お隣さんはセックスフレンド

えつこ

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1-7.仲直り

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 王輝がメッセージを送ったちょうどその時、Bloom DreamのMV撮影は佳境に入っていた。
 屋内スタジオで組まれたセットの中をメンバーが元気に動きまわり、カメラがそれを追いかける。カラフルな衣装やセットが、新曲の夏らしい爛漫さを表すようだ。
 岸はセットから離れた待機スペースで、撮影の様子を見守っていた。初めて監督してもらう諏訪にメンバーの三人は緊張していたが、今のところ特に大きな問題は起きていない。
 諏訪の撮り方は、カット数が多く、画角や演出にこだわっていることが感じられた。それに伴い表情や動きに細かい指示が入り、撮り直しを何度も繰り返していた。岸には技術的なことはわからないが、撮ってだしの映像でも、今までのMVとは違うことが感じられた。編集すれば、目に見えてよくなるだろう。今から完成が楽しみで仕方ない。
 撮影時間にはいつもより余裕を持たせてあったため、おそらくスケジュールに遅れなく撮り終わると岸は想定した。残すは明日の野外の撮影だけだ。天気予報では晴れなので、こちらの撮影も問題なく進むだろう。懸念案件はショートムービーだけとなる。ここ数日岸の頭の中は、ショートムービーのことが大半を占めていた。
「セット変更でーす!三十分後撮影再開です!」
 スタッフの声がスタジオ内に大きく響き、一瞬で緊張の糸がほぐれ、ざわめきが広がる。メンバー三人が撮影セットから岸の方へ歩いてくる。待機スペースには簡易テーブルと椅子が用意されていて、机の上には飲み物や、ちょっとしたお菓子が置いてあった。
「喉乾いた~!」
 一番に帰ってきたのはカズだった。倒れこむように椅子に座ったので、岸は置いてあるペットボトルのお茶を三つの紙コップへと注いだ。カズは一気に飲みほすと、「もう一杯お願いします!」と岸へと紙コップを差し出した。お茶を注ぎながら「衣装汚すなよ」とカズにくぎを刺す。遅れて戻ってきた遼とタスクも椅子に座り、お茶を飲んだ。
「諏訪監督はどうだ?」
 岸は三人に感想を尋ねた。
「ワイルドって感じ」
「見た目の話じゃないよ」
 カズの答えに、タスクが反射的につっこむ。カズはけらけらと笑った。
「表情や動きの一つ一つにこだわってるのを感じますね。久しぶりに楽しいです」
 タスクの意見に遼は賛同して頷いた。撮影はいつもより撮り直しが多く、疲労は募るが、ものを作り上げていくこと楽しさを肌で感じていた。
「この調子なら、ショートムービーのほうも大丈夫そうだな」
 岸の一言に、三人は明らかにテンションが下がり、黙り込んでしまう。岸はしまったと思ったが、もう遅かった。
「MVと演技は違うよねぇ」
 カズの声色が暗くなる。ムードメーカーが落ち込むと、自然と場の空気も沈んでしまう。
 遼は何も言えず、手に持った紙コップを見つめていた。撮影に向けて、岸が教えてくれた諏訪の作品をいくつか見たが、漠然とすごいと感じた。映像が至極繊細で、見ていて感情が揺さぶられる。人を見た目で判断してはいけないが、カズの言葉を借りればワイルドな風貌の諏訪から、これらの映像作品が生み出されることに遼は驚いた。芸能界では見た目と実力が反比例することが少なくない。
「リョウはどう?演技に自信ある?」
 カズは尋ねながら、テーブルの上に置いてあった個包装のお菓子を二つ手に取る。しかし岸に睨まれて、一つだけにした。
「できるだけのことはやろうと思ってる。やる前からできないって思ってたら、本当にできないぞ」
 正直全く自信がないが、これ以上カズのテンションを下げたくない。遼は鼓舞するような言葉を返した。
「うーん、なんか自信あり気じゃん。あ、王輝くんに演技教えてもらってたり?」
 悩みの種である王輝の名前が飛びだし、遼は思わず眉をしかめた。
 あれを喧嘩と称するならば、王輝と喧嘩をするのは初めてだった。王輝が怒った理由は何となく察していたが、遼としてはどうすればいいかわからなかった。遼が謝ったところで、諏訪との仕事がなくなるわけではない。
 遼としては、王輝がライブに来なかった理由が知りたかった。もともと来る気がなかったのか、仕事で来れなかったのか。けれど、知りたくない気持ちも大きく、相反する気持ちに日々悩まされていた。
 あの日から、王輝と顔を合わせていないし、連絡も取っていない。もしかしたら、セフレ関係はあれで終わってしまったのかもしれない。王輝はどこか飄々としていて、関係なんてあっさりと切ってしまいそうだ。引き留める術を自分は持っていないし、王輝が関係を終わらせるのを望むならそれでいいと、遼は少しの寂しさを感じながらも諦めていた。
 しかし、王輝からふいに連絡がくることを期待する気持ちもあり、結局王輝任せにしている自分に遼は不甲斐なさを感じた。
「もしかして、喧嘩した?」
 軽い気持ちで揶揄ったカズだが、遼の表情が暗くなり、余計なことを言ったと察した。
「ごめんごめん!お菓子あげるから」
 カズに持っていたお菓子を差し出され、遼は心配されていることに気づく。岸もタスクも、心配そうな顔で遼を見ていた。遼は慌てて否定した。
「喧嘩とか、そういうんじゃないから、大丈夫」
 否定することで、さらに怪しまれてしまう。場の雰囲気に耐えられなくて、遼はカズからお菓子を受け取り、口に放りこんだ。甘い味が広がったが、何を食べたかわからなかった。
「よくわらかないが、二人で話し合ってみたらどうだ?」
 岸の親切心が今は心に刺さり、曖昧に頷いた。
 関係を終わらせるにしろ、続けるにしろ、王輝と話をしなければならないことは確かだ。遼は覚悟を決めた。

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