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3-1.夜に走る
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しおりを挟む遼は騒がしい繫華街の中を走っていた。
マスクを忘れたため、着いていたフルジップパーカーのフードを深くかぶって顔を隠した。時折スマホを見て、地図を確認する。慣れない土地に、遼は半ば道に迷っていた。道を行ったり来たりして、ようやく位置情報の地点まで近づいてきた。人混みをかき分け、ぶつからないように走り抜けていく。王輝との通話は繋いだままで、呼びかけるが返答はない。王輝がスマホの近くにいない可能性もあったが、通話が切れると、もう会えない気がしたので切れなかった。
手に握ったスマホが微かに震える。遼は走るスピードをゆるめ、画面を確認した。岸からのメッセージが届いており、バナーをタップすると、メッセージ画面が開いた。そこに書いてある内容に驚き、遼の足が止まる。遼が急に立ち止まったため、後ろを歩いていた女性が遼にぶつかった。遼は慌てて振り返り「すいません」と謝る。
派手な身なりの女性は、遼の顔を見て「やば、BloomDreamのリョウじゃん」と顔を綻ばせた。「え、なんでこんなところにいるの?かっこいい~!写真撮っていいですか?」と一人はしゃぐ女性に、周囲の人たちの視線が遼に集まる。
まずいと遼は思い、女性を置いて、そこから慌てて走り去る。ざわめきが後方に流れていき、ほっとするも、岸からのメッセージの内容を思い出した途端、心臓がきゅっと苦しくなった。
「今ヶ瀬、聞こえてるか?今ヶ瀬!」
居てもたってもいられず、遼は王輝に呼びかける。やはり返答はない。気ばかり焦り、遼は足がもつれた。咄嗟に手をつこうとしたが、スマホを手に持っていたため、受け身をとれずに肩から地面に倒れる。肩に鈍い痛みが走ったがすぐに起き上がり、スマホが無事なことを確認して、遼は安堵の息を吐いた。肩を気遣いながら立ち上がろうとするも、足の力が抜け、遼はその場に座り込んだ。鼓動は速く、息が荒い。どっと汗が噴きだし、口の中に血の味が滲んだ。
「くそっ」
言うことを聞かない身体に、遼は一人悪態をつく。地面に座り込む遼を避けるように、人は行き交った。呼吸を整えながら、遼は身体に鞭を打って立ち上がる。王輝を助けたい一心で、遼の瞳の奥は静かに燃えていた。
誰かに呼ばれている。
王輝の意識はふっと浮き上がった。目を開けた王輝は、ぼやける視界を振り払うようにまばたきを繰り返した。
「聞こえてる?大丈夫?」
ようやくピントが合い、目の前にいるのが岸だと認識した。どうして遼のマネージャーがここにいるのだろうと疑問に思ったが、身体がひどく重くて、声を出すのが億劫だった。代わりに頷いたが、小さな動きだったので、岸には伝わっていなかった。
反応が鈍い王輝に、岸はさすがに焦りが生まれた。王輝の手元に転がっている王輝のスマホを拾いあげた岸は、血がついているのを気にせずに、通話が繋がったままの遼に話かける。
「リョウ、聞こえてるか?」
呼びかけた後、少し遅れて遼が反応した。息遣いが荒い。
「岸さん?」
「今ヶ瀬さんを見つけた」
「どこですか?」
「位置情報がズレてたんだ。さっきメッセージで送ったカラオケの裏にいる」
「今ヶ瀬は?大丈夫ですか?」
遼の質問に、岸は「わからない」と正直に答えた。嘘をついたところで、意味はない。
「わかりました。そっちに行きます」
遼の声に悲壮感が滲む。岸は通話を繋いだまま王輝のスマホを地面に置き、次は自分のスマホを取り出した。三門に電話をかける。早く出てくれと祈るようにコール音を聞いていると、「はい、三門」とぶっきらぼうな声が岸の耳に飛び込んできた。それだけで無性に安心する。
「俺だ。悪い、怪我してる。出血がひどい」
「出血部位は?」
岸は王輝の全身を確認する。出血している部位が手と大腿部であることを確認し、特に大腿部からの出血がひどいことを三門に伝えた。それを聞いた三門は舌打ちをした。
「とりあえず止血しろ。ハンカチ持ってるだろ?まず傷口を抑えろ」
岸は通話をスピーカーに切り替え、スマホを地面に置いた。スーツのズボンのポケットからハンカチを取り出す。王輝の大腿部を観察して、ズボンが裂けている場所を見つけた。恐々と布を避けると、傷口が現れる。鮮やかな血が溢れるグロテスクな傷口に、岸の脳が拒否反応を示す。
「岸、気絶するなよ」
「わかってるよ」
三門に見透かされたように指摘され、岸はぐっと歯を食いしばった。ハンカチを傷口に当て、強く圧迫する。王輝が小さく呻き、身じろいだ。
「…っ、きし、さん……」
「痛いか?ちょっと我慢してくれ」
王輝は大きく息を吐き、岸に委ねるように身体の力を抜いた。薄い水色のハンカチがじわじわと赤色に染まっていく。
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