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2部 4章
第二幕 4章 52話 少年の想い
しおりを挟む「アンタ……今なんて言った?……ココアを……コロシタ?」
「う……あ……」
何て殺気……先ほどまでの不気味さなんてとんでもない……今はこの場からすぐにでも逃げ出したくなるほどの恐怖をドーガは感じている。
あの殺気は自分に向けられているものではない……さっき殺されそうになったときですらこんな恐怖は感じなかった……まるで、相手の存在全てを壊そうとするくらいの殺気……白の傭兵団であり何人もの人を殺してきているであろうラージェが生まれたての小鹿のように体に力が入らず、小刻みに震えている。
言葉もまともに発することが出来ないのかあ……とかう……とかしか言えないようだ。
それも仕方がない、自分の存在を今にでも消してしまいそうな相手に睨まれているのだから。
自分があの立場だったら今にも粗相をして泣き叫んでいただろう。
「答えなさい……誰を……殺したって?」
「そ……それは……」
ラージェはそこ前言うと、その後の言葉を出すことが出来ず口パクパクと動かすだけである。
それも仕方がない……だって、恐らく正直に言ってしまえば、待つのは死のみ。
だが……。
「ぎゃあああああああ!!」
一向に話そうとしないラージェに災厄の魔女は痺れを切らし、影の魔法でラージェの太ももを貫いた。
「聞こえなかったかしら?正直に答えなさい……さもないと……死ぬよりひどい目に合わせるわよ?」
「ひっ!……話す!話しますから!」
ラージェがまるで土下座のように地面に伏して命乞いをする。
この間ならば逃げれるのでは……と、頭の中でドーガは考えるが……災厄の魔女の殺気に当てられ体が言うことをきかない……一歩でも動いたら殺されるのでは?そう言う考えが頭から離れず体を動かそうとしてくれないのだ。
「ジーニアスの旦那……アンダールシアの宰相の旦那に依頼されてアンタの親友を殺した……アンタの中の邪神を復活させるために!……俺だってそんなことしたくなかったけどするしかなかったんだ!だから、頼む殺さないでく……げぇ」
ラージェの命乞いは最後まで言わせてもらえず、ラージェは体全身を影の針で貫かれる。
そして、そのまま地面に倒れた。
白の傭兵団の人間をああも容易く……まるで虫を殺すかのように殺してしまった……。
こいつはヤバい……出会ってはいけない類の人間だ。
「そう……アンダールシアの宰相ね……舐めた真似をしてくれたわね……」
ラージェを殺したにもかかわらず災厄の魔女の殺気は収まらない。
いや、むしろ先ほどまでよりもさらに凶悪になったのではないだろうか?
「うるさいわね……ココアがどうなろうと知ったことじゃないわ……でも、私を舐めたことの罰は受けてもらうつもりよ……闇の魔女より先にアンダールシアを滅ぼすわよ」
魔女がまたも独り言をつぶやく……誰かと会話をしているのか?
この場には自分と魔女以外は死体となったラージェしかいないはずである……遠くと交信をする魔法でもあるのだろうか?だが……それでも聞き逃せない言葉を聞いた。
アンダールシアは滅ぼす……今のアンダールシアはレンシアに乗っ取られているようなものである。
本来の王は居らず、その娘の王女も国を追われた……だから、もしその乗っ取った相手だけを倒すというのであれば問題はない……恐らく魔女にちょっかいを出した相手……宰相のジーニアスもレンシア側の人間だろう……でも、今魔女はアンダールシアを『滅ぼす』と言った……それはつまり、その国に住む何の罪もない人間も含めてという意味だろう……そうでなければそんな表現を使わないはずだ……。
ジーニアスを殺すという表現でもいいはずである。
あのメリッサ王女の国が滅ぼされる……我がローランシアと同じように……この国の人間のほとんどを殺されたとき、自分は身が裂けるような思いをした……母親殺しの汚名を着せられ、その上自分の国を滅ぼされたなんて言ったら……あの健気な王女はさらに傷つくだろう……。
あの子の泣く姿は見たくない……だって自分は……あの子の笑顔に惚れていたのだから……。
自分と同じように苦境に立たされながらも前を見て歩くあの王女に自分は笑っていてほしかった。
他国の王子と王女である……結ばれようとは思ってもいない……それでも、味方ではいたかった……だから……。
「……待て」
「……あら、まだいたの?」
「アンダールシアの国民は何の罪もない……お前が恨みを持つのは宰相のジーニアスだけのはずだ……アンダールシアを滅ぼす理由がどこにある」
「無いわね」
「それならっ」
「たかが虫を殺すのに理由なんていらないわよ……どうせ、人間なんて生きている価値無いんだもの……ついでに死んじゃえばいいのよ?……ココアのように」
何て言い草だ……駄目だ、こいつには言葉は通じない……狂っている。
なら、このままこいつを逃がしていいわけがない……自分なんかでは到底相手にならないだろう……それは解っている……いや、そもそも、こいつから逃げることすら出来ないだろう。
でも、何か……何かしないと……アンダールシアは……いや、世界はこいつに滅ぼされてしまう。
「あん?宝玉?……そう言えば言っていたわね……アンタの力が封じられているんだっけ?欲しいわけ?」
魔女がまた独り言を言う……宝玉?俺の持っているこの邪神の力を封じた宝玉のことか?
いや、待てよ……さっき死ぬ前にラージェはなんて言っていた?……確か、魔女の中の邪神を復活させるためとか言っていなかったか?
それはつまり……この宝玉を魔女に渡してしまったら……邪神が力を取り戻す?
馬鹿な、それでは完全に世界が滅ぶではないか……。
「まあ、アンタが欲しいんなら良いわよ……アンタの力が解放されるなら私もさらに強くなれるんでしょうしね」
マズい……最悪である……こいつを止めるどころか世界の危機に陥ってしまったではないか……もし宝玉がこいつの手に渡ったら……駄目だ、何としてもそれは阻止しないと……。
「がっ」
ドーガはその場から逃げ出そうと走り出す……だが、影の槍がドーガの足を貫きドーガはその場に転がる。
「アンタ馬鹿なのかしら?逃げれるわけないじゃい……いいえ、生きて帰れるわけがないでしょう?」
「くっ……お前は何を考えている!邪神に操られているのか!なぜ人間を滅ぼす!」
「操られてなんていないわよ、失礼ね……人間を滅ぼす理由?別にそんなもの無いわよ……強いて言うなら目障りだからかしらね……仲良くやってる人間を見るのも嫌……不幸な人間を見るのも嫌……人間なんて存在している意味ないじゃない……他人を護るために足掻く姿を見るのは愉しかったけど……それももう、飽きたわ」
な、何を言っているのか……意味が解らん……人間に興味がない?……いや、それならばこんな行動を起こすわけがない……なら、興味が無いと自分に言い聞かせているのか?……そうか……この魔女は……。
「お前は……」
「うるさいわね」
「がっ!」
無数の影の槍がドーガを貫いた。
ドーガの想いも虚しく……何も出来ないままにその体は動くことが無くなる。
なんてことだ……父上、母上……ごめんなさい……ローランシアの再興……出来ませんでした。
自分はなんて愚かなのだろう……もしあの時、言葉を発しず逃げることだけを考えていれば逃げられたのだろうか?いや、この宝玉を持っている限りそれは叶わないだろう……クダンが偽物と気づかなかった時点で自分の死は決まっていたのだ……何も出来ないまま……何も残せないまま……それどころか自分のせいで邪神がさらに力を持ってしまう……すまない、クダン、シグレ……俺はやっぱりただの子供だった……何も出来ないただの子供……すまない、アンダールシアの姫よ……お前の国を破滅に追いやってしまう……この世界は……滅んでしまうかもしれない……………………………………。
……………嫌だ……そんなのは嫌だ!!
死にたくない……こんなところで死にたくない!
そう思っているのに!……そう願っているのに体はどんどんと力を失っていく……冷たくなっていく……どんどんと血が流れていく……俺の中の物がドンドンとなくなっていってしまう……いや……だ。
「あら、死んだみたいね」
(それよりも、宝玉を手に入れないか)
「はいはい、焦るんじゃないわよ……と、これかしら?あら、血でべとべとじゃない……汚いわねぇ」
(自分でやったことだろうに)
「って、なにこれ?光ってるんだけど?」
(術者の血縁の血を吸って封印が解かれようとしているのだ)
「へえ、それじゃ、アンタの力が戻るのね?それで、戻るとどうなるの?」
(今まで以上にお前の役に立てるだろう)
「あら、私の身体を乗っ取って甦るわけじゃないのね」
(そんなことはせん……我はお前を気に入っておる……お前がその命を失うまではお前に付き合うさ)
「それはどーも……っと、宝玉が砕け……って、なにこれ!?」
(これが我の本当の力よ)
「へぇ……ふふふ、すごい!すごいじゃない!これなら誰にも負けないわ!あの闇の魔女にも!ふふふふふふふ、あ~っはっはっはっは!!」
動くものは魔女のみ……そうなった空間に魔女の高笑いが木霊する。
魔女は邪神の本来の力を手に入れたのだった。
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