闇の魔女と呼ばないで!

遙かなた

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2部 4章

第二幕 4章 51話 魔女再び

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「あははは、バレちまった……まあ、今更だけどな」
「何者だ!」


 クダンの姿をした者の身体が一瞬にして別人へと変わる。
 ラージェである。


「いやぁ、魔女さん達にはすぐに見破られてたから自信無くなってきてたけど……やっぱり普通はバレねぇよなぁ?」
「……くっ……白の傭兵団か?」


 ラージェはにっこりと微笑むと頷いて返した。
 ドーガはラージェから距離を取る。
 最悪なことに出口は入ってきた隠し扉のみ、そしてその扉はラージェの後ろにあるのだ。
 逃げることが出来ない。


「一体何が目的なんだ?」
「さっきも言ったじゃないか?坊主の血が欲しいんだよ」


 血……そういえば、先ほどクダンの姿の時にそう言っていた。
 だが、どうして?


「ああ、坊主は知らねぇのか」
「……何をだ?」
「アンタらローランシアの王族は自らの血で邪神の力を封じ込めていたのさ……その玉にな」


 ラージェが指さしたのはドーガの懐に入っている赤い宝玉である。
 確かに白の傭兵団がこの宝玉を狙っていると聞いていたが……これが邪神の力を封じ込めたもの?
 だとすれば、父上の言っていた秘術というのは邪神の力を封じる術のことでこの場所はその儀式の間ということなのだろう……そして、王族の血で封じられているのだ……同じ王族の血で解除することが出来る……ということなのだろう。

 最悪だ……邪神と言えば邪鬼たちの王の事ではないか……そんなものの力がこの世に解き放たれていいわけがない……それにしても……。


「なんで、邪神の力を狙う!貴様らとて人間だろう!邪神の力で邪鬼たちの力が増したら困るんじゃないか?」
「ああ、別に困らねぇよ……俺たち白の傭兵団は邪神が復活した後も今まで通り自由に生きていいって言われているからなぁ……いや、むしろ今まで以上にやりたい放題出来る……法なんてくだらねぇものの無い世界でな」


 ば、馬鹿な……そんな世界、ただの地獄じゃないか……。
 そんな世界にしていいはずが無い……渡せない……こいつらにだけはこの宝玉を渡してはいけない……でも……。


「ははは、逃げれるなんて思っちゃいねぇよな?悪いけど、坊主を逃がすほど、俺も落ちぶれちゃいないぜ?」
「くっ……」


 余裕の笑みを浮かべながらこちらへ近づいてくるラージェ。


「俺から宝玉を奪っても……魔女たちがお前を逃がさないぞ!」
「ふふ……そうだな、あの魔女たちが来ちまったら俺も太刀打ちが出来ねぇ……だがよぉ、ルークードの旦那があの魔女を片付けてくれる……もし駄目だったとしてもここの扉の前にはすでにギャーゴが待機してるんだ……お前の血で力を解放した宝玉を奪ったらとっとと空間移動で逃げさせてもらうさ」


 用意周到である……。
 マズい……自分の命もだが……それ以上に世界の危機である……。
 アンダールシア……いや、レンシアは邪神を解き放つなど、一体何を考えているのだろうか?
 人類が滅ぶかもしれないんだぞ?


「さあ、魔女は来ないぞ……坊主、観念しな」
「あら、魔女なら来ているわよ?」


 密閉された空間に女性の声が響く。
 その声を聴いて弾けるようにこの部屋の入口の方を見るラージェ。
 そして、そこに立っていたのは一人の女性であった……声を聴いた時魔女が助けに来てくれたのかとドーガは期待した……だが、そこに立っている女性はカモメではない。
 不気味な赤い髪をした一人の女性である。
 いや、見た目は美人であるのだが……それでも異様な雰囲気を発している為……不気味という言葉が相応しい……。誰だ……?助け……なのか?


「あ、アンタは……」
「へぇ、アンタがラージェね?」
「あ、ああ……」


 ラージェが驚いている……いや、恐怖している?
 彼は眼を見開き、額には汗を一杯に滲ませていた。
 驚きと恐怖……そして不安が入り混じったようなそんな顔をしている。

 
「あら、なんて顔をしているのよ?あなたに会いに来たのよ?」
「へ、へぇ……災厄の魔女とも呼ばれるお方がなんで俺なんかに?」
「あら、私の事を知っているのね?」


 しまったという表情でラージェは舌打ちをする。
 災厄の魔女……?それはこの国で生まれた災厄の魔女の事か?
 ドーガが幼い頃に一度、この町の一角を破壊し、その後はいたるところで不幸を広げて回っているという忌まわしい魔女ではないか。

 カモメのようなのほほんとした魔女ではない……本物の悪の魔女である。


「う、噂で聞いているんですよ」
「噂ねぇ……噂では私の容姿は解らないと思うけれど?それに今は髪の色も変わっているしねぇ……ふぅん、アンタ何か隠しているわね?」
「な、何を言っているんですかい……それより、俺に会いに来たってのは一体どういう用件なんです?」


 しどろもどろに答えるラージェに、災厄の魔女は口端を上げ鋭い眼光を飛ばす。
 その眼光を見てラージェは一瞬にして口を噤んでしまった。
 無理もない、恐ろしいほどに鋭い眼が雄弁と語っていたのだ……『口を閉じなさい』と。
 そして、ゆっくりと歩きこちらに近づいてくる災厄の魔女。


「ギャーゴ!何をしている!俺を逃がせ!!」


 そういえば、あの無表情の人形がこの入り口の前で待機していると言っていた。
 だが、おかしくないか?魔女は確かにその入り口から現れたのだ……あのギャーゴと会っていないわけがない。


「ギャーゴ?ああ、ここにはいるときに邪魔してきた人形ね?あれなら壊したわよ?邪魔だったから」
「なっ!?」
「まあ、グラーゴが壊さないでくれって泣いていたけど……私の邪魔をしたんだもの仕方ないわよね♪」



 ギャーゴが壊された……つまり、ラージェは逃げる手段を失っと言う訳だ。
 そして、入り口は魔女の背……先ほどのドーガの立場にラージェは立たされていた。


「おかしいわね、なんでそんなに私から逃げようとするのかしら?私はあなたを仲間にしに来たんだけど……」
「仲間……?」
「そうよ、変装が得意な奴って何かと便利そうじゃない……って思ったんだけど気が変わったわ……あなた、何を隠しているの?」
「うぐ……」


 ラージェが言葉に詰まる……確かに、あの魔女が来た時からラージェは恐怖を感じていた。
 それはつまり、あの魔女に殺されるかもしれないと思っていたということだ。
 だが、面識がないのであればいきなりそんなことは思わないだろう……ドーガでさえ、あの魔女を不気味だと思うくらいだったのだ……それなのに、ラージェは完全に恐怖を感じていた……まるで魔女が自分を殺しに来たと思っているかのように……それ程の事をラージェは胸に秘めているということになる。

 だが、これはチャンスではないか?魔女にラージェを倒させれば自分は助かる可能性がある。
 それならば、この状況を利用できないだろうか?
 そう思い、ドーガは口を開いた。


「こ奴は邪神を復活させるつもりだ!邪神を復活させ、人間を滅ぼすつもりなんだ!……だから、人間であるお前とも敵同士なのではないか!」


 自分に思いつくのはこれくらいである……正直、これでそこまで恐怖を感じるとは思えない……だが、これも立派な敵対行動の筈だ……魔女とラージェが争い始めてくれれば逃げるチャンスも出来る……とにかく今はそのチャンスを作らなければならない。


「邪神……?」
「そうだ、だからお前の事も殺そうとしているのではないか!」
「ふ、ふふふふ……あ~っはっはっは!」


 魔女が突然笑い出す……どうしたのだ?俺はそんなに面白いことを言った覚えはない。
 敵対心を持たせるために行ったはずの言葉なのになぜ魔女は笑う?


「そう、アンタを復活させたいんだってさ……よかったわねぇ……ふふふ、忠実な下僕の一人じゃないの喜びなさいな……ふふふ」


 突然、魔女が独り言を言い出す……なんなのだ……この女……狂っているのか?


「それよりも坊や……誰が勝手にしゃべっていいって言ったのかしら?」
「なっ……がっ!?」


 突如現れた影の手がドーガの首を掴み締め上げた。
 尋常じゃない力が影の手に加えられ、ドーガは息をすることも出来ない。


「ただのゴミが私の会話の邪魔をするんじゃないわよ……死になさい」


 魔女がさらに影の手に力を加えようとしたその時である……魔女の動きが止まり、力を込めていた影の手が消えた。
 締め上げられ、1mほど浮き上がっていたドーガが地面に尻餅をつき、必死に呼吸をし始める。


「コ……コア……?」
「……何?」


 魔女が辺りを見回す……きょろきょろと何かを探すように……そして、先ほどまでの狂ったような表情ではなくなりまるで怯えた少女のような表情であたりを必死に探していた。


「声が……聞こえた……ココアの声……殺しちゃ駄目って……」
「馬鹿な!あの嬢ちゃんは俺とジーニアスの旦那で殺して……あっ」


 ラージェが自分の失言に気づき、咄嗟に両手で口を塞ぐ……だが、もう遅い。
 

「………あ?」


 魔女は先ほどまでとは比べられない程の狂気と……そして、近くにいるだけでのドーガでさえもまるで心臓を掴まれ潰されそうになるくらいの恐怖を感じる程の殺気を放つ。
 すでにもう人間の眼とは思えないその血走った目で……ラージェを見ているのだった。
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