お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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1-6.全部忘れさせて

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「部屋まで送ろうか?」
「いえ、ここで大丈夫です。もう落ち着いたので」
 遼の住むマンションの地下駐車場に、岸は車を停めた。業界人が多く住むマンションのため、止まっている車は高級車が目立つ。
 医者の診断によると、遼は軽度の脱水症と熱中症で、休めばすぐに治るということだった。医務室で一時間程度休んだ遼は、顔色もよくなり、ライブ直後に比べるとかなり元気になっていた。
「明日の打ち合わせ、来れそうなら来てくれ。本当は休んで欲しいが、スケジュールがギリギリだ」
「わかりました。行きます」
「どっちにしろ朝に連絡くれるか?回復してなかったら、もう一回医者に診せよう」
「はい。迷惑かけてすいません」
 申し訳なさそうに謝る遼の頭に、岸は手を乗せた。ヘアセットされていない遼の髪は柔らかい。
「たまには頼ってくれよ。そのために俺がいるんだから」
 ぽんぽんと頭を撫でると、遼は「はい」と小さく答え、照れるように微笑んだ。出会ったときと変わらない遼の表情に、岸は安心した。
 岸が手を離すと、遼は「お疲れさまです」と言い、車を降りた。遼に軽く手を振った岸は車を発進させ、事務所へと車を走らせた。明日からまた忙しくなると思いながら、ハンドルを握る。


 岸を見送った遼は部屋へと戻りながら、今日のライブを思い出していた。目を瞑れば、あの興奮が蘇るようだった。驚くほどに声がよく出たし、身体は軽く感じた。新曲のダンスも難なく踊れ、まだまだパフォーマンスができると思っていたが、ステージから降りると、一気に身体が重くなった。自身の身体をコントロールできていないという不甲斐なさと、岸やメンバー、そしてスタッフに迷惑をかけた申し訳なさから、遼は大きくため息をついた。
 まだ身体は熱っぽく、やけに喉が渇く感じがする。今日は早く休もうと遼は廊下を歩く足を速めた。静かな廊下に遼の足音だけが響く。王輝に今日のライブの感想を聞きたい気持ちはあったが、時間も遅いからきっと眠っているだろうと諦めた。今度会ったときにでも聞けばいい。
 部屋のドアを開けると、玄関の照明がついたままで、リビングの灯りもついていた。今朝消し忘れてしまったと思ったが、玄関に見慣れた王輝のサンダルを見つけて納得する。しかし同時に今日はセックスをする日ではないので、王輝が部屋に来ていることを不思議に思った。
 リビングに入ると、テレビが騒がしく音を立てていた。テレビの対面に置かれたソファで、王輝が横たわっていた。眠っているらしく、目を瞑って動かない。手には酎ハイの缶が握られていて、床にも缶が二本転がっていた。どうやら酔いつぶれたらしい。遼は王輝の珍しい姿に驚きつつも、王輝の手から落ちそうになっている缶を取り上げた。
 王輝が持っていた缶にはまだ酒が残っており、遼は興味本位で一口飲んでみる。喉が渇いていたせいか、美味しく感じ、そのまま飲み干してしまった。喉から食道へと熱さが移動していく感覚に、酒を飲んだ実感が湧く。遼は缶に書かれたアルコール度数の高さに驚き、王輝が酔いつぶれても仕方ないと思った。
 遼も王輝も普段酒を飲む機会は少ない。遼は打ち上げなどみんなが集まる場で飲むことがほとんどで、家で酒を飲む習慣はなかった。王輝は嫌なことがあったときに、衝動的に飲むタイプだ。
「今ヶ瀬、起きろ」
 完全に眠っている王輝を起こすのを悪いと思ったが、このままソファで寝かせるわけにはいかない。遼は王輝を起こそうと、名前を呼びながら肩をゆすった。王輝は身動ぎ、ゆっくりと目を開けた。
「佐季……?なんで俺の部屋に?」
「ここは俺の部屋だぞ」
「あ、そっか……俺……」
 王輝はぶつぶつと独り言を言いながら、再び目を閉じだ。そのまま心地よさそうに寝息を立てる。起こすことを諦めた遼は、王輝の身体をソファから持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこの形で、寝室へと運んだ。
 抱えあげられても王輝は起きる様子はなく、心地よさそうに寝息を立てている。遼はゆっくりと王輝の身体をベッドへ降ろした。そのまましばらく王輝の寝顔を見つめた。リビングのテレビの音が遠くに聞こえる。規則的な呼吸に、王輝の胸が上下する。そういえばしばらく会っていなかったと遼は多忙な日々を思い返していた。王輝の滑らかな肌に触れたくて、手を伸ばすが、触れる直前に手を引っ込めた。触れてしまうと我慢できなくなりそうだ。寝ている相手を襲うなんてことはできない。
 遼はぐっと我慢し、王輝の額にかかった前髪を払い、額に優しく口づけた。傍からみれば、さながら眠り姫にキスをする王子様のようだった。恥ずかしいことをしたと遼は顔が熱くなる。さっきのアルコールのせいだと言い聞かせ、立ち去ろうとすると、急に遼の視界は回った。気づけば目の前に王輝がいて、遼が押し倒されている状態だった。
「今ヶ瀬…?起きたのか?」
 遼が尋ねても王輝は答えない。遼の声が聞こえていないはずはないが、王輝の目は開いているのにどこかぼんやりしていた。どうしていいかわからず困っている遼に、突然王輝はキスをした。

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