猟犬リリィは帰れない ~異世界に転移したけどパワハラがしんどい~

陸路りん

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7.女神VS吸血鬼

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 目の前の焼き菓子は一見ドーナッツのようだった。

「いただきまーす!」

 隣に座る子どもがそう元気よく言って齧り付くのに、莉々子も釣られるようにして口に運ぶ。

(甘い……パン……?)

 ドーナッツのような食感や味を期待していたが、それは確かに甘いもののその食感はもそもそとしたパンだった。甘いのもどうやら中に練り込まれているらしい豆が甘いのであって、生地自体に甘さはない。
 でもどうやらそれで良いらしい。子ども達もアンナも、何の疑問も抱かずに仲良く食べている。

「……お、ど、どーひたの?」

 先程まで子ども達におやつと称してパンを配り歩いていたイーハが自身の分であろうパンを片手に莉々子の隣へと掛けた。

「これ、どうやって作るんですか?」

 それに抱いていた疑問とは少しずれた返答をわざと返す。
 イーハは首を傾げながらも「あっち」と食堂の隅を指さした。
 そこには竈とその上に長い棒が吊されたものが見えた。よくよく見ると、その長い棒にはぐるりと白い生地が張り付いている。

「あれ、焼けたらぁー……、切る、取る、と、えーっと、切る」
「なるほど、切って取るんですね」
「そうそう」

 だからドーナッツのように真ん中に穴が開いていたのか、と得心する。確かにドーナッツのように油を多量に使用するものは経費が潤沢でない孤児院には難しいものかも知れない。
 しばらくもそもそとイーハと並んで座ったまま黙ってパンを食べる。
 ちらり、と視線だけを隣に向けると、丁度こちらに目を向けたイーハと視線がぶつかり、にっこりと微笑まれた。

「…………っ」

 慌てて視線を外してパンを食べることに集中する。
 人と目を合わせることに慣れていない莉々子にとっては割と刺激が強すぎたのか、何故だか頬が熱くなったのがわかった。
 しかしイーハはそこで終わらせてはくれなかった。とんとんと肩を指先で叩かれる。
 さすがに無視は出来ずに振り向いた。

「なんですか?」
「あと、あと!」
「あと……?」

 ばたばたと手でジェスチャーをするのを見て、ああ、と頷く。

「この後の予定?」
「そう!」

 今度は大げさにぶんぶんと首を縦に振られる。
 その子どもじみた仕草に、ふ、と口元がほころぶ。

「この後は図書館に寄る予定です」
「お、え、べ、おべんきょぉ?」
「はい、お勉強です」

 質問に頷くと、イーハはまた再びにっこりと全力の笑顔を見せてくれた。莉々子も今度は目線を逸らさずに微笑み返す。
 すると急にイーハはごそごそと机の下を漁り一冊の本を取り出した。
 それは随分と分厚い専門書で、失語症のイーハが読めるとは到底思えない代物だった。

「審判者資格取得法?」

 背表紙を読み上げるとイーハは再び顔をぶんぶんと縦に振る。

「ああ、それ……。貴方が審判や真実の腕輪に興味があるみたいだったからってイーハが探してくれたのですわ。審判者が資格を取るための学術書ですの」
「審判者……?」
「その名の通り、審判を取り仕切る役職の人間のことですの。聖職者の中でも厳しい試験を通過した者だけが審判者になれるのですわ」
「わざわざこれを……?」

 驚いてイーハの顔を見上げると彼は得意げにふん、と鼻を鳴らして頷いてくれた。
 莉々子の胸がじん、と熱くなる。
 きっと草むらからアンナと莉々子の会話を聞いていたのだろう。彼はたかだか思いつきで言ったことを覚えていて、出来る限りで叶えてくれたのだ。

「ありがとうございます」

 本をぎゅっと胸元で抱きしめた。彼が莉々子に親切にしたところで、得られるものなどないに等しいだろう。
 久しぶりに人の善意に触れた気がする。
 イーハを再び見上げると優しく微笑む顔が目に入って、慌てて目線を逸らした。
 先程はしっかりと見返せたはずなのに、今はまた頬が熱くて顔を上げられない。

「思春期の子どもがおりますわね、ここには……」

 呆れたような口調でアンナが嘆息した。

「まぁ、孤児院ですから、たくさんいるでしょうね?」

 その言葉の意味がわからず、莉々子はとりあえず事実を述べた。
 それにそういう意味じゃありませんわ、と再びアンナはため息を吐く。

「…………?」
「別にわからないならいいですわ」
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