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第四回 父の話1
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暖かな日差しが降り注ぐ春の日。屋敷というほどではないがそれなりに裕福な商家である。
アタハンは悩んでいた。
彼は5人兄弟の長男で、父親がなくなった後、商家をついで織物、特に絨毯を扱っている。
その他の兄弟は皆違う業種で、商会を開いたり、親戚の商家の番頭をしたりしている。つまり一族総出で根っからの商人一家だった。
しかし彼はどちらかと言うと気が弱く、口もあまり上手くない方で、多分商売に一番向いていない。組合でも、父の代には大きかった発言力が、見る間に削がれてしまった。商売の基盤である仕入れも、得意先にも恵まれており、顔だけで商売していくことにとりあえず問題はなかったのだが、昨今のきな臭い政治状況や技術革新による新しい素材の流入、詰まりは綿製品の台頭に多少の危機感を抱いていた。
それでも、はるか東から仕入れる鮮やかで丁寧な仕上げの、何度も洗って縮ませながら目の詰まった極上の織を実現させた絨毯は、国でも指折りの銘品だった。
しかしそれは自分の力で得たものではない。父やその父の代から連綿と続く商家としての一族の努力の結晶であり、どうにも力足りずの自分に、これを引き継がせた父の意図がよくわからなかったのだ。
兄弟で一番口のうまい、次男は奴隷商人の親戚に養子で入り、それなりの差配をしているという。
兄弟で一番頭がよく、幾つもの言葉を操る三男は独立して商品作物の問屋を始めている。扱う商品は多岐にわたり、ナツメヤシ、胡麻、胡椒、様々な果物に香辛料、様々な国の色んな商人と取引をし、香辛料組合からも一目を置かれているという。
兄弟で一番計算が得意な四男は、兄弟で一番力が強い五男と一緒に造船組合の組合長、これも親戚であるのだが、ここに弟子入りして船造りと魚問屋としての地歩を固めているという。
自分はどうだろう?
亡父には、もっと落ち着けとよく言われた。どっしりと構えろ、威厳が大事であると諭されることが多かった。
本来的に自分は怠け者だ。自分でできることでも、できるだけ人にしてもらう。ちょっと潔癖症気味で、掃除や洗濯が行き届いていないと機嫌が悪くなる。食事もそうで、来客のある日など前日から口うるさくメイドを使い、一々献立に口を出す。仕入先まで旅をしても、ついつい口出しをして、そちらの家長の勘気をこうむってしまったこともある。
面倒くさがりなくせに細かく、気が小さい。これは商人にとって致命的ではないだろうか?
大体こうやってうじうじ悩む事自体、向いていないような気がして仕方ないのである。
とにかく目前の重大なテーマに何らかの回答を見つけ出さないとならない。
その客は不意に訪れた。身なりのしっかりした、精悍な男性だ。
突然の来訪の無礼を詫びる。アタは上客の匂いをプンプン撒き散らすこの男を、上客にいつもするように部屋に招き入れ、最上のお茶とお菓子を供する。焦ってはならない。素早く値踏みして、言葉の訛り方を考慮して、好みそうな話を考える。
「うちは絨毯で商売をさせてもらっておりますが、一族は皆商人でして、様々な商いをさせていただいております。遠方から色々なものを仕入れ、また注文を受けてつくり、お客様に満足していただくのが商人の勤めでございます。」
「そうですか。それは良かった。実は、王の勅命なんです。」
はっ!?
「王様にございますか。」
「はい。私宰相代理をしておりまして。」
ひーっ!いや、うちなんかそんな中堅もいいところなのに。
「先代に納めていただいたタペストリーを今上が殊の外気に入りまして。是非新たなものを欲しいと。」
「そうでございますか。それはもう、我々の最上のものをお作りさせていただきます。」
そういう話なら、以前父が納めたものを調べて、好みを把握するのが必須だな。それに最近出入りしている御用商人は誰だっけ。
「……いえ。それがですね。ご覧になられたのは我が王家の好みではなく、西の蛮族のためのものでして。恐らく西の国が注文したものが流れてこちらに献上されたと思うのですが、それがなかなか美しく、后妃様の目に留まったのです。ご存知かもしれませんが、后妃は西の国の奴……うぉっほん、西の国からはるばる来られた方でして。その方の気に入るようなものを早急にと申されまして。」
あー。いやいや。絨毯はすぐには出来ない。何ヶ月も、何年もかかるんだが。知ってるよね?
「そうでございますか。それはなかなか難しいお話ではございますね。」
「はい。駱駝の蹄商会の会頭殿にアタハン殿を紹介いただきまして。」
駱駝の蹄か……。親父が以前に無茶したことがあったよなあ。
「そうですか。」
それでも勿論笑顔は忘れない。何か、何か打開策はないだろうか。
「もともとムラサキウマゴヤシ商会さんの方で納品されたタペストリーが気に入られたとの由、やはりここはこちらにお願いするのが筋であろうとのことで。」
「ありがたいお話でございます。しかし一体どのくらいの期間で仕上げれば宜しいのでしょうか。御存知の通り、」
「来月に后妃様のお誕生日がございます。それまでにお願いいたしたく。」
「……来月ですか。それはまた急なお話でございますねえ……。」
「無理は承知の上でお願いする他無く、まかりこした次第でございます。」
「お好みの柄とか産地とか、何かございませんでしょうか。」
「それが、全くわからないのでございます。何しろ西のばんぞ、いえ、異なる色白き部族の方であるとしか。何をお好みで何をお嫌いかも。」
「それは…困りましたね…。」
男はさっさと帰っていった。押し付けられてしまった。
さあどうするか。色白きものと言えば、とりあえず奴隷商のアラム、船乗りの話はサラムとハサムだな。いや、サダムはオリーブや果物の取引で西方にも行ってるはずだし、叔父貴も、そうだな、早急に何か口実を作って宴会をしよう。そういえばミライもそろそろ生まれて三年が経つな。神に感謝しなければならない。あんな可愛くて……不思議な子供を授けていただけるとは。
アタハンは悩んでいた。
彼は5人兄弟の長男で、父親がなくなった後、商家をついで織物、特に絨毯を扱っている。
その他の兄弟は皆違う業種で、商会を開いたり、親戚の商家の番頭をしたりしている。つまり一族総出で根っからの商人一家だった。
しかし彼はどちらかと言うと気が弱く、口もあまり上手くない方で、多分商売に一番向いていない。組合でも、父の代には大きかった発言力が、見る間に削がれてしまった。商売の基盤である仕入れも、得意先にも恵まれており、顔だけで商売していくことにとりあえず問題はなかったのだが、昨今のきな臭い政治状況や技術革新による新しい素材の流入、詰まりは綿製品の台頭に多少の危機感を抱いていた。
それでも、はるか東から仕入れる鮮やかで丁寧な仕上げの、何度も洗って縮ませながら目の詰まった極上の織を実現させた絨毯は、国でも指折りの銘品だった。
しかしそれは自分の力で得たものではない。父やその父の代から連綿と続く商家としての一族の努力の結晶であり、どうにも力足りずの自分に、これを引き継がせた父の意図がよくわからなかったのだ。
兄弟で一番口のうまい、次男は奴隷商人の親戚に養子で入り、それなりの差配をしているという。
兄弟で一番頭がよく、幾つもの言葉を操る三男は独立して商品作物の問屋を始めている。扱う商品は多岐にわたり、ナツメヤシ、胡麻、胡椒、様々な果物に香辛料、様々な国の色んな商人と取引をし、香辛料組合からも一目を置かれているという。
兄弟で一番計算が得意な四男は、兄弟で一番力が強い五男と一緒に造船組合の組合長、これも親戚であるのだが、ここに弟子入りして船造りと魚問屋としての地歩を固めているという。
自分はどうだろう?
亡父には、もっと落ち着けとよく言われた。どっしりと構えろ、威厳が大事であると諭されることが多かった。
本来的に自分は怠け者だ。自分でできることでも、できるだけ人にしてもらう。ちょっと潔癖症気味で、掃除や洗濯が行き届いていないと機嫌が悪くなる。食事もそうで、来客のある日など前日から口うるさくメイドを使い、一々献立に口を出す。仕入先まで旅をしても、ついつい口出しをして、そちらの家長の勘気をこうむってしまったこともある。
面倒くさがりなくせに細かく、気が小さい。これは商人にとって致命的ではないだろうか?
大体こうやってうじうじ悩む事自体、向いていないような気がして仕方ないのである。
とにかく目前の重大なテーマに何らかの回答を見つけ出さないとならない。
その客は不意に訪れた。身なりのしっかりした、精悍な男性だ。
突然の来訪の無礼を詫びる。アタは上客の匂いをプンプン撒き散らすこの男を、上客にいつもするように部屋に招き入れ、最上のお茶とお菓子を供する。焦ってはならない。素早く値踏みして、言葉の訛り方を考慮して、好みそうな話を考える。
「うちは絨毯で商売をさせてもらっておりますが、一族は皆商人でして、様々な商いをさせていただいております。遠方から色々なものを仕入れ、また注文を受けてつくり、お客様に満足していただくのが商人の勤めでございます。」
「そうですか。それは良かった。実は、王の勅命なんです。」
はっ!?
「王様にございますか。」
「はい。私宰相代理をしておりまして。」
ひーっ!いや、うちなんかそんな中堅もいいところなのに。
「先代に納めていただいたタペストリーを今上が殊の外気に入りまして。是非新たなものを欲しいと。」
「そうでございますか。それはもう、我々の最上のものをお作りさせていただきます。」
そういう話なら、以前父が納めたものを調べて、好みを把握するのが必須だな。それに最近出入りしている御用商人は誰だっけ。
「……いえ。それがですね。ご覧になられたのは我が王家の好みではなく、西の蛮族のためのものでして。恐らく西の国が注文したものが流れてこちらに献上されたと思うのですが、それがなかなか美しく、后妃様の目に留まったのです。ご存知かもしれませんが、后妃は西の国の奴……うぉっほん、西の国からはるばる来られた方でして。その方の気に入るようなものを早急にと申されまして。」
あー。いやいや。絨毯はすぐには出来ない。何ヶ月も、何年もかかるんだが。知ってるよね?
「そうでございますか。それはなかなか難しいお話ではございますね。」
「はい。駱駝の蹄商会の会頭殿にアタハン殿を紹介いただきまして。」
駱駝の蹄か……。親父が以前に無茶したことがあったよなあ。
「そうですか。」
それでも勿論笑顔は忘れない。何か、何か打開策はないだろうか。
「もともとムラサキウマゴヤシ商会さんの方で納品されたタペストリーが気に入られたとの由、やはりここはこちらにお願いするのが筋であろうとのことで。」
「ありがたいお話でございます。しかし一体どのくらいの期間で仕上げれば宜しいのでしょうか。御存知の通り、」
「来月に后妃様のお誕生日がございます。それまでにお願いいたしたく。」
「……来月ですか。それはまた急なお話でございますねえ……。」
「無理は承知の上でお願いする他無く、まかりこした次第でございます。」
「お好みの柄とか産地とか、何かございませんでしょうか。」
「それが、全くわからないのでございます。何しろ西のばんぞ、いえ、異なる色白き部族の方であるとしか。何をお好みで何をお嫌いかも。」
「それは…困りましたね…。」
男はさっさと帰っていった。押し付けられてしまった。
さあどうするか。色白きものと言えば、とりあえず奴隷商のアラム、船乗りの話はサラムとハサムだな。いや、サダムはオリーブや果物の取引で西方にも行ってるはずだし、叔父貴も、そうだな、早急に何か口実を作って宴会をしよう。そういえばミライもそろそろ生まれて三年が経つな。神に感謝しなければならない。あんな可愛くて……不思議な子供を授けていただけるとは。
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