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1-7.仲直り
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しおりを挟むその夜、王輝は遼の部屋のドアの前に立っていた。
遼からの返信は『わかった。8時には帰る』と簡単なもので、そこから遼の気持ちを知ることはできなかった。夜になっても気温が下がらず、先ほどまでクーラーがきいた部屋にいた王輝は暑いと感じた。
勝手に入るのは憚られ、久しぶりにチャイムを鳴らした。少し待っていると、ドアが開き、遼が姿を見せた。
「勝手に入ってきてもよかったのに」
不思議そうな表情をする遼に「まぁな」と意味がわからない相槌を打つ。変に緊張して、頬がひきつっていることを王輝は自覚していた。
遼は王輝の緊張を感じ取っていた。遼も緊張していたが、王輝の顔を見てほっとしたのも事実だ。
「暑いだろ。入れよ」
「お邪魔します」
律儀に挨拶した王輝に、いつもとは違うしおらしさを新鮮に感じ、遼はふっと笑いがもれた。
「あ、今笑っただろ」
「笑ってない」
「絶対笑った」
「ふっ…、笑ってないよ」
「今笑ってんじゃん」
二人は短い廊下を歩きながら、くだらない言い争いをして、リビングに着いたときには顔を見合わせて笑った。
「お茶用意するから、座って待ってて」
遼が王輝に背を向けたので、王輝は慌てて服を掴んだ。早く謝ってしまわないと、決心が揺らぎそうだった。
くんっと後ろに引っ張られた遼は、振り返ろうとしたが「このまま聞いて欲しい」と王輝に言われてしまう。遼はキッチンのほうを向いたままの体勢で、王輝の次の言葉を待った。
「…………この間は、ごめん。佐季にひどいこと言った」
長い沈黙の後に発された王輝の声は、微かに震えていた。王輝は遼の広い背中を見つめながら、面と向かって謝ることができない自分を情けなく思った。目頭がじわりと熱くなる感覚に、今泣くのは自分ではないと言い聞かせる。王輝は涙が溢れないように静かに深呼吸をし、遼の返事を待った。
「俺は気にしてないから、今ヶ瀬もこれ以上気にするな」
遼の優しい声が耳に届く。理解するまでに時間がかかったが、謝罪が受け入れられたことがわかると、王輝の目から涙がぽろりとこぼれた。胸のつっかえが取れ、新鮮な空気が肺に届く気がした。よかったと心底安心し、嬉しくて涙がとまらない。遼に許されたことが、これほどまでに嬉しいとは想像以上だった。嬉し泣きなんてしたことがあっただろうか。覚えている限りはなかった。
王輝の忍び泣く気配を感じ、遼は振り返りたくなったが、我慢した。王輝は泣き顔を見られたくないだろう。
遼は王輝のことを許していたし、もともと怒ってもいなかった。それは今まで色んな人に、王輝と同じようなことを言われた経験があったからだ。
アイドルはアイドル以外の仕事もすることが多い。それは遼がアイドルになる前から感じていた。つまり、その仕事を生業としている人から仕事を奪うようなものだ。今回であれば、俳優である王輝が諏訪のディレクションを受けるのが当然であるのに、俳優ではない遼がそのポジションにつくということ。諏訪は人気監督で、俳優にもファンが多いことを岸から教えてもらっていたため、遼は王輝の発言の意味は察していた。
遼は王輝の気配を気にかけながら言葉を続けた。
「諏訪監督に撮ってもらうのは仕事だから、俺の意思ではどうにもできない。今ヶ瀬は許せないだろうけど、それは本当にごめん。でも俺は仕事にはちゃんと向き合うようにしてるから、今回の仕事も、もちろん逃げずにやりきる。だから今ヶ瀬には見届けてほしい」
王輝は頬を濡らす涙を手で拭った。遼の口調は迷いがないことに救われる。
「アイドルがアイドル以外の仕事をするなって結構言われること多くて。それは自分でも十分わかってる。場違いだって思う仕事もある。けど、俺はアイドルだから、アイドルを最大限に武器にする」
はっきりと言い切った遼に、王輝は既視感を覚えた。遼の考え方は今も昔も変わっていないようだ。それを感じた王輝は安心した。
アイドルは歌って踊るだけではないことを王輝はもちろんわかっていた。バラエティ番組にでれば芸人と同じ扱いをされることもあるし、ドラマや映画に出演して演技を求められることもある。アイドルだから幅広い仕事ができるが、裏を返せば何でもやらなければならない。と同時に、ある程度のクオリティーを求められる。想像すれば酷な仕事であることは明瞭だ。遼はそれを乗り越えてきて、Bloom Dreamのリーダーとして活躍している。もし自分が遼の立場だったらと王輝は想像したが、早々に白旗をあげた。正直やれる気がしないし、遼の強さには敵わないと感じた。
途端、見慣れた遼の背中が、急にたくましく見えた。そして、自分ももっと頑張れるんじゃないかとエネルギーが湧いてくる感覚があった。涙はすっかり止まっていた。
「わかった。見届けてやる」
王輝は遼の服を掴んでいた手を離し、遼の背中を軽く叩いた。
遼は驚き、慌てて振り返る。
「つまらない演技したら許さないから」
まだ涙が乾ききっていなかったが、にっと笑う王輝を見て、遼はもう大丈夫だと安心した。
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