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本編 第一章 【伏縁編】
恋に沈む夕日
しおりを挟む勇者。…勇者か。
勇者。国の第二王子。その名をレオニス。
王位継承権を兄に譲り、幼少の頃から武の才に秀でたその男は勇者と呼ばれるには相応しいほどの武勲を数々打ち立てている。
金髪に碧眼、眉目秀麗な見た目とその武勲により『黄金の麗剣』の二つ名を持つ。
唯一の難点は、非常に軟派気質である。
女に弱く、甘い。時間が許せば見た目の良い女たちと遊びに耽る。
聖女を同行させているにも関わらず、その派手な女遊びはなりを潜めたことはない。
しかしそれでも市民からの支持は厚い。
つまりどれだけ女にだらしがなかろうが、自らに課された責務はしっかりと全うするからだろう。
第二王子という立場でありながら、貴族や平民に分け隔てがないらしいからそれも要因としてはあるか。
「アラスター!聞いてた?」
「ああ、すまない。考え事をしていたよ」
「んもー!真面目に考えてよ~!」
「聖女様の護衛じゃぞ?しっかりと全うせねばこの街全ての沽券関わるぞい」
リンジーから与えられた勇者とやらの情報を頭の中で反復させていたところに、ユリシーズから声をかけられた。
私が聖女なんぞの護衛など全く頭に無いことを見抜かれているようで、ヴィクターにまで釘を刺されてしまった。
訓練場の整頓や他の冒険者たちへの注意喚起などを済ませ、雑事を終えた私たち3人。
聖女の護衛に関しての綿密な作戦会議をしながら、冒険者御用達の食堂で遅めの昼食をとっている。
ダンカンも口にしていたが、危険のないただのギルドへの視察だ。そこまで馬鹿真面目にプランを練らずとも臨機応変に対応するくらいに留めておけば良いものを。
呆れるくらい真面目な二人に溜め息をつく。
まあ彼らはどんな依頼であろうが、一切の油断なく入念な準備や作戦会議を怠らないからこそ短い期間でAランク冒険者まで昇格したのだろう。
「それで…?私はどうしたらいいかな?」
「本当に聞いてなかったんだね…もう一回説明するからちゃんと聞いててよ!?」
「悪かったよ」
ユリシーズのまわりくどい説明をかいつまんで頭に入れながら、休日とあって今日は一度も会えていないアビゲイルを思い出す。
燃えるような赤い髪。透き通るグリーンの瞳。
頬にそばかすを携えた彼女の照れ臭そうな笑顔に、胸の内がじわりと温まるのを感じる。
私の太陽。
太陽という例えは、彼女にしか興味のない私の偏った思考からではない。
実際、俯瞰で見ても彼女は太陽に相当する。
誰にでも暖かい手を差し伸べて照らす。誰も傷付かず、誰も寂しい思いをせず、そうあれかしと。
そして実際に彼女に救われる若手冒険者は多い。
……私の想い人が誰から見ても素晴らしく映るのは良いことだが、早々に不穏分子は排除させてもらった。
若手は良くも悪くも強者に従順で扱いやすい。
武力行使なんて七面倒なことをせずとも、少し声高に主張するだけで、自ら身を引いてくれるので少しの労力で多くの結果をもたらす。
この街に来た当初から情報収集の為、ありとあらゆるところで耳をそばだてていた時。
彼女を慕う男の話を耳にした時はどうしようもないほどの怒りで、はらわたが煮えくり返る思いをしたのを今でも良く覚えている。
『彼女はすごく優しくて』
優しい?当たり前だろう。彼女は誰に対しても優しい。彼女の本当の親愛の示し方は、優しさだけじゃない。
『俺の話を良く聞いてくれるんだ』
話を聞くのは当然だ。若手冒険者ほど多くを語りたがるのを知っているから、しっかりと耳を傾けて聞いている。依頼の情報収集のために話を聞くのは受付嬢の仕事だ。
『昨日なんかは労ってくれて、甘いものでもどうぞってお菓子をくれたんだ』
菓子を恵んでもらったくらいで…馬鹿馬鹿しいにも程がある。冒険者なら彼女の優しさに感謝の意を込めて菓子くらい贈るべきだ。そんな甲斐性もないなんて。
本当に傑作だ。なんておめでたい。
何もわかっちゃいない。
それにしても本当に彼女は昔から何ひとつ変わらない。
心根も行動も全てが美しい。
珍しい黒髪でみなしごだった私を、なんの偏見もなく接してくれた頃と何ひとつ変わらないのだ。
黒い獣に襲われた時のトラウマはいつの間にか克服出来ている。それでも当時の記憶を思い出すまでには至らない。
それで構わない。思い出しても、思い出さなくても彼女は彼女だ。
むしろ、思い出せていないからこそその罪悪感から私を良く見てくれるようになったのだから、思い出していなかったことに感謝すらすべきか。
ティーカップを口にして、食後の紅茶を楽しむ。口に入れた瞬間に広がる花の香りと酸味がストンと心に馴染む。
今日の茶葉はローズヒップティーかな。
「ここはこうしたいんだけど、アラスターはどう思う?」
ふとユリシーズに話を振られる。
また聞いていなかったとあれば、いよいよ怒られてしまいそうだ。適当に話を合わせつつ、ヴィクターにでも伺えばちゃんと聞いていたことになるだろう。
「問題ないよ。いつも通り君たちが動きやすいのが最優先だからね…ヴィクターはどうかな?」
「儂も依存はない」
予想通り、会話が円滑に進んだようだ。
嗚呼…こんなことをしているくらいなら、彼女に会って、触れて、困らせて、叱られて、笑わせたい。
それ以外の時間は全てが私には徒労でしかない。
それもこれも、勇者だか聖女だかのせいだ。
急にギルドに視察にくるだなんて、少しは自分たちの立場を考えて行動したらどうなのか。
第二王子という立場の人間にそう簡単にふらりと来られては、労も増えて甚だ迷惑だ。
いくらアビーの為とはいえ、少しこの街で色々仕事をこなし過ぎたな。やり過ぎて評価されたが故の視察なわけだ。
いやでも彼女の仕事ぶりが評価されるのは私としては大変喜ばしい。むしろ遅いくらいだ。ダンカンの節穴め。
彼女が仕事を頑張りたいというから、仕方なく大人しくしているというのに。
いつか報復するか……駄目だな。そんなことをしてはあの女狐が言うように彼女に嫌われてしまう。
あの女は私の行動を鋭く観察していていちいち気に入らない。彼女の保護者ぶっているところも。
それでも彼女が慕っているようだから一歩引いているというのに。
気に入らないものは気に入らないが、あの女が言うように彼女に嫌われる行動だけは避けなければ。
…はあ、駄目だ。アビゲイルが足らない。
こうして行動を制限されると余計に彼女に会いたくなる。
今日は彼女の声を一度も聞いていないし、顔も見ていない。だから私もこんなに不安定なんだ。
以前も3日ほど彼女の前から意図的に姿を見せないという行動を取ったが、あれも気が狂いそうだった。
この街で彼女に会うまでの数十年は幾らでも耐えられたというのに。会えると分かれば、気持ちが通じたと分かれば、今まで抑えていた欲が濁流のように押し寄せるんだな。
ユリシーズとヴィクターの作戦会議を尻目に、食堂の外へ向けると太陽はもうすっかりと傾き、街は真赤に染まっていた。
赤……アビゲイル…嗚呼、駄目だ。もう無理だ。我慢の限界だ。
ティーカップに残っていた紅茶を飲み干して、ソーサーへ置く。
立ち上がり、腰から下げた革製のポーチの中にある小箱を確認する。今日会って渡すかどうかはともかく、持っておこう。
「アラスター?どうしたんじゃ?」
「もう良いかな?用を思い出したんだけれど」
「まあ大体決まったし、大丈夫だと思う!」
「それじゃあお暇させてもらうよ」
「うむ、先ほどの内容忘れるでないぞ」
「はいはい」
「私もリンジーさんに呼ばれてるから後で行かないと~」
「儂も武器の状態を見てもらいに鍛冶場にでも行くかの」
各々解散の雰囲気を纏いつつ、食事の代金をテーブルに置き足早に食堂を出る。
普通に歩いたら着くのが遅くなる。
この食堂は彼女の家から真逆の位置だ。
外に出るや否や、おそらくどこかで会ったか話したか…まあいずれにせよ忘れた女性たちがこちらに手を振っている。
誰だったか名前など微塵も思い出せないので、依頼関係では無さそうだな。
とりあえず笑顔を返す。
人の往来の多い時間だ。この調子で話しかけられて邪魔などされれば、彼女に会う時間も減る。
『加速×3』のスキルを使用。面倒だから不可視化も使おう。
スキルの発動により羽のように軽くなり、完全に周囲から見えなくなった体を確認する。
トントン…と軽く飛んで助走をつけて一気に移動を開始する。
道は人の往来もあって避けるのが手間だな。
そう思うや否やすぐさま道から大きく飛び上がって、屋根を飛んで伝う。
ある程度街を一望できる高さの景色が、一面夕暮れで赤に染まっている。
視界に映る全ての赤が、今の私にとってはアビゲイルを想起させ、身を焦がす。一分一秒でも早く彼女に会いたい。声を聞きたい。ああ、本当に壊れそうだ。
本来ならしっかりとドアから訪れる予定だった。けどそのドアが開くのを待つ時間すら惜しい。窓から入ろう。
カラスの遣いを何度か出しているから、窓の位置は把握済みだ。
窓から入ったら彼女は驚くだろうな。怒るかも。素直に謝って許してもらおう。きっと許してくれる。
あっという間に目掛けていた彼女の住む家の屋根を見つけて、衝撃が出ないように着地。
『加速×3』のスキルを解除。
彼女の部屋の窓へ屋根から降りる。
窓越しに見える、机に座る彼女。
いつもとは異なる髪型だ。三つ編みに結っていない。髪留めでラフに纏めているだけかな。
ふわふわとした赤毛は見るからに触り心地が良さそうだ。
恐らく朝起きてから、最低限のことしかしていないんだろう。服も普段のようなワンピースではないから、寝衣かな。愛らしい。
机に置かれた書類を真剣な面持ちで見ている。
真面目な君のことだ。休日だというのに何もせずにはいられず、仕事のことで頭を埋め尽くしているんだろう。
ギルドは忙殺されているというのに、自分だけ休日で申し訳ないと思っているんだろうな。
あれほど荒れ狂っていた心が、彼女を視界に入れた途端に落ち着きを取り戻す。
今まで堪えていた彼女に会いたいという気持ちが解放されたことで、今度は胸中におびただしい量の欲が湧き上がる。
きっと君は、勇者にも優しく接するだろう。
許せない。女にだらしのない男だ。彼女を弄ぶに決まっている。君は相手が第二王子だから、そこまで雑に扱うことが出来ないだろう。
私というものがありながら。私はこんなにも君に夢中で、君も私を想っていてくれているのに。
違う。信用できないのは彼女じゃない。勇者だ。アイツは信用ならない。許してはおけない。
ああだめだ。
どうしたらいい。
どうしたら、この気持ちは収まる。
いっそ、そうだ。いっそ彼女を攫って逃げよう。
駄目だ。それは先日彼女に叱られてしまったから。
ならばどうする。
彼女がすでに私のものだと分かれば。
どうやって?
そうだな、周囲に対してはそれそこ今日持ってきたこの小箱が役に立つ。誰が見ても私のものだとわかるはず。
彼女はどうだ?
彼女に君は私のもので、私は君のものだと理解させなくては。
体に深く刻み込む。私が君なしでは生きられないように。君も私なしでは生きられないと。そう体に覚え込ませる。
そうだ。そうだな。そうしよう。
そうと決まればまずはこの窓を開けるところからか。声をかけるまで気付かれたくないな…消音の魔法でもかけよう。
私が触れている物の音がしなくなる。
鍵開けは不得手だな。一度壊してから直すか。
物も魔物も壊す方が簡単だ。いつもそうしてた。
消音の魔法はきっちりと効果を発揮している。
鍵を壊した音も窓を開けた音もしない。
私がこの窓に降り立った音もしない。
不可視化の魔法を解除。
彼女との時間を邪魔をされたくないので、この部屋全体に防音の魔法をかけて外部に音が漏れないようにしよう。
「アビー」
愛しい愛しい彼女の名を呼ぶ。
すると突然、彼女が勢いよく机に伏す。
驚いたものの、机に伏した彼女の耳が真っ赤なところを見て思わず口角が上がる。
その反応をしているということは、十中八九私のことを思い出してくれているんだろう。
足をバタバタとさせていたのに、急に動きを止めた。
本当に可愛い。
私が現れるなんて夢にも思っていないんだろう。だから呼んでも気が付かない。
…でも、気が付いてくれたみたいだ。
勢いよく顔を上げてこちらを見る彼女に微笑みかける。
「やあ、こんなところから失礼するよ」
さてはて、こんなに可愛らしい反応をされてはもう我慢がききそうにない。
元々我慢などするつもりで来てはいない。
もう、我慢などしなくて良い。
彼女の全てを暴いて、彼女に私を覚え込ませる。
彼女の全てを奪いに来たのだから。
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