闇の魔女と呼ばないで!

遙かなた

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2部 4章

第二幕 4章 28話 壊れた少女

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 いくつもの死体が転がる中、ツバサはその場に佇んでいる。
 頬には止まることを知らない川のように、透き通った涙が流れていた。


「あら、なぁに……もう全滅しちゃったの?」
「………ココア」


 ツバサが声の下方向を振り向くと、そこには見知った顔の少女が立っている。
 彼女は、ツバサの周りに転がっている男たちに死体を見ると、がっかりとしたような表情をする。


「ココア……どうしてここに?」


 ココアの事だ、自分のせいで私の両親が死んだと思い悲しんでいるだろう……ツバサはそう思っていた。
 だが、目の前にいる少女の顔に後悔や悲しみの表情は浮かんでいない。
 まるで、興味無さそうな……誰が死んでいようが構わないという彼女の態度にツバサは困惑した。


「どうしてって、貴方を追ってきたに決まっているじゃない」
「それは……解るけど……なんか変だよ?どうしたのココア?」


 確かに、ツバサとココアは凄く仲が良かった……そのツバサの両親が殺されて、そのきっかけを作ったのがココアである……それならば、彼女は自分の事を攻めるだろう……まだ二人の事をそれ程知らない私ですらそう思っていた……それなのに、ココアは悲しむ素振りを見せない……それどころか、これでは……。


 そこまで考えて私は災厄の魔女と戦っている時、彼女の言葉を思い出した……そうだ、彼女は親友に裏切られたと言っていた……それってもしかして、この時のこと?


「別に変じゃないよ?」
「だって……そんなの絶対あり得ないけど……今のあなたを見ているとまるで……」
「ツバサの両親が殺されるように仕向けたのは私みたい……って?」
「っ!……」


 そう、さっきのもう全滅しちゃったの?という発言は明らかにツバサの両親を殺した相手の事だ。
 まるで、その人たちが自分の仲間のような口ぶりである……いや、仲間というより手駒のような……。
 でも、どうしてココアがそんなことを?



「アハハ、まだ信じられないって顔をしてるね……うん、いいよ、教えてあげる!」
「コ、ココア……?嘘よね……嘘だよね?」
「ううん、本当だよ!その人たちにツバサの両親を殺してって頼んだのは私だよ♪」
「そ、そんな……なんで……なんでっ!?」


 ココアの口から出たその発言をまだ信じられないのだろう。
 ツバサの心の中には困惑の気持ちしか沸いていない。
 今起きている出来事が本当の事なのかどうかも疑っているようであった。
 だが、そんなツバサにココアは追い打ちをかける。


「理由?……えっと、そう……私は昔からツバサが嫌いだったんだよ」
「……え?」
「親友面して、近寄ってきたりしてほんとウザかったの……だからね、ツバサが嫌がることをしようと思ったんだよ♪」
「そんな……理由?」
「そうだよ?」
「私が嫌いってだけで……お父さんとお母さんを殺したの?」
「うん、そう♪」


 ツバサの中に怒りの感情が沸いてくる。
 それはそうだ、ただ自分が嫌いだったのなら自分に来ればいい。
 そんな理由で両親を殺すなんて許せるわけがない……。

 ツバサの中でこの光景を見ている私ですらそう思う……。
 ココアの行動は大した意味もなく悪質である……そう思うのだが……なんか変だよ。

 私はそう思うのだが、両親を失ったツバサは冷静に考えることが出来ないのだろう……今のココアの発言を完全に信じてしまっている……そして。


(ツバサ……その怒りの感情を爆発させるがいい……そうすればお前はさらに強くなれる)
「ココア………ココアアアアアアア!!!」


 ツバサの怒りが弾けると同時に、ツバサの赤い魔力があふれ出す。
 その溢れた魔力にココアが魔術を乗せたのだろう、その魔力は大爆発を起こしツバサの家と、その周囲にあるすべての物を吹き飛ばしてしまった。

 辺りは、一面平らになり、木も草も何もかもが無くなってしまう。


 そんな中、ツバサはその爆発の中心でまるで生気を失ったかのように佇んでいた。
 間近でその爆発を受けたはずのココアであったが、どういう理由かまだ生きていた。
 ココアは瓦礫の中から這い出すと、小さく舌打ちをする。

 この凄い爆発でローランシアに住んでいた他の人達が何事かと集まってきた。
 忌々しいという表情をしていたココアだったが、その集まってきた人を見て口元を歪ませる。
 その表情は幼い少女がしていいようなものではない程、禍々しいものであった。


「助けて!!助けてください!!あの魔女に……殺される!!」
「………」


 そうやって、集まってきた大人たちに助けを求めるココアをツバサは唯、目だけで追っていた。


「お嬢ちゃん、これは一体?魔女っていうのはあそこにいる子のことかい?」
「そうです!あの魔女が、自分の両親を殺してそれを見た私を殺そうとしているんです!!」


 なっ!?
 デタラメもいいところだよ!ツバサが自分の両親を殺したって……!


「何だって?……確かに人間には思えない……お嬢ちゃんの言う通り……あれは魔女だ!」



 ココアが助けを求めた男性がそう叫ぶ……そんな、確かに赤い魔力を放っているツバサは尋常ではないのかもしれない……でも、それだけで決めつけるなんて……これじゃあ……まるで……。


「魔女……魔女が現れたのか!?」
「あれが、魔女……怖い」
「おい、城に誰か助けを呼びに行けよ!」
「自分の両親を殺すなんて……なんて奴だ!」
「あんな魔女、生かしておいちゃいけない!!」


 集まってきた人々が口々に言う。
 待ってよ、おかしいよ!なんで……なんでこうなるの!?

 私はアンダールシアでの事を思い出し、胸が苦しくなる。
 こんなの……ひどいよ……。


「魔女はどこだ!!」


 お城の兵士なのだろう、武装した集団がやってきた。


「あれだ、あれが魔女だ!早く何とかしてくれ!」


 ココアが助けを求めた男性が、指を刺し兵士たちを焚きつける。
 兵士たちはツバサを囲むと、力尽くで抑え込もうとした。


(これが人間よ……愚かで醜い……ツバサよ、どうだ?こんな醜いものは殺しつくさぬか?)
「………興味ない」
(なんだと?お前の親友はお前を裏切り、両親を殺したのだぞ?)
「そうね、憎いわ……ココアもこんな愚かなことをする人間も」
(そうだろう?ならば殺せ……こ奴らに生きる価値なんてない!)
「それには同感よ……影手炎爆フレアタッチ


 ツバサが呟くと、彼女を抑え込もうとしていた兵士たちが爆発する。
 

「キャアアアアアアアアアアアア!」



 それを見ていた人々が悲鳴を上げ始めた。
 先ほどまでまるで親の仇を見るような目でツバサを見ていた人々が今度は恐怖の表情を浮かべて逃げ惑う。その代わり様を見てツバサは表情を歪めた。


「面白いわね……さっきまではあんなに粋がっていたのに……今度はそんなに怯えて」


 人々の恐怖の表情を見て、ツバサは笑う。
 自分の心にぽっかりと空いた穴をそれで埋めるかのように……それを楽しいことだと思い込むように、陽気に笑った。

 彼女は耐えられないのだ……すべてを失ったことに……そして、失ったものを埋めるかのように新しい楽しみを見つけようとしているのだろう……笑っている……彼女は笑っているのに……私には彼女が泣いているように見えた。


(うむ、実に愉快だ……人間を殺すのは愉しいだろうツバサよ)
「別に、殺すことは愉しくもなんともないわ……彼らの表情が恐怖に歪むのを見るのが愉しいわ」
(そ、そうか……だが、同じことよ……お前が人をこの世から消したいと願うなら我はいくらでも手を貸そう)
「嫌よ、私は人で遊ぶの……こんな面白いことないわ」


 ………そうか……ツバサは耐えられなかったんだ……両親を失い、親友に裏切られて……どこか壊れてしまったんだ……。
 だから、目の前にココアがまだ生きているのに彼女に何も問い詰めようとも殺そうとも考えていない。
 彼女の頭の中には人々の恐怖の表情しか写っていないのだ……それをまるで面白いことのように思い込んでいる……それを愉しまないと彼女の心はきっと折れてしまうのだろう……。

 彼女は自分を支えるために壊れたのだ……矛盾しているようだけど……そんな気がした。
 本当に何もかもが嫌になった時、人は今までの自分を忘れようとするのかもしれない……嫌われること恐れたり、自分をよく見せようとしたり、自分を分かってほしいと思っていたことを完全に忘れて、誰に嫌われようが自分が愉しければそれでいいと思い込むようにしてしまうのだろう。


 私には今のツバサの姿がそう見えた……彼女はもう自分を支えることが出来ないのだ……きっと。
 

 ツバサは、人々の自分を見る目を堪能し、それを愉しむ……そして、ひとしきり楽しんだ後、彼女はこの場を飛び去って行った。

 ココアを殺すでもなく、両親を殺したのは自分ではないと弁明するわけでもなく……その場からいなくなったのだ。
 そして、それを見ていた人々が、兵士を殺し、自分たちが恐怖する姿を見て楽しむ魔女……そう認識してしまった。その人たちは誰が言い始めたでもなく、ツバサの事を災厄の魔女と呼ぶようになった。



 私は、飛び去ったツバサを地上から見ていた。
 いつの間にかツバサの中から追い出されていた。
 なぜ……どうしてこうなるの?
 意味が解らない……ココアの行動もココアが助けを求めたときの男性の行動も……。
 理由が判らないのだ……もし自分が嫌いな相手がいたとして、だからと言って嫌がらせの為に両親を殺すだろうか?……そんな馬鹿な事を考えるわけがない。
 女の子が助けを求めに来て、確かに禍々しい魔力を放った女の子が爆発の中心にいたとして……その少女が自分の両親を殺したと言われてすぐに信じるだろうか?

 少なくとも私は信じない……なぜそうなったのかくらいは聞くだろう……だが、あの男性は何も問わずすぐに決めつけた……あの行動もおかしいと思う。

 
 私が頭を捻っていると……いつの間に周りは暗闇になっていた。
 もう、過去は見せ終わったのだろうか……そう思った時、私の眼の前に一人の少女が現れた。

 青い髪の少女……ココアであった。
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