がして、脱がした衣服を遺体の上で燃やし、第一発見者として警察を呼んだことになる。

あまりにも不自然で、もしそうなら狂気を含んでいる様に感じた。

しかし、教授が犯人ではないとすると、密室の謎が残る。

不完全な密室が……。





「で、もう一度聞きますけど、ご自分で施錠された記憶はないと?」

若い刑事は、すこしだけ苛立ちを含ませた声で詰問した。

「え?いえ、施錠した記憶もないですけど、施錠しなかった記憶もないと言ったんですよ、大体において記憶というものはそれ程信頼出来うるものではありません。その人の強い期待や希望によって書き換えられる事もしばしば見受けられます。故に、もし利害関係のない第三者の証言であったとしても迂闊《うかつ》に信用するのはどうかと思います。ましてや私は利害がありますので私の記憶を頼るのはどうでしょう?懸命な判断とは言いかねます」

教授は淡々と論理的思考に基づいて自らの証言の信憑性《しんぴょうせい》の無さを説明した。

「……はあ」

刑事は半ば呆れ、途中から少し感心した。

「利害があるっちゅうことは、つまりお前さんが殺ったっちゅうことやないの?」

横から先輩刑事が詰問というよりは素朴な疑問といった体《てい》でそういた。


「いえ、そうではありません。犯人だと疑われるだけでも貴重な時間を失いかねないなと危惧したまでです。それが私の言う利害です」

教授は淡々と応える。

若い刑事はとても不思議な感覚に囚われた。

そして、迷った。

今まで沢山の容疑者から事情聴取を取ってきたが、その誰とも違うからだ。

無関係な人間が事件に巻き込まれた反応でもなければ、犯人が罪を隠すために演技している様な印象もない。

つまり、犯人という印象もなければ、部外者という印象も受けない。

一番不思議な事は自分の部屋で死体が発見されたというのにまるで動揺がない。

そうだ、極端に言うと…


この人には感情がない。





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