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1-1.二人の日常
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「撮影、あと三十分は待つみたいです」
マネージャーの須川は王輝にペットボトルのお茶を差し出した。タブレットを見ていた王輝はそれを受け取り、一口飲んだ。冷えたお茶が身体に染み渡る感覚が心地いい。
ドラマ撮影の待ち時間だった。主演女優の前のスケジュールが押しているらしく、まだ来ないため撮影が進まないのだ。撮れるシーンは撮り終わってしまったので、女優待ちになっていた。
幸いに控室は個室だったので、王輝はのんびりと過ごしていた。セリフは頭に入っているから、あとは演じるだけだ。特に難しいシーンではないため、その場に合わせて演じることができるだろうと踏んでいた。
いつもの王輝なら待たされることで不機嫌になっているが、今は違う。この間決まった新規ドラマが楽しみで仕方ないのだ。
新規ドラマはマンガ原作のいわゆる実写化もので、不良マンガの金字塔と言われている作品だった。王輝は大学生時代に読んだことがあった。バイト先のコンビニの狭い休憩室に全巻揃っていたのだ。店長の趣味だったようで、王輝は休憩中に夢中になって読みふけった。
出演が決まったことで、タブレットに全巻ダウンロードして、ここ最近ずっと読み込んでいた。学生時代にもおもしろいと感じたが、今読んでも十分おもしろかった。
一応配役は決まっている。主人公でないが、かなり見せ場がある役で、登場人物の中でも一、二を争うほどの人気キャラクターだった。金髪でベリーショートの刈り上げ、耳と舌にピアスと見た目の派手さに負けず、喧嘩も強い。演じるのが楽しみだったが、実写化は評価が厳しいから、どう演じようかと悩んでいるところもある。
「須川さん、ピアスどうしたらいいと思う?」
部屋を出ていこうとしていた須川に、王輝は尋ねた。
須川は王輝がモデル時代からのマネージャーだ。茶色のセミロング、小柄な体型とおっとりとした顔つき。年齢よりも若く見られると須川はよく言うが、王輝は年齢を知らない。おそらく三十代前半だと読んでいる。
昔は専属ではなかった須川だが、王輝が売れ始めてからは専属になった。最初は女性のマネージャーなんてと不安を感じた王輝だったが、ふたを開けてみると、てきぱきと仕事をし、各所への顔も広く、モデルから俳優まで色んな仕事を取ってきてくれた。それだけでなく変に気を遣ってこず、ダメ出しは毒舌ながらも的確だ。ときには耳が痛いことも言われるが、須川ならと王輝は許している。今では王輝にとって欠かせないパートナーだ。マネージャーとのスキャンダルはよくある話だが、須川は既婚者であるし、王輝のことを近所の野球少年みたいだと評しており、そんな心配はいっさいないと王輝は判断していた。
「そうですね。イメージもあるので、微妙なラインかと思います」
「俺は全然開けてもいいけど、事務所的にはどうか確認して欲しい」
「わかりました。髪はいつも通り染めますか?」
「他の撮影は?」
王輝が尋ねると、須川はタブレットを取り出しスケジュールを確認した。
「うーん……おそらくかぶらないと思いますが…。かぶらないよう調節かけておきます」
「ありがとう。じゃあ染める」
「わかりました。時期になったら美容室予約しておきます」
「あ、あとさ、仕事入れて欲しくない日があって…」
王輝は遼のライブの日に、仕事を入れないように頼んだ。偶然にも午後はオフだったので、オフのままにしておいてくれと伝えた。
「わかりました。あぁ、Bloom Dreamのライブの日ですね」
「え?」
須川の言葉に驚き、王輝は座っていた椅子から立ち上がりかけた。チケットのことを須川に伝えた記憶はなかったからだ。
「先方からメールが届いたので。後日チケットを送付するとのことでした」
「あー、なるほど。そっか…」
ゆっくりと腰かけ、安堵の息を吐いた。遼との関係は須川に内緒にしており、あくまで隣人としての付き合いはあると言うことだけ伝えていた。
「いつのまに仲良くなったんですか?」
「仲良く…?」
「違うんですか?じゃあなんでチケットを?」
「誘われたし、行きたいと思ったから…」
「仲良いじゃないですか。友達ができてよかったですね。王輝さん、全然友達作らないから、仕事が広がらなくて、私ばっかり苦労してるんですよ」
真顔で王輝を責めてくる須川に、観念してハンズアップした。交友関係が広ければ、そこから仕事が舞い込むことはわかっている。けれど、どうにもうまくいかない。努力すればいいのだが、王輝はいまいち交友関係を作り方がわからなかった。
学生時代、王輝の周りには常に男女問わず人がいた。自ら声をかけずとも、向こう側から王輝に話しかけてくれたのだ。その人たちを王輝は友達と思っていたが、向こうはそうではなかった。結局は王輝の顔がいいから、周囲に人が集まってきていただけだったのだ。それに気づいたのはスカウトされたときだった。スカウトされたことを大学の友達に伝えたら、芸能人を紹介してくれと詰め寄られたり、顔がいいだけが取り柄のくせにと悪態をつかれたり、とにかく周りには友達と呼べる人は一人もいなかったと気づかされたのだ。スカウトの噂は広がり、地元や高校時代の友人だと言う人たちから連絡がたくさんきたが、誰一人として顔が思い出せず、結局自分も友達として見ていなかったことを悟った。それ以来、昔の交友関係とは一切縁を切った。
モデルとしてデビューをした王輝だが、顔の良さを武器にするような仕事はしたくないと考えている。それは須川にも伝えてあり、デビュー以降、モデルの仕事以外にも演技の仕事を取ってきてくれたし、様々な舞台に触れる機会も与えてくれた。時にはワークショップや演技のマンツーマンレッスンなど勉強する場を設けてくれた。その甲斐あって、見事俳優としての称号を手に入れ、今に至る。王輝は須川に感謝してもしきれないと常々思っていた。俳優の仕事は苦しいこともあるが、それ以上に楽しさが勝っていた。
「Bloom Dreamとのコネができたら強いですね。あそこは事務所も大きくて、事業展開も広いです。頑張って友達続けてください」
前半の本音と、後半の須川なりのジョークであろう言葉に、王輝は曖昧に頷いた。
セフレ関係は友達に入ると思う?そう尋ねたら須川はどんな反応をするだろうか。王輝は一瞬想像して、つまらないことは想像するものじゃないと頭を振った。タブレットのマンガに意識を集中させる。
次に遼と会えるのは明後日だった。マンガを読みながら、王輝はちょっとしたいたずらを思いついていた。
マネージャーの須川は王輝にペットボトルのお茶を差し出した。タブレットを見ていた王輝はそれを受け取り、一口飲んだ。冷えたお茶が身体に染み渡る感覚が心地いい。
ドラマ撮影の待ち時間だった。主演女優の前のスケジュールが押しているらしく、まだ来ないため撮影が進まないのだ。撮れるシーンは撮り終わってしまったので、女優待ちになっていた。
幸いに控室は個室だったので、王輝はのんびりと過ごしていた。セリフは頭に入っているから、あとは演じるだけだ。特に難しいシーンではないため、その場に合わせて演じることができるだろうと踏んでいた。
いつもの王輝なら待たされることで不機嫌になっているが、今は違う。この間決まった新規ドラマが楽しみで仕方ないのだ。
新規ドラマはマンガ原作のいわゆる実写化もので、不良マンガの金字塔と言われている作品だった。王輝は大学生時代に読んだことがあった。バイト先のコンビニの狭い休憩室に全巻揃っていたのだ。店長の趣味だったようで、王輝は休憩中に夢中になって読みふけった。
出演が決まったことで、タブレットに全巻ダウンロードして、ここ最近ずっと読み込んでいた。学生時代にもおもしろいと感じたが、今読んでも十分おもしろかった。
一応配役は決まっている。主人公でないが、かなり見せ場がある役で、登場人物の中でも一、二を争うほどの人気キャラクターだった。金髪でベリーショートの刈り上げ、耳と舌にピアスと見た目の派手さに負けず、喧嘩も強い。演じるのが楽しみだったが、実写化は評価が厳しいから、どう演じようかと悩んでいるところもある。
「須川さん、ピアスどうしたらいいと思う?」
部屋を出ていこうとしていた須川に、王輝は尋ねた。
須川は王輝がモデル時代からのマネージャーだ。茶色のセミロング、小柄な体型とおっとりとした顔つき。年齢よりも若く見られると須川はよく言うが、王輝は年齢を知らない。おそらく三十代前半だと読んでいる。
昔は専属ではなかった須川だが、王輝が売れ始めてからは専属になった。最初は女性のマネージャーなんてと不安を感じた王輝だったが、ふたを開けてみると、てきぱきと仕事をし、各所への顔も広く、モデルから俳優まで色んな仕事を取ってきてくれた。それだけでなく変に気を遣ってこず、ダメ出しは毒舌ながらも的確だ。ときには耳が痛いことも言われるが、須川ならと王輝は許している。今では王輝にとって欠かせないパートナーだ。マネージャーとのスキャンダルはよくある話だが、須川は既婚者であるし、王輝のことを近所の野球少年みたいだと評しており、そんな心配はいっさいないと王輝は判断していた。
「そうですね。イメージもあるので、微妙なラインかと思います」
「俺は全然開けてもいいけど、事務所的にはどうか確認して欲しい」
「わかりました。髪はいつも通り染めますか?」
「他の撮影は?」
王輝が尋ねると、須川はタブレットを取り出しスケジュールを確認した。
「うーん……おそらくかぶらないと思いますが…。かぶらないよう調節かけておきます」
「ありがとう。じゃあ染める」
「わかりました。時期になったら美容室予約しておきます」
「あ、あとさ、仕事入れて欲しくない日があって…」
王輝は遼のライブの日に、仕事を入れないように頼んだ。偶然にも午後はオフだったので、オフのままにしておいてくれと伝えた。
「わかりました。あぁ、Bloom Dreamのライブの日ですね」
「え?」
須川の言葉に驚き、王輝は座っていた椅子から立ち上がりかけた。チケットのことを須川に伝えた記憶はなかったからだ。
「先方からメールが届いたので。後日チケットを送付するとのことでした」
「あー、なるほど。そっか…」
ゆっくりと腰かけ、安堵の息を吐いた。遼との関係は須川に内緒にしており、あくまで隣人としての付き合いはあると言うことだけ伝えていた。
「いつのまに仲良くなったんですか?」
「仲良く…?」
「違うんですか?じゃあなんでチケットを?」
「誘われたし、行きたいと思ったから…」
「仲良いじゃないですか。友達ができてよかったですね。王輝さん、全然友達作らないから、仕事が広がらなくて、私ばっかり苦労してるんですよ」
真顔で王輝を責めてくる須川に、観念してハンズアップした。交友関係が広ければ、そこから仕事が舞い込むことはわかっている。けれど、どうにもうまくいかない。努力すればいいのだが、王輝はいまいち交友関係を作り方がわからなかった。
学生時代、王輝の周りには常に男女問わず人がいた。自ら声をかけずとも、向こう側から王輝に話しかけてくれたのだ。その人たちを王輝は友達と思っていたが、向こうはそうではなかった。結局は王輝の顔がいいから、周囲に人が集まってきていただけだったのだ。それに気づいたのはスカウトされたときだった。スカウトされたことを大学の友達に伝えたら、芸能人を紹介してくれと詰め寄られたり、顔がいいだけが取り柄のくせにと悪態をつかれたり、とにかく周りには友達と呼べる人は一人もいなかったと気づかされたのだ。スカウトの噂は広がり、地元や高校時代の友人だと言う人たちから連絡がたくさんきたが、誰一人として顔が思い出せず、結局自分も友達として見ていなかったことを悟った。それ以来、昔の交友関係とは一切縁を切った。
モデルとしてデビューをした王輝だが、顔の良さを武器にするような仕事はしたくないと考えている。それは須川にも伝えてあり、デビュー以降、モデルの仕事以外にも演技の仕事を取ってきてくれたし、様々な舞台に触れる機会も与えてくれた。時にはワークショップや演技のマンツーマンレッスンなど勉強する場を設けてくれた。その甲斐あって、見事俳優としての称号を手に入れ、今に至る。王輝は須川に感謝してもしきれないと常々思っていた。俳優の仕事は苦しいこともあるが、それ以上に楽しさが勝っていた。
「Bloom Dreamとのコネができたら強いですね。あそこは事務所も大きくて、事業展開も広いです。頑張って友達続けてください」
前半の本音と、後半の須川なりのジョークであろう言葉に、王輝は曖昧に頷いた。
セフレ関係は友達に入ると思う?そう尋ねたら須川はどんな反応をするだろうか。王輝は一瞬想像して、つまらないことは想像するものじゃないと頭を振った。タブレットのマンガに意識を集中させる。
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