お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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1-5.それぞれの一夜

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 ライブ開演五分前、ステージ裏にBloom Dreamのメンバー三人が集まっていた。客席は満席で、メンバーの名前を呼ぶファンの声が聞こえ、ステージ裏にもファンの興奮が伝わってくる。
 メンバーと岸、そして主要スタッフは先ほど円陣を組み、ライブの成功に向けて一致団結したところだった。メンバーは緊張した面持ちで、マイクを受け取り、ポップアップで登場するために待機場所へと移動する。
「俺ポップアップって楽しいし派手だから好き」
「はしゃいで転ばないでよ。怪我したら大変なんだから」
 カズとタスクが話すのを、遼は一歩後ろを歩きながら聞いていた。ライブ直前だと言うのに、集中しきれていない自分を感じて、少し焦っていた。
 王輝がライブに来ているかどうかが気になって仕方ない。ライブに誘ったときの嬉しそうな王輝の表情が思い浮かび、きっと来ていると自分に言い聞かせた。けれど、誘われたから仕方なく行く答えただけで、今日は来ていないかもしれない。ネガティブな思考がどんどん大きくなる。メールで確認すれば済んだ話だが、もし来ていないことがわかれば、ショックでパフォーマンスできない気さえして、メールをする勇気はなかった。
 ここまで王輝の存在が気になる理由をうまく処理できない。胸につっかえるようなもどかしさを払うように、遼は一人静かに深呼吸した。
 遼の様子を見ていた岸は、一瞬悩んだ末、遼に声をかけた。時間には少し余裕がある。
「リョウ、ちょっといいか」
 遼は足を止め、岸と向かい合う。「なんですか?」と遼のまっすぐな視線に晒され、岸は罪悪感が胸に広がった。
「さっき受付に確認したら、今ヶ瀬さん来てるって」
「え、っ…」
 遼は自分の頬が緩むのを感じた。王輝が来ていることがわかり、一瞬で心も身体も軽くなる。もどかしい気持ちは消え去り、意識はライブへと集中していく。
 本当に嬉しそうに微笑んでいる遼を見て、岸は嘘をついたことを後悔した。受付に確認したが、王輝は来ていなかったのだ。けれど先ほどまでの遼の雰囲気を鑑みると、マネージャーとしての最良の選択をしたと自らに言い聞かせた。それに、もしかしたら遅れて来るのかもしれない。そう願うしかなかった。
「気合入れろよ」
「はい!」
 溌剌と返事をした遼は、岸に背中を向け、跳ねるように駆けていった。その背中に不穏さはなく、エネルギーに満ち満ちていて、ライブの成功は確約されたようなものだった。
「さてと、どうやって謝ろうか……」
 岸の独り言は、ライブの始まりを告げる軽快な音楽にかき消された。大きな歓声とメンバーの歌声が会場に響き渡る。遼と王輝の関係に何か引っかかりを感じながら、岸はステージ袖からメンバーのライブを見守った。



 王輝は腕時計を確認した。オーディションが始まって二時間ほどが経っていた。呼ばれた番号は七番までだった。
Bloom Dreamのライブの開演時間はとっくに過ぎていた。王輝はここ最近の一番の楽しみを奪われたことに、さっきより大きなため息をついた。せっかく席を準備してくれた遼に謝らなければならない。しかし来なかったことに清々している可能性もある。これでよかったのだと王輝は自分に言い聞かせた。遼に謝罪のメッセージを送ろうと考えたが、今後会ったときに直接謝ることに決めた。
 オーディションの時間は人それぞれの様で、十分くらいで次の番号が呼ばれるときと、三十分くらいかかるときもある。これだといつ終わるかがわからない。王輝は待つのにすっかり飽きてしまった。短い台本は覚えてしまってやることがない。他の俳優もそんな雰囲気で、各々スマホをいじったり、居眠りしたりしていた。立ちあがってその場でストレッチをする人もいた。
 そもそもオーディションだからと言ってこんなに待たせるのもどうかしている。他に仕事があった場合、迷惑だとは思わないのだろうか。売れっ子監督だから調子に乗ってるのかもしれない。だんだん諏訪に対する怒りのほうが大きくなってきて、王輝はさっさと終わってくれという気持ちが大きくなった。
 オーディションが終わったのはそれから二時間後だった、王輝が諏訪の前で演技していたのは二十分ほどだったが、永遠のように長く感じたし、一瞬で終わったような気もした。
 番号を呼ばれた王輝は部屋を移動し、オーディション会場のドアをノックした。「どうぞ」と声が聞こえたので、王輝は「失礼します」と言いながら部屋に入った。さきほどまでいた会議室より、一回り狭い部屋。奥に横一列に机が並び、机の向こうに五人が座っていた。その真ん中に座っていたのが諏訪だった。他の人の顔に見覚えがない。諏訪のチームか、もしくは映画会社のスタッフかもしれない。部屋の隅にロングヘアの女性が座っていた。おそらく演技の相手役だろうと王輝は思った。
「そこの椅子に荷物を置いてください」
 諏訪の右隣の女性に指示された。机の真ん前にポツンと椅子がひとつ置かれていた。王輝はその椅子に近づき、椅子の上にカバンと茶封筒を置く。五人の視線が一気に王輝に集まった。見られるのには慣れているが、品定めされるような視線に、思わず王輝の背筋が伸びる。オーディションに参加するときは、カジュアルとフォーマルの間を狙いつつ、動きやすい服装を心がけていた。今日の王輝は白のバンドカラーシャツに細身の黒のパンツ、そしてお気に入りのハイテクスニーカーを履いていた。
 王輝の前に座っている諏訪は、王輝と手元の紙を見比べた。おそらく事前に事務所から提出した履歴書だろう。
諏訪はワークショップで会ったときにより、日に焼けたように見えた。少しウェーブがかかった黒髪を無造作に耳にかけている。鋭い眼光と薄く髭が生えた顎、彫りの深い顔が、日本人離れした印象を与える。
 見えない圧のようなものに圧倒されていると、諏訪が小さくあくびをし、眠そうに目を擦った。途中休憩していた可能性はあるが、オーディションが始まってかなり時間が経っている。疲れが溜まっているのだろう。
 とりあえず自己紹介をしようと、王輝は目の前の五人にお辞儀をしてから、口を開いた。
「十二番のいまがせ…」
「自己紹介はいらないから」
 諏訪に言葉を遮られ、王輝は慌てて口をつぐんだ。諏訪が不機嫌そうにため息をつくと、左隣に座っていた男性がびくっと肩を揺らした。その男性スタッフは「では最初からお願いします。台本見ても構いません」と早口で説明した。壁際に座っていた女性が立ちあがり、王輝の元へと歩いてくる。黒髪のロングヘアが綺麗に揺れた。王輝はセリフを覚えていたので、台本をカバンの上においた。
「お願いします」
 王輝は女性へと向き直り、すっと目を閉じた。深呼吸をする。集中。役と自分を重ねる。鼓動が速くなる。もう一度深呼吸して、目を開けた。そして、セリフを演じる。
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