少女探偵

ハイブリッジ万生

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円卓の推理

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池照と岩井は中川翔子からの証言という手土産を持って如月邸に向かった。


「それにしても、高そうなもんばっかりやな」

「そのへんのものにやたら触らないでくださいよ、先輩」

池照と岩井は如月邸にお邪魔していた。

池照はもはや、岩井に隠す必要もなくなったので単刀直入に捜査の進捗《しんちょく》を如鏡《しきょう》に伝える事にしたのだ。

「ごきげんよう池照さん岩井さん」

如鏡はリビングの白い円卓に座って挨拶をした。

後《うしろ》には裏山詩歌が陰《かげ》の様に立ってふたりの刑事に軽く会釈した。

桜庭彩が紅茶を運んできて二人の刑事に言った。

「どうぞこちらにおかけください、特別なハーブティーが入りましたのでよろしければ御一緒にどうぞ」

そういってお辞儀した。

「おそれいります」

「おう.......悪いね」

二人の刑事は少し恐縮して卓についた。


「さっそくですけど、如月さんの言っていた事が当たってました」

池照は紅茶が出される前に話を切り出した。

「あら、やっぱりそうでしたか」

「ほいで?お嬢ちゃんこれで何がわかるん?」

「ごめんなさい、一応全部の情報がはっきりしてからでないと、あやふやな事はいえないので.......鑑識の結果はまだでしょうか?」

「鑑識はわかり次第連絡がくるようになってます」

「そういえば、もう一つだけ質問よろしいですか?」

「どうぞ」

「中川翔子さんと中川良太さんのお宅ってコンビニから目と鼻の先じゃないですか?」

「おっしゃるとおり。なぜそう思うんです。」

「そうでないと成り立たないので、違和感の解消って言うんでしょうか?」

違和感という言葉を聞いて池照は山野美羽を取り調べた時の違和感を思い出した。

「そういえば、山野美羽を取り調べた時もどこかに違和感を覚えたんですよ。被害者は大人、加害者は子供ならどうしても被害者は寝ている必要がありますよね?もちろん寝ていたんでしょうけど.......」

と、喋りかけた池照に電話が掛かってきた。池照はゼスチャーでゴメンのポーズを取ると電話に出た。

「もしもし.......池照です、ええ、はい.......ありがとうございます」

「だれや?」

「司法解剖の担当者です、やはりありましたよ後頭部に打撲痕!」

「ほう、で?打撲痕があるとどうなるんや?」

「たぶん池照さんの違和感が解消されるかも?」

「違和感とは?」

「大の大人を子供がどうこうするには少なくとも昏睡状態になってもらわないといけないわよね?」

「たしかに」

「しかし、被害者は直前まで大声で喚いていたのを隣のマリアさんが聞いている」

「たしかにいきなり昏睡状態に陥る可能性もなくはないがあまりにもタイミングが良すぎる」

「そこで、マリアさんの聴いたもうひとつの音が鍵になってくると思うの」

「ゴンちゅう音か?」

岩井さんの言葉に如鏡は静かに頷いた。

「なるほど、狭いトイレの中で父親に恫喝されてパニックになった彼女は弾みで押したかもしれない」

「そうすると、自分が殺したという美羽さんの証言とも合致するでしょ?」

「弾みで殺したっちゅうことか?」

「いえ、死因はあくまでも窒息死なのでそこでは意識を失っただけですね」

「でも、そのあと自殺に見せかければ」

「そこです。最大の謎は.......果たして力の抜けた大人を自殺に見せかけるだけの力が彼女にあるのかどうか?」

「じゃあ!やっぱり殺してなかったんですね?」

「非力な彼女でも、とある物理の法則を知っていれば可能性はなくはないですが、聞いた限りではそのような細工はされてなかったようです」

「つまり?」

「単独犯では難しい、共犯者がいれば別です」

如鏡《しきょう》はそういうと静かに不思議な薫りのハーブティーに口を付けた。




黙って立っていた裏山詩歌が口を開いた。

「あの.......とりあえず今わかっている事から何がわかるのか話してあげた方がよいようにおもうが」

「そうね、おふたりとも忙しいと思うし」

如鏡《しきょう》がそういうと、池照は頭《かぶり》を振って否定した。

「いえいえ、全然大丈夫ですよ、お気遣いなく」

そういうと紅茶に口を付けた。

「うん、素晴らしい味と独特な薫りですね」

「そうか?普通の紅茶の味しかせえへんけどな」

岩井がチャチャをいれる。

「それは先輩の舌がおバカさんなだけですよ」

間髪《かんぱつ》をいれずに否定された岩井は言い返したした。

「こんな紅茶の味なんかわからんでも、刑事の仕事に支障あらへんやろ?わいは人が嘘ついたかどうかはだいたいわかんねん」

「それは素晴らしい才能ですわ」

如鏡が真面目に言った。

「せやろ?お嬢ちゃんわかってるわ」

「では中川良太さんの嘘もわかってたんですね?」

「あいつか.......まぁな。でもなんか隠しとるなぁって事くらいやけど」

「私も先ず最初の疑問は良太さんの嘘でした」

「それは.......中川良太が前から山野文紀をよく知っていたという事ですか?」

池照がそういうと如鏡は少し頷いてから答え始めた。

「それもありますけど、もっとおかしな事を言ってます」

「おかしな事?」

「はい」

「どんな?」

全員が如鏡《しきょう》の言葉を待った。

「それは、被害者の顔を見て直ぐに山野先生だと証言した事です」

「え?前から知ってたなら変ではないんじゃ?」

「人の首を釣った顔と言うのはドラマなどでは殆ど変わらないですが、実際には変色したり膨張したり汚れてたりでなかなか生前と見分けがつかなくなります.......現に顔認証も効かなくなったでしょう?」

「あ、たしかに」

「それに、良太さんが山野先生を見たのはどこかでばったり会っているような事がなければ半年ぶりという事になります。よく見知った方でも、半年後の通常とは違う顔を見て直ぐに判別するのは難しい…つまり違うところで判別してたからと考えるのが妥当でしょう?」

「違うところというと?」

「服装などです」

「服装.......でも、そのためには」

「そう、直前に会ってないとおかしいですね?」






「そこで、中川翔子さんの証言を合わせるとひとつの仮説が出来上がります」

「どのような?」

「良太さんがトイレで山野先生を見たのが2回目だったのではないか?」

「.......念の為、1日分の録画見たけど良太がコンビニに来たのは1回やったで?」

「そう見えただけ.......という事です。中川翔子さんは現場に落ちていたネールを自分のものであるとすぐに認めましたね?」

「たしかに.......あっさりと」

「ということは自分が殺人事件の容疑者だ、なんてことは考えてないからだと思われます」

「たしかにそれは、そんな気はした」

「更に山野美羽さんの証言と合わせると被害者が生存している以前にトイレを出た中川翔子さんは加害者から外れます」

「たしかに」

「では、加害者ではない翔子さんのネールがどうして翔子さんが入っていない被害者のトイレに落ちていたのか?」

「それが謎や」

「それは他の人が付けて入ったからです。そしてそれが出来そうな人は限られて来ます」

「.......まさか」

「更に、翔子さんがトイレに入った時、山野先生らしき人を見たというのも重要な証言です」

「.......なんで?」

「つまりその時男女兼用のトイレに誰か入って居たということを証明しています。女性専用が使えない被害者は待ってるしかなかったので翔子さんに目撃された」

「それが.......なにか?」

「山野先生の入る前には黄色い服の女性が慌てて入っていったんですよね?」

「ですね、その前はしばらく誰もはいってません」

「そうです、であれば女性専用と男女兼用が同時に空いていたはずです。にも関わらずその女性は慌てて男女兼用に入った」

「.......そうか」

裏山がなにか気がついた様に手を叩いた。

「癖か」

「そう、癖が出たのね、いつもそちらを使ってるという事です」

「あの、つまり、それは、若しかすると.......」

「なんや、黄色い女性やのうて、女装していたっちゅう事か」

岩井が池照の言葉を代弁した。

「つまり、その裏をわしらに取らせてたっちゅうこっちゃね?」

「そうなります」

「そうか!中川良太は姉がいないときに、女装していた。しかし、思いがけず休みをもらった姉の翔子とばったり会ってしまった。それで近くにあったコンビニに緊急避難したと、ところが出る時に待っている山野文紀に出くわした。相手は気が付かなくても良太くんは覚えていた」

「せやな、そのあと、姉が入って来てるのも知らんと熱《ほとぼ》り冷めたとおもて家に帰った所でネールを落としたのに気がついた」

「そして、戻ってきたわけかもう一度コンビニに!」



「そうなりますね」

如鏡はまた1口紅茶を飲んだ。

池照は感心したがもう一つの謎を思い出した。

「あの.......アラームは?なぜ消えたんでしょう?わかります?」

「それはもっと簡単な事です。つまり、最初から山野文紀さんの携帯のアラームではなかったという事ですね」

「なんと」

「良太さんは以前から山野先生をよく知っていました。精神安定剤の副作用などで1度寝るとなかなか起きない事も知っていたでしょう。そこで直前に会ったことなどから反応のないトイレ内に山野文紀さんが寝ていると誤解した」

「なるほど!それで自分のアラームを使って起こそうとした」

「そうです、どうしてもネールを落としたかもしれないトイレの中を翔子さんが帰ってくる前に確認したい良太さんは苦肉の策で自分の携帯のアラームを鳴りっぱなしになるようにして起こそうとした」

「ふむ」

「ところが、なにかの弾みで携帯がトイレの中に入ってしまったのではないでしょうか?見た所下の隙間からなら滑り込ませる事ができそうです」

「なるほど。それで、回収する為に店の人を呼んだわけか」

「ほいで、店の人が警察を呼んでる隙に自分の携帯だけ回収してトンズラしたわけか.......ネイルは?」

「既にいつ警察が来るかわからない状況ではそこまでの余裕はなかったのではないでしょうか?」

「なるほど、そう考えると辻褄が合うけども.......中川良太が犯人もしくは共犯者?」

「いいえ、嘘つきではあるけどそれは全部自分の秘密を隠す為だし。今のところ、その可能性は極めて低いと思うわ」

「せやな、自分で殺してたら自分から死体発見させる様な真似しないわな」

この岩井の言葉には池照も頷いた。



するとまた池照の携帯に着信が来た。

池照は何処からか分かると慌てて通話ボタンを押した。

「出ましたか?」

それを見ていた詩歌は相変わらず主語がないなと呆れた。

「はい、なるほど.......ありがとうございます」

通話が終わると池照は全員を見渡して言った。

「出ました!二つのトイレの鍵を丹念に調べ直した所、男女兼用のトイレの方から指の横腹が付着した痕跡《こんせき》が出ました。推定ですが若い女性ではないかと言うことです。そして指の向きは外側から内側という見立てです」

「ふむ、つまり.......どういうこっちゃ?」

「つまり誰かが外から内側に指を入れて鍵を持ち上げて、引っ掛けたって事か?」

「そういう事になりますね。もちろん他の方法で引っ掛けて密室に見せる事もいくらでも可能でしょうけど.......咄嗟《とっさ》に密室にするにはそれしかないでしょう」

「なるほど、そいで若い女性が密室を作った.......と」

「そうなります」

誰もが1人の女性を思い浮かべた。

「その指の跡って指紋じゃないけども、本人と照合して一致したらどうなるんですか?」

詩歌の問いに岩井が答えた。

「せやな.......指紋じゃないけど、一致したら指紋と同じくらいの動かぬ証拠になりえるんやないか?」

「では.......どうします?」

詩歌はまだ思案顔の如鏡を見て言った。




「そういえば、阿部真理亜さんについてですが」

「はい」

「その後なにか新しい情報などはありますか?」

「そうですね、やはりいくら調べても被害者との接点が見つからないです。それどころか、被害者がこちらに帰ってきた日から1週間部活の合宿とかで隣町の紅葉山に行ってたんですよ。戻って来たのか事件の当日です」

「紅葉山?なんの部活ですか?」

「写真部らしいです。確かに今頃は綺麗ですからね紅葉が」

「被害者が隣町に行ってたということはないですよね?」

「そういう証言は取れて居ませんね、ないと思います」

「ではいよいよ、接点がないですね」

「本当に」

「あの、被害者の家族とは会ったことないですか?」

「それも調べたんやけど無さそうやで?山村もみさんの話やと被害者家族って結構人との関わりを避けてる様なところがあってな、たまに誰もおらん公園で美羽ちゃんが1人でいるところを見かけるらしいで」

「美羽ちゃんが1人で公園?」

「なんていうの?あまりにも社交性のない母親に見かねて子供とも遊ばんように言われてるんちゃう?しらんけど」

如鏡《しきょう》は少し考えてる風であったが徐《おもむろ》に言った。

「なるほど.......そういうことですか。他に阿部真理亜さんについて、気になる事はありませんか?」

「そういえば、どうでもええ事かもしれんけど、リビングで寝てるって言うてたで」

「リビング?」

「せや、外の公園の見えるリビングのソファーで寝てたってゆうてたわ」

「その公園て美羽さんが来ていた公園ですか?」

「うんにゃ、美羽ちゃんが1人でおったのはごく近くに住んでる人しか知らんような小さな公園や」

「そうですか」

「あの.......子供部屋っていうか、真理亜さんの部屋はあるの?」

「ん?あったように思うけどな」

「ベットはあった?」

「よう見てないけど.......おい池照、お前、真理亜に気があるんやから覚えてるやろ?」

「バカなこといわないでください!本気にされたらどうするんですか?」

「え?どうもせえへんけど?」

池照は呆れたように岩井を見た後、如鏡に言った。

「そうですね.......たしか、ベットだと思います、それがなにか?」

しばらく考えた後に如鏡は言った。

「ちょっと、阿部真理亜さんのお宅に行けませんか?」

「今からですか?」

「はい、出来れば」

如鏡は思いつめた様にそう言った。












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