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偽りの家族
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如鏡《しきょう》の発案で阿部真理亜の家に行く事になった二人の刑事は如鏡と詩歌を乗せて如月邸を後にした。
「ごめんなさい遅れてしまって」
如鏡《しきょう》は慌てて詩歌がドアを開けて待っている後部座席に乗り込んだ。
運転手の池照と助手席の岩井は既に待っていた。
詩歌はドアを閉めると反対側に廻って自分も乗り込んだ。
「いえ、女性が遅れてくるのは仕方ありませんよ」
池照が優しくフォローするのを聞いて岩井が口を開いた。
「さすがやな、スケコマシ」
「ちょっと岩井さん、誤解を招くような言い方やめてくださいよ」
如鏡が重ねて謝る。
「ごめんなさい、バアヤにちょっと頼み事があって.......もう大丈夫」
すると岩井が珍しく神妙な顔をした。
「せやけどなぁ、やっぱりお嬢ちゃんまで直接事件に関わるの考え直さへんか?おっちゃんら二人に任せてもええんちゃう?」
岩井がそういうと池照も同調していった。
「そうですよ、万が一ということもあります。おっちゃんとお兄さんに任せても大丈夫ですよ?」
「いえ、どうしても本人に確認したいことがありますし.......」
「なんやその確認したいことて?おっちゃんらが代わりに確認したるさかいにゆうてみ?」
「そうですよ、おっちゃんとお兄さんが確認しますので」
「お前食い下がるね?」
「はい?食い下がってませんよ、訂正してるんです」
如鏡《しきょう》は少し笑った。
「ご心配ありがとうございます.......でも、どうしても自分で聞きたいですし、危なくなったら優秀なボディガードがいますので大丈夫です」
いきなり自分の事を言われて詩歌は咳払いをした。
「も、もちろんです。ご安心を」
「さよか?ワシにはあんまり強そうに見えへんけど。その.......ボデーガード?」
「岩井さん!人は見かけによらないんですよ?なぁ詩歌?」
「いや、それ全然フォローになってないぞ池照君」
三人のやりとりを微笑んで見ている如鏡を乗せて
車は如月邸を出発した。
「そういえば真理亜さんのお父様の事故について聞いても良いかしら?」
如鏡は思い出した様に質問した。
「ん?真理亜のおやじさんが火事で亡くなった時の?」
「そうです、岩井さん色々とお調べになったんですよね?」
「せやな、名前は茂《しげる》で、酒乱の癖があって真理亜に虐待もしてたみたいやからあんまり同情でけへんけどな.......そうみたいや」
「焼けたあとの写真を見たんですけど少し不自然な事があるんですが」
「ほへ?どこが?」
「結構密集した住宅街の様に見えたんですが、延焼して被害に会われた家がないのは何故だかわかります?」
「ん?延焼?飛び火の事か.......せやな、たしかに1軒だけ見事に焼けたけらしいけどな、どうやらその日はたまたま無風だったらしいで」
「やはりそうですかあと、お母様の友里亜さんは留守だったと聞きましたけど、頻繁に夜出歩いてたかどうかわかります?」
「え?えーと、どやったかな.......せや!たしか、夜の仕事をたまにやってたらしくて週に二回くらい遅い日があったらしいで」
「そうですか.......なるほど」
「ん、なんなん?なにかひっかかる?」
「いえ、最後に確認なんですけど。真理亜さんが放火したという疑いはなかったんですか?」
「え?それはなかったらしいで。とにかく真理亜も2階から庭に生えてる木に飛び移って助かったくらいやから」
「.......なるほど。他になにか変わった事はありますか?」
「ほかに?せやな、強いてゆうならこの父親、児相の職員に食ってかかってな。暴力はふるってないて言うてるねん」
「でも、手足にアザとかあったんですよね?」
「せや、でもそれは真理亜が勝手に作ってきたって言い張るんや」
「なるほど。自分はやってないと」
「まぁ、大概のそういう癖のある親はそういうもんやし真理亜は父親にやられた言うてるらしいし、結局厳重注意で終わったらしいで」
「厳重注意か.......もしそのときに保護してたら変わっていたかも知れないわね」
「変わっていたっちゅうと?」
「真理亜とその人の未来が.......」
暫くの沈黙の後、池照が車をゆっくりと停めた。
「着きました。では.......行きますか」
池照は呼び鈴を押してからそれが使えない事を思い出した。
暫くノックすると例の冴えない男前が顔を出した。
「あ、また来たの?ご苦労様でーす」
本気とは思えない労《ねぎら》いの言葉をかけたホスト崩れ風の男に池照は訊《き》いた。
「どうも、何度もすみません。真理亜さんご在宅でしょうか?」
「ん、まぁ、いるけどなにか?ゆーちゃんが怒っててね。刑事さんなら帰って貰う様に言われてるんだわ」
ありゃ、この前やり過ぎたせいだ、心の中で舌打ちした。
「そこをなんとかなりませんかね?少しだけでもお話をしたいんですが」
「そういわれてもねぇ」
「刑事でなければ良いの?」
うしろから如鏡《しきょう》が声をかけた。
その姿を見て加納栄吾は少し驚いた様に言った。
「あら、刑事さん可愛い子連れてるね?まさか子連れで捜査してるの?」
「いえ、こちらのかたは如月のお嬢さまです」
「え?如月ってあの?」
如月の名前は場末のホストも知ってたようで、好奇の目が更に強まった。
「へぇ.......そのお嬢さまが何しにこんな所へ?」
「話したい事があるの.......皆さんに」
「皆さんに?俺にも?」
「はい、加納栄吾さんあなたにもです」
加納は少し考えてから黙って奥に引っ込んだ。
暫くしてドアのチェーンを外す音が聞こえてきた。
ドアを開けて加納が顔を出して言った。
「どうぞ。ゆー、友里亜さんが興味あるらしいのでお入りください、お嬢さま。あと、情で刑事達もいいってよ」
四人がぞろぞろと部屋に入ろうとすると裏山詩歌を見咎《みとが》めて加納が言った。
「おい、お前は誰だよ?」
「ボディガードだ」
「はあ?お前が?」
「悪いか?仕事なんだ、俺を失業させる気か?」
「.......まぁ、いいや、どうぞ」
加納は渋々と言った体《てい》で詩歌を入れた。
「あら可愛い」
阿部友里亜は一目《ひとめ》で如鏡《しきょう》を気に入った様子で目を細めてそう言った。
「ごめんなさいね、こんなむさ苦しい所で.......お口に合うか分からないけど何か飲む?」
さすがに下着にネグリジェではなかったが薔薇の刺繍の入ったバスローブに身を包んだ友里亜がそう言った。
「いえ、お気遣いなく.......」
如鏡は、そういうと、優雅にお辞儀をした。
「まぁ、素敵、前からお嬢さまに憧れてたのよ.......真理亜もこんな風に育ったら良かったのに」
「ちょっと、本人の前でよく言えるわね?」
奥の椅子にまるで隠れる様に座ってた真理亜が声を上げた。
「それで?お嬢さまが私にお話って何かしら?」
「友里亜さんと真理亜さん、そしてそちらの加納さんに関わる事です」
「あら、全員に?何かしら?パーティーに招待して貰えるとか?まさかねぇ」
「残念ながら、そうではありません、こちらの家族で行われている不正についてです」
「不正?あら怖いわ」
友里亜は相手が子供なので冗談半分に聞いていた。
「真理亜さんのお腹の子供についてです」
一瞬で部屋が凍りついた様な気がした。
「なんですって?」
友里亜が聞き返す。
「じょ、冗談言わないでよ.......なんなのあんた」
真理亜の抗議の声も心做《こころな》しか震えていた。
しかし毅然として如鏡は続けた。
「真理亜さんのお腹にいる加納栄吾さんの子供についてです」
詩歌は更に凍りつく部屋中の空気を感じていた。
「おい!子供だからって適当な事言って言いわけじゃないぞ」
加納栄吾が好奇の目から一転、恨みの隠《こも》った目で如鏡を睨んで言った。
「いえ、いい加減な事ではありません。嘘だと思われるなら真理亜さんに聞いてみてはいかがですか?」
「ちょ.......真理亜!本当なの?」
友里亜も堪らず娘に詰問した。
「うそよ!」
「嘘ではありません」
「.......し、証拠もないのに適当なこと言わないで!」
真理亜は如鏡を睨みつけて絞り出す様に言った。
如鏡は動じる事無く更に続けた。
「証拠なら産婦人科に残ってます。病院側から電話がかかって来ませんでしたか?産婦人科の検査ミスで再検査が必要だと言われているはずです」
「再検査って事は疑いがあるってだけでしょ?」
「実は私病院関係者に友達がいまして、その検査疑いではなく完全に陽性です」
「な.......」
「つまり、早くしないと堕ろせなくなります、どうします?」
「どうするもなにも堕ろすに決まってるだろ!」
加納栄吾が堪らず口を挟んだ。
「父親はああ言ってますけど」
「おい!なんでそうなるんだ?いいか?こいつは援交してるんだぞ!誰の子かなんてわかるかよ!」
「それは検査すればわかります。いえ.......検査しなくても真理亜さんにはわかってるんじゃないですか?」
「…….......」
真理亜は押し黙ってただ如鏡を睨みつけていた。
如鏡は重ねて言った。
「いいですか?誰が嘘をついたとしても、DNA鑑定すれば簡単にわかる事ですよ?」
「ち、ちょっと待った。DNA鑑定?それは大袈裟じゃないか?そこまでする必要ないだろ?」
「加納さん。身に覚えがないなら慌てる必要はありません。その態度は身に覚えがあるんですね?」
「え、いや.......ちがうんだ。そいつだ!そいつから誘ってきたんだ!」
加納は真理亜を指差して喚いた。
「それは考えにくいです」
「は?なんでお前がわかる!」
「そちらの子供部屋に見たところ睡眠には申し分のないベットが置いてありますよね?」
「それがどうした?」
「そのベットを使わずに真理亜さんはソファで寝ている様ですね?」
「だから、それが何だって言うんだ!」
「つまり、それは意識的にしろ無意識的にしろ、その場所では安眠できないという事を証明してるんです。つまり、そこで行われた行為を真理亜さんは快く思ってない。この意味わかりますよね?」
「なんだそれ?こじつけだろ!」
「こじつけではなく心療内科の所見です。真理亜さんはあなたとの行為を拒めない理由があっただけで好きではなかったと考えられます」
「拒まなければ好きってことだろ?」
「加納栄吾さん。あなたはこちらの阿部友里亜さんとは内縁の関係にあるんですよね?つまり、真理亜さんにとっては保護者に当たります。その立場での淫行はたとえ合意であれ、法に触れるのです」
「うそだろ?いや、そうだとしても俺は保護者じゃないし!」
「ではなんでこちらのお宅に住んでらっしゃるんですか?」
「はぁ?そんなの俺の勝手だろ!」
「では、阿部友里亜さんとは内縁の関係ではないと言うわけですね?」
「そう、たまたまだ。色々な部分でサポートしてる、言わば.......介護みたいなもんだ」
加納の言葉に反応するかの様に一瞬全身をぶるぶると震わせた友里亜は、やおら立ち上がると台所に向かった。
そして振り向いたその手には鋭利な刃物が握られていた。
加納栄吾は弾かれた様に何故か裏山詩歌の後に隠れようとしながら言った。
「おい!取り押さえろ!あんたボディガードだろ?!」
裏山詩歌は応えた。
「わかった」
そして、詩歌はまったく無駄の無い動きで加納栄吾の後《うしろ》に回ると彼を羽交い締めにした。
加納はあまりにも一瞬の出来事に何が起こったのか把握できない様子だった。
「あ、お、おい!なんのつもりだ!」
「いや、取り押さえろと言われたので」
詩歌はわざとらしく惚《とぼ》けた台詞を吐いた。
「馬鹿かお前!むこうだ!あのとち狂った女を抑えろ!」
「え?とち狂った女なんて居ませんよ?どこにも」
「くっ、て、てめえ!はなせ!っなせこら!」
「おい!詩歌いい加減にしろ!友里亜さん!おちついて!」
堪らず池照もそう叫びながら友里亜に近づいていく。
「来ないで!」
友里亜は池照の方に刃物を振り回すと叫んだ。
「この馬鹿を殺して私も死ぬ!」
「はあ?ふざけんな!おれがどれだけ我慢してたと思ってんだ!多少の旨みは当然だろ!」
「.......ぶちころす」
友里亜は完全に切れて突進してきた。
「詩歌!」
如鏡の声に反応して詩歌はそちらの方に顔を向けた。
完全によそ見に見えた。
詩歌は如鏡の方を向いて軽く頷くと、友里亜の一撃が刺さる寸前でまるで魔法がかかったかの様に友里亜の突進を止めた。
良く見ると、加納を羽交い締めにしていた手が友里亜の右手首に添えられていた。もやはピクリとも動かない。
次の瞬間、詩歌はまるで社交ダンスを踊っているかの様に友里亜の後《うしろ》に回るとそのままお腹の部分に手を添えて半回転して止まった。
詩歌の腕の中でいつの間にか友里亜は気絶していた。
手に持っていた刃物がスローモーションの様に手から離れ床に刺さった。
加納栄吾は腰が抜けた様になってその場でしゃがみ込んだ。
加納栄吾は肩で息をしながら言った。
「お前らでも訴えてやる」
「なんの罪だ?」
詩歌は挑発的に聞いた。
「.......殺人幇助《さつじんほうじょ》とか、そんなのがあるだろ?」
「よく知ってるわね」
少し如鏡が感心して言った。
「でもね、あなたが言った言葉を勘違いして私のボディガードがあなたを拘束したのは殺人幇助には当たらないわ。ただの勘違い」
「はあ?ふざけんな!殺されかけたんだぞ!」
「確かに、でも、逆に考えると私のボディガードのお陰で助かったとも言えるわね?あなた今度友里亜さんに会う時は周りに助けてくれる人なんていないかもしれないわよ?」
「.......くそが」
「腰が立たなくなるくらい怖かったなら、友里亜さんが目を覚ます前に出ていったら?」
「.......言われなくても.......こんな家」
そういったが加納栄吾は腰が抜けて立ち上がれなかった、少し失禁もしてる様だ、へんな臭いがする。
如鏡は思い出した様に言った。
「そうそう.......それと、真理亜さんの手術代も払いなさいよ」
「うるせぇ!関係ない!産みたきゃ産めばいい!だいたいこのアバズレの子供が俺のだって証拠がどこにある?」
「真理亜さんは援助してくれる人を見る目はあるって言ってたわ.......それは、本当の事だと思うの、つまり自分が制御できる相手を選んでいた。だったら避妊くらいさせるでしょ?」
「.......俺の子だとしても関係ない。だいたい援交なんてやるやつだぜ?」
「その原因を作ったのもあなたじゃないの?」
「はぁ?」
「病院の記録を見たら真理亜さんが過去に堕ろしてるデータも出てきたわ。あなたその費用出した?」
「.......そんな話きいてねぇ。聞いてないもんは知らねぇ」
「お前さん大概にせえよ」
ずっと黙ってた岩井が口を開いた。
「淫行罪でパクられたくなかったらさっさと出て行かんかい!」
「…….......」
加納栄吾は渋々立ち上がるとよろけながら出ていった。
「ごめんなさい遅れてしまって」
如鏡《しきょう》は慌てて詩歌がドアを開けて待っている後部座席に乗り込んだ。
運転手の池照と助手席の岩井は既に待っていた。
詩歌はドアを閉めると反対側に廻って自分も乗り込んだ。
「いえ、女性が遅れてくるのは仕方ありませんよ」
池照が優しくフォローするのを聞いて岩井が口を開いた。
「さすがやな、スケコマシ」
「ちょっと岩井さん、誤解を招くような言い方やめてくださいよ」
如鏡が重ねて謝る。
「ごめんなさい、バアヤにちょっと頼み事があって.......もう大丈夫」
すると岩井が珍しく神妙な顔をした。
「せやけどなぁ、やっぱりお嬢ちゃんまで直接事件に関わるの考え直さへんか?おっちゃんら二人に任せてもええんちゃう?」
岩井がそういうと池照も同調していった。
「そうですよ、万が一ということもあります。おっちゃんとお兄さんに任せても大丈夫ですよ?」
「いえ、どうしても本人に確認したいことがありますし.......」
「なんやその確認したいことて?おっちゃんらが代わりに確認したるさかいにゆうてみ?」
「そうですよ、おっちゃんとお兄さんが確認しますので」
「お前食い下がるね?」
「はい?食い下がってませんよ、訂正してるんです」
如鏡《しきょう》は少し笑った。
「ご心配ありがとうございます.......でも、どうしても自分で聞きたいですし、危なくなったら優秀なボディガードがいますので大丈夫です」
いきなり自分の事を言われて詩歌は咳払いをした。
「も、もちろんです。ご安心を」
「さよか?ワシにはあんまり強そうに見えへんけど。その.......ボデーガード?」
「岩井さん!人は見かけによらないんですよ?なぁ詩歌?」
「いや、それ全然フォローになってないぞ池照君」
三人のやりとりを微笑んで見ている如鏡を乗せて
車は如月邸を出発した。
「そういえば真理亜さんのお父様の事故について聞いても良いかしら?」
如鏡は思い出した様に質問した。
「ん?真理亜のおやじさんが火事で亡くなった時の?」
「そうです、岩井さん色々とお調べになったんですよね?」
「せやな、名前は茂《しげる》で、酒乱の癖があって真理亜に虐待もしてたみたいやからあんまり同情でけへんけどな.......そうみたいや」
「焼けたあとの写真を見たんですけど少し不自然な事があるんですが」
「ほへ?どこが?」
「結構密集した住宅街の様に見えたんですが、延焼して被害に会われた家がないのは何故だかわかります?」
「ん?延焼?飛び火の事か.......せやな、たしかに1軒だけ見事に焼けたけらしいけどな、どうやらその日はたまたま無風だったらしいで」
「やはりそうですかあと、お母様の友里亜さんは留守だったと聞きましたけど、頻繁に夜出歩いてたかどうかわかります?」
「え?えーと、どやったかな.......せや!たしか、夜の仕事をたまにやってたらしくて週に二回くらい遅い日があったらしいで」
「そうですか.......なるほど」
「ん、なんなん?なにかひっかかる?」
「いえ、最後に確認なんですけど。真理亜さんが放火したという疑いはなかったんですか?」
「え?それはなかったらしいで。とにかく真理亜も2階から庭に生えてる木に飛び移って助かったくらいやから」
「.......なるほど。他になにか変わった事はありますか?」
「ほかに?せやな、強いてゆうならこの父親、児相の職員に食ってかかってな。暴力はふるってないて言うてるねん」
「でも、手足にアザとかあったんですよね?」
「せや、でもそれは真理亜が勝手に作ってきたって言い張るんや」
「なるほど。自分はやってないと」
「まぁ、大概のそういう癖のある親はそういうもんやし真理亜は父親にやられた言うてるらしいし、結局厳重注意で終わったらしいで」
「厳重注意か.......もしそのときに保護してたら変わっていたかも知れないわね」
「変わっていたっちゅうと?」
「真理亜とその人の未来が.......」
暫くの沈黙の後、池照が車をゆっくりと停めた。
「着きました。では.......行きますか」
池照は呼び鈴を押してからそれが使えない事を思い出した。
暫くノックすると例の冴えない男前が顔を出した。
「あ、また来たの?ご苦労様でーす」
本気とは思えない労《ねぎら》いの言葉をかけたホスト崩れ風の男に池照は訊《き》いた。
「どうも、何度もすみません。真理亜さんご在宅でしょうか?」
「ん、まぁ、いるけどなにか?ゆーちゃんが怒っててね。刑事さんなら帰って貰う様に言われてるんだわ」
ありゃ、この前やり過ぎたせいだ、心の中で舌打ちした。
「そこをなんとかなりませんかね?少しだけでもお話をしたいんですが」
「そういわれてもねぇ」
「刑事でなければ良いの?」
うしろから如鏡《しきょう》が声をかけた。
その姿を見て加納栄吾は少し驚いた様に言った。
「あら、刑事さん可愛い子連れてるね?まさか子連れで捜査してるの?」
「いえ、こちらのかたは如月のお嬢さまです」
「え?如月ってあの?」
如月の名前は場末のホストも知ってたようで、好奇の目が更に強まった。
「へぇ.......そのお嬢さまが何しにこんな所へ?」
「話したい事があるの.......皆さんに」
「皆さんに?俺にも?」
「はい、加納栄吾さんあなたにもです」
加納は少し考えてから黙って奥に引っ込んだ。
暫くしてドアのチェーンを外す音が聞こえてきた。
ドアを開けて加納が顔を出して言った。
「どうぞ。ゆー、友里亜さんが興味あるらしいのでお入りください、お嬢さま。あと、情で刑事達もいいってよ」
四人がぞろぞろと部屋に入ろうとすると裏山詩歌を見咎《みとが》めて加納が言った。
「おい、お前は誰だよ?」
「ボディガードだ」
「はあ?お前が?」
「悪いか?仕事なんだ、俺を失業させる気か?」
「.......まぁ、いいや、どうぞ」
加納は渋々と言った体《てい》で詩歌を入れた。
「あら可愛い」
阿部友里亜は一目《ひとめ》で如鏡《しきょう》を気に入った様子で目を細めてそう言った。
「ごめんなさいね、こんなむさ苦しい所で.......お口に合うか分からないけど何か飲む?」
さすがに下着にネグリジェではなかったが薔薇の刺繍の入ったバスローブに身を包んだ友里亜がそう言った。
「いえ、お気遣いなく.......」
如鏡は、そういうと、優雅にお辞儀をした。
「まぁ、素敵、前からお嬢さまに憧れてたのよ.......真理亜もこんな風に育ったら良かったのに」
「ちょっと、本人の前でよく言えるわね?」
奥の椅子にまるで隠れる様に座ってた真理亜が声を上げた。
「それで?お嬢さまが私にお話って何かしら?」
「友里亜さんと真理亜さん、そしてそちらの加納さんに関わる事です」
「あら、全員に?何かしら?パーティーに招待して貰えるとか?まさかねぇ」
「残念ながら、そうではありません、こちらの家族で行われている不正についてです」
「不正?あら怖いわ」
友里亜は相手が子供なので冗談半分に聞いていた。
「真理亜さんのお腹の子供についてです」
一瞬で部屋が凍りついた様な気がした。
「なんですって?」
友里亜が聞き返す。
「じょ、冗談言わないでよ.......なんなのあんた」
真理亜の抗議の声も心做《こころな》しか震えていた。
しかし毅然として如鏡は続けた。
「真理亜さんのお腹にいる加納栄吾さんの子供についてです」
詩歌は更に凍りつく部屋中の空気を感じていた。
「おい!子供だからって適当な事言って言いわけじゃないぞ」
加納栄吾が好奇の目から一転、恨みの隠《こも》った目で如鏡を睨んで言った。
「いえ、いい加減な事ではありません。嘘だと思われるなら真理亜さんに聞いてみてはいかがですか?」
「ちょ.......真理亜!本当なの?」
友里亜も堪らず娘に詰問した。
「うそよ!」
「嘘ではありません」
「.......し、証拠もないのに適当なこと言わないで!」
真理亜は如鏡を睨みつけて絞り出す様に言った。
如鏡は動じる事無く更に続けた。
「証拠なら産婦人科に残ってます。病院側から電話がかかって来ませんでしたか?産婦人科の検査ミスで再検査が必要だと言われているはずです」
「再検査って事は疑いがあるってだけでしょ?」
「実は私病院関係者に友達がいまして、その検査疑いではなく完全に陽性です」
「な.......」
「つまり、早くしないと堕ろせなくなります、どうします?」
「どうするもなにも堕ろすに決まってるだろ!」
加納栄吾が堪らず口を挟んだ。
「父親はああ言ってますけど」
「おい!なんでそうなるんだ?いいか?こいつは援交してるんだぞ!誰の子かなんてわかるかよ!」
「それは検査すればわかります。いえ.......検査しなくても真理亜さんにはわかってるんじゃないですか?」
「…….......」
真理亜は押し黙ってただ如鏡を睨みつけていた。
如鏡は重ねて言った。
「いいですか?誰が嘘をついたとしても、DNA鑑定すれば簡単にわかる事ですよ?」
「ち、ちょっと待った。DNA鑑定?それは大袈裟じゃないか?そこまでする必要ないだろ?」
「加納さん。身に覚えがないなら慌てる必要はありません。その態度は身に覚えがあるんですね?」
「え、いや.......ちがうんだ。そいつだ!そいつから誘ってきたんだ!」
加納は真理亜を指差して喚いた。
「それは考えにくいです」
「は?なんでお前がわかる!」
「そちらの子供部屋に見たところ睡眠には申し分のないベットが置いてありますよね?」
「それがどうした?」
「そのベットを使わずに真理亜さんはソファで寝ている様ですね?」
「だから、それが何だって言うんだ!」
「つまり、それは意識的にしろ無意識的にしろ、その場所では安眠できないという事を証明してるんです。つまり、そこで行われた行為を真理亜さんは快く思ってない。この意味わかりますよね?」
「なんだそれ?こじつけだろ!」
「こじつけではなく心療内科の所見です。真理亜さんはあなたとの行為を拒めない理由があっただけで好きではなかったと考えられます」
「拒まなければ好きってことだろ?」
「加納栄吾さん。あなたはこちらの阿部友里亜さんとは内縁の関係にあるんですよね?つまり、真理亜さんにとっては保護者に当たります。その立場での淫行はたとえ合意であれ、法に触れるのです」
「うそだろ?いや、そうだとしても俺は保護者じゃないし!」
「ではなんでこちらのお宅に住んでらっしゃるんですか?」
「はぁ?そんなの俺の勝手だろ!」
「では、阿部友里亜さんとは内縁の関係ではないと言うわけですね?」
「そう、たまたまだ。色々な部分でサポートしてる、言わば.......介護みたいなもんだ」
加納の言葉に反応するかの様に一瞬全身をぶるぶると震わせた友里亜は、やおら立ち上がると台所に向かった。
そして振り向いたその手には鋭利な刃物が握られていた。
加納栄吾は弾かれた様に何故か裏山詩歌の後に隠れようとしながら言った。
「おい!取り押さえろ!あんたボディガードだろ?!」
裏山詩歌は応えた。
「わかった」
そして、詩歌はまったく無駄の無い動きで加納栄吾の後《うしろ》に回ると彼を羽交い締めにした。
加納はあまりにも一瞬の出来事に何が起こったのか把握できない様子だった。
「あ、お、おい!なんのつもりだ!」
「いや、取り押さえろと言われたので」
詩歌はわざとらしく惚《とぼ》けた台詞を吐いた。
「馬鹿かお前!むこうだ!あのとち狂った女を抑えろ!」
「え?とち狂った女なんて居ませんよ?どこにも」
「くっ、て、てめえ!はなせ!っなせこら!」
「おい!詩歌いい加減にしろ!友里亜さん!おちついて!」
堪らず池照もそう叫びながら友里亜に近づいていく。
「来ないで!」
友里亜は池照の方に刃物を振り回すと叫んだ。
「この馬鹿を殺して私も死ぬ!」
「はあ?ふざけんな!おれがどれだけ我慢してたと思ってんだ!多少の旨みは当然だろ!」
「.......ぶちころす」
友里亜は完全に切れて突進してきた。
「詩歌!」
如鏡の声に反応して詩歌はそちらの方に顔を向けた。
完全によそ見に見えた。
詩歌は如鏡の方を向いて軽く頷くと、友里亜の一撃が刺さる寸前でまるで魔法がかかったかの様に友里亜の突進を止めた。
良く見ると、加納を羽交い締めにしていた手が友里亜の右手首に添えられていた。もやはピクリとも動かない。
次の瞬間、詩歌はまるで社交ダンスを踊っているかの様に友里亜の後《うしろ》に回るとそのままお腹の部分に手を添えて半回転して止まった。
詩歌の腕の中でいつの間にか友里亜は気絶していた。
手に持っていた刃物がスローモーションの様に手から離れ床に刺さった。
加納栄吾は腰が抜けた様になってその場でしゃがみ込んだ。
加納栄吾は肩で息をしながら言った。
「お前らでも訴えてやる」
「なんの罪だ?」
詩歌は挑発的に聞いた。
「.......殺人幇助《さつじんほうじょ》とか、そんなのがあるだろ?」
「よく知ってるわね」
少し如鏡が感心して言った。
「でもね、あなたが言った言葉を勘違いして私のボディガードがあなたを拘束したのは殺人幇助には当たらないわ。ただの勘違い」
「はあ?ふざけんな!殺されかけたんだぞ!」
「確かに、でも、逆に考えると私のボディガードのお陰で助かったとも言えるわね?あなた今度友里亜さんに会う時は周りに助けてくれる人なんていないかもしれないわよ?」
「.......くそが」
「腰が立たなくなるくらい怖かったなら、友里亜さんが目を覚ます前に出ていったら?」
「.......言われなくても.......こんな家」
そういったが加納栄吾は腰が抜けて立ち上がれなかった、少し失禁もしてる様だ、へんな臭いがする。
如鏡は思い出した様に言った。
「そうそう.......それと、真理亜さんの手術代も払いなさいよ」
「うるせぇ!関係ない!産みたきゃ産めばいい!だいたいこのアバズレの子供が俺のだって証拠がどこにある?」
「真理亜さんは援助してくれる人を見る目はあるって言ってたわ.......それは、本当の事だと思うの、つまり自分が制御できる相手を選んでいた。だったら避妊くらいさせるでしょ?」
「.......俺の子だとしても関係ない。だいたい援交なんてやるやつだぜ?」
「その原因を作ったのもあなたじゃないの?」
「はぁ?」
「病院の記録を見たら真理亜さんが過去に堕ろしてるデータも出てきたわ。あなたその費用出した?」
「.......そんな話きいてねぇ。聞いてないもんは知らねぇ」
「お前さん大概にせえよ」
ずっと黙ってた岩井が口を開いた。
「淫行罪でパクられたくなかったらさっさと出て行かんかい!」
「…….......」
加納栄吾は渋々立ち上がるとよろけながら出ていった。
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