青天の霹靂

SHIZU

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愛でも恋でも

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気付いたら俺は眠っていて、起きたときは昼だった。
「飲みすぎて眠ってしまったな?」
と味噌汁を出しながら新さんが言った。
「あれ?こんな時間なのにまだ家にいるの?」
「今日は仕事が休みだからな」
「じゃあ、これを食べたら街を案内してよ!」
「そうだな。行こうか」

江戸の街は新鮮だった。
時代劇でしか見た事ないけど、そんなベタなやつをやってみたかった。
団子屋さんでお団子を食べて、船頭さんがいる船に2人で乗って川を下った。
髪を纏めた町娘や、腰に刀を差したお侍さん。
すげー!
テンションが上がっている俺を、
「こらこら…」
と言いながら新さんが注意をする。
デートみたいだった。
嬉しくて、少し恥ずかしくて、でも楽しくて。
そう思ってるのは俺だけなんだろうな…

「あー楽しかったー!」
「そうだな」
帰りは蕎麦を食べて帰ってきた。
「あそこ美味しいよね!」
「渉の時代の人間の口にも合うのか?」
「うん。俺わりと味音痴だから」
「そうか…ってそれは不味いってことか?」
「違う!違う!」
「そうか…不味かったのか…」
「違うってー!」
「わかった、わかった。明日は仕事だ。寝るぞ」
そう言って微笑む新さんの顔が好きだ。
俺、もう元の時代に戻れなくてもいいかもな…

翌朝いつもより早く目が覚めた。
庭の方から音がする。
向かうとそこには剣術の稽古をする新さんがいた。
彼の姿をしばらく見ていた。
「かっこいいね…」
「あ、渉。いたのか。お前もやるか?」
「いいの?」
「教えるよ」
と言って、押入れにしまっていた木刀を俺に渡した。
「こうやって構えて。こう…」
「こうやって?こう?」
1時間くらい稽古をつけてもらった。
「渉は覚えが早いな。筋もいい。汗をかいたから、風呂に入って仕事に行ってくる」
「あ!俺も行っていい?」
「また覗き見か?」
そう言って、イタズラな笑顔を見せる。
毎日毎日、好きになっていく気がする。
新さんには特別な人が…竜さんがいるのに…
「違う!雑用でもいいから仕事がないか、お杏さんに聞いてみようと思って。世話になりっぱなしもいやだから」
「気を使わなくていい。が来るまで、ここで暮らせばいいのだから」
。あぁ、俺が元の時代に帰るときってことか。
俺はちょっと帰りたくないって思ってる。
でも新さんはなんとも思ってないんだ。
俺はたぶん、新さんに恋をした。
だけど新さんの俺に対する気持ちは愛でも恋でもないんだろうな。

店に着くと新さんは前と同じ部屋に入って行った。
俺はお杏さんに事情を説明した。
タイムスリップのことは伏せて。
「なるほど。川で溺れて倒れていた所を新に助けてもらって、昔の記憶が曖昧だから、新の家で居候させてもらってるってことね。あの子が拾ったって言ったのはそういうことね?」
「はい。ずっと何もしないのも申し訳ないので、少しでも稼いで家計の足しにしようかと…」
「あの子、べらぼうに稼いでるから、そんな心配せずに、ゆっくり記憶を取り戻せばいいと思うけど?」
「でも、家にいても暇なんで」
「まあそうか。うちとしては人手は欲しいから大歓迎よ!店に出てくれてもいいし!」
「いや、それは…」
ついでに俺は気になっていたことを聞いた。
「初めてお会いしたとき、お杏さん、私の顔を見て一瞬戸惑いましたよね?あれはどうしてですか?」
「あー。あなた結構鋭いわね。林太郎にね、似てるというか、面影がね」
「林太郎…さん?」
「あら?聞いてないの?弟の林太郎りんたろうのこと」
「あ、5つ年が下の弟がいたというのは聞きました。10年くらい前に、自分以外の家族はみんな亡くなったと…」
「そう…あの子話したの?そのこと。珍しいわね」
「そうなんですか?」
「あんまり自分のことを話さないから。誰も寄せ付けないというかね。でもあなたには話したのね。林太郎に似ているからかしら…」
あぁ、そうか。新さんが俺に優しくするのは、弟さんの面影を俺に見ているからか。
弟さんの代わりに…そうか、そうだよな。
新さんにはもう特別がいる。
来て1週間やそこらの俺が、どうにか出来る関係じゃないよな。
俺は2階の廊下を掃除しながら考えていた。
ふと下を見ると、そこには竜さんの姿が見えた。










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