太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

刺すような痛みの名は

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 勇者一行の受け入れ準備ともあり、ギルド内は慌ただしく動き回り少し埃っぽさを纏っている。
 彼らの荷物の搬入に奔走する職員たちを尻目に、手伝えない事を悔やみつつ溜め息を漏らした。

 受付近くにあるソファに二人を向かい合うように座らせて、私は勇者様側の背後に目を伏して控える。
 ちらり…と目線だけ向けた先に、ソファへ綺麗な姿勢で座るルミア様とその背後にはアラスターが私と似たような姿勢で控えている。

 こんなに近くにいるのに、私たちは他愛のない会話を楽しむことすら許されない。
 いつもなら、からかわれたり皮肉を返したりする距離なのにな。
 仕事を嫌だと思ったことはなかったけれど、今日ほど早く解放されたいと願う日はそうない。

 だめだ、彼も頑張ってくれている。
 一緒に頑張ろうって言った手前、私も頑張らなきゃ!

 私が淹れたお茶を楽しむ勇者様とルミア様は、その高貴な出立ちには似つかわしくないほど安っぽいティーカップを使っている。
 けれどそれに全く不満を口にすることはない。

 ギルドでは1番良いティーセットではあるけれど、貴族は鼻で笑うかもしれない。
 それでも二人は気にせず、寛いでいる。

 こうしたところが、庶民からの支持を集めるんだろうなあ。


「とても落ち着く香りと味わい……アビゲイルさんはお茶を淹れるのがとてもお上手ですのね」
「僭越ながら、御二方は長旅でお疲れかと思いましたのでカモミールティーをご用意させていただきました」
「まぁ、貴女の深い心遣いに感謝申し上げますわ」
「光栄にございます」


 淡い桃色を染み込ませた銀の絹糸のように美しく、緩いウェーブのかかった長い髪を揺らしてルミア様は本当に嬉しそうに微笑んでいる。
 女の私から見ても、可憐で美しく慎ましい彼女は聖女というより女神と呼んでも不遜ではない。本当に、本当に綺麗なひと。

 私とは違う、そばかすひとつない真雪のように白い肌。血潮のように赤い瞳と唇。
 光に望まれ、産まれてきたのではないかと思うほど眩い彼女。
 そして、その側に控えるアラスターの黒は恐ろしいほどしっくりと来た。

 絵になる二人だ。

 魔を払う光を持つ聖女。その人に忠誠を捧げ、命を賭して護る黒い騎士…なんて恋愛小説が書けそうだな。
 そう思って、じくり、と心に血が滲む感覚がした。

 あ、れ…?変なの。

 ただイケメンと美女を客観的に見て思っただけなのに、急に針で突かれるような痛みが心臓にはしる。


「ルミアの言う通り、君のお茶はとても美味しいよ。皆が慌ただしくしているというのに、私たちだけ休ませてもらっていてすまないね」


 綺麗な仕草でソーサーにティーカップを置く勇者様に声をかけられて、ふと思考を現在へ呼び戻す。
 告げられた言葉と表情の申し訳なさ、荷運びに駆け回るギルド職員やユリシーズ、ヴィクターたちを気遣うような視線。
 先までの軽薄さが嘘のように、誠実さと優しさを兼ね備えた勇者様の様子。彼が慕われている理由の一端を垣間見た気がした。


「こちらこそ、勇者様がたがいらっしゃるというのに…このような場でしか歓迎出来ない我々をお許しください」
「アビゲイル嬢、君たちや冒険者たちが積み上げてきた努力の場所をそんなふうに言ってはいけないよ」
「……」


 陽光の如く、柔らかく微笑んで見せる勇者様の眩しさに、素直に驚いた。
 まさかそうした指摘を受けるなんて思いもしなかったのだ。きっとどこかしらに貴族や王族らしい傲慢さがあって、その内庶民受けがいいなんてメッキも剥がれるんじゃないかと思っていたのに。
 想像よりもはるかに真っ直ぐな言葉に驚いて、思わず顔を上げると勇者様もルミア様も私を見て微笑んでいた。


「言っただろう?僕たちは堅苦しいのは好きじゃあないんだ」
「ですわね。聖女然としているのも、中々疲れますのよ?」


 くすくすと笑う二人は、先ほどまでの厳かな雰囲気をあっという間に払拭させていた。
 口調はそのままだけれど、断然柔らかさと茶目気を宿した声色に私は少し安心感を覚えた。


「まあ……不敬罪で首を刎ねられなければ…」


 おずおすと今までの口調を解いて、普段仕事で使用する程度の口調に崩すと勇者様は快活に笑った。


「はは!まさか!君のように真っ直ぐで努力家な素晴らしい女性の首を刎ねれば、次に処されるのは僕だろうね」
「間違いありません。現にレオニス様は常に断頭台一歩手前みたいなものですわ」
「ルミアは本当に僕に厳しいな…」
「あら本当のことでしてよ?アビゲイルさん、貴女も今朝お分かりになったでしょうけど…このお方、王子殿下とは思えないほど本当に色にだらしがないの」


 常に呆れた顔をしているルミア様。
 やれやれと芝居がかって見せるレオニス様。
 慣れた二人のやりとりに面を食うものの、思わず笑みが溢れる。


「…ふふふ、確かに。あれはひどいですね」
「ああなんだ。やっぱりそうだね」
「はい?」
「君は笑うと太陽のように美しいね」
「……」


 どこかで聞いた比喩。
 その刹那、背筋にぞくりとした悪寒がはしる。

 なんか嫌だ。
 なんでだろう。

 その例えをされることにものすごく拒絶感が出てしまって、うっかり目を細めて苦虫を潰したような顔をしてしまう。
 しまった。さすがに露骨に顔を出しすぎた。

 と思ったのも束の間に、レオニス様は今日1番と言わんばかりに大きく笑った。


「あっはっはっは!見たかいルミア?女性にこんな顔をされたのは生まれて初めてだよ!」
「本来は正常な反応でしてよレオニス様。女性が皆、貴方に夢中になると思っている方がどうかしていますわ」
「ああ、ルミアと合わせて二人目だったね。失敬失敬。いやあ本当に、実に愉快だよ」


 目元に涙を滲ませるほど笑うレオニス様を見て、さらに眉を顰めた。
 やはり初対面で私が彼から受けた印象に間違いはなかった。
 勇者レオニスは本当に面倒くさい。
 先ほどまでちょっと見直していた気持ちを返してほしいくらいだ。


「本当に…君は実に興味深い」


 その言葉を皮切りに、レオニス様の手がするりと伸びてくる。
 前で揃えていた手の片方を華麗に抜き取られる。
 触れられたことにびくりと肩を跳ねさせたのも束の間に、私の手の甲に口付けを落とす。

 その唇の感触に一瞬、体が強張る。
 すごく、嫌だ。
 だからつい、反射的に、思い切り手を引き戻す。

 口付けされた手の甲をもう片方で拭くように擦る。信じられないものを見るようにレオニス様へと視線を向ける。


「なにを…」
「どれほどの地位にいようが、どれほどの武勲を立てようが…美しい人につい傅いて親愛を贈るのは、男として当然の道理だよ」
「レオニス様、ご迷惑で…」
「そこの黒い君も……そう思うだろう?」


 ルミア様の静止の言葉を遮り、レオニス様の視線がその背後へと向けられる。
 私もレオニス様の視線に導かれて目を向けた先には、先ほどから手を後ろで組み、顔を伏せてじっと佇むアラスターが目に入る。

 そうだ。アラスターはずっとそこにいた。
 護衛の任務を全うするために、邪魔をしないよう気配を消してずっと佇んでいた彼にはっとする。
 けれど彼は微動だにせず、変わらず俯いて、目を伏せて、佇んだままだ。


「……………若輩の身には、殿下の仰ることはまだ分かりかねます」


 長い沈黙の後、同じ姿勢のままで口を開いたアラスターにレオニスは笑みを深めた。


「そんなわけはないだろう?一匹狼ローンウルフのアラスター。いや…宵の明星イブニングスターと呼ぶ方が良いかな?」
「…私如きの名をご存知とは、恐れ入ります」
「まあ!このお方が噂の!」


 片手を胸に当てて深々と礼をするアラスターの名を知った途端に、ルミア様が立ち上がる。
 そのまま勢い良く彼の手を自らの両手で取って、喜んでみせた。
 噂のってことは、この街の外にも彼の話は広く知られているのかな。


「わたくし、吟遊詩人の方から貴方の歌を聴かせていただいたことがありますの!伝え聞く通り、夜に輝く星のように美しいお方ですのね!」
「…光栄にございます」
「貴方のお話を直接聞かせて欲しいのですけれど、お時間いただけますかしら?」
「…ご用命とあらば、望むままに」


 ルミア様がアラスターの片手を握って、嬉しそう話しかける様子に微笑んで応えるアラスター。
 その何気ないやりとりに再び胸が痛み出す。
 ひりひりとして、痛くて、見ていられなくなって、私も顔を伏せた。

 ルミア様は清らかで美しく、淑女で高貴。
 微かに纏う少女のあどけなさと大人の色香がとてもバランスが良くて、誰が見ても美女だ。

 …対して、私は?

 そばかすだし。
 ルミア様みたいに綺麗な髪じゃないし。
 とんでもなくキツいビン底メガネ。
 身分だって平民だし、淑女なんて程遠いし、大人っぽいよりも子供っぽい。

 すごく、胸が苦しい。
 あんな綺麗な人と自分を比較するなんて、ルミア様に失礼だ。
 でも一度考え出すと止まらなくなる。

 私が『仕事』だと彼に言って聞かせたんじゃないか。
 それなのに仕事とは関係ない感情を真っ先に持ち込んで、すごくルミア様に失礼だし、アラスターに不誠実だ。
 そう頭では分かっているのに、考え出したら止まらない思考にぐるぐると頭が掻き乱される。


「アビゲイル嬢。どうやら部屋の支度が出来たようだから、先に案内してもらってもいいかな?」


 レオニス様に声をかけられてはっと顔を上げる。

 この三日間、勇者様と聖女様はこのギルドの3階にある客人用の寝室に寝泊まりする事になっている。
 2階の客人用の寝室に、私とアラスターとユリシーズ、ヴィクターの四人。それぞれ一部屋ずつ用意され、寝泊まりし、いつでもレオニス様やルミア様に駆けつけられる体制だ。

 今まで待っていたのも、レオニス様とルミア様の荷物が部屋へ運び込まれ荷解きがされるのを待っていた。

 確かにレオニス様の言う通り、今までギルドの受付に積まれていた荷物は全てなくなっているし、いつの間にかギルドの従業員たちも落ち着きを取り戻しつつある。


「えっと、あの…ルミア様は?」
「後で彼にでも案内してもらえばいいさ。ルミアは話好きだからね、ああなったら止まらないんだ」
「……分かりました。ではご案内いたします」
「ああ、よろしく頼むよ」


 レオニス様がやれやれと肩をすくめて笑う。
 現に立ち上がった彼越しにきゃあきゃあと楽しそうに先ほどよりも饒舌に話すルミア様が見える。
 あの様子は確かに止まりそうもない。
 けど、それよりも何よりもアラスターと楽しそうに話しているルミア様を見ていられなかった。

 …笑顔で対応する、彼も、見ていられなくて。

 レオニス様に従って踵を返し、目的の場所へと足を向ける。

 私の背後でくすくすとさぞ楽しそうに笑うレオニス様の視線が、私の首につけられた黒いチョーカーだとは知る由もなく。






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