太陽を愛した狼

カナメ

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番外編

聖女ルミアの画策

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 ※時系列的には、第2章の1話より少し前くらいです。







 王都の大聖堂の中は、ステンドグラスから差し込む光で眩いほどの光に包まれている。
 この世界の主神とされる石像に、日課となっている祈りをルミアは捧げていた。

 祝祷に雑念は不要である。ただ人々の生活の安寧を神に祈り、また神の御恵みに感謝を捧げる。もう何年も続けて来たルミアにとって、息をするように自然で欠かせないものだ。


 (……なぜですの)


 神へ傅き、手を合わせ祈るルミアは眉根を顰める。
 胸中にある例えようのない不安が、ここ数日続いているからだった。明確に原因があれば言葉にして神に伝えることも出来るが、それすら叶わない。どれほど熱心に祈っても、この胸にかかるモヤが晴れない。

 だが、ルミアは一つだけ確信があった。


 (この不安を、無視してはいけませんわ)


 ルミアは合わせる手の力を込めて、思考を巡らせる。
 レオニスの事で気がかりがあるとは思えなかった。むしろ彼は視察から戻ってからというもの、いつも通りに兄である第一王子の政務に助力している。唯一変わったことといえば、女遊びをすっかりやめたくらいだろうか。
 だが、レオニスの顔は驚くほど清々しかった。
 アビゲイルへ固執は確実に彼が終わらせたからだろう。
 騎士団と一丸となり、王都周辺の魔物発生の問題などに尽力する今の彼の姿は『黄金の麗剣』にふさわしい。


 (ならば、問題はないはず)


 そう考えて、祈る姿勢をやめて立ち上がる。
 主神の像を見上げると、差し込む光が後光のように照らしている。


 ——その時、一羽の鴉が鳴いた。


 (鴉……黒…アラスターさん…?)


 すんなりとアラスターに結びついた自身の思考回路に、自分で驚く。
 そもそもこの大聖堂に、何故かカラスは寄りつかない。今まで一度たりとて祈りの最中に、その声を聞いた事はない。一体カラスはどこから来たのだろう。
 そして何故、彼のことを考えたのだろうか。

 浮かぶ疑問とは裏腹に、複雑に絡まったような不安の感情が少しずつ形になり…形を明確に認識し始めるような感覚。


 (きっと、偶然ではありませんわ)


 像見ていた目を閉じ、深く深く集中する。

 何かを見落としているだろうか。
 視察を終えた後のアラスターは、アビゲイルと何かしら進展があって心境の変化があったように見えた。その変化の善悪を測るほど、行動や表情にはなんの兆候もなかったのは…実に紳士という仮面を張り付ける彼らしい振る舞いである。
 それが余計に判断しかねる。


 (ならば、悪い変化であったと仮定すれば…?)


 アラスターは、アビゲイルと共にいられることを幸福に感じているだろう。そこに悪い作用が働くとするならば…おそらく、強烈なまでの依存ではないだろうか。
 現状、すでに執着や依存をしているというのにそれに拍車がかかるとどうなるか?
 元々、アラスターの世界にはアビゲイルしか存在していない。故に彼女を繋ぐ何かが揺らいだとき、暴発の恐れがあるのではないか。

 アビゲイルと会えない時間に苦しみ、自身を歯車として扱う社会を“敵”と見做すのでは?

 彼女を縛る全てを。
 彼女の心を害する全てを。
 その可能性があるもの全てを。


 ——“敵”は、排除


 その思考に至り、ルミアは身震いをした。
 同時にレオニスとの手合わせで見せた、アラスターの圧倒的な強さを思い出す。

 竜を屠った…勇者の『光刃』でさえ止まらない男を、一体誰が止められるというのか。

 アラスターにとって二度目はない。
 一度見せた攻撃は通用しない。もう二度と『光刃』をその身で受ける事はなくなる。
 レオニスが今よりももっと力を手にするか、勇者を凌ぐ強者が現れない限り…いや、そう都合よく現れるはずもない。
 これは、誰にもアラスターを止める事が不可能である証明だ。


 (胸騒ぎが強くなりましたわ)


 これはあくまでも仮説の域を出ない。
 だが、もしそうなってしまったら?
 可能性が少しでもあって、この予感が現実のものとなったら?

 ルミアはそう思うと目を開き、踵を返して歩き出す。

 杞憂であればいい。
 その場合は自身がただの心配性であっただけのことだ。なんにせよ、このまま何もしないでいるわけにはいかなくなった。
 まずは二人の現在の様子をこの目で確認しなくてはならない。

 アビゲイルとは視察後に文通をする仲ではあるが、彼女はその文に幼少期の記憶を失っていること、そしてその記憶の中にはアラスターも存在していることを綴っていた。


 (罪悪感は、蓄積すればやがて心を蝕むものですもの)


 手始めに二人をこの王都に招く。
 しかしこれはあくまでも「アビゲイルを招く」という体裁を取らなくては、アラスターに気取られてしまう。
 商人の護衛をアラスターに依頼し、折よくルミアがアビゲイルを招いている…これが一番スムーズそうだ。アビゲイルが願えば、アラスターが叶えるのは想像に容易い。
 あとはアラスターにルミアが“敵”ではないと認識させる必要があるが、これもアビゲイルに上手く取り計らってもらう事は可能だ。

 思考をフル回転させながら、ルミアは足早に大聖堂を歩く。
 少々強引ではあるものの、レオニスにそれとなく協力してもらえるように話を通しておこう。そう考え、そばで控えていた従者に馬車を用意するように告げる。


 (わたくしは、ただきっかけを作る。
 そして少しだけ背中を押す。
 …大丈夫ですわ、何度もそうして来たのですもの)


 歩きながらルミアは決心した眼差しで、前を見据えた。
 すっかり物思いに耽り、どれほど時が経ったか分からない大聖堂の中。
 外界へと繋がる立派な両開きのドアが見える。
 ルミアはその先に広がる光景が、どんな色を纏っているかを不安に感じていた。



 ーーーーーー



「お忙しい中申し訳ありませんわ、レオニス様」
「珍しいね。君が“至急”と言って僕を呼ぶなんて」


 王城のレオニスの私室で、ソファに腰を下ろすルミア。
 出された紅茶を嗜むその手が僅かに震えており、レオニスは只事ではないのだろうと彼女の対面に位置するソファに腰を下ろした。

 いまだかつてここまで冷静を装いながらも僅かに取り乱すルミアを、レオニスは見たことがなかった。

 ルミアには天啓と呼んでも差し支えないほどの、予知に似た何かを持っている。
 だがそれは未来予知と呼ぶには曖昧過ぎ、ただの虫の知らせにしては正確すぎるのだ。

 レオニスには、昨日のことのように思い出せる。ルミアはある日、淡々と告げた。


 ——東方には、湯治で有名な場所があるらしいので行ってみたいのですわ


 ルミアのわがままを聞き、騎士団を連れて東方に赴くと、その付近で竜が災いをもたらそうとしていた最中であった。
 そしてその『竜殺し』はレオニスにとってもっとも大きな武勲となって人々に賞賛を得ることとなった。


 (その時ですらこれほど焦った様子はなかったのに)


 レオニスはどんな言葉がルミアから告げられるのかと、意を決していた。


「アビゲイルさんと二人きりでお茶がしたいのですけれど」

「………なんだって?」
「ですから。わたくしアビゲイルさんとお茶がしたいのですわ」


 そう語るルミアの顔は至って真剣であった。

 勿論、そんなことでルミアが“至急”などと言ってレオニスに時間を取らせるはずもない。
 アビゲイルに彼女が危惧するほどの要因があるとも思えないレオニスは、早々に合点が行く。


 (アラスターか…)


 ふむ。とレオニスは少し考えるような仕草をしながら、座る足を組み替える。

 アビゲイルではなく、アラスターを危惧している…と考えればルミアの取り乱す様も理解できる。アラスターという男は、それほどにさまざまな要素を持ち過ぎているのだ。


「ルミア、君の“計画”を聞こうか」
「もちろんですわ」


 一度拍子抜けしてしまっていた顔を引き締めて、レオニスもティーカップに手を伸ばし口を付ける。

 よく思い出すと『竜殺し』の時も、ルミアは湯治に勇者や聖女…そして騎士団を伴う理由を理路整然と語っていた。
 ただアビゲイルとお茶がしたいという願望を、今回はどのように正論や理屈で肉付けて語るのか。

 レオニスは楽しみにしながら、紅茶に舌鼓を打った。




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