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本編
恋に沈む休日
しおりを挟む瞼に当たる光の強さが眩しい。
鳥が囀る声に耳を突かれたような感覚にゆっくり目を開く。
心地よい朝だ。
先日の寝不足もあったし、恋煩いを吹き飛ばす見事なまでの熟睡だった。
「…んーーー!」
体を起こして伸び、深呼吸。
いのいちばんに思い出すのは、アラスターの顔。
熱を孕んだ眼差しと身体全てで感じる体温。
記憶として思い出したはずの温もりが、まだ自分に残っているような気がしてうずくまる。
いくら彼を宥めるためとはいえ、私から改めて告白をするという形で彼への気持ちに応えたんだっけ。
「~~~っ!!!」
声にならない声をあげて、ベッドの上で身悶える。
とんでもなく恥ずかしいことを言ってしまった。あの時は平気だったのに、思い返せば思い返すほど顔が爆発しそう。
あの時彼に告げた気持ちに偽りはない。
いくら機を伺ったとはいえ、自然と出た言葉は何よりも心に従順だった。
すすすすすすすき!?スキ!?好き!?
自覚して言ったはずなのに、時間が経つほどによりリアルに高波のように押し寄せる感情の渦。
…そっか、私はとっくに彼のことが好きだったんだ。いやでもそれは彼の猛攻があったからで!いやいや事実それに陥落してるわけだし!!
「…すーー、はーーー」
とりあえず、一旦落ち着こう。
今日はなんと休日。
勇者一行が来ると騒がしくなったばかりだというのに、元々休日の予定だったとはいえと申し訳ない限りだ。
昨夜、慌ただしいギルドに訪れた珍しい残業中に、頼まれていた書類仕事を終えて提出した。
この調子じゃあ明日は休んでいられないなと、明日の仕事の準備をしている最中にギルドマスターに叱られてしまったのだ。
曰く、元々決まっていた休日なのだからしっかり休め、とのこと。
無骨で無愛想で強面だけれど、その実かなり人をしっかりと見ていて優しい人。
ちょっと怖いとか思っていてすみません…と心の中で謝罪しつつ、それでも出来る限り尽力したいことを伝えきらないうちにバサリとぶっきらぼうに書類を渡されたのだった。
今は自室の机に置かれたその書類は、ギルドの施設や訓練場の詳しい設計や説明をまとめられたもの。
これでも読んで大人しく休めという意味なのだろう。その気持ちをありがたく受けることにした。
今日は特に予定もないし。
通常通り、アラスターたちは早朝訓練や冒険者への指導をしなければならないし、皆準備に追われている。
私が休みだからといって数日前のように空いている時間をこちらに費やすほど余裕は誰にもない。
今日は顔を見ることは出来なさそうだな。
いやなんで毎日顔を合わせるの前提としているんだ私は。
はたと思い浮かんでしまった自分の思考回路が、油断をすると恋愛脳に変わっていることに激しい罪悪感を覚える。
みんな忙しく仕事をこなしているのに私というやつは。
ベッドから抜け出して、いつもは丁寧に三つ編みに整える髪も手頃な髪留めでハーフアップにまとめる。
軽く朝食を済ませたら、この書類を熟読して頭に叩き込もう。勇者様とやらに何を聞かれても答えられるようにしなければ。
「やるぞー!」
今一度身体を伸ばし、自分に喝を入れた。
ーーーーーー
テーブルに頬杖をついて、書類をめくる。
紙の擦れる音が響いた部屋は、気が付けば窓から差し込む夕日に赤く染まっていた。
たまに紅茶を淹れたり、椅子から立ち上がって伸びたりして同じ姿勢を取り続けることによる負荷を解消しては再び書類を熟読する。
そんなことを繰り返している間に、すっかり日も暮れ始めた。
メガネを外して、ひと息つく。
冒険者ギルドと訓練施設の見取り図から始まり、各フロアの役割や用途…現状の懸念点から優先して改善すべき箇所など。
事細かに記されたその書類は、ギルドマスターの少し荒々しい筆跡で書き記された部分も多い。
早朝訓練後は、執務室に戻っているかそもそもギルドには居なかったりと謎が多い人ではあったが、こんなに色々とやっていたとは。
真に仕事ができる人は、はた目からその努力を垣間見ることなどできないんだな…改めて尊敬の念が絶えない。
冒険者ギルドの事は毎日通う場所だから熟知してはいる。だが何ヶ月かに一度の見学しか行く機会に恵まれない訓練場は、前回に行った時よりも大きく様々な施設が追加されたり改善がなされている。
闘技場のように広い戦闘訓練場と柔軟などが行える屋内施設。男女に分けられた更衣室とすぐに汗を流せるように大浴場が。
貸し出しされるのは訓練用の武器だけではなく、身体を鍛えるためのトレーニング器具から運動に適した衣服、汗を拭うためのタオル。
まさに至れり尽くせりだ。
街の経済が崩壊しないように、冒険者向けの商いをする人々を筆頭に街の住人たちと協力して試行錯誤を繰り返しているのが見て取れる。
その上さらに高ランクの冒険者たちの手厚いサポートも補償されている。
本来冒険者は自分たちの情報や技を教えたがらないものも多いが、快く教えられるように後進の育成に関わるものには別途報酬が出されている。
たった数年でここまで形にしたギルドマスターを筆頭とした人たちに頭が上がらない。
アラスターもこれに関わっていたんだな。
今更だけどやはり凄い人なんだなと改めて思う。
先日の口ぶりからも、後進の育成だけではなく自己鍛錬も疎かにはしていない。
一見細身の身体はしっかりと筋肉がついていた。腹筋も綺麗なまでに割れていたし。
身体を支えてもらった時なんかを思い出せば、彼の体がブレたことなど感じたことがない。
私の身体などまるで細枝を操るように軽々と扱っていて、安心する大きな手に引き寄せられて、体を委ねても動じない引き締まった腕に抱かれて………
「アビー」
自分の頭がどんどん恋愛脳に走っていくのに気が付いて、羞恥のあまり思わず机に突っ伏した。
ひゃーーー!!全く!何を考えているんだ私は!
今だってあまりにも彼のことを考えすぎて、名前を呼ばれる幻聴まで聞こえてくる始末だ。どんだけだ!
………ん?幻聴だよね?
リアルに自分の耳に届いたように感じて、突っ伏していたままバタつかせていた足をピタリと止めた。
だってそんなはずはない。そもそも皆仕事に駆けずり回っている。それに私の部屋は2階だ。
先ほどよりも外からの音がよく聞こえる。
閉めていたはずの窓から、風が吹き込む小さな音。
それと同時に、聞こえる、微かな呼吸音。
ばっと顔を上げて、窓へ視線を向ける。
屈んだ体勢で窓枠に足をつく、アラスターの姿。
「………」
「やあ、こんなところから失礼するよ」
「あ、あ、あ…アラスター様!?」
「おやおや、二人きりの時はぜひ愛称で呼んでほしいのだけれど」
「いやそれどころじゃ!ていうかここ2階ですよ!?どうやって…」
「造作もないよ?」
「窓も鍵をかけてたし…」
「そうだね、きちんと戸締りが出来ていて偉いよアビー」
「……」
そうじゃ……ない!!!
私の部屋は2階。窓はきちんと鍵をかけていた。
どうやって2階の窓へ外から上がってきて、どうやって鍵のかかっていたはずの窓を開けたんだ。S級冒険者っていうのはもうなんでもアリなのか!?
驚きのあまり立ち上がって狼狽える私にどこ吹く風といった様子で、部屋に足を下ろし窓を閉めている。
未だ状況があまり掴めない。
なのになぜか私の中には驚きよりも、今日は会うことが出来ないだろうと思っていた彼の来訪に嬉しく感じ始めている。
「アビー、皆でいる時はいつも通りで構わないよ。けれどこうして二人きりの時は、愛称で呼んでくれるね?」
「……はい、アラン様」
一歩、また一歩と確実に歩み寄る彼は、夕日を背にニコニコと笑顔を携えている。
二人きりなのに愛称で呼ばなかったことにどうやら少しご機嫌ナナメのご様子。
もうどうやって入ったかなんて追及できなくなり、肩をすくめて言う通りに返事をする。
するとコロリと上機嫌。
今にも鼻歌でも歌いそうな彼は、左手で私の手を握り、右手で編み込んでいない私の髪を掬う。
「今日は髪を結っていないんだね…素敵だ」
「お、お休みを、もらってましたので…」
「私しか知らない君の姿が見られて、とても嬉しい」
掬い取った髪に軽く口付けて、子供っぽくはにかむ彼に息が詰まる。
あーーー凄い破壊力だ。好きって自覚して、告白してから私の身体の作りがまるごと変わってしまったみたい。
胸の高鳴りは止まらないし、彼の行動や発言一つに毎度息を詰まらせて悶絶する。もちろん心の中でだけれど。
ふと前世でアニメや漫画が好きだった女友達が「尊い」って好きなキャラクターを見るたびに悶絶していたのを思い出す。
これか?これが尊いってやつなのか…?
一瞬硬直してぐるぐると考え込んでいたものの、咳払いをひとつして気を取り直す。
「とにかく、お茶でも淹れますね」
「せっかくだけど、遠慮するよ」
「まあ忙しいですものね…」
「いや、今日は君に提案があってね」
「…提案?」
机の上に置いていたメガネをかけなきゃ。ああそれから、ティーポットにお茶を淹れ直してこようかと思案しながら会話し、彼に背を向けて歩き出す。
離してもらうつもりだった左手を少し強く引かれ、軽々と彼の腕におさめられる。
離れてはならないとばかりに自分の胸の中に私を閉じ込めるも、彼を見るようにと顔は上へ向かされる。
至近距離の彼の顔が瞬く間に眼前に飛び込んできて、未だに消えない恥じらいが顔に熱を持たせた。
「今回の仕事、君の意思を尊重して私もしっかりと従事する」
「…ありがとうございます」
「でも本当はね、とてもとても嫌だ」
「…はい」
「私は君以外は何もいらない。今の地位など微塵も惜しくはないし、こんなものは捨ててどこか誰も知らない場所で田舎暮らしをしたって構わない」
「さすがにそれは…」
ギルドマスターと揉めたあの時、なんとか宥められてはいたもののどうやら全く納得はしていないようだ。
数多の冒険者が憧れてやまない地位を「こんなもの」と呼称するほど今回は相当嫌なようだ。
それでも抑えようとしてくれているのは、私が仕事を頑張りたいと言ったからなんだろう。
私は前世で人と関わることを諦めてしまったから、今世ではちゃんと人と関わって生きたい。その枠の中にアラスターだけではなく、リンジー先輩やユリ、ヴィクター、ギルドマスターのダンカン…他にも大勢の人が含まれている。
私をきちんと見てくれている人がいる。だから私もきちんとその気持ちに応えたい。
だから、そこだけは、譲れない。
「そう、君がそれを望まないなら私もしない」
「心底よかったです」
「だから我慢するよ。けれどその代わりにご褒美がほしいんだ」
「………ご褒美、ですか」
「依頼前にひとつ、依頼後にひとつ」
「それはまた相当な対価ですね…」
「君が私ではない男に触れられる可能性があると考えただけで、嫉妬の炎に身を焼かれて苦しいよ…」
眉を下げて悲しげに語る彼に犬耳をぺたりと下げている幻覚が見える。
んんーーーこれは参った。
しっかりと思いに応えたいというのは、彼とて例外ではない。
少し寂しくなって彼を思った矢先に、忙しい中でも会いに来てくれたのはとても嬉しかった。
こうして真っ直ぐに彼の弱音を伝えられると、どうにも私は弱いらしい。
普段はあれほど紳士然としている彼の弱い一面をこうして素直にぶつけてもらえるのは、私だけなんじゃないかという特別感に満たされてすらいるし。
私が他の異性にそう簡単に靡いたりはしないのは、彼とて理解してはいるんだろうけれど…私を信用していないんじゃなくて、今回で言えば勇者様を信用していないんだろうな。
ご褒美とやらは別に構わない。
問題は何を要求されるか、だ。
「アラン様」
「うん」
「ご褒美は構いませんけど…って、ちょ!ひゃっ!?」
話の途中だというのに私を一度腕から解放して少し屈んだと思えば、彼の左腕に座るように軽々と抱えられた。
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