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本編 第一章 【伏縁編】
明星たちの狂詩曲
しおりを挟む立食会のようなスタイルの夕食を夕方頃に終え、レオニスとルミアが自室へ戻った。
残された者たちは後片付けに取り組み、慌しかった勇者一行の来訪の初日は静かに幕を下ろしつつある。
食事中、レオニスとルミアがさまざまな者たちから声をかけられては対応していた為、アラスターが危惧するほどアビゲイルにちょっかいを出されることもなく比較的穏やかであったと言える。
隙を見てはアビゲイルと言葉を交わし、食事を楽しんだ。稀にユリシーズやヴィクター、リンジーなどが割って入ってきていたがレオニスの横槍に比べれば可愛いもの。
何よりもアビゲイルが楽しそうにしていたので、アラスターはさして気に留めなかった。
人々の熱気に当てられた身体を冷ますため、アラスターは冒険者ギルドの外へ出ていた。
人通りの少ない裏通り。
革手袋の下にアビゲイルに施された、傷の手当ての存在を感じて、甘い余韻に浸る。
満点の星が浮かぶ夜空を見上げ、自分が破壊し尽くした寝具を思い出す。
(アビーと寝れば問題解決だな)
いつも通り防音の魔法を行使して、湧き上がる殺意に似た衝動に任せての破壊行動だったとはいえ…結果的に最愛の女性と寝床を共有する良い大義名分になった。
(アビー以外の誰にも気付かれていないし)
おそらく邪魔立てする要因はいないだろうと頭の中で分析し、ふとアラスターの背後に現れた気配に警戒した。
「やあ、宵の明星殿。ご機嫌はいかがかな?」
「たった今悪くなったよ」
レオニスに声をかけられ、アラスターはあからさまに不快の色を顔に浮かべた。
くつくつと笑うレオニスは、楽しげにアラスターを観察するように見る。
「これは酷いなあ。僕、君に何かしたかな?」
「思い当たる節がないのなら、相当盲目なようだ」
「ああそうだね。僕はそれほどアビゲイル嬢に夢中なんだ!君から見ても分かるかい?」
肩をすくめたアラスターにレオニスに嬉々として答える。
「なるほど。聖女殿の色にだらしがないという話は真実だったようだね」
「色?はは、君は僕の彼女への想いがそんなくだらない児戯だと思うのかい?」
「児戯か…ふふふ、いや失敬。決して勇者殿の癖を笑ったわけじゃないんだ」
あからさまな嘲りの眼差しを振り返り様にレオニスに向けるアラスター。
苛立ちに貼り付けた笑みを歪ませるレオニス。
「…そんなに面白いことを言った覚えは無いんだけどなあ」
「いやとても愉快だよ。意中の相手と触れ合うことほど幸福なことはないのに、勇者殿はその幸福を欠片も想像できないし知り得ない」
「意地悪な言い方だ。君はそれを知っているとでも?」
「知りたいかい?ああ、知りたいよね?私は知っているよ…『残念ながら』」
「……」
残念。それはレオニスの視点での話。
アラスターのあからさまな誇示にレオニスは顔を歪ませ、沈黙する。
「訂正するよ、私は今とても機嫌が良いから…哀れな勇者殿に語ってあげてもいい。どう触れればどんな声で囀り、どんな面持ちを見られるのか…」
「やめろ」
意気揚々と語ろうとするアラスターに、レオニスは強い口調で遮った。
想い人が自分ではない誰かにもたらされる快楽に溺れる姿など見たくはない。
それは両者ともに痛いほど理解していた。
「お気に召さなかったかな?これはとんだ無礼を…」
「君がそうまで言うんだ…これはもう何がなんでも手に入れたくなるね。確かに彼女の手にキスをした時は、夢見心地だったよ…次はどうしようかな?」
「関わるな。お前が入る隙はない」
あからさまに仕返しと言わんばかりのレオニスの挑発に、アラスターはそれまで崩さなかった紳士然とした口調と振る舞いを脱ぎ捨てる。
レオニスにはそれが何よりも愉快だった。
「ああやっと『剥がれた』ね」
「剥がれた?剥がしたの間違いだろう。俺をからかって何が楽しい」
顔にはひとつの笑みを浮かべず、ただ真顔で殺意と怒りを織り交ぜたアラスターの瞳にレオニスは笑った。
「楽しい?いやいや違うとも。君を突けば突くほど、暴走するからさ…彼女が君の『闇』の危険性に気が付いて離れてくれないかなって企てているんだよ。僕なら彼女をもっと幸せにしてあげられるのに」
アラスターは呆れたように息を吐いた。
「画策を赤裸々に話すほどには自信があるようだが、分かってないな。彼女はお前なんか眼中にない」
「眼中にないわけじゃない、君が彼女の視界を覆い隠しているだけだ。君にとって都合の悪いものを見せないようにしているだけ」
「それの何が悪い」
開き直ったようにも感じるアラスターの返事に、レオニスは目を細めて笑った。
「おやすんなり自白するんだ?なら分かるだろうに…彼女が君に抱いているのは、恋心なんて淡いものじゃない。依存だよ」
アラスターは表情を動かさずに返す。
「それの、何が悪いと言っている」
腕を組んで堂々と返すアラスター。
レオニスはその狂気の深さ笑みを深めた。
「あまりにも歪んでいて、破綻が目に見えている。僕は君が倒れるのはどうでも良いけれど、彼女も共倒れになるのは看過できないな」
「歪み?破綻?何を馬鹿な事を。俺の世界は彼女で出来ている。だからどうした?俺には当たり前のことだ」
さらりと言ってのけたアラスターに、レオニスは不快感を宿した顔を浮かべる。
「馬鹿は君だよ、そんなことは長くは続かない。いつかその労力の膨大さに君は折れる。そして君が折れれば彼女も崩壊する…それが君の望む未来か?」
はっ、と鼻で笑うように小馬鹿にした態度をとるレオニス。
だがアラスターは、淡々と、しかし強い確信を込めて告げる。
「残念だが俺は折れない。労力の膨大さ?彼女に捧げる全ての時間を、労だと思ったことは生まれてこの方思った試しがないな」
「その確証はどこにある」
「ある。幼少の頃に彼女に出会ってからこの十数年、一度も折れたことはない」
「それはなんの保証にもならないだろう」
「これが保証にならない、か。なるほど、ならお前が『自分なら幸せに出来る』という発言も…ただの妄言となるわけだな」
アラスターの言葉にレオニスは口角をひくつかせながら、髪をかき上げて苦笑する。
「君、ものすごく性格悪いよね。よく言われるだろ?」
「さあ?少なくとも彼女に言われたことはないから、気にしたことがないな」
どうでも良さそうなアラスターにレオニスはわざと軽く言う。
「すごい自信だよね。そんなに彼女から想われてるって確信しているなら、どうして僕の行動が気に入らないんだ?」
「横恋慕する男を不快だと思うのは当然だと思うが?」
即答したアラスターにレオニスは碧眼を揺らめかせた。
「違うよね、それだけじゃない。彼女が僕に少しでも心を開いてきているのを、君は分かってる」
「……」
アラスターの気配が揺れる。
愉快そうにレオニスは続ける。
「なぜなら、君もそうやって『こじ開けた』から」
「黙れ」
「あはは、お笑いぐさだね。君が彼女を振り向かせるために使った手段を、今度は僕が使ってる。だから君は不安に駆られるんだ」
ケタケタと笑って見せるレオニスに、アラスターは氷のように冷たい目線を向けた。
「何も分かってないな、お前と俺では何もかもが違う」
「違う?そうかな?僕たち結構似ていると思うんだけどなあ」
自らの顎下に手を添え、わざとらしく首を捻るレオニス。
射殺すような視線をそのままに、アラスターは告げた。
「違う。お前はただ満たされないだけだ。渇望、羨望…いつでも目の前に目的のものが転がっているのにそれすら気付かずに取りこぼす、ただの餓鬼だ」
「君だって…閉じ込めて、目も耳も塞いで自分だけのカナリアがほしいだけの餓鬼だろう?」
数歩歩いて演劇のように身振り手振りをして見せるレオニスにアラスターは一瞬驚いたような表情を見せ、嘲笑した。
「…ははは!本気か?本気でそう思っているのならやっぱり彼女はお前のものになどならない。確信したよ。安心するくらいにな」
アラスターの言葉にレオニスはゆっくりと向き直る。
「僕の解釈が違うと言うなら、理解すればいい。理解出来るまで…彼女と語らい、触れ、その心をのぞく」
「垣間見えすらしないだろうな、哀れなことだ」
「そうかな?今でも結構分かったことがあるよ。彼女の孤独も何を大切に思っているかも」
子供のようにあどけなく笑って見せるレオニスに、アラスターは不快感で顔を歪ませた。
「理解しているなら彼女を突くのはよせ。お前が突くたびに彼女は傷付いているとなぜわからない」
「傷付く?ああ、真実はえてして残酷だからね。傷付くという行為は、悪いことばかりではないよ…それに君の執着の方がよっぽど息を詰まらせているじゃあないか」
「息を詰まらせる?何を勘違いしてる?彼女はいつだって自由だ。どちらかといえば、俺が振り回されている…その楽しさが分からないとは。本当にお前は哀れだ」
「へぇ?手に血を滲ませるほどの嫉妬に狂っても、それが楽しいと言うのかい?」
レオニスは「気付かないとでも?」とアラスターの右手を指差して悪戯に笑む。
冷たく一瞥して、アラスターはにやりと笑った。
「ああ楽しいよ。俺の傷を見て彼女はとても心配していた。その甘美なひとときがお前には微塵も理解できないだろうな」
「理解できないとも。想う相手を心配させることは得策とは思えない、これは普通だと思うけれど?」
「ああ、だから。そうか…本当に滑稽で哀れだな、勇者殿」
急に納得した様子のアラスターにレオニスは眉根を顰めた。
「…なに?」
「人の想いに合理性を求めている。だからお前は、本当の愛が分からない。愛情というものが理解できない」
「合理性を求めて何が悪い?人は知性を持った生物だ。本能に従うだけの獣じゃない」
今更何をとでも言いたげなレオニスにアラスターは嘲笑の笑みを更に深める。
「愛は狂気だ。お前が思うほど合理的じゃあない…勇者殿は智者の思考は読めても、愚者の思考は読めないらしい」
「愛が狂気で、愚者の象徴だと…そう言っているのか?」
「それ以外になんだというんだ?全く、馬鹿馬鹿しいにも程があるな…」
心底呆れた表情で室内へ戻ろうとするアラスターに慌ててレオニスは呼び止める。
「待て、僕の話はまだ終わって…」
「終わったとも。私はこれで失礼するよ…ご機嫌よう、勇者殿」
レオニスの静止を聞かず、少々機嫌良さそうにアラスターは室内へと戻った。
残されたレオニスと星を浮かべた夜空には、二人の間に生まれた確執と消え残る殺気だけだった。
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