ジャスティンと魔法少女のステッキ

拝詩ルルー

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キアラ・ハヌマン

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「ああっ! もう! 全っ然上手くいかないっ!!」

 キアラ・ハヌマンは身体強化魔術を解くと、ドサッと地面に大の字に倒れ込んだ。

 キアラの身体強化魔術がガッツリかかった右腕は、岩をも粉砕していたのに、少ししか魔術がかかっていなかった彼女の右脚では、太い木の枝を蹴り折るのも一苦労だった。

「以前に比べたら格段に上手くなったのぉ…………とりあえず、全身に身体強化魔術をかけられるようになったしのぉ~」

 魔術のお爺ちゃん先生が、それでも褒められそうな所を褒めた。
 単純なキアラは、褒めて伸ばす方が効率的なことを、よ~く知っているのだ。


 ハヌマン家は、代々王国騎士を輩出してきた騎士爵の家柄だ。

 父も二人の兄達も王宮内で王国騎士として働いており、そして母でさえも結婚して退職するまでは王国騎士をしていた——生粋の武闘派一家なのだ。

 キアラは末っ子で初めての女の子ということもあり、初めは家族も「この子が騎士になりたいと言えば、応援してあげましょう」ぐらいの緩さで、彼女が騎士になることを特段勧めていなかった。

 しかし、キアラの魔力量が一般人にしては多く、身体強化魔術と結界魔術という、騎士にとって非常に使い勝手の良い魔術に適性があると判明してからは、その方針が一変した。

 元々騎士の家系ということもあり、ご多分に洩れずキアラも体格や体力に恵まれていた。
 運動神経も良く、剣術も体術もどんどん吸収し、上達していった——ハヌマン家始まって以来の才能とまで言れたのだ。

 家族全員が諸手をあげて、キアラが立派な女性騎士になることを応援し始めるのも無理はなかった。

 ただし、天はキアラに二物は与えなかった——魔力コントロールだけは壊滅的だったのだ。

 これには流石に両親も頭を悩ませた。そして、近所に住む、魔術師団を引退したお爺ちゃん魔術師に、週に二回ほどキアラに魔術を教えてもらえるよう頼み込んだのだった。


「ほっほっほ。それじゃあ、もう一度、魔力を感じる訓練に戻ろうかのぉ」

 お爺ちゃん魔術師が、キアラの方に近づいて行った。

「えーっ! いつもそればっかり……」

 キアラはがばりと起き上がると、ちょっぴり剥れて頬を膨らませた。

 そして、寝転がって乱れた金茶色の髪をまとめ直した。魔術や剣術などの修行の時は、邪魔にならないように、いつも後頭部でひっつめ髪にしているのだ。
 外で修行することが多いためか、キアラの白い肌にはそばかすが薄く散っていて、どこか愛嬌がある。緑色の瞳は彼女の母親に似て、くりくりと丸い。

「ほっほっほ。魔術で短気は損気じゃぞ。特に魔力コントロールは、集中力がかなめじゃ!」

 お爺ちゃん魔術師は、キアラのわがままには耳を貸さず、淡々と諭した。

「うっ……わ、私! お使いを頼まれてたの忘れてました! みんなが夕食にパンを食べられなくなっちゃう! 今日の授業はここまでで! ごめんなさい!」

 キアラは、ここは逃げるが勝ちとばかりに、駆け出した。

「仕方がないのぉ……ちゃんと自主練するんじゃぞ~!」

 駆けていくキアラの背中に向けて、お爺ちゃん魔術師が声を張った。


***


「うふふっ。またお爺ちゃん先生を困らせて来たの?」

 パン屋の一人娘で幼馴染のライラが、コロコロと笑った。

 ライラは、ココアブラウン色の長い髪を三角巾の中に綺麗にしまっていて、白いエプロン姿がよく似合っている。丸顔にパッチリと大きな瞳が印象的で、笑顔が可愛いパン屋の看板娘だ。

「もぉ~、笑い事じゃないよぉ。魔術修行、大変なんだよ~? あ、今日もいつものパンね!」

 キアラは買い物かごとお代を、カウンターの向こう側にいるライラに、ズイッと手渡した。

「はいはい」

 ライラが苦笑いして、買い物かごとお代を受け取った。慣れた手つきで、ふかふかの丸パンを買い物かごに入れていく。

「ライラ、お友達も来たことだし、少し休んできたら? こっちはお客さんも落ち着いてきたから、行って来ていいよ」

 ライラと同じ髪色の恰幅のいいおばさんが、朗らかに声をかけた。

「は~い! ありがとう、お母さん!」
「ありがとうございます、おばさま!」

 ライラとキアラは元気よくお礼を言うと、買い物かごを持って外に出た。

 二人が向かったのは、いつもの秘密の場所——公園の裏手にある広場だ。ここはただただ原っぱが広がっているだけで、めぼしい花壇も噴水も無いためか、ひと気もまばらだ。

(ああ、そういえば、ここは私とにゃんタローが初めて出会った場所だ……)

 最近は、キアラはこの秘密の場所を訪れる度に、しみじみと感じていた。


***


 キアラとにゃんタローの出会いは偶然だった。

 キアラが魔術の訓練が上手くいかなくて、一人この場所でこっそり落ち込んでいた時に、にゃんタローが声をかけてきたのだ。

「何泣いてるにゃん?」
「な、泣いてなんかないわよ! ちょっと黄昏てただけよ!」

 キアラが顔を上げると、そこには可愛い玉型の精霊が浮かんでいた。
 丸々と大きな瞳に、ぷっくりとしたマズル。まるで子猫のような愛らしさに、キアラは目を瞬かせた。

「ボクは魔法少女のおともの精霊にゃん! キミ、ボクと契約して魔法少女にならないかにゃん? このステッキを使えば、魔術がとっても上手になるにゃんよ?」

 自称「魔法少女のお伴の精霊」は、何も無い空間からスルリと杖を取り出した。

 杖の先端には、宝石のようなカットが施されたハート型の魔石が付いていた。そのピンク色の魔石を囲むように、翼を模した二本のオブジェがニュッと伸びていた。持ち手は細く、こちらもピンク色をしていた。

 今までキアラが見てきた魔術師の杖の中で、一番ファンシーで可愛かった。

「えっ……」

(この杖を使えば、私でも魔術が上手に使えるようになる……!?)

「やります! 魔法少女!!」

 あまりにも美味すぎる話に、キアラは深く考えず秒で飛び付いた。

「やったにゃあ! じゃあ、魔法少女契約するにゃあ!! キミの名前は? ボクはにゃんタローにゃ!」
「私はキアラ・ハヌマンよ! よろしくね、『にゃんタローにゃん』!」
「最後の『にゃん』は要らないにゃん! 語尾の『にゃん』はマスコットの宿命にゃん!」
「えっと、じゃあ、『にゃんタロー』かしら?」
「そうにゃん! キアラ、よろしくにゃん!」

 キアラとにゃんタローは、にっこりと微笑みあった。

 にゃんタローは、キアラに魔法少女のステッキを渡した。

 キアラが初めて魔法少女のステッキに触れた瞬間、てっぺんに付いていた魔石がキラキラと輝き、シュルリとピンク色からオレンジ色に変わった。ステッキの細い持ち手も、オレンジ色に変わっていた。

「嘘!? 色が変わった!?」

 キアラはびっくりして、思わず両手でステッキを握りしめた。

「ステッキがキミを受け入れたにゃん! キミがこのステッキの新しい持ち主にゃん!」
「すっごーい!! これも魔術なの!?」

 キアラは緑色の瞳をキラキラと輝かせて、生まれて初めての自分専用ステッキに見入っていた。

「そうにゃ! ……にゃにゃっ? どうやらキミのステッキは、『マッスルシャイン⭐︎愛と拳のマジカルステッキ』っていう名前にゃん!」
「マッスルシャイン⭐︎愛と拳のマジカルステッキ……」

 キアラはステッキの名前に感激して、呆然と呟いた。

 キアラは、すっかり魔法少女のステッキに魅入られていた。
 元気で明るいイメージのオレンジ色は、特に好きな色だった。

——こうして、魔法少女キララが爆誕したのだった。魔法少女名を本名から少しだけもじったのは、にゃんタローのアドバイスだ。

「魔法少女の名前は、本名とは変えておいた方が後々後悔しないにゃん。本名のままいくと、もっと大きくなってから、黒歴史に悩まされるにゃん」

 にゃんタローが、わけ知り顔で教えてくれた。

 キアラは「黒歴史」という言葉の意味はよく分からなかったが、「にゃんタローがそう言うなら」と素直に受け入れた。


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