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本編 第二章 【王都編】
二人の小夜曲
しおりを挟む「一曲、いかがかしら?」
声をかけられたのは、これで何度目か。
淡い色のドレス、花を模した仮面、完璧な微笑み。
先ほど声をかけて来た女性と何が違うのか、わからない。
私は、静かに首を横に振る。
「遠慮しておくよ」
それだけで、理由は告げない。
相手も察して、すぐに身を引いた。
(……やはり、目立つな)
自分が、ではない。
彼女がだ。
会場に入ってから、何度も空気が揺れた。
囁き、視線、ざわめき。
すべてが、赤い髪の女性へと集まっていく。
夜鴉の仮面の奥で、金色の瞳を細める。
見も知らぬ男と踊る彼女。
その首に、私が贈ったチョーカーはない。
社交の場では不要だからと、ルミアが外させたな。
慣れない足取りだが、きちんと主導権を相手に委ね、軽やかでしなやか。
こうした貴族たちの社交の場では、彼女のように芯があり、純粋で真っ直ぐな方が男は虜になりやすい。
自尊心を満たされ、庇護欲に駆られるから。
本当なら誰とも踊って欲しくなどない。
例え、一度目が遊びだとしても。
君が今夜初めて選ぶ、二度目のダンスに選ばれたい。
ーーーーーー
彼女を信じて待つと決めた。
けれどどうしても、焼きつくような鮮烈な赤に私は目が逸らせないでいた。
そこにレオニスが、彼女に誘いをかける。
奴の行動は容易に想像できていたが、私に見せつけるように頬や手の甲へ親愛の証とはいえ口付けをして見せたのは中々頭に来た。
間違いなく、意図的にやっている。
子供じみた仕返しだ。
視察の時に私がやつに見せつけたりしたからだろうな。
さすがに耐えられなくなり、つかつかと足早に歩きバルコニーへ出る。
会場の中の熱気とは真逆に、夜の冷気を纏った風が吹き抜ける。
自分がどうしようもないほど、堪え性のない男だと再確認して溜め息を漏らす。
彼女を信じて待つと、決めたばかりだと言うのに。
彼女は楽しんでいるだろうか。
無理はしていないだろうか。
手すりに肘をかけて、景色を見る。
王都の街を彩る小さな灯りが、淡く揺れている。
きっと彼女ならこの景色見て、綺麗だと言うのだろうな。隣で微笑む彼女と見る景色なら、私にはどんなものでも良く見えるんだ。
待つと決めた。
けれどこの時間が、もどかしくてたまらない。
早く君を抱きしめて、君の名前が呼べたら良いのに。
——カチャ
ふと、背後から窓が開く音がする。
しまった。
どこかの令嬢に、バルコニーへ出るのを見られていたか?
それともレオニスか?
緩んでいた顔を引き締めて、気付いていないフリをする。これで余程の用件がなければ、令嬢なら引き下がるだろう。
「星が、綺麗ですね」
目を見開く。
私はその声を良く知っている。
鈴が転がるように愛らしいのに、芯のある声。
私はゆっくりと振り向いて、恋焦がれた赤をようやく近くで見る。
「君と見ると、より綺麗に見えるよ」
そうして微笑むと、彼女はくすくすと笑う。
仮面で顔の全ては確認できない。
けれど君が今、困ったように笑っているのが手に取るように分かる。
こほんと小さく咳払いをし、姿勢を正す彼女がゆっくりと手の甲を上にして差し出す。
「夜鴉の人…私の黒。
鈴蘭を貴方の世界に飾っては頂けませんか?」
それは、私が願って止まない言葉。
私が一番聞きたかった選択。
体の内側が震える。
視界に映る赤が、私の心にかかった霧を一気に晴らしていく。
向かい合い、膝をついて傅く。
差し出された手を取り、口付ける。
「鈴蘭の君…私の太陽。
鈴蘭だけの花瓶を
夜鴉はずっと大切に持っていたよ」
そう答える。
私の答えはとうの昔から変わらない。
だが、彼女がこれほど明確に私を選ぶ言葉をかけてくれた事がなかったから。
頬に伝う、一筋の感触。
私はこれを知らない。
汗ではない。
わからない。
混乱し、慌てて拭おうとする。
けれどそれを阻むように、身を屈めて私の頬を両手で捉えた彼女が私の唇を塞いだ。
柔らかくて、暖かい口付け。
ゆっくりと離れ、時折カチカチと仮面がぶつかっている。
萌葱の瞳が宝石のように煌めいて、真っ直ぐに私を見ている。
「…私と、踊っていただけますか?」
「光栄だよ」
ーーーーーー
その夜。
一度も誘いを受けなかった夜鴉と
一度目の誘いしか受けなかった鈴蘭が
立て続けに二度、踊る光景を
その場に居た全員が、見ていた。
まるで最初から決まっていたことのように。
この場にいる誰にも見せたことのない表情と、羽根のように軽やかな足取りで。
ただ二人の小夜曲を
見届けるように。焼き付けるように。
観客たちは、ただ見入っていた。
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