ある日魔王の子を拾ったので一緒に逃げることにした話

陸路りん

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美しい装飾の街

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「……たく、あいつらどこに行きやがった」
 一方でジルは買い込んだ干し肉を肩に担いで周囲を見渡していた。
 見渡す限り周囲はお祭り騒ぎの浮かれ頭ばかりで、しかもその中には見慣れた騒がしい少女も無口な爆弾の姿も見つけられない。
(あれだけはぐれるなっつったのに……っ)
 ぎりり、と唇を噛むが、まぁいないものはいない。
 はぐれないように忠告したはしたが、実はあまりイヴの約束を守る能力に対して期待をしていなかったジルはきちんと馬車の場所を伝えていた。
 そう方向音痴でもないはずなので、おそらく馬車に向かってくれていることだろう。
 だいたいの荷物は調達したことをメモを見ながら最終確認すると、仕方がないとジルも馬車へと向けて足を進めようとした。
「久しぶりだな」
 背後から駆けられた声にぎくり、とする。
 振り返るとそこには……
「ライル……」
「なんだよ、久しぶりにあった“お仲間”に対してずいぶんとしけた顔をむけるじゃねぇか」
 そこには、いかにも人相の悪い大男が立っていた。
 体は筋骨隆々で、しかし身なりの悪さがそれ以上に目立つ。
 その男は、ジルにとっては悪い思い出しか呼び覚まさない存在だった。
「なんの用だ」
 自然、声は低く唸るようになるのがわかった。
「いやなに、帝都ででかい誘拐事件が起きたって聞いてな。どこの野放図がんな馬鹿げた事件をやらかしたかと思ってたら、なんと古い知り合いじゃねぇか。俺も一枚噛ませてもらおうかと思ってよ」
「どこで聞いた」
「西街道」
 しかし男はそんなジルの様子を意にも介さず、ひょうひょうとした口調で話しかけてくる。
 まるで旧友にでも会ったかのような口ぶりに、ふざけるなと思う。
 本当に、ふざけるな。
「しけた盗賊にあっただろ?あいつらにゃあ、たまに食い物を恵んでやるのよ」
 ちっと舌打ちを一つ。街道で会った盗賊などあの3人組しかいない。おそらく盗賊どもが家族か郷里に向けて出した手紙かなにかから割れたのだ。
 その証拠に大男は懐から宝石を3つ取り出して見せた。あれは確かに、イヴが商人に頼んで家族に送らせた宝石だ。
 にやにやと、男は笑う。
「魔王の子を盗ったんだろ。いったいいくらの身代金をせしめるつもりだ?」
「あいつらはそんなんじゃねぇ」
「おいおい、まさか本当におままごとでもしてるんじゃないだろうな」
「だったらなんだ、おめぇにゃ関係ねぇだろう」
「裏切ったくせに」
 それはまるで子どもが誰かの悪事をあげつらうかのような無邪気な口調だった。
 事実、さしてその男は“そのこと”を深刻視していなかった。
 しかしジルにつけ込む傷口になることは重々承知しての言葉だ。
「俺たちのことを裏切って逃げた男が、今度はあんなガキに操立てか? 笑わせるなよ」
 嬉々として男は笑ってジルの傷口をぐちぐちとえぐる。
「……勝手に笑ってろ」
 ジルはもう、引き絞ったような声しかでない自身に絶望しそうだ。
 しかしそれでもここでの敗北は許されなかった。今この目の前の男がつるし上げているのはイヴとリオンの身の安全だ。
 ジルが引き下がれば、二人が無事では済まない。
「許されると思ってんのか。足抜けは死刑だ」
「やれるもんならやってみろ」
 精一杯の虚勢と矜持をかき集めて、ジルは男をにらんだ。
 あまりの怒りにめまいがしそうだった。
 ジルの紫色の瞳が暗闇に金色に輝いて見えた。その場に立っているだけで空気が振動したのではないかと錯覚するほどの殺意が男に突き刺さる。
 その強さに男はひるみ、後ずさる。
 その好機を見逃さすジルは大きく一歩踏み込むと、男の腕を振り抜いた剣で刈り取った。
 ジルの剣に裂かれた腕を庇い、男が誇らしげに手にしていた宝石を落とす。
 ジルはそれをわざと見せつけるように目の前でゆっくりと拾うと、返す目で男を再度にらみつけた。
 男は呻いて逃げ腰になるが、けれどただで引くのは矜持が許さなかったのだろう。震える言葉で捨て台詞を吐く。
「おまえが真っ当になんか生きられるわけがねぇ」
 ざくり、と男の言葉がジルの心臓につき立つ。

「きっとまた裏切る」

 ジルは返事を返さなかった。
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