猟犬リリィは帰れない ~異世界に転移したけどパワハラがしんどい~

陸路りん

文字の大きさ
49 / 92
6、聖人君子の顔をした大悪党

しおりを挟む
「負傷そのものは治っているのでしょうか」
「治っているわ。けど治療が遅くなると傷跡が残ってしまうから……」

 後遺症が残ってしまったということか。

「彼は頭脳症なのよ」
「ずのうしょう……?」
「名前の通り、頭脳の病気よ。時々あるの。幸いなことに難治性ではなかったから、命は助かったのだけれど……」
「不治の病なのですか?」

 聞いた後にあ、しまった、とほぞを噛んだ。
 アンナがまた、変なことを聞かれたと言わんばかりの顔をしたからだ。
 莉々子はまた常識的な内容を訊ねてしまったのだ。
 しかしアンナは呆れた様子はすれど、それ以上訝しがることはしなかった。

「そんなことも知らないの? そうよ。難治性の頭脳症になったらまず助からないわ。難治性かどうかは治癒してみるまでわからないの」
「そうですか……」

 下手な言い訳はせずに、言葉少なく対応する。
 これ以上のぼろを出すのはぜひとも控えたかった。
 しかし、なるほど、なんとなくだが推測できてきた。
 頭脳症はおそらく脳卒中のことだ。
 そして難治性の頭脳症というのは治癒魔法が効かない、おそらく理屈の上では効果が薄そうな脳梗塞や脳腫瘍、もしくは加齢による脳の萎縮などをさしているのだろう。
 そして難治性でないものは脳出血や硬膜下血腫などのことだ。
 あくまでも、おそらくの話だが。

「ねぇ、ねぇ」
「なぁに、イーハ」

 その時イーハが注目を促すように声をかけてきた。
 そうしてにこにこと自分自身のことを指さして見せる。

「俺、治して」
(……? 一体何を言っているのだろう……?)

 治せないという話を、今、していたのだろうに。
 もしかして、莉々子の想定よりも重度の失語なのだろうか。
 てっきりBroca失語っぽいので先入観から短文から日常会話程度の言葉の理解は可能なのかと思っていたが、単語の理解程度しかわからないのかも知れない。
 しかし、アンナはいぶかるでもなく、「ああ、そうね」と承諾の返事を返した。

「いいわよ、少しだけね」

 そうして、その掌をイーハの額へと当てる。
 イーハは逆らわずに、それに身を委ねた。

「精霊様、この者にどうか癒やしの祝福を」

 アンナが告げた途端に、その手が白く光りを放つ。
 それは不思議と眩しいとは感じない、目に優しいもやのような輝きだった。
 光が収まると、まるでシャワー後の大型犬のようにイーハはふるふると頭を振り払う。
 そうして顔をあげると、その海のように深い青色でこちらを見つめてきた。

「はじめまして、イーハです。先ほどは大変失礼致しました」
「え……っ」

 先ほどのカタコト言葉とは雲泥の差の流暢さで彼は文章を話した。
 驚く莉々子に彼はいたずらに成功した子どものように笑うと「アンナに治してもらいました。一時的にですが」と告げる。

「貴方のお名前は? 仲良く出来れば嬉しいのですが」
「え、あ、わ、私……、り、リリィです。そう、私はリリィ」

 慌て過ぎて本名を名乗りそうになり、なんとか修正する。
 それぐらいに衝撃的だった。
 何故だ。
 だって、莉々子の想定した通り、治癒魔法が早送りする魔法だとしたら、こんな現象は起きないはずだ。
 にこにこと笑うその口角にはもう左右差がなく、右手で彼は莉々子の手を掴んで握手した。
 ぎゅっ、と握られた手には、しっかりと握力がある。

「……、真似をしてしゃべってもらえますか?」
「えっ?」

 きょとん、としたイーハには構わず、莉々子は復唱を促す。

「赤い鳥が青い空を飛んだ、はい」
「あかいとりがあおいそらをとんだ」

 驚きながらも彼は莉々子の言葉を真似して話してくれる。
 突っかかることもなく、やはり流暢な発音だ。

「右手を挙げてください」
「はい」

 大人しく彼は右手を挙げる。
 しっかりとその手は重力に逆らって挙げた状態を保っている。

「右手で左肩に触ってください」
「はい」

 彼はあっさりと莉々子の指示に従った。
 莉々子は息を飲む。
 先ほどの指示はいずれも失語の人にとっては難問だ。
 文字通り一瞬で、彼の失語症は完治したのだ。
 イーハは不思議そうにその体勢のまま笑う。

「リリィは不思議な人ですね。一体……、どぉきたの?」

 話している途中で急に言葉が途切れ、唐突に元のカタコトな言葉使いに戻った。
 左肩を触っていた右手も、重力に従うようにがくん、と落下する。

「…………っ!?」
「魔法が切れたのよ」

 さきほどから莉々子は驚いてばかりだ。
 訳がわからず、とりあえず目の前の男の唐突に落下した肩関節が外れていないかだけを取り急ぎ確認した。
 どうやら落下の衝撃で外れたりはしていないらしい。
 ほっと息を吐くと、それを見ていたイーハは左右アンバランスな唇でにこにこと笑っていた。

「あいがとー」
「いいえ、……いいえ、少し、よろしいですか」

 そう言って、男の頭に掌をかざす。

「① 《まるいち》」
 白魔法を掛ける。しかし、彼の口角は下がったまま。右腕も力を取り戻すことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

黄玉八重
ファンタジー
水無月宗八は意識を取り戻した。 そこは誰もいない大きい部屋で、どうやら異世界召喚に遭ったようだ。 しかし姫様が「ようこそ!」って出迎えてくれないわ、不審者扱いされるわ、勇者は1ヶ月前に旅立ってらしいし、じゃあ俺は何で召喚されたの? 優しい水の国アスペラルダの方々に触れながら、 冒険者家業で地力を付けながら、 訪れた異世界に潜む問題に自分で飛び込んでいく。 勇者ではありません。 召喚されたのかも迷い込んだのかもわかりません。 でも、優しい異世界への恩返しになれば・・・。

処理中です...