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番外編
if 魔王は王座に座らない
しおりを挟むこれは、もしも…のお話です。
アラスターとアビーが、第1章でレオニスとルミアと出会わなかった世界線の…短いお話になります。
【1 黒狼の円舞曲】
紡がれた運命の糸。
鮮やかで様々な色で織り上げられる世界。
けれどこれは…明けの明星と月が、狼と邂逅することのなかった世界。
黒い糸が、他の糸を侵蝕していく世界。
己にとって唯一無二の赤を守る為に。
ーーーーーー
始まりは些細だったように思う。
アラスターは自らの手の中でもがく、目の前の一人の女をただじっと見ていた。
長い亜麻色の髪が揺れている。けれどそれはあの人の色ではない。なら必要がない。
比較的、自身の経験上でもかなり強い力で首を握っているというのに目の前の女は抵抗を続けている。想定していたよりとずっとしぶとい。
暗器などの類の武器を持っていないことは把握している。
元冒険者のこの女は、多少の攻撃魔法が使えるから必要ないとたかを括っていたに違いない。
愚かな事だ。魔法を詠唱するための喉を封じられれば、抵抗すら敵わないというのに。
微かに漏れ出る息と共に詠唱の単語が聞こえ、更に手を力を強める。
そもそもこの状況下で魔法を放ったところで、アラスターにはなんの障害にもならないことを彼女とて理解しているはず。
「君には、手を焼かされたからね」
自身の最愛の人への行動を悉く妨害してくるこの女狐は、以前から忌々しいことこの上なかった。この女のせいでまた彼女に触れられない時間が出来た。許し難い。
女の細い首など、へし折るのは容易だ。
けれどこれまでされてきた妨害に辟易としていたので、すぐに楽にしてやるつもりは毛頭ない。
「可能な限り苦しんで欲しいよ。私も彼女に触れられなくて、とても苦しかったから」
徐々に手の力を強める。
死の間際だというのに涙を浮かべ、アラスターを睨みつける女がその手を解こうとまだ抵抗している。
その瞳に、裏切りと確信と侮蔑と哀れみが宿っているのを見て、体の内から湧き上がる焼かれるような感覚に目を見開いた。
被害者ぶる目の前の女が気に入らない。
自身が正しいと信じて疑わない目が、私が間違っていると確信しているその目が気に入らない。
私は今まで間違わないように選んできた。
だから君の妨害も許容してきた。
けれど君の妨害は助長するばかりで、私は何よりも大切な最愛の彼女との時間をすり減らす。
その選択を間違いだと思わせた、君が悪い。
私は今まで通り間違わない。
彼女との時間を減らす可能性があるものを排除する。
彼女が傷付く可能性のあるものを排除する。
彼女が脅かされるありとあらゆる可能性を排除して、排除して、排除する。
(私が“被害者”なんだよ、加害者)
——ゴキン
くぐもった骨の折れる音にはっとして、アラスターは目の前の女を見る。
力なくぷらりと手が垂れ下がり、涙に濡れた瞳が虚ろでもう二度と誰かを見ることはない。
先ほどまでの抵抗はなくなり、今度は煩わしいまでに重くなった女の首からアラスターは手を離した。
「うっかりして、すぐ殺してしまったよ。嘘をついてしまってすまないね」
ぐしゃりと道端に転がった体に微笑みかけながら、アラスターは歩き出し《不可視化》を使用して路地裏を出る。
静かで穏やかな太陽の眠る時間。
早く夜が明けないものかとアラスターは恋焦がれて、軽い足取りで歩を進める。
(次に障害になるのは…おそらくダンカンだな)
そう考え、アラスターは《加速》と《消音》のスキルを発動させて駆け出した。
頭上でカラスが哭いていた。
【2 太陽の守護者】
「アラン様、食糧が少し心許なくなってきたのですが…」
「ああ、そろそろかなと思っていたからね。今日は外へ出てくるよ」
石造りの鈍色に包まれた室内。
カーテンや窓を閉めきり、ソファで本を読む彼女の隣に座るのはいつだって心地が良い。
その手にある本は先日私が外から持ち込んだ本だ。気に入ってくれたようで、読み進めるペースが早い。
隣に座る彼女を抱き寄せ、頭部に口付けを落とす。その度に彼女は照れくさそうに笑って、私の心をくすぐる。
私は君さえ居てくれればそれで良い。
ソファから立ち上がり、暖炉に焚べられた木を足して部屋を出る。
現在、二人で暮らしているこの古城がある辺りは大陸の最北端に位置しているため、寒さが厳しい。
寒いのに弱い彼女の為に拠点を移し替えたいところではあるが、中々良い場所が見繕えない。
病が蔓延し争いが絶えない為、外は危険だから出ないようにと出来るだけ念入りにアビーには伝えている。
だから、律儀に私の言いつけを守る彼女は、知らない。
城の外を出て、少し離れた場所。
幾人もの冒険者たちが待ち構えていた。
「出てきやがったな!厄災の黒狼!」
「お前を討伐して、世界に平和を戻す!」
「…はぁ。懲りないな、“冒険者たち”は」
私が、世界を敵に回していることを。
始まりは些細だったように思う。
彼女との時間を妨害しうる存在をひとつ、またひとつと手折っていた頃だ。
証拠を残さなかったのは、やはり悪手だった。
証拠が一切無いからこそ、私だと気付かれた。
それから直ぐに、なるべく穏便にアビーをここまで連れてきた。
そうすればもう誰も私の邪魔をしないと思っていたから。
けれどやはり人間というのは合理的では無い。私が手折る数を増やせば増やすほど、私に立ち向かってくる者の数は増えた。
だが、蟻がいくつ集まろうが蟻に過ぎない。
踏み潰すのだって、労力がいるのだと溜め息をつきながら私は城の外を見回した。
仕留め損なった者はいない。
新しい骸や、古い骸で積み上がった辺りを見回しながら死んだふりをしている者が居ないか念入りに確認する。
以前は、それで一人逃した。
追うほど興味も危険も感じないのだが、また新たな手勢を呼ばれても厄介なのだ。
ふと背後に視線を感じ、振り返る。
瞬間、至近距離に白い女が現れ、反射的に距離を取る為に後ろへ飛び退く。
ローブのような白い服。
引き摺るほど長い白銀の髪。
恐ろしいほど冴え冴えとしたサファイアの瞳。
気配の感知も行っていた。
警戒を解いたつもりもない。
それでもこの奇妙な女は、平然と私の背後を取った。
「……新手か?」
警戒をより高める。
私の知らない術で、背後を取ったのか…それとも私が気付けないほどこの女の能力が高いのか。
「……」
白銀の女は、ただじっと私を見ている。
ただ立ち尽くして、こちらを見ていた。
戦意は無さそうだ。
ならば、何故、ここに。
「お前は、そう成ったのだな」
それだけ告げて、白銀の女は身を翻して歩き出す。
わけが分からない。
白銀の女…
そういえば、昔読んだ文献に付近の大森林を管理する「白銀の賢女」がいるという記述を読んだことがあったな。
…だとしても、関係ないな。
私は森を害した覚えはない。
白銀の賢女だったとして、何かをされる道理はない。
警戒態勢を解いて、付近の骸に火をつける。
死体が腐って虫が湧いたり、匂いが蔓延したらたまらない。それにアビーが病気などにかかる可能性もある。燃やすのが一番手っ取り早いのだ。
いつもの習慣となった作業を終え、食糧調達の為に『加速』を使って走る。
面倒だがいつものように変装をしておくか。
道すがら、服も着替えなくては。
【3 魔王は王座に座らない】
かつてこの世界に
剣より速く
祈りより深い
影があったという
人でありながら
人の世に背を向け
夜を選び
牙を選んだ者
王を名乗らず
冠も望まず
ただ古城に棲み
侵す者を拒んだ
人は彼を
災厄の黒狼と呼び
王座なき魔王と呼んだ
⸻
城へ向かった冒険者は
剣を携え
正義を掲げ
帰らなかった
城へ向かった者の数だけ
夜が増え
名が消え
誰かの祈りが減った
それでも狼は
城を出なかった
国を欲しがらなかった
彼が守っていたものが
世界ではなかったからだ
⸻
やがて神は動き
勇者に力を
聖女に光を授けた
祝福された剣は夜を裂き
祈りは影を縫い止め
黒狼は討たれた
人々は歌った
世界は救われたと
夜は終わったと
――そう、歌われている
⸻
だが
黒狼が倒れたその城に
王座はなかった
血に染まる玉座も
魔王の椅子も
支配の証も
ただ
誰かが暮らしていた痕と
灯りの消えない部屋が
残されていた
⸻
赤い髪の女がいた
――そう囁く者もいる
狼が倒れた夜
彼女は泣かなかった
叫ばなかった
助けを求めなかった
ただ
名を呼ぶでもなく
夜を数え
隣に誰かがいるように
空白へ語りかけていた
⸻
黒狼は死して
真の魔王となったという
だが王座には
最後まで
座らなかった
世界を壊した理由も
剣を振るった意味も
すべて
たった一人のためだったからだ
⸻
今も古城の灯りは
夜にともる
誰もいないはずの部屋で
誰かと話す声が
聞こえるという
それが幻か
呪いか
祈りかは
誰も知らない
⸻
魔王は王座に座らない
座る理由が
もう
どこにも
ないからだ
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アラスターの一途な想いが今後報われるのかどうか、ぜひ見届けていただければ幸いですm(>_<)m