ある日魔王の子を拾ったので一緒に逃げることにした話

陸路りん

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盗人世にはばかり

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 ちなみにそのやりとりを商人とその御者はにこにこ笑って見守っている。
 にこにこにこにこにこ。
 どうやらその視線にもジルはやりきれないらしい。
 気にしなければいいのにとイヴなどは思うが、ジルは意外に気にしぃだからそれもなかなか難しいのだろう。それ以上はからかうのはやめてリオンに「好きな物を選びましょ」と荷台に行くように促した。
 なるほど、中には盗賊達の目が眩むのもわかるような指輪や腕輪、宝石入れなどの美しい細工の品々が並べられていた。
 リオンはそれらをまじまじと眺めて「よくわかんない」と首をかしげる。
「わかんなくていいのよ、いいなって思ったものを選べば」
「……じゃあ、これ」
「だからって選ぶの早すぎだろ」
 律儀につっこみを入れるジルのことはひとまず横に置いておいて、イヴはリオンの指さしたものを覗きこんだ。
 それは綺麗な銀細工の腕輪だった。がっしりと太いバングルには細かい鳥と花の模様が彫り込まれていて、所々に碧いラピスラズリが埋め込まれていた。
「あら、いいわねぇ」
 男性用なのか大きなそれはまだ幼いリオンの腕にはぶかぶかと余ったが、成長すればいずれぴったりになるだろう。
 いずれぴったりになるほど健康にすくすくと育てばいい。
 リオンのやせ細った腕でも落ちてしまわないように、イヴは自分の髪についていたリボンを取るとリオンの腕にふんわりと巻いて隙間を埋めてからつけてあげた。
 イヴの水色のリボンと碧い石の飾られた銀色の腕輪は調和がとれて、リオンの白い腕にとても似合っているように見えた。
「良い趣味だね、お嬢さん。それは有名な細工師ミレーヌが制作した品で、本当は男性の品だが細工が繊細で可愛らしいから女性にも人気なんだよ」
「そんなの、わかんない」
 商人のうんちくに、リオンは首を振ると、
「この碧い石が、おねぇちゃんの目の色と同じだったから……」
 そうぽつりとつぶやいた。
 イヴは思わずそんなリオンをぎゅーっと力一杯抱きしめる。 
「……っ、かわいい…っ!」
「んぅーー」
「いやもう、これは誰がなんと言おうと全世界一かわいい……っ!」
 強く強く抱きしめられたリオンは唸って身じろぎをしている。それは抵抗というよりも甘えるような仕草を多分に含んだ行動だった。それごとイヴは抱きしめ続ける。
 イヴは元来そこそこ平等な人間ではあるつもりだが、身内びいきはする性質であることも自覚していた。
 誰だって一緒に過ごした時間の長い相手のほうが好きだし、他よりも良く思えるし、そりゃあ他の見ず知らずの子どもに同じことをされても嬉しいと思うが、たった半日とはいえど一緒に過ごしたリオンに言われるとまた格別である。
 つまり何が言いたいかというと、うちの子一番! ということだ。
 リオンはもうイヴの家の子だ。
 ちなみにジルも大分昔にイヴの家の子認定を済ませている。あくまでイヴの一存でありジルの預かり知らぬ範疇での話ではあるのだが。
 まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。大切なのはイヴは家族の危機には絶対に駆けつけるし、何をしてでも一緒に居たいと思うということだ。
 この世のすべてから助けることなど、きっと非力なイヴの手ではできない。
 それでもなんとかしたいし、していくのだ。
「女神様も、同じ目だった」
 リオンがぽつりとつぶやく。
「女神様?」
「教会にいた、女神様」
 そういえば教会の中央に存在する女神像の目には碧い石が埋められていた。あいにくとイヴは宝石には詳しくないため、それがリオンの選んだ腕輪の石と同じなのか否かは判別はつかないが。
「そうね、確かに女神様は碧い目をしていたわね」
「いいのかな」
 おずおずと、リオンは尋ねる。その問いの意味が最初イヴにはわからなかった。
「なにが?」
「ぼくが、女神様の目と同じ青色を持っていていいのかな……」
 “ぼくが”という言葉が“魔王であるぼくが”という意味だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
 そのリオンの質問にイヴは堪らなく切なくなる。
 抱きしめたままイヴはリオンの頭をそっとなでる。
「いいのよ、リオン。貴方は好きな物を好きなだけ、手に入れて良いの」
 女神様だって、そんなに狭量じゃあないわ。
「きょうりょうって?」
「けちって意味よ」
 よしよしと頭をなでる。リオンのかぶっているカツラの髪は乱れてぼさぼさだ。
「女神様は、あなたの敵ではないわ」
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