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本編 第一章 【伏縁編】
明けの明星、降り立つ
しおりを挟む差し込む朝日にキラキラと輝く黒髪。
照らされたその髪は、時に紺色や琥珀色にも見える不思議な色。
前世では当たり前だったその髪色も、自分の髪が赤毛ということもあり、黒髪自体が珍しいとされるこの世界ではより美しく映える。
すぅ、すぅ…と綺麗な寝息を立てる黒髪の持ち主。
髪色と対比して陶器のように滑らかで白い肌。
右の目尻に泣きぼくろを携えた彼の寝姿は、さながら絵画のように息を呑むほど美しい。
寝姿!?
ぼんやりとしていた意識で眼前に映る光景を、美術館に来たみたいな感覚で自然と受け入れていた自分の頬を心の中で平手打ちする。
意識を覚醒させると、自分があまり身動き出来ない事を確認する。
顔の側面と体全身に伝わる、明らかに自分ではない体温。腰の辺りに感じる重さ。大きな手によって、がっちりと捕らえられている。
アラスターに腕枕をされ、向かい合うように抱き寄せられて寝ていた。
いやどうしてっ!!?
顔に集まる熱と現在の状況に混乱するものの、寝ている彼を起こしてはいけないと大きな動作を極力控える。
何がどうしてこうなった。
昨夜は……ちょっと言葉に出来ないほどとんでもなく恥ずかしい事があって、ユリが訪ねてきたからなんとか中断されて、彼の色を纏ったチョーカーをプレゼントされて……
そこまでは嫌というほど鮮明に覚えているのに、そこからあまり記憶がない。
なぜ彼が私の部屋のベッドで一緒に寝ているのか、全く思い出せない。
考えられる限りでは、私が許容できる限界値をこえた疲れですぐに眠りついてしまったことくらいだけど…
この眩しいくらいの超絶美男子を前に落ち着いて眠れるわけがないのだが、そんなに疲れていたかな。まあ色々限界だったしなきにしもあらずか…?
とりあえず思い出せないので、それは後でアラスターから聞くとしよう。
思い直して、再び彼へ意識を集中させる。
ーーすぅ……すぅ…
…良く寝ている。
あまり動かないようにはしていたけど、どうしても体に変に力が入ってもぞもぞとしてしまっている私などお構いなしに。
いい気なものだ。こちとら朝から心臓が口から飛び出すかってくらい驚いたのに。
心地良さそうに寝ている彼が恨めしく思えて、いたずら心に火がつく。
ゆっくりと手を伸ばし、彼の顔にかかる髪を梳くように払う。
触り心地は抜群。なんなら髪を拭いてあげた時より良い気がする。
そういえば、手の荒れ具合も軟膏を塗って改善に努めているようだったし、もしかして髪も湯上がりなどにちゃんと拭くようにしているのかな。
私が指摘すると、ちゃんと改善しようとする。いや改善しない部分も多いけど……些細な事なのに彼は私の言った事を忘れずに、努力してくれる。
私の…為……だよね。
そう思うとなんだかじんわりと胸の内があったかく感じた。うん、素直に、すごく嬉しい。
サラサラとした髪を撫でつつ、思わず顔が緩む。
次はどうしようかと思案し、1番近い頬を指先で触れる。
薄いけど、柔らかい。凹凸など感じないどこまでも滑らかな触り心地。
ふにふにと軽く押すと、彼の寝顔が頬に引っ張られて少し変化するので楽しくなってきた。
変な顔させちゃおっかな。
くつくつとあくまでも起こさないように小さく笑いながら、ふと目線を上げれば…
金色の瞳が爛々と私を見つめていた。
「……あ」
「楽しそうだね?」
「あー、そのー…オハヨウゴザイマス」
「ふふ、おはようアビー」
完全に調子に乗った。
彼で遊んでいた事を仕返しをされないように祈り、とりあえず挨拶をする。
けれど彼はとても満足そうに笑いながら、挨拶を返してきたので下手したら起きていたかもしれないな…なんて頭によぎらせる。
次いで、頭が乗せられていた腕と、腰元にあった手で引き寄せられてぎゅう…と私を抱き込んで大きく息をつくアラスター。
その抱擁が、今までに比べてなんだかすごく子供じみてラフに感じられた。
いつもはあんなに大人っぽいのに、彼のこのふとした時に見せる無邪気さに、抱きしめられながら笑みが溢れる。
よしよし…と言わんばかりに彼の背を撫でる。
「目を覚まして、真っ先に映るのが君だなんて…すごい贅沢だね」
「いや、そもそもなんでナチュラルに寝泊まりしてるんですか…」
疑問はそこだ。
彼が大変嬉しそうなことには大いに結構なのだが、どうしてこうなったのかを聞き出さないと。
そう思った矢先、コンコン…と固いものが当たる音が部屋に響く。
もう聞き慣れてしまったその音の出どころ、窓へと視線を向ける。
案の定、アラスターのカラスが窓辺に降り立っていた。脚にはいつものように何かが括り付けられている。
「アラン様のカラスですよね?一体誰が…」
「……はぁ…おそらくダンカンだよ。何かあったみたいだね」
盛大な溜め息と共に少し不機嫌な顔で私を解放し、ベッドからするりと抜けて窓を開ける。
慣れた手つきで脚の文を取ると、律儀に窓辺にいたカラスをシッシッと手で追い払う。完全に八つ当たりされている。かわいそうに。
文を広げて読む彼の眉根がぴくりと動いたのを見て、彼にとってはあまり良い知らせでないことも伺えた。
私もベッドから出て、昨日からほっぽりだしたままのメガネを取りに机に向かう。
かければ視界がいつも以上に鮮明になる。
そういえばと部屋に置かれた時計で時間を確認する。
時刻は私が仕事へ出勤するために起きるいつもの時間頃を指していた。
日課というのは恐ろしい。仕事だろうが休日だろうが、私は毎日これくらいの時間には目が覚めちゃうんだよな。
ぐしゃりと紙を握りつぶし、床に散らばっていた自分の装備を拾い集め始めている彼へ視線を向ける。
「アラン様、文にはなんと?」
「想定よりも勇者一行が早く到着するらしいんだ。あと数時間もすれば着くだろうから、君を連れて直ぐにギルドへ来るように…と」
「あわわ…それを先に言ってください!」
予想もしていなかった突然の勇者一行の来訪に、慌てて用意をしなきゃと踵を返す。
一刻も早く用意してギルドへ行かなければならない……のに、背後から抱き締められて、動きを拘束される。
「アラン様……」
「もっと君とこうしていたいよ…」
静止の言葉などお構いなしに、背後から私の長い髪に顔を埋めてか細く呟く。
その声色はあからさまな淋しさと弱さを纏っていて、非常に邪険にしにくい。
あーーーしんどい。しんどすぎる。
普段は格好良いことこの上ない彼の弱々しい声に、胸がぎゅうと締め付けられるのが分かる。
「お仕事ですよ、頑張りましょう?そういう約束でしたよね?」
「…そうだったね」
渋々といった様子で彼は私を解放すると、拾い集めていた装備を装着し始めた。
私も一度大きく深呼吸をして、姿見の前に立つ。
首にある見慣れないチョーカーが目に入る。
その宝石の色を確かめるように指先で撫でて、思わず口元が緩んだ。
ーーーーーー
「すみません、遅くなりました!」
冒険者ギルドで制服に着替えを済ませ、駆け足で出迎える予定の場となっている出入り口へ出た。
すでに私以外の全員が揃っていた。ギルドに従事している全ての者から聖女護衛の任に就くユリシーズ、ヴィクター、アラスター。
リンジー先輩にギルドマスターのダンカン。
そこに私を加えて……錚々たるメンバーだ。
「いや構わん。元々予定より早い到着だ」
ギルドマスターは相変わらず腕を組んだままぶっきらぼうにそう告げた。本人が来る前に全員が揃えばなんでも良いといった様子。
走ったせいで乱れた呼吸を整え、姿勢をなおす。
それにしても勇者様と聖女様か、どんな人なんだろうな。
名前は勇者レオニスと聖女ルミア。
評判は良いと聞いているから、良い人なんだろう。
服や三つ編みに乱れがないか確認しながら、ふと視線を巡らせると行き着いた先は少し離れた場所に立つアラスター。
私の視線に気がついて、にこりと微笑みかけられる。素敵だ。…いや違くて。
あんなにこの仕事に乗り気ではなかったものの、いつも通りの彼に戻っているのを確認して胸を撫で下ろす。
すると背後から気配がした途端、視界いっぱいにユリシーズが目に入る。
「アビ~~!!な~んかいつもと違うよねぇ~?」
「え、あ…そうかな?」
ニヤニヤとしながらそう告げる彼女。
いつも通りの装いだけどな、と首を傾げて直ぐに思いなおす。
そうか、チョーカー。
思わず手で首に触れる。
…そういえば、昨日私の家にアラスターが来たのを知っているんだっけ……
わーーー!!!わーーー!!!思い出すな!思い出すな!!
顔面を真っ赤にさせて俯く私に相変わらずユリシーズはにやにやとしたままだ。
「こーーれは、そのチョーカーも含めて後できっちり詳しい話を聞かないとね~~?」
「ちょ、ユリ…勘弁して…」
「悪趣味ね、アラスター」
「昨日のユリシーズは君の差し金だろう?君こそ悪趣味だよリンジー」
「あらなんのことかしら」
「でもすごい似合ってるよ~!アビーの髪の色が映えて良いよね!ヴィクターもそう思うでしょ?」
「ふむ、あまりそういったものは儂は造詣が深くないが…よく似合っておるぞアビゲイル」
「あ、ありがとうございます…」
「来るぞ、静かにしろ馬鹿ども」
持て余した時間をユリシーズの発言を皮切りに、やいのやいのと各々話しているとギルドマスターに一喝された。
そしてその言葉と同時に、徐々に見えてきたのは絢爛豪華な2台の馬車。
白を基調として、金の細工が存分に施されたその豪華さと眩しさに思わず目を顰める。
ギルドマスターが膝をついて頭を下げるのと同様に、その場に居た全員が続いて同じ姿勢をとる。
先頭を走っていた場所が停車し、ドアが開けられる。気になって俯いた顔からチラリと目を向けた。
馬車と同じく、白を基調にした衣服と外套。
ところどころに散りばめられた金の刺繍のその見事さ。だがそれよりも一際大きく目を引くのは、その人物の顔。
太陽の光に照らされ、透き通るような金色の髪は長く肩まである。
見開かれた瞳は、海のように碧く光で乱反射している。
その姿を見て『黄金の麗剣』と通り名がつくのも頷けるくらい、息を呑む美しさ。
圧倒的イケメン。正直髪の長さも相まって、言われなければ女性だと見間違えてしまうだろう。
アラスターとはまた異なる美麗さ。
アラスターが『宵の明星』なら、勇者様は『明けの明星』というところだろう。
「これはまた…盛大な出迎えだね、ダンカン」
「殿下におかれましても、ご健勝で…」
「そういう堅苦しいのは、僕には不要だよ。急な視察で君たちを困らせただろうから」
どこかで聞いたような口調に耳を疑う。
まるで本当にアラスターのようだ。丁寧な言葉遣い。けれどその声色はどこか、今日のこの朝日のように眩しく華やかだ。
とんでもないイケメンがいたもんだな。
芸術作品を見ている感覚だ。こんなとんでもなく美しい彫像を人間の手で作れるんだな…みたいに感心してしまう。
思わず顔を上げて勇者様の容姿を観察していると、ぱちりと目が合う。
しまった…許しをもらっていないのに顔を上げたどころかマジマジと見てしまった。
やばい。怒られる。
眩しいくらいにっこりと満面の笑みで、勇者がこちらへ歩み寄ってくる。
「もしかして、君がアビゲイル嬢…かな?」
「はい殿下。本日より滞在される三日間、従者兼案内役を仰せつかっております」
良かった。
怒られなかった事に安心しつつ、再び顔を伏せて淡々と返事をする。
そりゃあまあ確かにとんでもなくイケメンではあるが、こちとら最近はほぼ毎日とんでもないイケメンに面食らってばっかりなので耐性が出来つつある。
これが自分でも不思議な事に、全くといって良いほど感情に波風が立たない。
アラスターのことを好きだと自覚する前に、彼にちょっかいをかけられていた時ですらこんなに穏やかな胸中ではなかったはずなのに。
「……へぇ?」
「何かございましたでしょうか」
「いや…ふふ、そんなに堅苦しくしなくて構わないよ。僕はそういうのは苦手でね、もっと肩の力を抜いてくれていいのに」
「お心遣いに感謝いたします。ですが職務中ゆえ、お許しを」
堅苦しくするなと言われてもなあ。
不敬罪で首を刎ねられたくはない。王族というのはどうにもこういう手合いの者が、少なからず一人は存在するんだな。
前世でなんとなく見たアニメに、平民にも分け隔てがない王子みたいなキャラクターがいた気がする。
分け隔てなく接せられて困るのはむしろ平民側だろうに、とその時ぼんやりと思っていたがまさしくこれだ。ものすごい困る。
どうしたものかと思考を巡らせつつ、頭を下げたままでいると不意に顎下を掬い取られて上を向かされた。
は?なに?何事ですか?
混乱極まる中で、眼前に広がる金色の眩しさに目を細めると更にかけていたメガネをするりと奪われた。
「ああ、やはり。幼少の頃に見た広大な草原を思わせる冴え冴えとした綺麗な緑だね。これほどに美しい瞳を、こんなもので隠してしまうなんて勿体無いよ」
「………」
にこにこと笑う勇者に目を細めたまま、ひとつ心の底から思ったことがある。
この男、めちゃくちゃめんどくさい軟派男だ。
そしてとんでもなくしつこい。
どう対処するべきか、と冷静な頭で悩んでいた刹那。
ーーゴッ
何か大きな物が落ちたような…はたまた岩が砕かれたようなとんでもない音がする。
そのあまりにも異質な音に、勇者様も私から離れる。
次いで、その横から、それはそれは綺麗な真白の衣装に身を包んだ淡い桃色を含んだ銀髪に視界を奪われる。
「レオニス様、お戯れはほどほどに」
鈴が転がるような、落ち着いているけど愛らしい声。両の手を前で揃えて立つ女性は、誰が見ても一目で聖女だと思う容姿だ。
「ルミア」
「アビゲイルさんも皆さんもお困りになっておりますわ」
「そうだね、僕としたことが。アビゲイル嬢、君と仲を深めるのはまたの機会にしよう」
「……」
聖女様の静止で、勇者様も私にメガネを返す。
仲を深めるんじゃなくて、視察だろうに…
冗談を沈黙で返して、渡されたメガネを受け取りかけ直す。
聖女の登場を皮切りに、勇者一行の荷物の搬入やら何やらで慌ただしく動き始め私は大きくひと息ついた。
とんでもなく面倒くさい勇者様だなあ
それにしてもさっきの音の正体はなんだったのかと、立ち上がって辺りを見回す。
少し離れた場所、石畳の道に直径10センチ程度の陥没箇所を見つけた。なんだこれ。後で修繕依頼出しておかなきゃな。
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