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6、聖人君子の顔をした大悪党
⑨
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「負傷そのものは治っているのでしょうか」
「治っているわ。けど治療が遅くなると傷跡が残ってしまうから……」
後遺症が残ってしまったということか。
「彼は頭脳症なのよ」
「ずのうしょう……?」
「名前の通り、頭脳の病気よ。時々あるの。幸いなことに難治性ではなかったから、命は助かったのだけれど……」
「不治の病なのですか?」
聞いた後にあ、しまった、とほぞを噛んだ。
アンナがまた、変なことを聞かれたと言わんばかりの顔をしたからだ。
莉々子はまた常識的な内容を訊ねてしまったのだ。
しかしアンナは呆れた様子はすれど、それ以上訝しがることはしなかった。
「そんなことも知らないの? そうよ。難治性の頭脳症になったらまず助からないわ。難治性かどうかは治癒してみるまでわからないの」
「そうですか……」
下手な言い訳はせずに、言葉少なく対応する。
これ以上のぼろを出すのはぜひとも控えたかった。
しかし、なるほど、なんとなくだが推測できてきた。
頭脳症はおそらく脳卒中のことだ。
そして難治性の頭脳症というのは治癒魔法が効かない、おそらく理屈の上では効果が薄そうな脳梗塞や脳腫瘍、もしくは加齢による脳の萎縮などをさしているのだろう。
そして難治性でないものは脳出血や硬膜下血腫などのことだ。
あくまでも、おそらくの話だが。
「ねぇ、ねぇ」
「なぁに、イーハ」
その時イーハが注目を促すように声をかけてきた。
そうしてにこにこと自分自身のことを指さして見せる。
「俺、治して」
(……? 一体何を言っているのだろう……?)
治せないという話を、今、していたのだろうに。
もしかして、莉々子の想定よりも重度の失語なのだろうか。
てっきりBroca失語っぽいので先入観から短文から日常会話程度の言葉の理解は可能なのかと思っていたが、単語の理解程度しかわからないのかも知れない。
しかし、アンナはいぶかるでもなく、「ああ、そうね」と承諾の返事を返した。
「いいわよ、少しだけね」
そうして、その掌をイーハの額へと当てる。
イーハは逆らわずに、それに身を委ねた。
「精霊様、この者にどうか癒やしの祝福を」
アンナが告げた途端に、その手が白く光りを放つ。
それは不思議と眩しいとは感じない、目に優しいもやのような輝きだった。
光が収まると、まるでシャワー後の大型犬のようにイーハはふるふると頭を振り払う。
そうして顔をあげると、その海のように深い青色でこちらを見つめてきた。
「はじめまして、イーハです。先ほどは大変失礼致しました」
「え……っ」
先ほどのカタコト言葉とは雲泥の差の流暢さで彼は文章を話した。
驚く莉々子に彼はいたずらに成功した子どものように笑うと「アンナに治してもらいました。一時的にですが」と告げる。
「貴方のお名前は? 仲良く出来れば嬉しいのですが」
「え、あ、わ、私……、り、リリィです。そう、私はリリィ」
慌て過ぎて本名を名乗りそうになり、なんとか修正する。
それぐらいに衝撃的だった。
何故だ。
だって、莉々子の想定した通り、治癒魔法が早送りする魔法だとしたら、こんな現象は起きないはずだ。
にこにこと笑うその口角にはもう左右差がなく、右手で彼は莉々子の手を掴んで握手した。
ぎゅっ、と握られた手には、しっかりと握力がある。
「……、真似をしてしゃべってもらえますか?」
「えっ?」
きょとん、としたイーハには構わず、莉々子は復唱を促す。
「赤い鳥が青い空を飛んだ、はい」
「あかいとりがあおいそらをとんだ」
驚きながらも彼は莉々子の言葉を真似して話してくれる。
突っかかることもなく、やはり流暢な発音だ。
「右手を挙げてください」
「はい」
大人しく彼は右手を挙げる。
しっかりとその手は重力に逆らって挙げた状態を保っている。
「右手で左肩に触ってください」
「はい」
彼はあっさりと莉々子の指示に従った。
莉々子は息を飲む。
先ほどの指示はいずれも失語の人にとっては難問だ。
文字通り一瞬で、彼の失語症は完治したのだ。
イーハは不思議そうにその体勢のまま笑う。
「リリィは不思議な人ですね。一体……、どぉきたの?」
話している途中で急に言葉が途切れ、唐突に元のカタコトな言葉使いに戻った。
左肩を触っていた右手も、重力に従うようにがくん、と落下する。
「…………っ!?」
「魔法が切れたのよ」
さきほどから莉々子は驚いてばかりだ。
訳がわからず、とりあえず目の前の男の唐突に落下した肩関節が外れていないかだけを取り急ぎ確認した。
どうやら落下の衝撃で外れたりはしていないらしい。
ほっと息を吐くと、それを見ていたイーハは左右アンバランスな唇でにこにこと笑っていた。
「あいがとー」
「いいえ、……いいえ、少し、よろしいですか」
そう言って、男の頭に掌をかざす。
「① 《まるいち》」
白魔法を掛ける。しかし、彼の口角は下がったまま。右腕も力を取り戻すことはなかった。
「治っているわ。けど治療が遅くなると傷跡が残ってしまうから……」
後遺症が残ってしまったということか。
「彼は頭脳症なのよ」
「ずのうしょう……?」
「名前の通り、頭脳の病気よ。時々あるの。幸いなことに難治性ではなかったから、命は助かったのだけれど……」
「不治の病なのですか?」
聞いた後にあ、しまった、とほぞを噛んだ。
アンナがまた、変なことを聞かれたと言わんばかりの顔をしたからだ。
莉々子はまた常識的な内容を訊ねてしまったのだ。
しかしアンナは呆れた様子はすれど、それ以上訝しがることはしなかった。
「そんなことも知らないの? そうよ。難治性の頭脳症になったらまず助からないわ。難治性かどうかは治癒してみるまでわからないの」
「そうですか……」
下手な言い訳はせずに、言葉少なく対応する。
これ以上のぼろを出すのはぜひとも控えたかった。
しかし、なるほど、なんとなくだが推測できてきた。
頭脳症はおそらく脳卒中のことだ。
そして難治性の頭脳症というのは治癒魔法が効かない、おそらく理屈の上では効果が薄そうな脳梗塞や脳腫瘍、もしくは加齢による脳の萎縮などをさしているのだろう。
そして難治性でないものは脳出血や硬膜下血腫などのことだ。
あくまでも、おそらくの話だが。
「ねぇ、ねぇ」
「なぁに、イーハ」
その時イーハが注目を促すように声をかけてきた。
そうしてにこにこと自分自身のことを指さして見せる。
「俺、治して」
(……? 一体何を言っているのだろう……?)
治せないという話を、今、していたのだろうに。
もしかして、莉々子の想定よりも重度の失語なのだろうか。
てっきりBroca失語っぽいので先入観から短文から日常会話程度の言葉の理解は可能なのかと思っていたが、単語の理解程度しかわからないのかも知れない。
しかし、アンナはいぶかるでもなく、「ああ、そうね」と承諾の返事を返した。
「いいわよ、少しだけね」
そうして、その掌をイーハの額へと当てる。
イーハは逆らわずに、それに身を委ねた。
「精霊様、この者にどうか癒やしの祝福を」
アンナが告げた途端に、その手が白く光りを放つ。
それは不思議と眩しいとは感じない、目に優しいもやのような輝きだった。
光が収まると、まるでシャワー後の大型犬のようにイーハはふるふると頭を振り払う。
そうして顔をあげると、その海のように深い青色でこちらを見つめてきた。
「はじめまして、イーハです。先ほどは大変失礼致しました」
「え……っ」
先ほどのカタコト言葉とは雲泥の差の流暢さで彼は文章を話した。
驚く莉々子に彼はいたずらに成功した子どものように笑うと「アンナに治してもらいました。一時的にですが」と告げる。
「貴方のお名前は? 仲良く出来れば嬉しいのですが」
「え、あ、わ、私……、り、リリィです。そう、私はリリィ」
慌て過ぎて本名を名乗りそうになり、なんとか修正する。
それぐらいに衝撃的だった。
何故だ。
だって、莉々子の想定した通り、治癒魔法が早送りする魔法だとしたら、こんな現象は起きないはずだ。
にこにこと笑うその口角にはもう左右差がなく、右手で彼は莉々子の手を掴んで握手した。
ぎゅっ、と握られた手には、しっかりと握力がある。
「……、真似をしてしゃべってもらえますか?」
「えっ?」
きょとん、としたイーハには構わず、莉々子は復唱を促す。
「赤い鳥が青い空を飛んだ、はい」
「あかいとりがあおいそらをとんだ」
驚きながらも彼は莉々子の言葉を真似して話してくれる。
突っかかることもなく、やはり流暢な発音だ。
「右手を挙げてください」
「はい」
大人しく彼は右手を挙げる。
しっかりとその手は重力に逆らって挙げた状態を保っている。
「右手で左肩に触ってください」
「はい」
彼はあっさりと莉々子の指示に従った。
莉々子は息を飲む。
先ほどの指示はいずれも失語の人にとっては難問だ。
文字通り一瞬で、彼の失語症は完治したのだ。
イーハは不思議そうにその体勢のまま笑う。
「リリィは不思議な人ですね。一体……、どぉきたの?」
話している途中で急に言葉が途切れ、唐突に元のカタコトな言葉使いに戻った。
左肩を触っていた右手も、重力に従うようにがくん、と落下する。
「…………っ!?」
「魔法が切れたのよ」
さきほどから莉々子は驚いてばかりだ。
訳がわからず、とりあえず目の前の男の唐突に落下した肩関節が外れていないかだけを取り急ぎ確認した。
どうやら落下の衝撃で外れたりはしていないらしい。
ほっと息を吐くと、それを見ていたイーハは左右アンバランスな唇でにこにこと笑っていた。
「あいがとー」
「いいえ、……いいえ、少し、よろしいですか」
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