呪いの魔女の札占い

拝詩ルルー

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sideダルトン子爵家(シエンナ・ダルトン視点)

「ふざけないで! なんであたしがそんなことしなきゃいけないのさ!?」

 あたしは夫のハリーに執務室に呼び出された。いきなり言われたことに、カッと頭が熱くなる。

「君が雇った執事が、わが家の名義で借金をして、その金を持ち逃げしたんだ。それに、君はたくさんドレスや宝石を持っているじゃないか? 全て使ってるわけじゃないんだから、一つや二つや三つ売ったって構わないだろう? とにかく、今は金が必要なんだ!」

 目の前の執務机では、夫のハリーが頭を抱えて嘆いている。

 薄い頭に、でっぷり出てきたお腹──昔はハンサムだったのに、今では見る影もない。

 付き合ってた男の中で一番羽振りが良かったからあんたを選んであげたというのに、今さら何を言ってるんだか……

「あたしの物を売るんだから、代わりに新しいのを買ってくれるんでしょう?」
「……いや、それは今は……」

 ハリーが歯切れ悪く言葉を濁す。

 あたしは扇子で口元を隠して、フンッと鼻を鳴らした。

 ここ最近のハリーはとことんケチくさくなって、口を開けば金、金、金……
 前はあんなに良かった夫婦仲も、ハリーがそんな勝手なことを言い出すから、今では顔を合わせれば喧嘩ばかりするようになった。

 あたしはシケた男は嫌いだよ。

 あたしは愛人の何人かを思い浮かべた。

 ジャンは比較的最近できた若い愛人だった。顔が良くて、あたしの話をよく聞いてくれるいい子だと思ってた。お金に困っていたようだったから、うちで執事をやらないかって誘ってあげたのに──全く、恩を仇で返すなんてとんでもない奴だよ!

 一番金を持っていそうなのはヘリング伯爵か……
 最近夫人が妊娠したとか噂を聞いたけど、ちょうどいい。祝いに行く振りをして、何か買ってもらおうかしら。夫人に浮気してたことをバラすと言えば、口止めに宝石の一つや二つは買ってくれるだろう。そのぐらい奴のポケットマネーなら痛くないはずさ。

「フンッ。出かけて来る」
「あ、おいっ!? まだ話は終わってないぞ!?」

 ハリーは何かギャーギャー喚いてたけど、あたしはそんなのは無視してさっさと家を出た。行き先は、ヘリング伯爵のタウンハウスだ。


***


「ですから、当家の主人とお約束はございますか?」

 ヘリング伯爵のタウンハウスに着くと、慌てたように中年の執事が出て来た。
 笑顔を貼り付けてはいるけど、怒りを抑え込むように額にはピクピクと筋が浮いていた。

 そいつがとにかく話が通じない奴で、一切あたしを屋敷の中へ通そうとはしないんだ。

「だ~か~ら、懐妊祝いに来たと言ったでしょう!? 早く通しなさい!!」

 あたしはイライラして怒鳴ってやった。執事の分際で、あたしに楯突くなんて教育がなってないわ!

 こいつじゃ話にならないと、しばらく屋敷の前で喚いてやったら、やっとヘリング伯爵本人が出て来た。

 さっさとこうすりゃあいいんだよ!

 伯爵の、いつもあたしを「魅力的だ」と褒め称えていた笑顔は、今日は見たことがないほど渋い仏頂面だった。

「なぜここに来たんだ?」

 伯爵が、低い威圧的な声音で尋ねてきた。

「もちろん、夫人の懐妊祝いにですわ」

 あたしはにっこりと愛想良く笑って答えた。せっかく祝いに来た人間を、門前で返す非情な奴なんていないからね。

 伯爵は苦い薬を飲み込んだような嫌な表情をすると、執事に目配せした。

「あの応接室に通すように」
「ハッ」

 執事は伯爵の言葉に頭を下げると、大人しく案内を始めた。


 通されたところは、狭くて窓も碌にない部屋だった。
 椅子とテーブルくらいしかなくて、お茶すらも出されなかった。

 そしてそのまま待たされた。

「一体、いつまで待たせる気なんだい!?」

 あたしは自分が蔑ろにされてるような気がして、イライラと扇子の横を手のひらに打ちつけた。
 待たされた分、あの伯爵には吹っかけてやろうかと考えていたその時──

 コンコンッと扉がノックされた。

 やっと来たみたいだね。ったく、どれだけ待たせれば気が済むんだ。
 
「どうぞ」

 あたしは取り繕って声をかけた。

 勢いよく扉を開けて入って来たのは、頭のてっぺんまで真っ赤に茹で上がったハリーだった。

「いい加減にしろっ!! こんなことをして俺に恥をかかせる気か!! 伯爵家から苦情が入ったんだぞっ!!!」

 ハリーは部屋に入った瞬間、大声で怒鳴り散らした。

 なっ……あんなにあたしに首ったけだったハリーが、こんな風に文句を言うだなんて!?

 あたしが今までありえなかったことにショックを受けていると、ハリーはあたしの腕を乱暴に掴んで馬車まで引き摺って行った。

「君にはほとほと愛想が尽きたよ! ただでさえ金食い虫な上に、他家にまでたかって、どこまでがめつい女なんだ!? よくもうちの家門に泥を塗ってくれたな!!」

 向かいに座るハリーが、激しく貧乏揺すりをしながら喚いた。

「なんだって!? 金食い虫はあんたの方でしょう!? それに、あたしは集りに行ったんじゃないよ! 夫人の懐妊祝いに行ったんだ!」

 あたしは自分の正当性を主張した。あくまでもあたしはあの家にはお祝いしに行っただけだからね!

「それに、君には愛人が何人もいるのだろう? 話は伯爵から聞かせてもらった。全く、結婚すれば少しは落ち着くかと思えば……しかも、碌でもない犯罪者にも金を渡してるそうじゃないか!!」

「はぁあっ!!?」

 あの伯爵、なんてことをバラしてくれたんだ!
 愛人の中には確かに、多少素行が悪くて危なっかしい奴もいる。でも、犯罪者だったなんて聞いてないわ!

 あたしたちが喧嘩してるうちに、いつの間にか馬車はダルトン家に着いていた。

 馬車を降りる時、ハリーは不機嫌そうにしながらも、一応手を差し伸べてエスコートしてくれた。こういうところは育ちのいい男だ。

 あたしがステップを降りる時、ぷるりと腹の肉が揺れた──

 そんなあたしの様子を見ていたハリーが、ぼそっと呟いた。

「……君は昔は綺麗だったが、今じゃあ見る影もないな。体型も崩れたし、化粧ばかり濃くなった。こんなの詐欺だろう」

 ハリーが溢した本音に、あたしの中で何かがブチブチィッと切れた。

「なんだって!? それはあんたもだろ! あんなにハンサムだったのに、今ではハゲ散らかしたおっさんじゃないか!!」

「なんだと!? もういい! 離婚だ!! この家から出て行け!!!」

 ハリーはまた真っ赤になって怒ると、エスコートしていた手を乱暴に振り払って、ダルトン家の門の方を指差した。

「…………それともあれか? 君のお兄さんに迎えに来てもらおうか?」

 ニヤリと、ハリーが底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 あたしは、厳格すぎて大嫌いな兄の顔が頭に思い浮かんだ。
 こんなことで実家になんて戻ったら、何時間もお説教されるに違いない!

 さらにあの家を取り仕切っているのは、兄以上に厳しくて食えない兄嫁だ。
 あいつはあたしのことを心底毛嫌いしてるから、絶対にあたしを家から叩き出そうとイビリ散らすに決まってる!

「それならミアは連れて行くよ」

 兄夫婦も、姪のミアがいるならまだマシだろう。

「ミアはうちの跡取りだ。シエンナ、お前だけが出て行くんだ!」

 ハリーはさらにがなり立てた。


「お父様、お母様、お帰りなさいませ。どうされたのですか?」

 あたしたちが睨み合ってると、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえた。
 玄関の方から、娘のミアが出迎えに来たんだ。

 ミアはとても驚いていて、ピンク色の大きな瞳を丸く見開いていた。

「ミア、お前はお母様について来てくれるよね?」

 あたしはにっこりとできるだけ優しく微笑んだ。

「えっ……?」

 ミアはいきなり訊かれて訳が分からなかったようで、キョロキョロとあたしとハリーを交互に見つめた。

「ミア、お前はうちの跡取りだ。ダルトン子爵家に残るだろう?」

 ハリーは急に焦ったよう額に汗を浮かべ、ミアに確認した。

「お母様はどこへ行かれるつもりなの?」

 ミアが愛らしく首を傾げた。胡桃色のツインテールが揺れる。

「それは……!」

 あたしは一瞬言葉に詰まった。
 それはまだ決めていない……実家の男爵家になんて本当は戻りたくないし、誰か愛人の家でしばらく世話になるしかないか……?

「シエンナはジーゲルト男爵家に戻るんだ」
「えーっ! それならミアはここに残りますわ! 伯父様も伯母様もとても怖い方ですもの~!」

 ミアが悲鳴をあげた。イヤイヤと首を横に振る。

 ハリーは嘲笑うようにあたしを見てきた。

 チッ。ミアも兄夫婦を嫌ってると知ってて言いやがったな。

「そうだぞ! それにジーゲルト家に行ってしまえば、アラン君との婚約はなくなってしまうぞ? それでもいいのか?」
「それも嫌ですわ! せっかく手に入れたアラン様を手放したくありませんわ!」

 ハリーは優しく子供を宥めるように言葉を重ねた。ミアも腕を組んで、拗ねるように頬を膨らませる。

 ハリーは娘の弱点を掴んでいやがった!


 結局、犯罪者まがいの愛人がいたことや金を盗んだ使用人を家に引き込んだことで、ハリーはあたしと実家の男爵家を責めた。兄夫婦もハリーがしっかり監督してないからだと反論して、両家の間でかなりの争いになっているらしい。

 あたしはハリーとは縁を切られて、実家の男爵家に帰された。愛人のところに逃げようとしたけど、兄たちに捕まって実家の離れに軟禁状態で監視されることになった。

 あんなに「愛してる」とか「君は魅了的だ」とか褒めそやしてた男どもは、誰一人、手紙の一つも寄越すことなく、会いに来てくれることさえなかった。


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