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3-1.夜に走る
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しおりを挟む病院の待合室にソファがいくつも並んでいる。その中の一つに遼は腰かけていた。待合室は薄暗く、最低限の明かりしかついていない。遼が着ているパーカーは、所々王輝の血で汚れていた。遼は壁に貼ってあるポスターや案内に書いてある文書を無心で読んでいた。何かしていなければ落ち着かなかったからだ。待合室の時計は無情に時を刻み、遼はただひたすらに待つだけだった。
岸の案内で、遼は無事に三門の病院に辿り着き、王輝はそのまま処置室に運ばれていった。三門が「任せろ」と力強く言ってくれたので、遼は幾分か安心した。
遼が病院に着いてから、遅れて岸も病院にやってきた。岸は遼の案内が終わった後、須川に三門の病院へ運んだことを伝え、路上に駐車したままだった車を回収してきたのだ。その須川は先程病院に到着した。いつものスーツ姿とは違い、黒の細身のパンツとウィンドブレーカーという服装だった。
須川と岸は待合室から離れた廊下の一角で、今後のことを話し合った。しかし、状況がはっきりしないため、全ては明日以降にという結論に至る。いずれにせよ、岸と遼は巻き込まれた立場なので、これ以上はこの件には関与する必要はないと須川は言い切った。病院には須川が残り、遼と岸は帰ることとなる。
須川と岸は話を終え、待合室の遼の元へと戻った。
「リョウ、帰るぞ」
ソファでぽつんと座っている遼に、岸は声をかける。
「でも、今ヶ瀬が…」
「ここにいてもお前ができることはない。明日は朝からラジオ収録だろ」
岸が正しいことは明白だ。遼は言葉を返せず、自分の無力を嘆くように、俯いた。
「佐季さん、ありがとうございます。あとは私に任せてください」
須川が優しく促す。遼は力無く「わかりました」と答えた。岸は持ったままだった王輝のスマホを須川に渡す。血はすっかり乾き、赤黒い汚れに変わっていた。
岸と遼の二人を見送った後、須川は自分のスマホを取り出し、王輝のスケジュールを確認した。怪我の状態がわからないが、しばらくは休むかセーブしなければならないだろう。進行中の大きな仕事は、ドラマ撮影と舞台稽古だ。現場に迷惑をかけるのは確実だが、それを少しでも軽減するのがマネージャーの手腕だ。須川は頭をフル回転させ、各方面への対応を考えた。
それに、王輝の怪我の経緯については、漠に詳しい話を聞かなければならない。
須川は岸から連絡を受けた後、王輝の情報を探すために、SNSを検索した。ネットでの目撃情報は案外当てになるのだ。検索してみると、ドラマ共演者のSNSに、王輝と漠の名前がタグ付けされた飲み会の写真がアップされているのを見つけた。写真には確かに王輝と漠が写っていた。王輝にしては珍しいと思ったが、漠に誘われたのだろうと須川は検討をつけた。そして、漠に連絡を取り、二人がカラオケにいたことが判明したのだ。
上司である部長に事の顛末を簡潔にメールで報告した。漠のマネージャーにも同様のメールを送っておく。事によれば警察沙汰になるが、部長やさらに上層部はそれは嫌がるだろう。漠に話を聞くにしても、明日以降だ。漠が逃げる可能性はあったが、そんな勇気はないと須川は判断した。
須川はスマホの画面に表示されている時刻を確認した。十二時が近づいていた。懸念事項が多いが、今は王輝の処置が無事に終わることを祈る須川だった。
病院の裏手の駐車場に岸の車は駐車してあった。繁華街の中にあるため、喧騒が響き、周囲は深夜だというのに明るい。
ひんやりとした外気に寒さを感じながら、岸は運転席に乗りこんだ。暗い車内に沈黙が広がる。助手席に座った遼の表情は憔悴しきっていた。こんな表情の遼を見るのは、あの時以来だと岸は昔を思い返していた。遼が養成所に通っていた時、デビュー決まっていたが、事務所の意向でデビューが白紙になったことがあった。当時も今のようにひどく落ち込んで、憔悴していた。
何と声をかければいいかわからなかった岸は、黙ったままエンジンをかけ、車を発進させた。岸は運転中は適当にラジオをかけているが、今はそんな雰囲気ではない。エンジン音だけが車内に低く響いた。
遼のマンションの地下駐車場に着いたときには、十二時を過ぎていた。結局二人は会話を交わさなかった。
「明日の朝、迎えに来るから」
岸は車を降りようとする遼に声をかけた。いつもなら遠慮する遼だが、黙ったまま頷き、車を降りた。
どよんと暗い瞳をした遼を心配しつつ、岸は遼のマンションを後にした。岸はハンドルを握りながら、疲れがどっと肩にのしかかる感覚に、顔を顰めた。関与しなくてもいいことはわかっているが、このまま何も知らないで終わることが腑に落ちない。須川と三門には明日の朝改めて連絡することを決め、岸は夜の道路に車を走らせた。
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