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3-1.夜に走る
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しおりを挟む岸の運転する車は他の車に何度かクラクションを鳴らされつつ、繁華街の近くまでたどり着いた。煌びやかなネオンが周囲を明るく照らし、夜が遅いにも関わらず人の往来は多い。夜と思えないほど賑やかだ。
タクシーや高級車でごった返す路肩の狭いスペースに、岸は車を停める。岸がエンジンを切ってシートベルトを外している間に、遼が車から飛びだした。
「待て、リョウ」
岸の制止を聞かず、遼は勢いよくと走っていった。遼の背中はあっという間に小さくなり、人混みの中に消えた。
今追いかけたところで遼に追いつくはずがないので、岸はその背中を見送るしかなかった。遼から転送してもらった王輝の位置情報を確認した岸は、そこまでの道順を地図で確認した。位置情報についてはある程度ズレは予想されるので、王輝を探すのは人数が多いほうがいい。岸は車から降りて、遼の後を追うように繫華街へと足を踏み入れた。
岸は走りながら、最悪の事態を想定していた。すでに王輝が場所を移動しているということ、王輝の命の危険があるということ、素人では対応できない状況であること。警察に世話になるのは極力避けたいが、万が一のことを想定して覚悟は決めていた。すでに王輝が警察に連絡している可能性もある。それならば、王輝の安全はすでに確保されていることも考えられたし、そうであって欲しいと岸は願った。
岸は先ほど運転中に須川に連絡をし、簡単に状況を説明した。電話越しの聞く須川の声は焦っており、王輝の状況を初めて知った様子だった。位置情報を須川に転送すると、「私も行きます」と力強く言い放った。いくらマネージャーとは言え、夜の繁華街に女性一人で来ることには若干の不安があった岸は「無理はしないでください」と念押しして電話を切った。
もう一人連絡を取ったのは、三門という医者だった。繫華街の近くで個人病院を開業しており、岸の高校の同級生で、かつ友人だ。BloomDreamのツアーに同行したり、事務所の嘱託の産業医としても働いたりしている。病院の立地もあり、あらゆる患者を診ることに長け、ファーストドクターとしても活躍していた。念のため王輝が怪我をしている可能性を考えて、病院に連れていってもいいことを三門に承諾してもらった。
だんだん息が切れてきた岸は、一旦足を止め、呼吸を整えた。岸は体力や体形維持のためある程度は鍛えているが、普段ここまで走ることはない。もう少しちゃんと鍛えようと心に決め、額に浮かぶ汗を拭った。その時ちょうど内ポケットでスマホが震えた。須川からの着信だったので、岸は通話ボタンを押す。
「須川です。お伝えしたいことがあって、今大丈夫ですか?」
岸が名乗る前に、須川は口火を切った。岸は息を整えながら「大丈夫です」と答える。
「うちの事務所の矢内に確認したら、さっきまで一緒にいたとのことでした」
須川があげた名前に、岸は記憶を探り出す。数秒で、ドラマに出演していた漠の顔に思い当たった。
「場所は?」
「位置情報とはズレますが、カラオケ○○の××店です」
岸は思わず上を見上げ、ビル群の奥にそのカラオケ店の看板を捉えた。
「それで、矢内が言うには、今ヶ瀬が怪我をしていると……」
「怪我?」
「はい、今ヶ瀬が自分で刺したって言うんです」
「え?」
訳が分からず、岸は思考がばらけていくのを感じた。そもそも須川はなぜ漠に確認したのかも疑問だったが、今はそれを考えている場合ではない。
「矢内は気が動転してるみたいで、私も状況が掴めなくて、すいません」
「いや、それは後から確認すればいいですし、とりあえず俺はカラオケのほうへ行ってみます。リョウが位置情報のところに行ってくれてるので」
「すいません、ありがとうございます。私もタクシーでそちらに向かってますので」
「何かわかれば連絡ください」
岸は通話を終え、遼に電話をした。カラオケ店のことを伝えたかったが、通話中のメッセージが流れただけだった。王輝と通話を繋げたままなので当たり前だ。頭が回っていないと岸は自ら叱咤して、メッセージを送ることにした。カラオケ店の場所と王輝の怪我のことを簡潔に書き、遼へと送る。
地図でカラオケの場所を確認して、スマホをポケットに入れた。今日は長い夜になる。覚悟を決めた岸は、再び走り出した。
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