呪いの魔女の札占い

拝詩ルルー

文字の大きさ
32 / 44

入塔試験(面接)

しおりを挟む
 窓を開けて朝の風を部屋に入れる。
 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで、私は心地良く気持ちを落ち着けた。

 今日は珍しく、朝から使い魔のクロが物書き机の上に登っていた──私の占いを見守ってくれるみたい。
 クロは、タロットカードの束に向けて興味深そうに真っ黒なヒゲをピンッと張って、香箱座りをしていた。

 今日は特殊魔術研究所の所長面接の日だ。
 私は自分の気持ちを引き締めたくて、タロットカードを一枚引いてみることにした。

 いつものように、タロットカードを物書き机の上で両手でかき混ぜるようにシャッフルし、また一つの束に戻す。束を三つの山にカットして、それを適当な順番で元に戻す。

 カードの束の上から六枚を捨てて、七枚目を物書き机に裏返して置いた──カードをめくると、『隠者』のカードだった。

『隠者』のカードには、太陽のような眩い明かりが込められたランプを持つ老人の姿が描かれている。ランプからは鋭く明るい光が放たれていて、暗い小麦畑の中を照らしている。隠者はまるで考え事をするかのように俯いて向こう側を向いているため、こちらから彼の顔や表情は分からない。

「内省、熟考かぁ……そうよね。面接を受ける前に、改めて私が黒の塔を目指す理由を整理した方がいいわよね。それに、隠者のランプは進む道を照らすもの、人に進む道を教えるもの──魔術教育についてお話ししたらいいのかしら?」

 私は正式にハートネット家の養子になってから、魔術教育にも興味が出てきた。

 お義母様みたいに、たくさんの貴族家から「うちの子に是非魔術を教えてください」と言われるような、引く手あまたの魔術教師になれたら素敵だなと思う。
 それにフレデリカ様の魔術訓練を受けてからは、子供の頃に家庭教師の先生から受けた授業とは教え方が全然違くて、魔術の教育方法自体にも興味が湧いてきていた。

 コンコンッ。

 その時、私の部屋の扉が控えめにノックされた。

「お嬢様、朝食のお時間です」
「すぐ行くわ」

 メイドに声をかけられ、私はすぐに応答した。


***


 今私の目の前には、二階建ての古びた煉瓦積みの洋館がある。そしてその裏手には、天を見上げるほどに高くそびえる塔が立っている。

 どちらの建物も、おそらく元の壁の色は煉瓦の赤茶色だったみたいなのだけれど、呪い魔術の影響でところどころ黒ずんで不穏なオーラを放っている。

 どこからどう見ても禍々しくて恐ろしげな建物だ──これが、本日の私の試験会場になっているドラゴニア王立特殊魔術研究所だ。

 特殊魔術研究所──通称「黒の塔」は、ドラゴニア王宮の端の方にひっそりとある。

 王宮から塔にたどり着くまでには森一つ通り抜ける必要があって、その森の草木も、黒の塔に近づくにつれて呪い魔術の影響を受けて真っ黒に染まっていた。

 今まではセルゲイに、オルティス侯爵家の離れから転移魔術陣を使って黒の塔にある彼の研究室に直接送ってもらっていたから、建物の外観や周囲の様子なんて全然分からなかった。

 でも、もし普通に王宮の正門から案内されてここに来ていたら、私、黒の塔の受験を早々に諦めていたかもしれない──そのくらい、見た目からしてホラーだ。

「確か、試験会場は洋館の方だったはず……」

 私は、見張りの騎士すら誰も立っていない二階建ての建物の方に近づいた。

 大きな木製の扉の前に立つと、呪いの冷んやりとおぞましい気配がよりはっきりと感じられて、「本当にここで合ってるのかしら?」「私このまま家に帰れなくなるのではないかしら?」と心配になるくらいビシッと腕に鳥肌が立った。

──だって! 何かいわくがありそうな幽霊屋敷にしか見えないんですもの!!

 私はおそるおそる扉に付いてる真っ黒なドアノッカーに手を伸ばした。
 ドアノッカーに手が触れそうになった瞬間、ギギギッと錆びついたような重苦しい音を立てて、扉が開いた。

「ヒィイッ!!」

 寿命がたっぷり三年分は縮んだかと思うくらい、私は凍えた背筋から飛び跳ねた。

「おや? あんたが今日来るって言われてた受験生かい?」

 扉の向こうから顔を覗かせたのは、とても綺麗な女性だった。
 赤茶色のウェーブがかったボブヘアに、紅茶のような赤色の瞳をしていて、目鼻立ちがはっきりしている華やかな美人だ。背が高く、スタイルも良くて、真っ黒な軍服風の制服をバシッとカッコよく着こなしていた。

「!? は、ハイッ! そうです!」
「ハハッ。そんなに緊張しなくていいよ。あたしはカーラ。受験生が来たら、案内するように言われてるんだ」

 私が慌てて裏返った声で返事をすると、カーラさんはからりと微笑んだ。

 カーラさんの笑顔や雰囲気はなんだかあたたかくて、少しだけ気持ちがホッと和んだ気がした。ここにたどり着くまでがものすごくホラーな雰囲気で、試験会場も幽霊屋敷風の洋館で、私はすっかり怖気付いていたみたい。

 カーラさんはそのまま私を案内してくれた。

「塔の魔術師には、女性の方もいらっしゃるんですね」
「そうだね。あたしの他に、もう一人いるよ。……ほら、ここが面接会場だ」

 一階奥の部屋まで、私は案内された。

 いざ試験会場の閉ざされた扉を目にすると、普通の木製扉なのになぜか異様な威圧感を感じてしまう──またドキドキと緊張感が高まってくる。

「所長、カーラです。受験生を連れて参りました」
「どうぞ」

 カーラさんが扉をノックして声をかけると、部屋の中から澄んだ男性の声が聞こえてきた。

 カーラさんが扉を開けると、私に中に入るように促してくれた。

 試験会場は、小さな応接室のような場所だった。

 立派なローテーブルを挟んで奥側のソファには、テオドール第三王子殿下が座り、彼の斜め後ろの壁際には、かなり大柄な男性が護衛のように立っていた。

 ドラゴニア王国国民として、私はテオドール殿下の姿絵は何度か拝見したことはあった。でも、ご本人に直接お会いしたのは初めてだ。

 ドラゴニア王国の王族には、初代国王で火竜だったガシュラ陛下の血が流れている。
 テオドール殿下は火竜の加護が特に厚いらしく、強い火属性の魔力の現れでもある深紅色の髪と瞳をされている。男性にしては線が細めで、お顔立ちも優美に整っていて、とても優しそうで落ち着いた印象だ。

「ドラゴニア王立特殊魔術研究所所長のテオドール・ドラゴニアです。本日の面接官を務めます」

 テオドール殿下がソファから立ち上がり、声を掛けてくださった。

「王国の星にご挨拶申し上げます。ハートネット伯爵家が長女のエヴァと申します。本日は殿下の貴重なお時間を賜り、恐悦至極にございます」

 私はドレスのスカートを少し摘み上げると、ハートネット家でしっかりおさらいしたカーテシーを披露した。

 殿下は一つ頷かれると、「あまり堅苦しいのは苦手だから、普通に話してもらって構わない」とおっしゃって、早速私に向かいの席をすすめてくださった。

 私は「失礼します」と小さく返事をして、ソファに腰かけた。


 殿下からは黒の塔の志望理由や、塔に入ったら研究したい分野、将来はどんな魔術師になりたいのかなどなど、いろいろと質問された。

 私は殿下に失礼がないよう、でも以前引いた『愚者』のカードのように、できるだけこの場の会話を楽しむように回答した。

 殿下がとても穏やかに受け答えしてくださったおかげで、私も落ち着いて回答できたと思う。

 ただ、殿下の護衛からの圧が半端なかった。

 黒の塔の制服を着ているから塔の魔術師だとは思うのだけれど、それにしてもかなりの大柄で、まるで騎士のように鍛え上げられたガッシリとした体格をしている。
 目つきも鋭くて、ただこっちを見てるだけなのかもしれないけれど、ビリビリとくるような異様な威圧感があった。

 彼の色鮮やかな山吹色の髪と、黒の塔の真っ黒な制服とのコントラストに、私は南の地に生息しているという噂の猛毒魔物のドクドクヤドクガエルの警告色を思わず思い出していた。

 殿下との面接はあらかじめ知っていたから心の準備もできていたけれど、護衛の方については完全にノーマークだったわ……私、無事に家に帰れるかしら? このままビビり散らして死んでしまわないかしら?

「ジーン?」
「はっ」
「受験生をあまり怖がらせないように」

 殿下が少し困ったように、護衛の方に注意してくださった。
 護衛の方は野太く低い声で「はっ」とだけ返事を返していた。

 今にも射殺してきそうな視線は多少和らいだから、私はできるだけ護衛の方は気にしないよう、その後の質問にも答えていった。


***


「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。こちらで失礼させていただきます」

 小一時間ほどで面接も終わり、私は殿下に丁寧に挨拶を申し上げた後、面接会場を出た。

 ハートネット家からの迎えの馬車に乗り、王宮の敷地内を出たところで、本日の疲れがどっと出てきた。少しはしたないけれど、窓辺に寄りかかる。

「……はぁ、こんなので大丈夫なのかしら……?」

 質疑応答自体は、無難に終わったと思う。
 護衛の人は結局最後まで怖かったわ……

 ガタゴトと馬車に揺られて、私はハートネット家へと帰った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

キズモノ令嬢絶賛発情中♡~乙女ゲームのモブ、ヒロイン・悪役令嬢を押しのけ主役になりあがる

青の雀
恋愛
侯爵令嬢ミッシェル・アインシュタインには、れっきとした婚約者がいるにもかかわらず、ある日、突然、婚約破棄されてしまう そのショックで、発熱の上、寝込んでしまったのだが、その間に夢の中でこの世界は前世遊んでいた乙女ゲームの世界だときづいてしまう ただ、残念ながら、乙女ゲームのヒロインでもなく、悪役令嬢でもないセリフもなければ、端役でもない記憶の片隅にもとどめ置かれない完全なるモブとして転生したことに気づいてしまう 婚約者だった相手は、ヒロインに恋をし、それも攻略対象者でもないのに、勝手にヒロインに恋をして、そのためにミッシェルが邪魔になり、捨てたのだ 悲しみのあまり、ミッシェルは神に祈る「どうか、神様、モブでも女の幸せを下さい」 ミッシェルのカラダが一瞬、光に包まれ、以来、いつでもどこでも発情しっぱなしになり攻略対象者はミッシェルのフェロモンにイチコロになるという話になる予定 番外編は、前世記憶持ちの悪役令嬢とコラボしました

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

溺れる私が掴んだ藁は

uca
恋愛
真籠十和はその日、運がなかった。長年つきあっていた恋人にフラれるわ満員電車で痴女紛いのアクシデントを起こしちまうわバカンス満喫野郎のポカのせいで残業の憂き目に遭うわゲリラ豪雨でサドンデス滝行やらかすわの不運ジャックポットで溺れる十和が掴んだ藁は、隣の課の強面ガチムチ巨漢だった。 自分はふしだらなんじゃないかと腰が引けているチョロ女子が強面巨漢にがっつり囲い込まれる話。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

処理中です...