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本編 第二章 【王都編】
鈴蘭は微笑む
しおりを挟む仮面舞踏会の夜は、常よりも空気が重い。
甘い香と絹擦れの音、囁き合う声が幾重にも折り重なって、巨大な生き物の腹の中にいるような錯覚を覚える。
金獅子の仮面を指で確かめながら、僕は会場を見渡した。
様々な色で飾りつけた人々は皆、笑顔の裏で互いを値踏みしている。
その中で、一人だけ異質な存在がいる。
黒と金を纏い、夜鴉の仮面をつけた男。僕の隣の壁際に立ち、誰とも言葉を交わさず、それでいて孤立しているわけでもない。
僕の金獅子の仮面、白と金の服。
彼の夜鴉の仮面、黒と金の服。
意図して対象的に作らせたとあって、周囲からの無数の視線はひしひしと伝わってきていた。
仮面をしようとも、僕たちの正体など知られている。ならばそれを逆手に取り『勇者』と『一匹狼』が同じ場所に立っていることを知らしめられれば良い。
そんな僕の政治的配慮などお構いなしに、アラスターはただ静かに、入口の方角へ視線を向けている。
焦りも、苛立ちもなく、ただ“待って”いる。
実に従順なことだ。
先日の魔物の討伐の件もあり、なぜだか彼を不出来な弟のように思えて、小さく笑った。
この仮面舞踏会には、三つの約束事がある。
ひとつ、名を名乗らないこと。
身分も過去も、この夜には不要だ。
ふたつ、一度目のダンスは遊びだ。
社交のため、交流のため、気まぐれのため
好きに踊ればいい。
だが三つ目だけは違う。
二度目のダンスは、その相手に本気であることを示す、唯一の証明だ。
これを今回参加することになったアラスターにもアビゲイル嬢にも事前に徹底して伝えている。
アラスターは…まあ心配ないだろうが、問題はアビゲイル嬢だな。彼女はあれで結構抜けているところがある。
とはいえ、ルミアが付いているから心配ないか。
それにしても二人とも遅いな。
自身のポケットに潜ませていた懐中時計を確認する。なぜか落ち着かない心に飲み物でも取ってくるかと一度、アラスターを向く。
「…っ!」
黒い仮面の奥で、金色の瞳が大きく見開かれていた。
次いで、あれだけ騒がしかったはずの会場内が、刹那の間だけ…呼吸を忘れたかのように静寂に包まれ、それはすぐにどよめくような囁き声へと変じた。
何事かとアラスターが見ている視線を追う。
白い鈴蘭の仮面、真赤の長い髪が揺れている。
深紅のドレスに身を包んだ女性。
その隣に立つ、白百合の仮面。
その光景を目にして、僕は思わず息を呑んだ。
そして確信に変わったのだ。
この仮面舞踏会は
彼女が“選ばれる”場ではなく、
彼女が“選ぶ”場であると。
ーーーーーー
仮面の内側で、深呼吸をする。
甘い香りに肺が満ちて、落ち着こうと思っても余計に心がざわめいて仕方ない。
でも不思議と恐怖はなかった。
会場に入ってから、周囲の視線が体にちくちくと刺さって仕方がない。
やっぱり、深紅のドレスは流石に派手じゃなかっただろうか?
会場に着いて、まずは喉を潤しましょうと飲み物を取りに行ったルミア様を壁際で待つ。
当たり前だけど見渡す限り、知らない人ばかり。人の多さに目当ての人は見当たらない。
ふぅ…と少し息を吐くと、私の目の前に手が差し出される。
「美しい鈴蘭の人…どうか一曲、僕と」
青い仮面をつけた人が、丁寧に誘ってくれる。
ルミア様を目で探すと、すでに飲み物を持って少し離れた所で私を見ていた。
目元を隠す白百合の仮面だが、口元は緩く弧を描いて、静かに頷いてくれた。
(大丈夫。これは“遊び”のダンス)
「喜んで」
静かに手を差し出し、指先を重ねて微笑む。
音楽に身を委ね、一歩踏み出す。
足元を気にしすぎない。
隙を見せない。
余裕を持って。
(私は、私の意思でここにいる)
踊りながら、相手の動きが固い事に気がつく。
青い仮面の人は、まだ若そう。もしかしたら私より歳が下かもしれない。
うん、緊張するよね。私も緊張してるから。大丈夫。楽しむのが優先だって、ルミア様も言ってたし。
ぎこちない動きに緩く微笑みかけると、仮面で隠れていない部分を真っ赤にさせている。
きっと素直な人なんだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えながら踊っていると、視界の端に“黒”が映る。
黒と金の夜鴉の仮面。
会場の端、壁際。
(そこに、いたんですね)
ただ静かに、遠目でも分かるほど真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
誰とも踊らず、誰とも会話せず。
胸がじんわりと熱を帯びる。
いけない。
この場では、余裕を持って振る舞うと決めた。だからあの人の視線に、応えてしまったら、崩れてしまう。
意図的に視線を切る。
私の目の前にいる青い仮面の人と、もう一度音楽に身を委ねた。
ーーーーーー
「…ふぅ」
踊り終えては次の相手に誘われ、また踊る。
一度目のダンスを何度も繰り返し、さすがに疲れて息をついたのも束の間。
こちらに歩み寄ってくる男性が見える。
ちょっと…もうずっと踊りっぱなしだから、少し休ませて欲しい。んんんでもどうやって断るべきか。
そう思い悩んでいると、ルミア様が歩み寄って来て私にシャンパングラスを差し出す。
「楽しんでいらっしゃいます?」
「ありがとうございます」
グラスを受け取ると、こちらへ向かって来ていた男性が大人しく離れて行ってくれた。
ルミア様が飲み物を渡してくれたことで、私は休憩中だということを周囲に知らせてくれているんだろう。さすがルミア様。
「今日は貴女が一番ですわね」
「ええ…そんな、嬉しいです」
「ふふ、もっと喜んでくださいまし」
「でもあなたが力を貸してくれたから、私、胸を張れます」
きっと私一人では、ここに立つことすらできなかった。
ルミア様が手を差し伸べてくれて、ダンスを教えてくれて、お化粧もしてくれたおかげなのだ。
目薬のおかげで私はメガネをかけないでいられるし、お化粧の効果で私のそばかすもすっかり消えている。
最初に鏡で自分を見た時なんか、自分だって信じられないほど綺麗にしてもらっていた。
まるで絵本の中のお姫様みたいで、すごく嬉しかったのだ。
素直に感謝を伝えると、ルミア様は口元に指先を添えながらゆるりと笑ってくれた。
「可憐な鈴蘭の人、僕と踊っていただけませんか?」
そうして視界の外から声をかけられて、顔を向ける。そこには胸に手を添え、綺麗な姿勢でこちらを見る金獅子の仮面…レオニス様だった。
一瞬だけ、どよめいた周囲の人々の視線が一手にこちらに集まる。
いくら仮面をしてても、やっぱりみんなレオニス様だって分かってるよね。
ルミア様の事前の話では、この仮面舞踏会はレオニス様が主催。
だからこそこの会場で一番注目されるのは、レオニス様とルミア様…そしてアラスター。
誰もアラスターの事を見たことが無くても、その象徴的な黒髪ですぐに気付かれる。…と話していた。
確かに、私が踊っている最中に何度かチラチラとアラスターがいる方を見たが、時折女性に声をかけられているようだった。
それでも彼が一度たりとて踊っている姿を、この場の全員が誰も見ていない。
——だからこそアビゲイルさんという予想外の注目株が鮮烈になるのですわ!
嬉々として話していたルミア様を思い出してくすりと笑い、私はレオニス様に手を差し出した。
「喜んで、お受けいたします」
そうして歩き出すと、会場に鳴り響く音楽が少し力の入った演奏へと変わる。
主催が踊るダンスだ、それもそうか。
レオニス様のリードは完璧で、私はほとんど彼に身を委ねているだけの状態になる。
改めて、第二王子というのは伊達ではない事を思い知らされる。
「今日は本当に美しいね」
「ありがとうございます」
「ふふふ、気付いてるかい?彼、ものすごく不機嫌そうな顔をしているよ」
「ああもう、そうやってからかうから怒られるんですよ」
そう話すレオニス様に困った顔をしながら笑うけれど、私は極力彼を見ないようにする。
「彼には相当煮え湯を飲まされているからね…これくらいの仕返しは、自業自得だよ」
「ひゃ…」
踊りながら、私の頬に親愛の口付けをして見せる彼は口調とは裏腹にいたずらめいて、楽しそうだった。
私の知らない間に、結構仲良しになってたりするのかも知れない。
一曲踊り終えて、手の甲に口付けを落とされ、レオニス様と別れる。
以前にも彼の過度なスキンシップはあったけれど、前みたいに嫌じゃないのは…なんていうか、レオニス様が私のことを妹みたいに扱っているような気がするからだろうか?
不思議な感覚に首を傾げつつ、チラリと壁際へ視線を向けると…そこにいたはずの黒の存在が居なくなっていた。
あれ、見失ってしまった?どこに行ったんだろう。
慌ててキョロキョロと周囲を見回しながら、ルミア様に聞いてみようかなと戻る。
「少し、踊り疲れたのではありませんこと?」
「…あ、はい、えと…」
「“バルコニー”に行くと、夜風が心地よいですわよ?」
微笑んだまま、私にそう告げるルミア様は明らかに含みを持たせている。
それがなんなのか、私は直ぐに察して一礼する。
「ありがとうございます。少し、休んで来ますね」
「ええ、行ってらっしゃいまし」
深紅のドレスの裾を持って、私は足早にバルコニーに向かった。
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