少女探偵

ハイブリッジ万生

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事件

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俺は桜庭さんに睨まれて、目を泳がせたついでに室内の調度品などを観察した。

どれもオシャレ、というか高価そうなものばかりで俺の様なド庶民が迂闊《うかつ》に触ることを躊躇《ためら》わせるに充分な輝きを放っていた。

プルルルルルル

その時、俺の居心地の悪さを察してかどうかはしらないが、救いの様な着信音が鳴った。

「すみません、出ていいですか?」

「もちろん、どうぞ。」

お嬢様はにこやかに言った。

俺は軽く会釈すると電話に出た。

「はい、裏山です。」

「どうだった?」

この声は、俺にボディガードの仕事を回してくれた張本人で間違いない。

しかし、相変わらず単刀直入というか、主語のない質問をするやつだ。

しかし、昔から形式とか手順を嫌い、目的に最短で近づこうとするこいつの性格は嫌いではない。

「刑事か、たぶん合格…したとおもう。」

「たぶん、てなんだよ?」

「いや、禁煙を続けられたら採用らしい。」

「ん?お前禁煙してたの?…ていうか、禁煙続けるかどうかなんて、お前次第じゃないのか?採用だろ?」

「ま、まぁ、そうなんだが...。」

「それより、お嬢様は?」

「え?目の前にいらっしゃるが...なんだ?」

「代わって貰えないか?」

「いいけども...。」

俺はお嬢様に言った。

「あの、けい…いや池照のやつが、なにやらお嬢様にお話があるみたいなんですが?」

「あら、わたしに?」

「はい…嫌なら切りますけど?」

「いえ、全然嫌ではないですよ。」

「あら、池照さんて、あのモデルみたいな刑事さん?」

桜庭彩が急に声のトーンを高くして会話に割り込んで来たかと思うと目を輝かせていた。

「まぁ、そうね、確かにモデルに居ても不思議ではないわね。」

ん?なんだろ、この気持ちは?

どうせ俺は普通だよ!

俺は、しょうもない嫉妬心を押さえ込んで携帯をお嬢様に渡そうとしたが、途中でバアヤに奪われた。

バアヤは俺の携帯を特殊な布で拭いてお嬢様に渡した。

俺は苦笑いした。

如鏡《しきょう》はバアヤから携帯を受け取ると受付嬢の様な落ち着いたトーンで応対した。
「はい、変わりました如月です。」

「あ、突然すみません、裏山の件はありがとうございました。」

「いえ、こちらもバアヤが執拗《しつこ》くて、どうしてもボディガードを探してましたので池照さんのご友人に適任者がいらして助かりました。」

「ありがとうございます、それはそれとして、ちょっと変な事件が発生しまして...。」

「あら、どんな?」

「コンビニのトイレで自殺がありまして、30代くらいなんですけど、その...。」

「遠慮なく仰って下さい。子供とか女性のとかいう先入観は捨てて下さると助かります。」

「は、はぁ、ですよね?前の事件の時にそれは物凄く肝に銘じたんですが...では...遠慮なく。」

「はい。」

「そのトイレというのが内側から鍵が掛かっているので自殺の線で落ち着きそうなんですけどね...ちょっと変わってるのはその男ズボンを脱いでるんですよ。まあ、ズボンのベルトで首を吊っているのでそれで自然に脱げたとも考えられるんですが...。」

「確かに自殺にしては身なりが不自然ですね…。コンビニのトイレの鍵ってたしか回して引っ掛けるタイプでしたっけ?」

「それです!」

「だったらそれは密室とは到底呼べませんね、争った後はないんですね?」

「それはないです。しかし、持ち物から眠剤が出てきてまして、もしかしたらこれを飲んで朦朧《もうろう》としてたかもしれなせん。」

「だとしたら、殺人の可能性が高いですね。」

「え?それは...なぜ?」

「眠剤を用意していたのなら計画的な自殺ですが、コンビニのトイレで自分のベルトで首を吊るのは衝動的です、そこが矛盾してます。つまりその眠剤は...。」

「本人のものではない?」

「そこまでは言いきれませんけど、少なくとも、自殺の為に使ったとは考えにくいですね。」

「ありがとうございます、またなにかありましたらお願いします。」

「あ、ちょっと。」

「はい、なんでしょう?」

「どちらのコンビニですか?」

「え?来られるんですか?それは...。」

「不味いですか?」

「一応、現場を仕切ってるのが僕じゃないので...。」

「あら残念。」

「なにかあったらまた連絡します。」

そういうと電話は切れた。

俺は呆気に取られてそのやり取りを見ていた。


「あら、つい長話してしまいました、ごめんなさい。」

「いえ、それは全然構わないんですが...。今のは?」

「今のは、お友達の池照さんですよ?」

「いえ、そういう事ではなく、なにやら事件の事を...その...相談されていたような?」

「あ、そうですね、たまにかかって来るんです、ある事件で池照さんとはお友達になりまして、それ以来でしょうか?」

「あの...なんでお嬢様に?」

「それは...わかりませんけど、たぶん...。」

「たぶん?」

「池照さんが真面目なのではないでしょうか?」

?...わからん...俺がバカすぎるのか、この質問と答えの中にある埋めがたいミゾはなんだろう?

「あの、なぜ、真面目だとお嬢様に連絡が来るんでしょう?自殺かどうか警察が調べればスグにわかるような気がするんですが...。」

「それは、自殺ではないと明らかにわかる場合はでしょう?たしかにその場合は鑑識が動いて自殺では無いことがはっきりとわかりますね。」

「ですよね?」

「しかしながら人が死んだら必ずしも鑑識が動くわけではない様です。」

「え?そうなんですか?」

「自殺ではなくても、変死体にしても、事件性がないというものはそのまま書類だけで処理される場合も多いらしいですよ。」

「え?変死体で事件性がないなんてあるんですか?」

「それを判断するのは現場の方ですからね。」

「あの、それで、話を戻しますけども...なぜお嬢様に?」

「ですから、自殺で処理をしても良かった案件に池照さんが違和感を覚えた。」

「はい。」

「それで、わたしに連絡をしようと思った。」

「はい。」

「それは、自分の感じた違和感を理屈で説明してくれる誰かが欲しかったのではないでしょうか?」

「なるほど、だから...。」

「そう、だから池照さんは真面目なんです。」

俺は少し魂が抜かれた様になっていた。

なんなんだこのお嬢様は…。

自分の中にあった常識ってやつを何度も 飛ばされて
 俺は 呆然となった。


「あの、もうひとつ質問いいですか?」

「なんでしょう?」

「さっき言っていた、密室と到底言えないというのはなぜです?」

「それは、実物を見てないとなんとも言えないですが…回してかけるタイプであれば下敷き一つで開きますからね」

「なるほど、でも鍵を掛ける時は?」

「掛けるける時は下敷きすら要らないものが多いですが、ちょっと複雑なものでも糸の様なものを使えば密室にできます。」

「糸の様なものを持ち歩いてるやつが犯人という事ですね?」

「たしかに、そうとも言えますがそんな準備しなくても糸の様なものを常に持ち歩いている人もいますよ」

「へ?」

「とくに女性は...」

「...あ、あー髪、か?」

「髪の毛は意外と強いので糸の代用になります。それに間違って落としたりして拾われても、証拠にはなりにくいです」

「そうか、それで密室とは言い難いのか...」

俺はお嬢様の見事なストレートヘアを見ながら感嘆した。

「もう1杯飲みます?」

気がつくと飲んでいた紅茶のコップがカラになっていた。

「え?あ...いえ...大丈夫です」

俺は慌てて言った。

「それと...」

お嬢様は、少しこちらを窺うような目をした。

「な...なんでしょう?」

「お嬢様という呼び方、やめて欲しいんですけど」

「は、はい」

俺は、そんな事か、と思い胸をなで下した。

なにか機嫌を損ねて、やっぱり雇わないなんて言われなくて良かった。

なぜなら、俺は当初、依頼を受けた時より随分とやる気になっていたからだ。

「ではなんとお呼びすれば良いでしょう?」

「如鏡で良いです」

「お嬢様!ダメですよそんな!」

堪らずバアヤが口を挟んだ。

「そんな呼び方を許したら、この男が勘違いします!」

こ、この男って...。

「良いじゃない、自宅なら兎も角、大衆の面前でお嬢様と呼ばれる方が苦痛だわ」

「そう言われましても...」

「あの...じゃあ、如鏡さんでは?」

俺はおそるおそる言ってみた。

バアヤが睨んでいる。

「まぁ、それでいいわ、当面」

なんとか折衷案が通った所でティータイムは終わりを告げた。




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