太陽を愛した狼

カナメ

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本編 第一章 【伏縁編】

心を穿つ赤

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「僕はレオニス。そして彼女が聖女ルミアだ、本日より三日間…苦労をかけるがよろしく頼むよ」


 柔らかい笑みを浮かべ、ギルドの他の職員たちに自己紹介と礼をする。
 あからさまなほどに我々の容姿に色めき立つ者たちに満足げに見渡す。

 そう。本来はこういった反応が返って来る。

 ギルド職員の女性たちを品定めするように一人一人確認する。皆若い。
 流行り物に敏感そうな子たちがちらほらと見える。まあ、ギルドの従事するのは平民の女性たちにとっても花形といえる職業だ。
 多くはそうした者たちが集うだろう。

 一人、亜麻色の長い髪を揺らめかせ、色めき立つ女性たちに「静かに」と指摘する美しい女性が目に入る。
 おそらくあれは、僕に興味がないんだろう。
 けれど違う、全くもって。僕が望んでいる形じゃあない。
 男慣れしているし、愛だの恋だのはまやかしだとすら思っていそうなほど冷めた目つき。
 先ほどダンカンの紹介では…あぁ、確か名をリンジー嬢とか言ったかな。
 彼女は不合格だな。きっと遊びにも乗らない女性だろう。

 私たちも主要な手荷物をひとつ馬車から下ろしつつ、荷下ろしに奔走される人々を見渡す。
 その中に、太陽のように赤く燃えるようなおさげの髪を携えた女性に目を奪われる。

 君の赤い髪は陽光に照らされてこそ、映える。
 自身の心臓が、いつになく高鳴る。

 …アビゲイル嬢。

 彼女は私の従者だったはずなのに、私の側で控えるどころか荷下ろしを手伝っている。
 先ほどまでその顎を捉えていたことを思い出して、記憶に残る感触を楽しむように指先を擦る。


 ……どうして彼女は、靡かないのだろう。


 いつも通り甘く蕩けるような言葉を囁いた。
 それだけでたちどころに女性たちは腑抜けてしまう。僕にその体を委ねてしまうほどに、所有権をすんなりと渡してくれる。

 けれどアビゲイル嬢は違った。
 ただ、真っ直ぐに僕を見て、淡々と呆れた眼差しで、心底めんどくさそうな顔をした。

 リンジー嬢みたいに冷めているから?
 いやあれは違う。逆だ。
 何もかもを諦めていない、熱意を持った目だ。


 (…なるほど、これがあの男が惚れ込む理由)





 この街に訪れるきっかけになったのは、この街の冒険者ギルドと冒険者たちの評判の良さだけではない。

 一匹狼ローンウルフのアラスター。
 彼は目覚ましい速度でS級冒険者へ駆け上がった人物だ。その名声と容姿に吟遊詩人も思わず歌にするほど。

 容姿が良く実力もあれば、僕のように女性に困ることがないだろう。
 ある意味、僕と似ている彼に妙な親近感が湧いて、心を踊らせた。

 知りたくなったのだ。
 僕は母親の愛を知らないから。
 富と地位と名声、そして恵まれた容姿に目を眩まされた人間からの打算的な好意しか知らないから。
 もしかして君も、真実の愛とやらが分からなくて、探し求めて、飢えているのではないかと。

 この国に存在するS級冒険者は複数人存在するが、アラスターだけが飛び抜けて異質だった。
 一定の場所に活動の拠点を置かず、転々と方々を飛び回る彼の目まぐるしさ。
 固定のパーティーには加入しないやり方。
 戦闘スタイルも前衛、中衛、後衛と多岐に渡る。

 アラスターの情報を束ねられた報告書見た時、目的もなくフラフラと彷徨っているという言葉の羅列の中に『明確な目的があって、放浪して見せている』のではないかと…ひとつ予想を立てていた。

 そして僕の予想は見事に的中した。

 彼はこの街に留まった。
一匹狼ローンウルフが口説く女がいる』という噂と共に、僕の耳に入った時、私はひどく高揚した。
 きっと彼は見つけたのだ。僕が求めて止まない、真実の愛を。何にも変え難い、一途な想いを。


 この街に着いて、ひと目見てアビゲイル嬢が噂の『一匹狼ローンウルフが口説く女』だと気付いた。
 彼女の細い首に巻き付いた、黒の布地に雫ほどの金色の宝石。
 自らの色を意中の女に纏わせる。その度し難いほどに幼稚で夢見る少女のような行為に、内心で笑ってしまったほどだ。

 自分の瞳の色の装飾を渡すのは、最大の愛情表現だ。そして、それを受け取り身につけるのも同様。
 この国で常識としてあるその行為の証を目にして、アビゲイル嬢はもはや『一匹狼ローンウルフが口説く女』ではなく『一匹狼ローンウルフの女』という段階まで昇格していることが窺える。


 アビゲイル嬢が荷を運び終えてひと息ついている様子が、遠巻きに見える。
 メガネの先に潜む、清々しい緑色の瞳の視線の先には常にアラスターが映っている。
 真っ直ぐな瞳。真っ直ぐな想い。

 アビゲイル嬢とは裏腹に、僕が甘い言葉を囁いて彼女が嫌悪の眼差しを向けるたびに…アラスターはほんの一瞬だけ、じとりとまとわりつくような嫉妬の気配を漂わせている。

 面白い。当の本人は、あの男の狂気じみた嫉妬に気が付いていないのだ。
 それなのに、無自覚に、彼を想って胸を痛める。
 そんな君が、たまらなくいじらしい。

 少女のようにあどけなく、純粋な彼女の心が一人の男だけに向ける。
 そして僕はその少女に嫌われている。
 その事実が、僕には何よりも甘美で胸を振るわせた。

 君はどんなふうに愛に溺れた声で、相手の名を口にするんだろうか。

 (是が非でも、欲しくなるよ…)





 ーーーーーー





 アビゲイル嬢に、宿泊予定だという部屋に案内されて、部屋へ入る。
 簡素な作りだが、明らかに冒険者用とは思えないその部屋の広さに元々貴族向けに作られた部屋だなと見回す。

 唯一誤算だったのは、まだ室内に数人ほど人が残っていた。

 幾人か連れてきた騎士たちが荷解きを手伝っている。熱心なことだ。
 まぁそれも第二王子と勇者という立場が騎士たちを突き動かしているのだろうが。

 人払いをさせることは可能だが、そうすればきっと彼女は最大限の警戒をするだろう。それは僕の本意じゃない。
 誰が最大限に警戒した獲物を狩りたがるというのだ。狩りの常套は、相手を最大限にまで油断させ一気に仕留めることだ。

 部屋に備え付けられた暖炉に視線を向ける。
 まだ激しく燃え始めたばかり。
 ぱちぱちと乾燥した木が音をたて、火の粉となって踊る。
 恋の初動のように周囲に熱を振り撒く。一見、誰も付け入る隙がないようでいて、実は一番不安定だ。

 荷解きをする騎士たちに一礼し、移動がしやすいようにと部屋のドアを開けたままにするアビゲイル嬢に目を向ける。
 どんな立場に対してであれ、周囲への配慮を忘れない気遣いが冷えきった自らの身体に沁みる。


 (それが僕だけに向けられたら、その暖かさに身を焼くのだろうか…あの男のように)


 動くたびに揺れる三つ編み…と、首の後ろで結ばれたチョーカーのリボン結び。
 猫の尻尾のように揺れるそれは、彼女がどれだけ単独行動をしていても自分という存在を忘れさせないためのマーキング。


 (幼稚…だけど、煩わしいな)


 さっさと外してしまいたい首輪へ一瞥をくれてから、彼女へ向き直る。


「良い部屋だね、助かるよ」
「お世辞が下手ですね、レオニス様ならもっと良い部屋も知っているでしょうに」
「本音だよ?屋根があればそれだけで雨風を凌げる…さらに君がいて、こんなにも心が休まることはないよ」
「……」


 ああ、すごく嫌そうな顔。
 じと…とした視線を向けられて、胸の内がくすぐられるような快楽に思わず口角が上がる。


「ご冗談を。暖炉が暖かいからですよ」
「人工的な物は、暖かいのに冷たいから…あまり得意じゃないんだ」


 僕の湿り気を帯びた言葉に、彼女は嫌悪から徐々に色を変えた。
 僕に仄暗くて、辛い経験があったのではないかと思案を巡らせる瞳。

 そうだよね。
 君はこんな事を言われたら、放っておけない。
 どれだけ嫌悪している相手だとしても心配せずには居られなくなる。

 湧き上がる喜びに思わず笑みが溢れそうになるが、必死に耐える。

 何もかもに恵まれ、まるで悩みなど何ひとつないように見える人物が吐露する弱音の威力を、僕は良く知っている。
 何度だって用いた手法だ。
 これで落ちない女はいなかった。
 けれど、君は落ちないだろうな。いや落ちないでくれ。
 少しだけ…そうほんの少しだけ、君の心の中で、僕という存在が許す空間が増えれば良い。

 窓辺に佇み、彼女に背を向ける。
 ただ窓の外を眺め、街の様子を伺っている体を装い、自らの胸中に隠した深い傷を吐露する。
 情けない顔は見せたくない…そんな様子を演出する。


「君も知っての通り、僕は勇者以前に第二王子…肩書きが多いなと我ながら思うよ」
「…はあ」
「ねぇアビゲイル嬢。母親の腕に抱かれるって、どういう感覚なのかな?」
「そ、れは…」


 彼女に向き直り、今までとは異なる寂しさを孕んだ笑みを向ける。
 決して語りすぎない。
 少し鱗片を見せるだけで良い。
 そうすればきっとアビゲイル嬢の瞳には、僕が心に浅からぬ傷をもった哀れな子犬のように映るだろう。
 予想通り言葉を詰まらせて、視線を泳がせる彼女は何を考えているのだろう。

 僕を哀れだと思った?
 存分に哀れんで欲しい。現に僕は本当にどうしようもないくらい哀れなのは自覚している。

 同情するべきだと思った?
 君にかけられる同情はどんな味がするのかな。それはそれでとても楽しみだ。けれどそれじゃあ普通だ。物足りない。


「……レオニス様」
「なにかな」


 名を呼ばれると同時に、こちらに向けられた視線。応えるように顔を向けた。
 そして、僕は、息を呑んだ。


「その痛みに、私が軽々しく触れて良いとは思えません」
「……」


 揺らがない。
 先ほどまで狼狽えていた、あどけない少女とは思えない。
 視線も思いもただ真っ直ぐ。

 ただ言葉を失った。
 まるで全身に強い突風が吹き抜けたようだ。
 鬱屈とした何かを連れ去るように。


「…お疲れのようですので、私は下がりますね。夕食のご用意が出来たら、お呼びします」


 反応のない僕に深々と一礼し、アビゲイル嬢は部屋を出ていった。
 荷解きを終わった騎士が扉を閉め、ひとりこの部屋に残されたことにすら気付かないほど僕はただ立ち尽くしていた。

 強烈に脳裏に刻み込まれた、彼女の真摯な瞳。

 僕の境遇に対して明らかに同情していた。
 心の傷も案じていた。だから配慮して下がった。
 けれど“踏み込んで”は来ない。
 アビゲイル嬢の中にある、優先順位が揺るがないことの証明。
 踏み込むに値するほどの関係を望んでいないことの拒絶。

 再び襲いくる、身を焼かれる感覚。
 燃え尽きるほどの火力にも関わらず、この身に残る彼女が残した熱がたまらない余韻となる。


「予想以上だなぁ、本当に…最高だ」


 心の底から欲しくてたまらない。
 湧き上がる欲にくつくつと笑いが込み上げて、思わず顔を覆った。



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