太陽を愛した狼

カナメ

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番外編

御礼話 冬の感謝祭

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 テーブルに置かれた花瓶。
 活けてあるのは鮮やかな赤の花。
 私が花屋を通った時に、彼女の髪の色にそっくりで買って贈ったものだ。
 アビーはなんて言っていたか……ああ、そう、アネモネだったかな。

 水差しで花瓶に水を足し、ひと息つく。
 吐いた息が白く、窓の外へ視線を向けると大粒の雪が降っている。
 その見た目の静けさとは裏腹に、外は朝から賑やかだ。

 この街の冬の感謝祭だ。
 開くる年に向け、この一年に皆で感謝する祭りである。
 常なら騒がしいことこの上ないと眉間に皺を寄せる程度に思っていたこの行事だが、私の胸が少しだけ早く脈を打つ理由になっている。

 それは…今もまだベッドで心地良さそうに寝ている愛しい彼女が、今年は一緒に回りたいと珍しくわがままを言ってくれたから。

 時計に目をやると、朝と昼の間を示している。
 そろそろ祭りも動き出す頃だろうから、起こしてあげないと。

 唯一持っている白のシャツを、いつもの黒の肌着の上から着て軽く支度を整える。
 あまり音を立てないように歩き、ベッドに片膝付き、身を屈める。
 彼女の頬に擦り寄り、口付けを落として呼ぶ。


「アビー」


 毎日こうして君を起こせる日を待ち遠しく思いながら、優しく囁く。
 起こす気はある。でも完全に起こしたくない。
 なぜなら彼女は寝惚けている時がとびきり甘いから、私はそれを味わいたくて仕方ないのだ。


「…アビー」
「ぅ…あら、さ…ま」


 小さな虫が飛ぶ音よりも更に小さな声を意識して囁くと、彼女が重たそうな瞼を少し開き、たどたどしく私を呼ぶ。
 なんて愛らしい。
 君は寝惚けているのに、私を無意識に認識してくれている。
 今すぐにその柔らかな唇を塞いでしまいたい。
 うん、そうしよう。

 はむ…と彼女の唇を啄むようにキスを落とす。
 いまだに開ききらない瞼の隙間から、萌葱色の瞳がぼんやりと私を見ている。
 アビーはキスをするとき、必ず目を閉じてしまう。こうして目を合わせながら出来るのは、彼女が寝惚けている時だけ。
 それが私にたまらないほど甘い痺れを与えてくれる。
 私だけが知っている彼女の無防備な姿は、本当にいつ味わっても飽きることがない。

 本来ならいつまででもこのやり取りをしていたいのだが、今日は彼女がせっかく楽しみしているのでちゃんと起こしてあげないと。


「アビー、今日は冬の感謝祭だよ。一緒に行きたいって言ってくれたよね?」
「…ぅう……さむ、い…」
「君は本当に寒さに弱いね、おいで」


 もぞもぞと布団の中で身を捩る彼女が、子供っぽく顔を顰めている。
 仕事のある日はきちんと起きるのだが、どうも寒さにはめっぽう弱いらしく、いつもよりも少しだけ駄々を捏ねる。
 もはや愛らしいという言葉では足りない彼女への想いに身を焦す。おそらく私は悶絶しているのだろう。

 ベッドに腰を下ろして布団ごと彼女を絡め取り、膝の上で彼女を横抱きにする。
 可能な限り食事を多く食べるようにさせているはずなのに、彼女の体は相変わらず軽い。
 やはり適度な運動もさせなくては。


「……あったか、い」
「うん、暖かいね。ああ、また眠くなっているね」
「あら、さま……きもち…」
「……」


 確かに彼女が微睡んでいる時間は、私にとって最高の時間ではあるものの…同時に最も理性を試される時間でもある。
 私の温もりに蕩けそうなほどへにゃりと笑う最愛の人を見て、どうして我慢できようか。
 なるほど…躾のためとはいえど、やはり“待て”というのは心身ともによろしくないな。カラスに餌をやる時も少し配慮してやるか。

 頭の片隅でそんなことを考え耽ることで、眼前に広がる光景に最大限に理性を働かせる。


「アビー、起きないのかい?」
「うぅ……」


 ぎゅうと目を閉じて私の胸元に擦り寄る彼女は、いつにも増して駄々っ子で愛らしい。

 アビーは最近仕事に追われていた。
 それが昨日ようやく終わりを迎えたようで、その節目が彼女の気を緩ませ、常よりもぐずらせているんだろう。

 冒険者ギルドの仕事は毎年、仕事納めを迎えるまでは相当忙しいらしい。この頃仕事に行く彼女の面持ちは、さながら戦場に向かう戦士のような決死の形相であった事を思い出す。
 戦う力を持たないはずの彼女の頼もしさたるや。私など遠く及ばないな。

 そんな普段の彼女とは異なる様子をしっかりと噛み締めつつ、腕の中の彼女に頬擦りする。


「アビー、感謝祭…行かないのかい?」
「…んん~…」
「私も君と見て回るのを、楽しみにしていたのだけれど…」


 敢えて、少し残念そうに言って見せる。
 私がそうすれば、いくら寝惚けているとはいえど彼女はちゃんと聞いて応えてくれることを知っているから。
 少しからかって、悪戯して、起こすことも可能だ。けれど悪戯は彼女を少しだけ拗ねさせてしまうので、今日は彼女と穏やかに過ごしたいからやめておこう。


「あらんさまも……たのしみ?」
「そうだよ、とても楽しみなんだ」
「ふふ、わたしも楽しみです…」


 首を傾げて問う彼女を見つめて答える。
 嬉しそうに笑ったアビーの言葉の鮮明さから、先ほどよりも意識が起きてきていること確認する。
 両手を下げて伸びあくびを噛み締めているのをしっかりと手を添えて支えながら、サイドテーブルの棚に入っている櫛を手に取る。

 彼女を包んだ布団から、ふわふわとした長い髪を丁寧に取り出して櫛で梳かす。
 普段の三つ編みの癖がついているんだろう。ゆるくウェーブがかかっている赤毛、今日はどうやってセットをしてあげようかと考えを巡らせる。

 いくら防寒具があるとはいえ、いつもの三つ編みでは首が出てしまうな。アビーは本当に寒いのが苦手だから、三つ編みは無しだな。
 服装と合わせる方が良いか。
 先日、共に買い物に行って購入した白いワンピースと白いベレー帽があったから冬にはぴったりだな。

 櫛を優しく通して梳かす私に彼女は抵抗せず、大人しく従っている。
 最初は照れてしまって全く手伝わせてくれなかったが、めげずに私が何度も提案するのでやむを得ず了承し…を繰り返した成果だ。

 おかげで私はすっかり女性の髪をセットするのに慣れて、今は様々な髪型が可能である。彼女の為につける知識は新しくて、彼女の為に自分の腕を振るうのが嬉しくてたまらない。


「アビー、今日は寒いし…小さな三つ編みを混ぜたハーフアップにしようか?」
「髪広がりませんかね?」
「香油をつけるから心配ないよ。服はこの間の白のワンピースとベレー帽でいいかな?」
「はい、私も今日はその服にしようかなって思ってました」
「ふふ、気が合うね」


 そうと決まればすぐにセットしてしまおう。
 髪を整えて、彼女が着替えている間に暖かい紅茶を淹れよう。
 体を温めるにはジンジャーかシナモンが良いけれど、アビーはシナモンが好きだからシナモンティーにしよう。
 実はこっそり買っておいた質の良いシナモンスティックがあるから、それを使おうかな。

 そうして私の最愛の人の為に考え巡らせることが、何よりも幸福に思う。
 今までは彼女のそばにいられればそれだけで良かったというのに、昔の私には不要だった知識をたくさん付けている。
 人は時に思わぬ変化をするものだ。

 他人事のように思いながら、私は慣れた手つきで彼女の髪を結い始めた。



 ーーーーーー



 支度を済ませ、外へ出る。

 さすがに私も軽装のままとはいかず、いつもの革手袋と首を隠すように襟元が立っている黒のコートを身に纏っている。

 大粒の雪は降り続けていて、すでに道にはうっすらと積もり始めて来ている。
 呼吸の息すら白く、外気温がどれだけ低いかは明白だった。
 寒さに弱いアビーを心配し、隣に並び立つ彼女へ視線を向けると彼女は空を見上げて嬉しそうな顔をしている。

 私が整えた赤い髪に、大粒の雪が降りている。
 それはまるで彼女の髪を飾る宝石の様に見え、常ならば煩わしく思うはずの雪も良いものだと感じる。


「すごいですね、雪!」
「…ああ、綺麗だね」
「アラン様の髪に雪が…」
「さすがに傘をさそうか」
「…ふふ、なんだか雪が髪を装飾をしているみたいで素敵ですね」
「……」


 私を見て笑う彼女が、私と同じように考えていた事を告げられて息が詰まりそうになる。
 外気は冷えているはずなのに、顔面に熱が集まっていくのが分かる。
 口元を手で覆い、視線を泳がせる。
 そんな私にアビーは、遊ぶおもちゃを見つけた子猫のようにワクワクとさせた顔をしている。
 照れているのがバレている証拠だ。


「…アラン様?」
「いや、その……私も同じ事を考えていたから…」
「…あ、そ…そうなん、ですね」
「うん…」


 “同じ事”
 そう告げると瞬時に彼女は理解して、顔をリンゴのように真っ赤にさせている。
 相変わらず私は彼女に褒められることに慣れない。けれど、同じ事を私にも思っていてくれたことが…素直に嬉しくて崩れそうになるのを耐える。
 戦闘中ですら、手傷を負っても膝をつくようなことなどなかったというのに。


「ア、アラン様!」
「…なにかな?」
「まずは腹拵えしましょう!」
「……ふふ、そうだね。腹が減ってはなんとやらだね」


 事実、彼女は感謝祭の為に立ち並ぶ出店を心待ちにしていたし、その為に朝食も取らずお腹を空かせている。
 けれどそれより、このやりとりをする事が私とアビーの中で気持ちをリセットする為の合言葉のようになっていた。

 最初にこのやりとりをした時、君はまだ私をとても警戒していただろうし、私も君に選ばれたくてあんなに必死だったというのにね。
 その変化を嬉しく思いつつ、私の手を引いて歩き出す彼女の後ろ姿に体が暖かくなるのを感じていた。




「アラン様!お肉!あそこの串焼き食べましょう!」
「すっかりお気に入りだね」
「はい!ここが一番好きです!」


 祭りのため普段よりも多くの出店が商業地区に並んでいる。
 アビーは興奮気味に歩きながら早速、一品目を見つけたようだ。
 それは私と共に食べた最初の品で、こうして食べ歩きをすると彼女は必ず選ぶほど気に入ってくれている。
 アビーが好きだということももちろんあるんだろうが、私が肉が好きだということも考えていてくれているんだろう。本当に優しい人だ。

 傘を持つ私の代わりにすっかり顔馴染みになった店主とやりとりをして、串焼きを受け取る。
 常より寒く外気に晒された串焼きは、ほこほこと大きく湯気を立たせている。
 ふーふーと片方の粗熱を取るように丁寧に冷まし、それを差し出される。
 …恐らく、私が猫舌なのを考慮してくれているな。猫舌なのを告げた事はないのだけれど、彼女にはお見通しのようだ。


「アラン様、どうぞ?」
「ありがとう…いただきます」


 片手が傘で塞がっているのを良いことに、差し出された串焼きに身を屈めてかぶりつく。
 熱い…が彼女のおかげでかなり食べやすい温度になっており、口の中に広がる肉汁に舌鼓を打つ。

 きっと彼女は私に受け取ってもらう為に差し出した。まさかそのまま食べるとは思ってもいなかっただろうから、想定していなかった私の行動に彼女がどんな反応をするかが楽しみだな。


「うん、美味しいね」
「じ、じぶんで、もってください…」


 ああ、やっぱり照れてる。可愛い。
 私に食事を食べさせる行為は、どうやら彼女の欲を刺激するようだ。
 無意識に彼女は自分よりも私を上に置いてしまうところがあるから、食事を食べさせる行為を今だにあまりしてくれない。
 きっと支配か独占か管理か…またはその全てに該当する感覚が芽生えるのを自覚するからだろう。

 それでも分かって欲しくて、悪戯心に火がついてしまう。
 私が君に同じように想ってしまうように、君も私に想ってくれたら…と願わずにはいられないから。


「それにしても冷えますね。あ…アラン様、少し待っててください」
「…?分かったよ」


 いつのまにかペロリと串焼きを平らげたアビーが、周囲を見回して何かに気がつくとそう言い残して少し離れた店に向かって行ってしまった。
 雪もまだ降り続けているというのに、人混みを一生懸命にかき分けて行く彼女を視線で追う。
 私がまだ食べているから、気を遣ってくれているのは大変嬉しいものの…やはりこの賑やかな場所で彼女が一人で行動することに心配せずには居られない。

 さっさと食べ終えようと考えて、まだ手にある串焼きを食べ終えてすぐに彼女が両手に一つずつコップを持って戻ってくる。
 ああ良かった。


「ホットワイン買ってきました。温まりますよ」


 差し出された木製のコップを受け取るように促される。
 彼女から受け取ったホットワインは、スパイスとフルーツの香りを芳醇に漂わせている。
 温まりますよ、と差し出されたそれにほんの一瞬、躊躇う。
 これまでアルコールを摂取するような状況に自分の身を投じることが無く、端的に言えば飲み慣れていないのだ。
 けれど彼女の純粋な好意は、私の躊躇いを刹那の間にかき消すには十分だった。


「…いただくよ」
「はい!」


 口元に運ぶと鼻腔を掠めるアルコールの独特な香り。手袋越しに伝わるホットワインの温度は確かに温かく、体を温めるには十分そうだ。
 匂いからしてシナモンやジンジャーなど体を温める作用のあるスパイスが他にも数種類入っているな。柑橘類のスライスと…カットされた桃。なるほど客層を女性にしているんだな。

 口をつけ、少量口内に含む。
 この渋みは赤ワインのものだろうか?実に興味深い味ではあるが、喉を通るアルコールの刺激。
 喉を通った直後から体にじんわりと広がる熱に、そこはかとない違和感を感じる。
 …………控えめに言って好みではない。
 とはいえど、せっかく彼女が買ってきてくれたものだから少しずつでも飲むか。


「……体、暖まりました?」


 アビーは人の変化にとても敏感だ。
 なるべく気付かれないようにしてはいたのだが、私の“変化”にも恐らく気付いてしまったようだ。
 それでも私の選択に介入しない。私が君に変な気を遣わないように心がけた、そっと優しい問いかけに思わず笑顔が綻んでしまう。

 この手にあるホットワインよりも、君のそんな優しさに私の心は暖められているんだよ。

 道ゆくに人の視線を遮り、二人だけの空間を作るようにさしている傘を傾ける。
 降りた影の中で、私はそっと彼女の頬に口付けを落とす。


「…愛してるよ、アビー」
「…っ!」


 口にせずにはいられない想いを囁いて、身を離すと同時に傘を元の位置に戻す。
 何事もなかったように微笑んで見せると、彼女の顔はたちまち熟れた果実のように真っ赤に染まる。
 その真赤の頬にかぶり付いたら、どれほど甘露であろうか。今すぐに街を出歩くのをやめ、彼女の隅々まで味わい尽くしてしまいたくなる。

 今までだって彼女のこととなればどうにも抑えが利かなくなる傾向はあった。
 けれどそれは不安と焦燥に苛まれていたからで、今はそういった種類の感情に駆り立てられることはない。
 それなのに私の心は、以前よりもどんどんと抑えが利かなくなっている。常に彼女の望むものを与え、ぐずぐずに甘やかして、愛したいと考えてしまうのだ。
 自らに起きている変化の良し悪しなど、どうでもいい。湧き立つこのどうしようもない欲を全て曝け出して、君が愛される資格のある人だと証明したくてたまらない。

 …ああでも、君は今日を楽しみにしていたから。台無しにすることなど私には出来ない。

 熱に浮かされた思考をすぐさま現実に呼び戻し、彼女の手を取り指を絡ませて握る。


「私はとても空腹だから、付き合ってもらえるかな?」
「が…がんばります…」


 空腹。それは単に食事の意味か、それとも……いやどちらもだな。
 照れながら答える彼女がどう捉えたかはわからないけれど、後者であれば嬉しい。
 欲と理性に揺れる己の思考は、普段なら辟易しているはずだ。
 なのに私はその揺れが妙に楽しく思え、常より軽い足取りで次の出店を探すためにゆっくりと歩き出した。



 ーーーーーー



 あれほど降っていた雪もすっかり止んだ感謝祭の終わり。街の中心には大きな篝火が焚かれる。
 その火の周りで想いを交わすのが、この街では当たり前の行事…らしい。

 炎に照らされた彼女は、その光景に瞳を輝かせて見ている。
 …美しい光景だと、思った。

 それと同時に頭の奥が鈍く脈打っている。アビーの為に回したい思考を、一瞬でも遅らせるその感覚。
 あれほど軽かったはずの足取りが少し重い。
 見慣れているはずの火の明かりがいやに眩しい。

 立ち尽くしている私にアビーが振り向いて、目が合う。たとえ影になっても鮮明にわかる彼女の冴え冴えとした緑の瞳。
 私の瞳を通し、体内まで覗き見るように探る視線に気付いた頃には、すでに彼女に手を引かれていた。


「少し疲れてしまったので、座って休みませんか?」
「…もちろん」


 そう告げながら篝火の周囲に設置されているベンチに並んで腰を下ろす。
 私の機微に彼女が察して気を遣ってくれる。
 自分の楽しみややりたいことをどこかへ放り投げてでも、私を見て寄り添ってくれようとすることが……私にとって、彼女に選ばれている“証”になる。
 その“証”は私の体を覆うほどの大きさを持ちながら、体内にしかつけられない焼印のように…しっかりと私に刻み込まれていくのを感じる。
 体内がじくじくと焼けるような感覚は、頭を支配していた鈍い脈を払拭するには十分すぎるほどの特効薬だった。

 目の前にある篝火に、視線を向けたまま足を休めるアビーを視界の端でとらえながら、私も炎のゆらめきを見る。
 周囲で踊る恋人たちは、身を寄せて、静かに優しく踊っている。
 篝火のせいか、それとも周囲の者たちのせいか分からないが、その熱がしっかりとこちらにも伝わってくる。

 だが、それはただの熱だ。
 私にとっての暖かさは、多くを語らずにただそばにいてくれるアビーがもたらしてくれている。
 私が語れば、同じだけ語り。
 私が口を閉ざせば、彼女も閉ざしてくれる。
 私たちにとって必要なものが、言葉で示すだけではないと…彼女は黙して是とする。

 君に伝えるこの想いが、この世界にあるどんな言語を用いても十分に伝えることが出来ないのが、こんなにも歯痒い。


「今日は、アラン様と一緒に見て回れて…とっても嬉しかったです」


 こちらを向いてそう告げる彼女が柔らかく微笑んでいる。炎に照らされる彼女の赤毛は常より鮮烈に私の視界に焼きつく。
 くらりと目眩のような感覚がするのは、眼前の光景に酔っているんだろう。
 “一緒に”という言葉が、どれほど私にとって心を掻き乱す要因になり得るか…君は知っているだろうか?


「こちらこそありがとう、アビー。こんなに楽しいと思えたのは、君のおかげだよ」


 ベンチについた彼女の手に優しく己の手を重ねて、俯きながら少しだけ身を寄せる。
 それは決して彼女に触れない距離ではあるが、自分の行動が何を示しているのかはきっと伝わるだろう。
 そんなことを考えている間に、すぐに私に応えるように彼女も身を寄せ、私の肩に凭れかかる。少し子供じみた私の願いをすぐさま叶えてくれた彼女は、目を閉じて静かに告げる。


「来年も、再来年も…また一緒に来ましょう」


 珍しく彼女から提示された約束に、私は目を見開いた。
 彼女がこれからも私を選び続けてくれるという確約と等しい言葉に、常よりもずっと強い力で胸を締め付けられる。
 その圧迫感は、私の中で今までにないほど大きな幸福。


 ——胸が張り裂けてしまいそうだ


 過去よりも強く抱くその錯覚に半分だけ意識を酩酊させながら、今一度瞳を閉じた。


「ああ…約束だよ、アビー」
「はい。約束です、アラン様」






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