お隣さんはセックスフレンド

えつこ

文字の大きさ
26 / 116
1-5.それぞれの一夜

5

しおりを挟む

「お疲れ!よかったぞ!」
 ダブルアンコールを終え、汗だくになりステージから降りてきた三人を岸は拍手で出迎えた。岸の横ではカメラを構えたスタッフがいて、写真と動画を撮っている。写真はSNSとファンクラブ用で、映像はライブDVD用のバックステージ密着動画を撮影していた。
 岸はカメラの邪魔にならないように、メンバーにタオルとペットボトルの水を渡した。メンバーはタオルで汗を拭き、浴びるように水を飲む。一息つくと、苦しそうな表情をパッと変え、カメラに笑顔を向けた。
「楽しかったー!みんなありがとう!」
 カズがはしゃぐようにカメラに手を振り、ウィンクを飛ばす。
「ありがとうございました!みんなのおかげでツアー完走できました」
 タスクは汗で濡れた髪をタオルで拭きながら、カメラに向かって微笑んだ。
 二人に続いてカメラは遼に向けられる。締めのコメントを言うのか遼の役目だが、タオルに顔を埋め、肩で息をしたまま、カメラに気づく様子がない。
 岸はスタッフに手を振り、一度カメラを止めさせた。あとで編集でどうとでもなるので、中断しても問題ない。
「リョウ?大丈夫か?」
 岸がタオルを持つ遼の手に触れると、皮膚は汗ばんで熱い。顔をあげた遼はどこか苦しそうな表情だった。
「いや、大丈夫です。バテただけだと思います」
「暑かったもんね。今日のリョウはきれきれだったし、頑張りすぎたんじゃない?」
 カズが心配そうに遼の顔を覗き込む。タスクは遼が持っていたペットボトルを奪い取ると、キャップを開けて返した。遼は一気に水をあおる。ふぅと息を吐き、顔を上げた。
「すいません、大丈夫です。カメラお願いします」
 苦しそうな表情を隠すように、遼は無理に笑った。岸個人としては休んで欲しかったが、マネージャーとしてはそうはいかない。申し訳なさを抱きつつも、遼に声をかけた。
「悪いな。これだけ頼む」
 遼が頷き、それを合図にスタッフがカメラを構える。いつもより表情が硬いが、ステージ裏の薄暗さでごまかせるだろう。
 遼がコメントを撮影している間に、岸は近くのスタッフに声をかけて、医務室で待機している医者に遼のことを伝えるように指示する。ライブの際は念のため医者を待機させている。怪我や事故が起こる可能性はゼロではないからだ。岸はカメラから離れたところにカズとタスクを手招きした。
「三人でコメント動画は無理そうだから、カズ個人のアカウントで写真と動画あげてほしい。公式アカウントはライブ中の写真を適当に使うから。マッサージのあとでいいぞ。俺は遼を医者に見せて、家まで送る」
「オッケーです」
 カズはライブ終わりの疲れを感じさせない笑顔を見せた。こんなときにカズの明るさに救われる。
「二人とも疲れてるのに悪いな。タスクも頼む」
「わかりました」
 タスクは頷く。二人は「お疲れさまです!ありがとうございました!」とスタッフたちに挨拶しながら楽屋へと向かった。
「岸さん、終わりました。この後も密着予定だったんですが、どうします?」
 カメラを持ったスタッフに尋ねられて、岸は考えを巡らせる。遼の体調を考えると無理はさせられない。今日は朝から密着していたし、ツアーの地方公演の映像ストックもある程度あるため、映像の量としては申し分ないだろう。岸はそう判断した。
「今日はメンバーの撮影はなし。撤収と外の様子撮っておいて。編集でなんとかさせるから」
「わかりました」
 スタッフはカメラを持って、軽やかに走り去っていった。
「リョウ、医務室行くぞ。歩けるか?」
「はい、すいません」
 ゆっくり歩き始める遼を気遣いながら、岸は隣を歩く。
 廊下にでると、慌ただしくスタッフたちが行き来している。時間内に撤収作業を済まさなければならないため、時間との勝負だった。これから深夜まで作業が続く。
 熱気が漂うステージ裏は暑かったが、廊下は空調のおかげで幾分涼しさを感じる。
「その状態でよく最後までやり切ったな。ちゃんと挨拶もできてたから安心しろ」
 岸はねぎらうように言葉をかけた。カズも言っていたが、今日の遼のパフォーマンスは目を見張るものがあった。声もよく出ていたし、ダンスのキレもよかった。それにファンも気づいてたようで、遼への歓声がいつもより一段と大きかったと感じた。エゴサしてみれば一目瞭然だろう。
「最後はほとんど覚えてません。大丈夫でしたか?」
「問題なかったよ。ツアーは大成功だ」
 スケジュールが立て込むのなか、メンバーはよくやってくれた。サプライズでパフォーマンスした新曲はきちんと仕上げおり、ファンの反応は上々だった。
「よかった…」
 遼は安堵のため息をつく。肩の荷が降りたようだ。ツアー中にモチベーションを維持し続けるのは大変だっただろう。
「今ヶ瀬、楽しんでくれたかな」
「は?」
 思わぬ名前に、岸の口からは素っ頓狂な声が飛び出た。遼は不思議そうな表情をしているだけだった。
「なんで今ヶ瀬さんの名前…」
「え、言いました?」
「……ごめん、なんでもない」
 岸は首を横に振り、話を終わらせた。王輝の件については嘘をついてしまったので、気まずさがあった。遼の体調が回復したら、謝らなければならない。胸に一抹の後ろめたさを抱えながら、岸は遼を医務室へと連れていった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

BL短編まとめ(現) ①

よしゆき
BL
BL短編まとめ。 冒頭にあらすじがあります。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...